第26話 瞬殺の不死者さんがサンドバッグになっている間に……

「——ぴゃああああああああっっ!! 痛い、超痛い! ひ、卑怯だぞ! 全方位からの攻撃なんて避けられるわけないだろ!!」


 場所は変わり、魔法専用の訓練場にやって来た俺は、早速ベキアの魔法の餌食になっていた。

 さながら釣りをする時に撒かれる撒き餌の気分である。


 余談だが、実は二時間目に突入していたりする。

 なんならここの訓練場は今日はずっと開いているとのこと。この女どんだけ人気ないんだよ。


 その人気ない教師ランキング一位を取っていそうなベキアは、幾つもの魔法を放ちながらため息を吐く。


「当たり前じゃない。寧ろ九割以上避けてるアンタが怖いわよ」

「一発でも当たったら死ぬっつてんだろテメェコラ」

「死なないようにこの場所に来たんでしょ。はいはい次行くわよ」


 おざなりな言葉と共に、再び天蓋の如く隙間なく魔法が展開され——一斉に射出。

 放たれたのは、風の中級魔法風刃。だが、野盗との時に見た《風刃》とはどっか違う。


 なんというか……すんごい速くね? 体感五割増しくらいで速い気がするんだけど。


 身体強化とハイモンドのステータスがある俺でさえ速く感じるのだから、普通の人から見たら相当な速度だろう——って避けないと不味い!


 俺は焦燥に身を焦がしながら四方八方から迫り来る魔法を避ける。

 多分俺のお目々はエアホッケー並みにギュンギュン動いてると思う。……傍から見たらきしょそうだな。見たくねぇわ。


 とはいえ流石のハイモンドでも全部は避けれない——が、直撃もしない。

 至る所に切り傷が出来、ジワッと服に血が滲む。あとすんごい痛い。


「もう少し手加減しろよお前……! あんま温室育ちを舐めるなよ……!!」

「手加減したら当たらないでしょ? 練習台の意味がないじゃない」


 そもそも練習台ってなんだよ。


「うーん……試しに速度にソースを割り振ってみたけれど、効果が消費魔力に見合わないわね。次は別の——」

「ちょ、ちょっと待て! いつまでやるつもりだよ!?」

「思い付く限り」


 理不尽だ。


 カリカリと宙に浮いた紙に書き込むベキアの姿にイラッと来るが……これも装備のためだとグッと我慢する。

 そんな俺を眺めながら、ベキアがポツリと呟く。


「それにしても……アンタの身体に刻まれた秘術、本当に凄いわね」

「……自分でもビックリしてるよ」


 俺は既に跡形もなく消えた傷に視線を落とす。

 痛みもなく、だが血の滲んだ服だけが傷のあったことを証明していた。


 い、一応骨もチラッと見えたレベルの傷だったんだけどなぁ……うっ、思い出したら吐き気してきた……。


 なんて口元を押さえる俺を他所に、ベキアは意気揚々と魔法を展開した。



「ま、最高のサンドバッグに出会えたってことで——まだまだ行くわよ!」

「や、やめっ——ぴゃぁぁぁあああああああっっ!!」


 

 訓練場に俺の情けない悲鳴が響き渡った。











「——今、モンド君は何してるのかなぁ……」


 ボクは一人、モンド君に想いを馳せながら顔を綻ばせる。


 モンド君は本当に凄い。

 彼のことを想えば、いつだって幸せな気持ちになれる。


 因みにボクのお気に入りは、モンド君に頭を撫でられながら膝に座っている時のことだ。思い出すだけでだらしない笑い声が漏れてしまいそうになる。モンド君には見られないようにしないとね。


 ……えへへ、えへへへへへ……。


「……顔、溶けてる」

「当然です。だってモンド君のことを考えてましたから」


 ボクの向かいの席に座る深紅の髪の少女——ヘレミアさんへ、ボクはむふんと胸を張った。

 何も恥じることはない。モンド君のことを考えるのは当然……なんならモンド君のことを常に考えるのがボクという存在なのだから、堂々としていればいいのである。

 

 ま、まぁ、モンド君を前にしたら堂々と出来ないんだけどね。だって少しでも嫌われたらなんて想像もしたくないしさ。


「……はぁ、駄目だこりゃ」

「失礼ですね。ボクは至って正常、自然体です!」

「……部長も大変そう」


 ボクの姿を見て、何故か呆れ果てたような表情をしたヘレミアさん。誠に遺憾である。


「……それで、私になんの用? 今、授業中」

「ここでサボっていたヘレミアさんには言われたくないです」


 そう、今は授業中だ。本来なら教室なりで同じ生徒達と授業を受けている時間。ボクはまだこの学園の生徒じゃないからいいけど……ヘレミアさんは歴とした生徒なんだ。

 こんな時間に一人行動なんてあり得ない。ましてやここは学園の隅にある小さな林の屋根付きベンチ。言い逃れの余地もなくサボりだよね。


「…………少し、落ち着きたかった」


 ジーッと訝しげな目を向けるボクに折れたのか、ヘレミアさんがポツリと呟いた。

 躊躇いながら。頬を赤らめ、ボクから恥ずかしそうに目を逸らしながら。



 ——ボクは、気付いてしまった。



 あの時……ボクが一緒にいた時のヘレミアさんは事務的で、貴族として仕方なく頼んだように見えた。


 でも——それは嘘。モンド君に少なからず好意を抱いている。

 ただモンド君は好意を抱かれていることを知らない様子だった。これは絶対に間違いない。


 ……心が、冷めていく。


 もちろん、分かってはいた。だって、モンド君は魅力的だから。

 世の女性がモンド君を好きになってしまうのも仕方ない。


 でも——嫉妬してしまう。


 分かってるよ。ボクはモンド君の恋人でも家族でもないんだ。

 だから、こんな感情を抱く資格がないのも分かってる。


 それでも——胸が痛くて、心がざわめくんだ。


 それを少しでも和らげるために。少しでも安心するために——ボクはヘレミアさんの下にやって来た。

 モンド君もボクの心情を薄々察してくれていたのか、笑顔で送り出して——


「…………あっ」

「? どうかした?」

「あ、いえ、なんでもないです……」

「? そう」


 ボクは訝しげな視線を送ってくるヘレミアさんに愛想笑いで誤魔化しつつ、その裏で彼の考えを一部ながら見抜けたことに喜びを覚えていた。


 ……なるほど、そうだったんだね。モンド君はボクに探って欲しかったんだ——ヘレミアさんが好意を抱く理由を。


 それだけじゃない。

 きっとモンド君は気付いていたんだろう。


 ——ボクがモンド君の役に立ててない現状に気を揉んでいたことを。


 本当に察しのいい人だと思う。

 自分に向けられる感情だけでなくボクが思っている悩みすら読み解き、自然な流れで解消させようとしてくれる。正しく神業だ。ボクにはとても真似出来ない。

 

 そうと分かれば——彼を落胆させないためにボクも尽力しよう。


「……ヘレミアさんは、モンド君のことをどう思っているんですか?」

「そういう貴女は、部長をどう思っている? まず、貴女の気持ちを知りたい」


 質問を質問で返された。やっぱりモンド君がするみたいに簡単にはいかないみたいだね……ボクもまだまだだなぁ。


「……教えたら、教えてくれますか?」

「ん、回答によっては教えてあげる」


 ……見た目通り面倒な人だな、この人。いや、ボクも人のことは言えないって自覚してるけど。


「……分かり、ました。ボクが先に言います」


 ボクは小さく息を吸い込む。

 そして——ほんの少しだけ、胸に閉まっていた自分の気持ちを解放する。



「ボクは——モンド君が好きですよ。好きで好きで……あははは、ボクが知ってる言葉じゃ表せないくらい好き…………好き……? ボクはモンド君が……あぁ、違う。全然違う……違う違う違う違う違う違う————ボクはモンド君が好きなんじゃない! ボクは……ボクはモンド君をんだよ! 彼のためならボクはなんでも出来る……っ! 彼になら、彼だけにボクの全てをあげたいんだよ! 使ってほしい! 必要としてほしい! きっと……ううん、絶対。絶対ボクはそのための存在なんだ」



 だから、だからこそ。




「ボクは——モンド君に危害を加えようとする奴は絶対に許さな——むぐっ!?」




 ボクがそこまで言ったところでヘレミアさんに口を塞がれた。

 その目は多分に呆れを孕んでいる。さっぱり分からなかった。


「な、なんですか……?」

「話、途中から脱線してる。それは、気持ちじゃない」


 た、確かに……。少し気持ちが抑えられなくなっちゃってたかも……。


「と、とにかくボクは——」

「十分分かった。真顔なのに顔真っ赤で、その上愛してるとか怖かったけど」

「怖くないです。モンド君なら笑って頭を撫でてくれますよ?」

「……部長、恐るべし」

 

 ボクが首を傾げながら言えば、ヘレミアさんが今日一の衝撃を受けたかのような顔で後退った。

 その姿にボクは余計に首を傾げるしかなかったが、気を取り直して尋ねる。


「それで、教えてくれるんですか?」

「……仕方ない。私の未来の旦那様が目に掛ける子のお願いは聞いてあげる」


 ……何を言っているのかなこの人は? 未来の旦那様? それってモンド君のことを言っているのかな? モンド君が貴女を好きなわけないのに? 


 なんてボクが苛立ち、文句を言おうと思ったのも束の間——ボクは目を見張った。



 



「——愛してる。人生で初めて殺したくないと思うくらいに」






 暗く妖しい色を瞳に宿し、恍惚な笑みを浮かべた——ヘレミアさんの姿に。

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