第6話 瞬殺の不死者さん、キレる

「——先程から随分と城が騒がしいと思っていたが……そなたが原因か?」

 

 国王陛下が土下座した俺に問い掛けてくる。ジャンピング土下座についてはノーコメントですか。そうですか……。


 因みにこっちは土下座をしているので顔色を窺うことは出来ないが……怒っていないことを祈るばかりだ。いやマジで。


「……はい。全ての元凶である一人目の転生者と同じ転生者である俺が原因です」

「——もう一度、言ってみよ」


 俺が転生者の話を出した途端、顔を見ていなくても分かるくらいに怒気を溢れさせる国王陛下改めオルカス・トゥルース・フォン・ルミナスワン。


 控えめに言ってめっちゃ怖いんですけど。顔上げれないんですけど。

 それになんか触れられてもないのに肌がチリチリするのはなんで? この世界の人間って感情が事象に変わる超能力でも持ってるの?


「……今回の騒動は、俺がこの国の王女殿下を奪っていった害悪野郎と同じ転生者であることが発端です」

「その言い草……そなたはあのクソガキとは違う、と言いたいのか?」


 一国の長がクソガキって言っちゃてるよ。どんだけ嫌いなんだよ。いやまぁ自分の愛娘を奪われたらそうなりもするか。


 なんてオルカスに同情しつつ、俺は相変わらず頭を地に付けたまま真実だけを話す。


「この世界に転生させた神は変わりませんが……俺は彼のせいで狂ったこの世界を修正するために転生してきました」

「…………」

 

 無言やめてやめて。ほんと、マジで。こういう時の無言が一番怖いんだから。


 内心ビックビクな俺は床に敷かれたカーペットをジーッと眺めながら、オルカスの言葉を待つ。

 しかし俺に話し掛けてきたのは、別の者だった。


「フッ……私には、お前が世界を修正するなんていう崇高な目的を持った人間には見えんがな」


 陛下を護衛し、入ると同時に俺を虫呼ばわりして斬り掛かってきた女——エルフィリスである。

 言い方はアレだが、良く人を見ている。俺の性根を早速把握しておられるようだ。


 そして、それに追随するようにオルカスが口を開いた。


「……と、余の護衛が言っているが……どうなのだ?」


 意地の悪い質問だ。

 これで嘘を付けばそこを突かれ、事実だと認めても突かれる。どっちに転ぼうが俺に不利なように働くだろう。

 

 ……さて、どう答えたもんかね……。


 どう慎重に言葉を重ねたとて、更にどっちを取ろうとて未来は地獄ときた。最悪な選択肢だな全く。


 なんて嘆く俺だったが——先程までの会話とスレ民たちからの情報を下に、賭けに出ることにした。


「……そうですよ、エルフィリス様のおっしゃる通りですよ。俺は別に救世主ってタマじゃないです。なんならこんな俺の首が一発で飛びそうな場所に来ることさえ死ぬほど嫌がる小心者ですよ」

「……なら——」


 俺は何か言おうとしたオルカスの言葉に被せるように頭を上げて叫んだ。



「——でも仕方ないじゃないですか! 引き受けちゃったんですもん! あの害悪転生者がここまでとんでもないなんて思ってなかったんですもん! こちとら転生してまだ数時間しか経ってないんですよ!? それなのに……マジでなんなんだよあのクソ害悪野郎、置き土産が全部時限爆弾とか頭いかれてるんじゃないのか!? 少しは尻拭いするこっちの気にもなれよアホンダラ!! おかげで考えてた計画が全部おじゃんだよクソッタレ!!」



 賭けとは——ブチギレながらこの理不尽な境遇を愚痴ることで、彼らの同情を誘うことである。キャラ崩壊はこの際考えないことにします。

 自分で言うのもなんだが、いくら俺が軽く見ていたとはいえ流石に可哀想なくらい上手くいってないのだ。普通の人間なら同情するはず。


 実際、オルカスもエルフィリスも突然の俺の慟哭に面食らっている様子だった。

 まぁ土下座していた相手がいきなりキレ始めたら誰だって混乱するだろうが。

 

 そもそもなんだよ主人公奴隷堕ち+転生初日に処刑されるって。別の世界、別の人間の中に入ったことを戸惑う時間すら与えてくれないとか鬼畜過ぎるだろ。


 そう振り返って改めて、この理不尽過ぎる境遇に苛立ちを覚えつつも……彼らが戸惑っている間にさらに仕掛ける。


「良いですか、俺だって本当はこんな強引な手段は取りたくないですよ! でも数時間後にはこの世界を救う勇者はクライフィーバー家で殺されるんです! 勇者が死ねばこの世界は終わり! なら性に合ってなかろうが、ここに来る以外に俺に選択肢なんてないでしょう!?」

「——待て、今なんと言った? だと?」


 矢継ぎに放たれる情報の雨に打たれていたオルカスだったが……ついに餌に食いついてくれた。

 俺は内心でガッツポーズからの腹踊りを繰り広げながら、驚きを露わにした彼へと噛み付く。


「ええ、そう言いましたよ。だからこうして泣く泣く強引な手段を使っているんじゃないですかっ!!」

「……おい貴様、陛下に向かって何喧嘩——」


 俺の態度に我慢できないといった様子で手に持った剣を振り被るエルフィリスだったが。



「——エルフィリス」


 

 オルカスが淡々と彼女の名を呼んだ。

 それを聞いたエルフィリスは、チラッとオルカスを一瞥したのち……不承不承とばかりに大きくため息を吐いた。


「……分かった、陛下が良いなら私はもう何も言わない。——おいお前、陛下の寛大さに感謝しろよ」

「もちろんです」

「……ならいい」


 それだけ言うと、エルフィリスはフンッと鼻を鳴らして口を噤んだ。

 そんな彼女の様子を苦笑気味に眺めていたオルカスだったが……直ぐに顔が引き締まる。


「それで……殺される、とはどういうことだ?」

「言葉通りです。話すと長くなるのですが……例の転生者が余計なことをした結果、将来勇者となる少女は奴隷として公爵家に買われました」


 所謂『バタフライエフェクト』やら『風が吹けば桶屋が儲かる』といわれる現象である。なんとも傍迷惑な話だ。


「しかし、つい先日——」

「——失態を犯し、ガリバードが私刑を執行しようとしている、というわけだな?」

「陛下のおっしゃる通りです」


 俺が首肯すれば、オルカスは心底憎らしげに呻いた。


「クライフィーバー家、か……確かにやりかねない。だが——あの家に口を挟むのはこの余を持ってしても難しいことは……当然そなたも分かっているだろう?」

「もちろんです。なので——」


 俺は自らが持てる最後の切り札を切った。




「——俺があの家を丸裸にしてやります」




 ニヤッと大胆に、そして傲慢に笑いながら言い放つ。

 そんな俺の様子にオルカスは一瞬瞠目するも、冷静に問い掛けてくる。

 

「丸裸にするとは……あの家の悪事を摘発するのか?」

「そうです。俺は悪事の詳細もその証拠の居場所も知っています」

「何!?」


 オルカスが初めて驚きを露わにして声を荒げる。

 どうやら家に踏み込めない分、相当証拠を集めるのに苦労していたようだ。


 まぁ証拠の居場所も詳細も全部スレ民たちに聞いたんだけどね。ありがとうスレ民のみんな。


 俺は協力してくれたスレ民たちに感謝しつつ、俺のペースに持ち込むべく続ける。


「さらに、既にヘレミア・ミストリスをあの家に潜り込ませております。今頃証拠の居場所が間違っていないか確認しているところでしょうから、あとは陛下さえ許可していただければ……勇者を救える上に失脚させることが出来ます」

「ヘレミア・ミストリスだと……? あの『完璧フロウレス』が動いているとなれば……確実だな」


 オルカスははぁ……と大きなため息と共に椅子の背もたれに身体を預けると。


「……どうやら、そなたは嘘は付いていないようだ」

 

 だが、と言葉を区切ったオルカスが問い掛けてくる。



「——そなたはどうやってその情報を手に入れた?」



 既知の質問だ。何も動じる必要はない。

 

 俺はガチガチニキの完璧な計画に尊敬の念を抱きながら、俺はなんてことないふうを装って告げた。





「——全て、神の力ですよ」



 


 そんな俺の言葉を見定めるように目を細めたオルカスだったが……フッと笑みを零した。


「——降参だ、余の完敗である。……だが、前のことがある。まだ信頼することは出来ないが、信用はしよう。そなたの言葉に従い——これより余自らクライフィーバー家に向かうとしようか」

「へっ?」


 俺は最後の最後に現れた想定外に思わず素っ頓狂な声を上げる。

 そんな俺を、オルカスは楽しそうに見つめて言った。



「ふっ、神の力と言えど——余の負けず嫌いまでは分からなかったようだな?」


 

 こうして、紆余曲折の果てになんとか国王の説得に成功したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る