第24話 瞬殺の不死者さん、悶える

 長くて二話にしたので今回ちょっと短いです。

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「——クラリス、教室に戻ってくれないか?」

「どうして? どうしてボクは教室に戻っていないといけないの?」


 スレを閉じて言った俺の言葉に、クラリスは如何にも不満ですと言わんばかりの顰めっ面をする。

 だが直ぐに感情ではどうにもならないと悟ったのか、俺に問い掛けてきた。


「戻れっていうならせめて理由を教えて? でないと、ボクにはこんな得体の知れない女とモンド君を一緒に残すことなんて出来ないかな」

「得体の知れない奴じゃない……あぁ、言ってなかったが——彼女はお前を助ける手助けをしてくれた数少ない人間だ」

「えっ!?」


 さっきまでの顰めっ面から一変。顔に驚愕を浮かべ、見開かれた目でヘレミアを戸惑った様子で見つめる。


「そ、それは……本当なんですか?」

「ん。でも、感謝はいい。報酬はもらうから」

「それが、モンド君との婚約……?」


 恐る恐るといった感じで問い掛けたクラリスにヘレミアが無言で頷けば。


「……分かりました、戻っていますね。——助けてくださりありがとうございました」

「ん」


 クラリスはヘレミアに一度深く頭を下げたのち、名残惜しそうにしながらも教室から出て行った。……うん、やっぱりヤンデレじゃないな。

 彼女の出て行く姿を確認した俺は、内心安堵の息を漏らす。

 

 ふぅ……なんとか第一関門突破か……これで第一関門ってマジ? 普通に絶望レベルなんですけど。



「——部長」



 俺に向き直ったヘレミアが名を呼ぶ。

 それと同時に、俺はバッと頭を下げた。



「——返事は、明日の放課後まで待ってほしい」



「……なんで?」

「明日、俺はエルフィリスとの戦いを控えている。相手が相手だ、そのことに全力を注がないと絶対に勝てない。……それに、直ぐに答えを出せる問題でもない。もちろん、その話は戦いが終わった後に返事をすると誓おう。だから、少し待ってくれないか……?」


 話という名の絞り出した言い訳を聞いてスッと目を細めたヘレミアに、スレ民より回答を得た俺は緊張で手に汗握りながら言う。

 ところでこの緊張感はどうにかならないのだろうか。ならないんだろうな、俺が今ここで返事しない限り。


 あぁ……なんで過去の俺はこうも安易に約束なんかしてしまったんだ。せめて先に内容だけでも聞いておけば良かったのに。いや寧ろ聞いておかないと駄目だろ普通に考えてさぁ!


 なんていくら後悔したところで後の祭りというもの。

 今の俺に出来ることは考える時間をもらうことくらいだ。


 我ながらなんとも情けない限りだ。自業自得ここに極まれり、である。


「……本当?」


 自分のあまりのカッコ悪さに内心幻滅する俺を、感情の掴めない真顔でジッと見つめるヘレミア。——が、彼女の宝石のように綺麗な深紅の瞳は僅か揺れていた。

 その揺らめきが緊張や不安を示唆しているのは明白だった。

 

 …………まぁ誰だって緊張するよなぁ。


 婚約とは、短くも長い人生の中でも屈指の選択と言える。

 愛しているとはいえ、全くの他人である者を人生の伴侶として家族になる……言葉で言うのは簡単だが、それがどれだけ素晴らしいことで、また難しいことかなど容易に想像できる。


 まぁあくまで想像出来るだけで、細かいことは結婚したことない俺には分かりかねるけどな。


 ——でも、その覚悟を持って告げることは容易ではない。


 少なくとも俺には無理だ。まだ厨二病を演じる方がマシだ。

 だからこそ、俺はキチンと答えないといけない。



「——ああ、約束する」



 流石にここではぐらかすほどクズでも人でなしでもない。

 

 ——ま、どうするか全く考えてないんだけどな!


 いや本当にどうしよ……と胸中で頭を抱える俺を他所に、ヘレミアがふっと口角を上げる。


「……ん。答えてくれるなら、それでいい。——そもそも、今直ぐ聞く気はなかったけど」


 …………は?


 彼女の言葉に俺は言葉も出ないほどに呆気に取られる。——が、直ぐに納得した。


 ……いや、まぁうん。そりゃあ普通の婚約話じゃない婚約話の返事をその場で貰おうとしないよな、普通。特に俺達みたいな——色々な思惑が絡まったロマンの欠片もない結婚話はさ。

 

「……なぁヘレミア。後で返事をすると言った奴がこれを聞くのはどうかと思ってはいるんだが……俺と婚約する目的はなんだ? 俺達は貴族だ、なんの理由もなく婚約話が湧いて出るわけない」


 そして俺が神の使者として国王に気に入られ……挙げ句の果てに厨二病を演じながら貴族の前に出たのは、既にヘレミアに依頼をして完遂し終わった後だ。

 ヘレミアの口振り的に、報酬は予め決めていたと考えるのが妥当だろう。



 つまり——俺が転生してくるより前に、ハイモンドとヘレミアとの婚約話があったということだ。

 


 俺がそこまで考察したところで、ヘレミアが驚いたように軽く目を見張っているのに気が付いた。いやなんでそんな顔すんだよ。

 

「……ん、部長とは思えないくらい鋭い」

「俺を馬鹿だと言っているのか?」

「ちょっと前までは、馬鹿だった」

「ハッ、違うな。——俺は今も馬鹿だ」

「……絶対、威張るところじゃない」


 それはそうだ。

 

 ニヤッとハイモンドお得意の悪人笑みを浮かべるも、どこか呆れてそうなヘレミアの言葉にスンッとなる。やっと落ち着いたと言ってもいい。


「……で、理由は?」

「もちろん、ミストリス家がルクサス家と繋がりたいという思惑はある。ルクサス家は、王国でも随一の武闘派一家。ハイモンドがいなくても、国王にそれなりに顔が効く」


 え、そうなの? ルクサス家ってそんなに凄いところなの? いやまぁハイモンドに超再生を植え付けた時点で相当金はあるだろうとは思ったけども。


「……ルクサス家ってそんなに凄かったのか」

「ん。私達ミストリス家でも、ルクサス家が反逆したら何しても太刀打ち出来ない」

「うそぉ……」

 

 ミストリス家って相当な実力者揃いだよ? ルクサス家ってハイモンド以外掘り下げられてなかったし……俺が知らないだけ? うわぁ早くスレ民に聞きたい。ガチガチニキが恋しい。いや恋はしてないけれども。


「じゃあ私も戻る。——あ、それと」


 なんて内心ウズウズしている俺を他所に、教室に戻ろうと扉に手を掛けたヘレミアが付け加えるように言った。





「——私は、今の部長が相手なら結婚しても構わない」



 

 

 

 それだけ、と端正な顔に微笑みを浮かべて扉の先に消えていく。


 次に残るのは——この世界に転生してから殆ど無縁になっていた静寂だった。

 空き教室ということもあって差し込む太陽に照らされたホコリが見え、小鳥の囀りが耳朶を揺らす。


 そんな望んでいたはずの時が流れる中で呆然と扉を眺めながら。




「…………本当にどうしよう。いやマジでどうすればいいんだよもおおおおおおおおおおおおおっっ!!」




 俺が動けば動くほど増える問題に、恥も外聞も捨てて頭を抱えるのだった。

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