第10話 瞬殺の不死者と主人公(クラリスside)
「——計画では、そなたの役割は足止めのはずだったが……」
「ボコっちゃいました」
「ボコっちゃったのか……」
俺がガリバードの顔面を殴ってから数分。
ものの見事に顔の腫れ上がったガリバードを眺めるオルカスに俺が正直に言えば、若干引き気味な苦笑が返ってきた。酷い。まぁもはや輪郭分かんないけどさ。
「これでは碌に話も聞けんだろうな。お前……実は喧嘩っ早いのか?」
ぺしぺしガリバードの頬を叩いたのち、エルフィリスがこちらに呆れを孕んだ視線を飛ばしてくる。
だが、誠に遺憾である。天地がひっくり返ったとしても、エルフィリスだけには言われたくない。
それと、今回が例外なだけで俺は平和主義者だ。
戦わずに解決できるならそれに越したことはない……というか戦いたくない。
こちとら魔防ゴミカスやねん。魔法使い相手ならほぼワンパンぞ? ——もちろん俺がな!
「それで……彼女が君の言った子かな?」
「はい、間違いないです」
オルカスが俺の背に隠れた主人公ちゃんを見つめながら尋ねてきた。
いきなり視線の的になってしまった主人公ちゃんはビクッと身体を震わせ、ギュッと俺の服を握りしめる。
「……大丈夫なのかい?」
「……っ」
「悪いが私も同意見だな。とてもじゃないがお前の言った姿になるとは思えん」
オルカスもエルフィリスも釈然としないといった様子だ。
まぁ俺としてもゲームの時とテンションが違い過ぎて驚いてはいるが——
「——心配しなくても大丈夫ですよ。こいつなら絶対に強くなる……いや俺が強くしてみせますから」
「……っ!?」
俺は主人公ちゃんの肩に手を置き二人に言い放つ。
胸辺りまで伸びた月光の如き銀色の髪。眩い光が閉じ込められたかのような金色の瞳。作り物のように整った中性的ながら女性らしさも併せ持った顔立ち。モデルのようなスレンダーな身体付き。
そして天然水のように澄んでいながら、それでいて人の心を刺激する声。まぁ後者こそ今は鳴りを潜めているが……。
そのどれもが——ゲームの物と全く同じだ。
というか、主人公のそっくりさんなんてこの世界には存在しない。いるとしても男版の主人公くらいだろう。
あと神様がこの屋敷にいるって言ったんだし。
なんてあまりにも自信満々な俺の言葉に、二人して驚きを露わにしていた。
「凄いね……そこまで迷いなく答えられるなんて」
「信じていますから。じゃないと俺みたいな小心者が王城に凸ったりしません」
オルカスが目を瞬かせる。
そして、心底面白そうに声を上げて笑った。
「はははははっ! それはそうだ! 君みたいな人間が大事を起こすなんてよっぽど確証がないと出来ないだろうしね。……さっきガリバードにも言ったけど、本当に君は面白いな」
「お気に召されたのでしたら良かったです」
「うん、気に入ったよ。君の言葉通り——証拠も手に入ったことだしね」
オルカスがピラピラと書類をはためかせる。
どうやらヘレミアはちゃんと仕事をしてくれたらしい。流石あだ名が『
「そう言えばヘレミアがいないんですけど……」
「アイツなら帰ったぞ。『……部長、期待してる』なんて言ってたが……あの調子なら吹っ掛けられるかもな」
「考えないようにします」
だって怖いもん。あの時俺がどんな約束したかも対して覚えてないし……いやマジでとんでもないことを対価にしてたらどうしよ。
ただ、考えないようにすればするほど考えてしまうのが人間というものだ。
つまりめちゃくちゃヘレミアに会いたくなくなってきた。
この際タダでいいかな? ダメ? ですよねぇ〜……。
「……さて、そろそろ私たちは行くとするよ。これからやることが沢山あるからね」
国に巣食う病が一つ治りそうだ、などと宣うオルカスの顔は非常に生き生きとしていた。
横ではエルフィリスが嫌そうに顔を歪めている。
ところでガリバード、お前は病原菌だってよ。お願いだから近付かないでもらえますか?(鬼畜)
鬼畜と言われても仕方ない思考は彼方に追いやり、俺はオルカスに向き合って頭を下げた。
「陛下、俺の我儘に付き合ってくださりありがとうございました」
「別に良いさ。私にも十二分にメリットがあったからね。——あ、そうそう」
騎士たちによって連行されるガリバードを見つめていたオルカスだったが、不意に俺に目を向けると。
「——明日全貴族を招集して病魔に侵された貴族たちを断罪すると同時に君のことも発表するから、絶対王城に来てね。これ、王命だから」
へぇー、明日も王城にいかないといけな……——はぁっ!?
ボク——クラリスは目を見開いたまま固まる青年の横顔を見上げる。
目元に掛かるか掛からないかくらいのくすんだ金色の髪。空のように澄んだ碧眼。ボクより30センチ以上高い身長。中々にがっしりとした太すぎず細すぎない均整の取れた身体付き。
それらに加え、鋭利な刃物のように鋭い目や真一文字に閉じた口、恐ろしいほどに整った顔がどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
でも——見た目なんて情報の一部でしかない。重要ではないんだ。
『——心配しなくても大丈夫ですよ。こいつなら絶対に強くなる……いや俺が強くしてみせますから』
彼、ハイモンドさ——君が大人二人に言い放った言葉。
ボクは二人に見つめられるだけで身体が竦んでしまったというのに、彼は臆さないどころか相手を驚かせるほどの自信と余裕を持って言い返していた。
かっこよかった。心の底から凄いと思った。
でも同時に——羨ましかった。
ボクも彼のようになりたい。
どんな相手だろうと胸を張って、自信満々に宣言できるようになりたい。
そう思う。強く、そう思っている。
でも——疑心が拭えない。考えれば考えるほどボクを離さないとばかりに絡みついてくる。
——ボクが彼のようになれるんだろうか?
こんな、情けないボクが。
——彼の期待に応えられるだろうか?
こんな、弱くて臆病なボクが。
——ボクが、彼の下にいてもいいんだろうか?
所詮抗うことを諦めた人間であるボクが。
恐怖に立ち向かう勇気のない弱い人間であるボクが。
「……ハイモンド君……」
「? なんだ?」
ボクが名前を呼べば、彼はボクを見つめてくれる。
目つきとは裏腹に穏やかで優しく、まるで包み込んでくれるかのような眼差しで。
彼がボクにその眼差しを向けてくれる理由は分からない。
——違う、きっとボクが聞けば彼は教えてくれる。
ただボクがその理由を聞くのが怖いだけなんだ。真実を聞くのが怖い……傷付くのが怖いだけ。
「……一つ、聞いてもいいかな……?」
……あぁ、ボクはなんて卑怯な人間なんだ。
ボクは痛みを知ろうとしないで、彼の優しさに甘えている。
あまつさえ——彼にボクの選択を決めてもらおうとしている。
「——ボクは、どうすればいいのかな……?」
過去を振り返っても、今ほど情けないと思ったことはない。
情けない、本当に情けない。
自分が嫌いになる。
「それを俺に聞いてどうする? お前の人生は、お前が決めろ」
「……そう、だよね……」
彼の言葉が深く、深く深く胸に刺さる。
痛い。今まで受けたどんな仕打ちよりも痛い。
苦しい。まるで心臓をキュッと掴まれたかのように胸が苦しい。
これらはきっと、彼の言葉が正論だとボク自身が認めているから感じるんだ。
でもね、ハイモンド君。
ボクにはね……何もないんだよ、何も。
全部、全部全部捨ててきたんだ。
持ってても辛くなるから。
痛くて泣きそうになるから。
考えれば惨めに思ってしまうから。
『——その生きている価値などない小娘なぞ捨て置けばいいものを!』
……あぁ……確かに、
ボクには生きている価値がない。
持っていたものを全て捨てたボクには生きてる価値なんて——。
「——だが、選択肢を提供し、一緒に考えることは出来る。お前が立派になるまで俺が何があっても手助けやる」
…………ぁぁ……っ。
「だが、負い目になど感じるな。俺の身勝手なエゴでお前を助けた責任もある。そもそもお前が強くなることこそが、何よりも俺の得にもなるんだからな。つまり——俺はあくまで投資しているに過ぎん」
…………ハイモンド君は、馬鹿だなぁ……。
そんなこと言われたって、無理だよ。
無理に決まってるじゃないか。
それほどのことを、貴方はボクにしてくれたんだよ。
でも——貴方が言うなら。
貴方がボクが強くなることで喜ぶというなら——。
「——ボク、頑張るね。……絶対、ハイモンド君が助けてよかったって思えるような人になるからね」
ボクは——ボクの全てを賭けよう。
——身も心も何もかも。
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ハイモンドは不安定な主人公ちゃんを励ますのに必死です(小声
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