第9話 瞬殺の不死者さん、喜ぶ

 ——よ、良かったぁ……!! 生きてる、主人公が生きてるよ!! あぁマジで怖かったぁぁぁぁぁっっ!!


 俺は身体を鎖で縛られた銀髪の美少女——主人公ちゃんの姿を見て安堵に胸を撫で下ろす。いやもはや、自身のキャリアを左右する重要な仕事を終えて肩の荷が降りたような感覚だ。

 つまり、今の気分はちょーハッピー!


 ——とまぁ一頻り喜んだので、一旦この鎖を外してあげよう。苦しそうだし。


 俺は無造作に鎖を掴む。

 すると、突如手から魔力が抜けていく感覚に陥った。


「ほっほっほっ、無駄だ! その鎖は魔力を吸い取り硬度を上げる! 小童では解けまい!」


 なんてガリバードが吠えているが、この身体は魔力がなくとも素のステータスがゴリラの膂力を優に超えるハイモンドのモノだ。


「ふんっ!」


 ——バキャッ!!


 両手で鎖を握り、思いっきり捻じれば——音を立てながら鎖が千切れた。


「なぁ!?」

「っ!?」

「うおっ!?」


 ガリバードが驚愕の声を漏らし、主人公ちゃんも驚きに目を見開いている。

 そして——俺もめちゃくちゃ驚いている。


 え、マジで千切れたよ。しかも別に全力で捻ったわけじゃないのに……ハイモンド? お前の身体どうなってんの?


 多分今なら、実はゴリラが人間の皮を被っていると言われても信じる自信がある。というか俺自身がそう思っている。


「ば、馬鹿な……その鎖は握った者の魔力が高ければ高いほど……」

「フンッ、生憎俺のMぴ——魔力は所詮付属品でしかない。そこに俺の強さはない。つまりその大層な能力も、俺の前では焼け石に水ってヤツだ」

「ぐぅッ……」


 悔しそうに顔を歪めるガリバード。

 それほどまでに鎖に自信があったのだろう。


 まぁでも実際主人公ちゃんを拘束してるしなぁ……。


 殆ど鍛錬していないとはいえ、彼女はこの世界の主人公である。

 初期ステータスはハイモンドを上回り、ゲーム内近接最強と名高いエルフィリスや武帝にも並ぶ主人公ちゃんを押さえ込んでいる時点で、相当な代物であることが窺えた。


 ……待てよ? つまり、この可愛らしい主人公ちゃんもゴリラが皮を被ってるってこと……!?


「……あなた、は……」


 くだらないことに思考を割く俺に、困惑を孕んだ声色で主人公ちゃんが聞いてくる。

 

「俺か? 俺はハイモンド・ルクサス。ルクサス家次期当主にして、当代随一の天才だ」


 別に嘘じゃない。

 ルクサス家はこの国でも武闘派貴族として知られており、ハイモンドはその中でも特に才能を持って生まれた男だ。

 まぁルクサス家が誰も彼もハイモンドのような物凄い再生能力を持っているわけではないが。


 因みに今の俺がこんなに強いのは、ひとえにハイモンドが努力した結果である。


 まぁそれを使うのは気が引けるんだけど……。


 神が言うには、予めハイモンドと交渉し、双方が納得のいく形で契約を結んだのちに身体を貰ったらしい。

 こればっかりは神様を信じるしかない。


「ハイモンド、ルクサス……さま……」

「様もルクサスも要らん。それ以外で好きに呼べ」


 そもそも君この世界の主人公ぞ? 俺なんかに様付けるなよ。


「……な、なんで……?」


 とても主人公とは思えない、酷く怯えた様子で訪ねてくる。

 身体は小刻みに震え、俺を見つめる瞳には恐怖と困惑、諦観が浮かんでいた。


「……ふっ、ふふふ……ふはははははっ!!」

「……な、なんで笑うのさ……っ!? ボクは本気で……っ!!」


 何故笑うのかだって? そんなもの——






「——俺にはお前が必要だからだ」






 主人公のいない物語なんて存在しない。

 どんな形であれ、主人公がいるからこそ物語は面白くなるのだ。


 あと俺が死なないために。ほんと、マジで死活問題なんです。


 神様に言われたことを想起して身震いする俺を他所に、主人公ちゃんは微かに笑みを浮かべる。


「……なに、それ……ボクは、何も……」

「フッ、今は分からなくていい。詳しくは、あのクソジジイを倒してからだ」


 俺は視線をガリバードに戻し——あ、あれ? お宅、なんか増えてない? 普通そこは何もせずに待っとくのがお約束じゃないの……?


 いつの間にか五人に増えているガリバードの姿に、俺は内心ビビり散らかす。

 流石生粋の悪役。奴にはお約束が存在しないらしい。まぁ俺が悪いんですけど。

 

「ほっほっほっ、小童がそやつに気を取られておる間に準備させてもらった。敵の前で堂々と背を向ける間抜けな小童の姿、中々に面白かったぞ」


 最初の動揺は一体何処へやら、ニヤニヤと意地汚い笑顔で俺を嘲笑するガリバード。


 コイツぶん殴ってやろうかな。いや絶対ぶん殴る。


 心の中で固く誓うと、俺は奴の嘲笑を、ハイモンドの強面を生かした傲慢かつ不敵な笑みで返す。


「阿呆か貴様。あえて見逃してやったに決まっているだろ」


 まぁ嘘だが。


「くッ……こ、この小僧……ッ!!」


 とはいえ俺の渾身の虚勢は追い詰められたガリバードに効果覿面だったらしく、ギリッと苦虫を噛み潰したような表情で呻いた。

 対する俺は、笑みはそのままに全身に魔力を纏わせて《身体強化》する。


 本来なら問答無用、不意打ち気味に攻撃に出るが……戦闘訓練には絶好の機会だ。

 イキっていると言われたらぐうの音も出ない。

 だご、正直言って今の俺は、ハイモンドの身体を使い熟せていない。今後のことも考えれば実戦経験は重要だろう。


 それに計画での俺の役割は、オルカスたちがヘレミアと共に証拠を入手するまでの足止め。別に倒さなくてもいいのだ。


 ——と、いうわけで。

 



「——どこからでも掛かってこい、クソジジイ」




 俺は鷹揚と両腕を広げ、どこまでも不遜に言い放った。

 当然、俺に思いっ切り煽られたガリバードは怒り心頭といった様子で顔を真っ赤にしたかと思えば。


「——《疾風刃》」


 またもやお約束を破り、言葉を返すことなく魔法を放ってきた。

 ヒュッ、と空気を斬り裂きながら不可視の斬撃が俺を襲う。因みに魔法は物凄くマズいです。


 だが——不思議と負ける気がしなかった。


 それもそのはず。

 

「「「「「——っ!? よ、避けた……っ!?」」」」」


 俺はガリバードの致命的な弱点を知っているのだから。

 ハードモードにおいて、分身したガリバードは、一人の時に比べて魔法が単調になるのだ。


 まぁ普通の人間なら五人同時に魔法が放たれればひとたまりもないし、弱点にはならないんだろうが……ハイモンドは魔防を除けばハイスペックステータスの持ち主。

 それに加えて《身体強化》を使ったこの身体なら——例え速度の速い風魔法であっても容易に避けれられる。


 いや、ホントにこの身体凄いな……《疾風刃》がゆっくりに感じるんだけど。


 なんて本当は物凄く驚いているが……奴に内心を悟られぬように挑発する。


「何を驚いているんだ? 寧ろこの程度避けられなくてどうする。こんなノロい魔法、子供でも避けられるぞ」


 急に魔法放たれてビビったのは内緒だ。


「「「「「……っ、小僧——っ!!」」」」」


 顔を真っ赤にした五人のガリバードが、様々な属性の魔法を放ってきた。

 ただ、どれも既知な魔法の上に単調なため、俺の脅威にはなり得ない——が。


「捕まれ」


 俺は主人公ちゃんを抱き上げた。


「きゃっ!?」

「口を閉じろ、舌を噛むぞ」


 いきなり抱き上げておいてどの口が言ってんだ。

 自分の言葉にツッコみを入れながらも、彼女に魔法が当たらないようにするにはこの方法しかないので我慢してもらおう。


 魔法が当たって主人公死にました、は洒落にならないからな。

 

 俺は主人公ちゃんに魔法が当たらないよう意識しながら魔法を避ける。

 これでさえ当たれば紙装甲の俺には致命傷となり兼ねないのだから、瞬殺の不死者の名は伊達じゃない。


 さて、これからは身体の感覚に慣れるために適当に避けて時間稼ぎ——



「ほっほっほっ、馬鹿な小童だ! その生きている価値などない小娘なぞ捨て置けばいいものを!」

「そのお荷物さえなければ、儂らを倒せていたかもしれんのにな!」

「全くだ! ……まぁよい、どの道殺す予定だったのでな。手間が省ける」

「二人纏めてさっさと殺して逃げるとしようかの!」

「ほっほっほっ、ゴミはさっさと処分するに限る」



 …………勝手に言わせとけばいい。

 コイツらはゲームでもガチ勢たちの話でも戦闘能力はゴミという評価だったし、主人公ちゃんが有能なのは俺が誰よりも知っている。


 それに、俺はあくまで主人公ちゃんの救出と時間稼ぎ要員。

 奴らは証拠を見つけるのに時間が掛かるとでも思っているだろうが……ヘレミアもいることだし、もう既に見つけているはずだ。

 あとは三人が来るのを魔法を避けながら待てばいい。


 そう、待てばいいのだが……。


「……ハイモンド、様……降ろして……ボクは、大丈夫だから……」


 ————よーし、決ーめた!




「——作戦変更!」

「!? ——ごはっ!?」




 俺は五人の中の一人——本体のガリバードに飛び蹴りをかましてやる。

 まさか本体を当てられるとは思っていなかったのか、碌な防御も取らずにガリバードが吹き飛ぶ。

 同時に分身が消え、吹き飛んだガリバード(本体)だけになった。これも弱点の一つである。


「は、ハイモンド様……?」


 腕の中の主人公ちゃんが驚きと困惑の入り混じった声色で俺の名を呼んだ。


「な、何を……」

「……お前は強い」

「え……?」

「あんなクソジジイはもちろん、俺やエルフィリスすら越える強者になる。アイツの言葉を真に受けるな」


 俺はそれだけ言って困惑気味の主人公ちゃんをゆっくり降ろすと、自慢の速度でガリバードに近付く。

 そして苦痛に顔を歪めながら腹を押さえるガリバードを見下ろして。

 


 

「——悪いが、個人的感情からお前を殴る」

「ま、待っ——」




 顔面に拳を叩き込んだ。

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