第25話 瞬殺の不死者さん、天敵に会う(修正済み)
「……あぁ、憂鬱だ。憂鬱過ぎて死にたくなってきた」
一時間目の授業を抜けた俺は、絶望をぼやきながら廊下を歩いていた。
きっと今の俺なら、スーツを着ただけでブラック企業に務める社畜に完璧に変装できるだろう。別にする機会も必要もないが。
因みに俺がこんなに憂鬱な気持ちになっているのには、二つの理由がある。
もちろん一つは、ヘレミアへの返事についてだ。
前世でも彼女こそいたことはあったが、結婚なんてしたことない。それなのにいきなり政略結婚なんてこの俺に務まるわけないのだ。
とはいえ向こうが本気なのだから、無下には出来ない。
俺も一応貴族だし、どの道その機会が訪れることも分かっている。分かってはいるが……納得してはいないし、何より結婚する覚悟が出来てない。
これだけで既にお腹いっぱいではあるが……二つ目の理由は——。
「……相手がよりにもよって——稀代の天才魔法使い、か……」
二つ目の装備を手に入れるべく、今から
それも天敵中の天敵。俺が虫だとしたら小鳥と大鷲くらい違う。大鷲が虫を食べるのかという疑問は無視だ。虫だけに。……これも無視してくれると幸いです。
ただ、俺の例えは決して間違いではない。
奴は稀代の天才魔法使いを自称するだけあり、魔法の種類・威力共にこの世界トップクラス。ハイモンドの身体なら一発で床のシミ……いやこの世から綺麗さっぱりいなくなっちゃうだろう。
オマケに性格に難ありときた。この世界性格に難ある奴しかいないのか? 個性があればいいってもんじゃないぞおい。
「……そう言えばクラリスはどこ行ったんだ?」
気分転換がてら、クラリスの居場所を考えてみる。
確か『少し用事が出来たから席外すね? 大丈夫、学園は出ないから』って言ってたよな……じゃあ用事ってなんだ? 言い方的に急に用事が出来たって感じだったけど、用事っていきなり降って湧いてくるもんなの?
「……いや、降ってくるな」
俺の場合は面倒事が降って湧いてくる。多分神様が天から投げ捨ててるんだろうよ。羨ましいくらいエイムいいな。FPSやれよ、プロなれるぞ。
「はぁ……分からん。まぁクラリスは俺より頭良いし、きっと何かしら理由があって動いてるだろ。知らんけど」
それにクラリスのことだから人様に迷惑を掛けることはない……はずだ。
「……さて、と。いっちょ気合入れるか」
思考を頭の隅に追いやりながら何度か息を吐き、歩く速度を少しだけ上げた。
「——ふーん……アンタが最近噂のハイモンド・ルクサスなのね?」
「どの噂か知りませんけど、俺はハイモンド・ルクサスで間違いないです」
目の前でジーッと俺を観察している金髪赤眼の気の強そうな女——ベキアの質問に答える。
すると何故か不思議そうな顔をされた。
「あら、噂を知らないの? 沢山あるわよ? 例えば——」
「聞くのは遠慮しておきます」
多分死にたくなるから。というか俺の噂って沢山あるのかよ……。
「そう? 『愉快な神の使者』とか結構私好きなのだけれど」
「えぇ……やめてくださいよマジで。ついさっき聞きたくないって言ったじゃないですか」
「ふーん……」
案の定死にたくなるような噂だったが故に本気で顔を顰める俺だったが……ベキアがこちらを見つめながらスッと目を細めたことに疑惑の目を向ける。
「……なんですか? 俺の身体に何か付いてます?」
「…………アンタ、本当にハイモンド?」
……それは、どういう意味だ?
「……そりゃあハイモンドですよ。ほら、どっからどう見てもハイモンドで——」
内心の疑問を隠すように腕を広げながら言う俺の言葉を遮り、ベキアは言った。
「——ハイモンドって、部活の元先輩と学園長以外に敬語は使わないのよ」
…………。
「……それも噂ですか?」
「実体験よ」
「俺と会ったことないのでは?」
「アンタと会ったことないなんて、私言ったかしら?」
そりゃもちろん言っ————いや、言ってない。
そうだ、彼女は一言も会ったことないなんて言ってない。ただ彼女の口振りから俺がそう思い込んでいただけだ。
実際は俺と一回……いや少なくとも数回は会ったことがあったにも拘わらず、それを俺に敢えて隠していたのだ。性格悪いなおい。
「……嵌めたんですか?」
「言い方が物騒ね。確かめただけよ」
「それを人は嵌めたと言うんです」
悪気の欠片も覚えていなさそうな顔をするベキアの姿に軽くイラッとするが、小さく息をして平静を取り戻す。
身体年齢は彼女が二歳年上でも、精神年齢では俺の方が大人なのだ。年下相手にムキになるなんてダサい真似はしない。
「それにしても……ふっ、面白いくらい簡単に誘導に引っ掛かったわね」
「うるさいですよ」
「簡単に引っ掛かるアンタが悪いのよー」
「……ッ」
俺は小馬鹿にしたような笑みを浮かべる彼女の姿に眉を吊り上げる。その笑顔、ぶん殴ってやりたい。
「それで、転生者がなんの用? もし違うなら出て行って」
「お目当ての転生者は、明日のエルフィリスとの戦いに向けて、アンタが身に付けてる『風の支え』が欲しいんだよ。ああもちろんだけど、俺は遊んでいるわけじゃないからな? 寧ろ世界のために奔走している俺はこの世界で一番の社畜と言ってもいいんじゃないか?」
「!?」
げんなりとした顔で俺が言えば、驚いた様子を見せるベキア。
多分転生者を否定しなかった部分に驚いているんだろう。——が、本編に対して関わらないサブキャラであるベキアに隠す必要はない。
そもそも転生者のことは、とんでもないやらかしをした前任のせいで知っている者が多いだろうしな。
「……どうしてはぐらかさないのかしら?」
「バレた奴に演じるのがめんどくさいからな。あと、口外しなければ別に先生にバレても問題ないんだよ。まぁ仮にしたら——陛下が死刑にするだろうけど」
「アンタとんでもないわね!? というかそれを先に言いなさいよ! 死刑にされるなら詮索もしなかったのに!」
「誰にもバレてないなんて、俺言ったっけ?」
「んぐっ……」
フッ、と小馬鹿にしたような笑みをした俺の姿に悔しそうな顔をするベキア。よし勝った。大人を舐めるからこうなるんだ。
……何? 大人げないって?
ハッ、違うな。俺は大人げないんじゃなくて何事にも本気なんだ。あと、借りはキッチリ返すタイプ。
なんて胸中で解説してしまうほど気持ち良くなっていると。
「………………わ……」
「ん? なんだって?」
現在十九歳、学園最年少の教師——ベキアが顔を真っ赤にして言った。
「——あ、アンタに『風の支え』は絶対にあげないわ!!」
…………は?
「おい待てよ、それがないと世界が……」
「アンタが私を怒らせたのが悪いのよ」
「さっきまで散々俺を煽ってた奴がよく言うなおい」
「うるさいうるさい! 私を怒らせたらいけないのよ!」
茹でダコみたいに顔を真っ赤にして怒るベキア。やはり『性格に難あり』という評判は伊達じゃない。
——そう、ベキアは自己中なのである。
何をやるにも自分が一番。自分は相手に何をやってもいいが、相手にやられるのは許さない。自分のために相手が動くのが当たり前だと思っている。
ただ口だけでなく、ちゃんと実力も実績もあるから余計タチが悪い。教師たちも実力が上の彼女においそれと注意できないのである。
そんな女だから——当然授業中なのに教室に生徒が誰もいない。
いやまぁ、そりゃあ誰も受けたくないわな。俺が生徒なら……というか生徒としても友達としても絶対嫌だもん。絶対ダルい。なんなら現在進行形でダルい。
とはいえ、今の俺に彼女に関わらないという選択肢はない。
クラリスの……そしてこの世界と俺の命のために、エルフィリスとの勝負に勝たないといけないのだ。
「……悪かった、謝るよ。——俺が悪かった、ごめんなさい。だから、明日の間だけで良いから貸してくれないか?」
「…………そうね、許してあげる。それと、これを貸してあげてもいいけれど——条件があるわ」
……意外だ。まさかこんな素直に許してくれるなんて。
いや、幾ら自己中な女とはいえ教師は教師。流石に生徒に理不尽に怒鳴ったことは多少なりとも悪いと思っているのだろう——。
「——魔法の練習台になってもらうわ!」
はい詰んだ。
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