第7話 瞬殺の不死者さん、征く
「——全く……いつも私は少人数でもいいと言っているのに……」
「何馬鹿なことを言っているんだ。お前は国王なんだぞ、碌な護衛も付けずにクライフィーバー家に行けるわけないだろうが」
馬車に揺られながら茜色の窓の外を眺めていたオルカスがため息をすれば、呆れを浮かべたエルフィリスから毒を吐かれる。
しかしオルカスは意に介さずカラカラと笑って言葉を返した。
「エルフィリスなら誰であっても私に触れることすら許さないだろう?」
「それとこれとは話が違う。私だけ連れて行ったら、この国の騎士を信用していないと対外に言っているようなものだと——」
「そこは大丈夫だよ。なんたって君が騎士団長じゃないか。それに、みんなも今回だっていつものことだと思っているさ。私の放蕩癖は今に始まったことじゃないからね」
ハハッ、と笑うオルカスを見て大きな嘆息を吐くエルフィリス。
「本当にお前は……おい、ハイモンド」
そこで話を振らないでくれませんかね? 俺が気配を消していたの分かりません? もちろん呼ばれたら返事はしますけど。
「……なんでしょうか?」
「この聞き分けのない阿呆にお前からも言ってやれ。強い言葉も許す」
なんだ、許可が出たならお安い御用だ。
「俺がこんなにも必死に生きてるのに他の人がサボるなんて許せない。働け」
「よし、君は国家反逆罪で処刑にしよう」
「エルフィリス様、話が違うんですけど。陛下、もちろん冗談ですから」
「ははっ、私も冗談だよ。……半分はね」
オルカスがあっけらかんと笑う。
そんな彼の様子に俺はホッと安堵に——今『半分は』って言った? 言ったよね、言ってましたね。つまり半分は本気だってこと?
内心戦慄を覚える俺は、元凶であるエルフィリスをキッと睨み付けた。
まぁ当たり前のように俺の睨みなど気にした様子はない。それどころか心底楽しそうに笑い声を上げやがった。
「ククッ……ははははっ! コイツ、本当に言ったぞ! その度胸はあのゴミにもなかったな!」
「あんな奴と比べられたくないんですけど」
「確かにな。すまない、失言だった」
エルフィリスが素直に謝ってくる。どれだけ嫌われてだよ転生者。
呆れながら頭をかく俺を他所に、窓の外を眺めていたオルカスが朗らかな笑顔から一変、険しい顔付きで言った。
「——到着だ、そなたたちも気を引き締めよ」
「——これはこれは……どなたかと思えば、陛下ではありませんか」
馬車を降りた俺達を出迎えたのは、齢七十ほどの口髭をたくわえた老人だった。
しかしよぼよぼで今にも死にそうな見た目に反して瞳には覇気が籠もっている。非常に狡猾そうだ。
「……久しいな、ガリバード。隠居したのではなかったか?」
老人——ガリバードの飄々とした様子に、オルカスはスッと目を細めた。
「ほっほっほっ、息子の顔を見に来ただけですよ。親が子供の心配をするのは当然でしょう?」
「……そうか」
どこか見下すような声色で言うガリバードに対し、オルカスは一切の動揺も苛立ちも見せずに短く返す。俺はドン引きしています。
……こ、このおっさんエグいな……開口早々思いっ切り地雷踏むやん。相手は国王だよ? 殺されるとか思わないのかな。
因みに奴の息子の顔云々の言い分はまるっきり嘘である。
当主を息子に譲ってはいるが、実際にクライフィーバー家を支配しているのはガリバードであり……様々な悪事の主導はもちろん、主人公を買ったのもガリバードだろう。
なんてったってあのジジイ、ガチ勢でない俺でも知っているくらいの好色家だからな。ジジイなんだから枯れとけよ。
そして奴は——既に何人、何十人となんの罪もない少女を好き勝手弄び、気分で殺している。
つまり、紛うことなき真性のクズだった。
心に冷たい感情が渦巻く俺にガリバードの視線が向いた。
オルカスの時とは違い、少しばかり警戒しているようだ。
「……そこの小童、お主の名前はなんという?」
「ハイモンド・ルクサス。ルクサス家の次期当主だ」
「ほっほっほっ、年上を敬う心を持ち合わせてないようじゃな」
そう笑うが……目が笑っていない。プライドの高いガリバードの癪に触ってしまったのだろう。
だが、恐るるに足らず。
なんたってこっちには王国最強と国王がいるのだ。寧ろこれのどこに恐れる要素があるのか聞いてみたいレベル。
ん? 他力本願だって? それの何が悪いの?(クズ)
ということで、存分に権力の傘に入れてもらおう。
「悪いな、生憎敬う価値のない者を敬う心は持ち合わていないんだ」
さっきのガリバードのように見下しながら言えば、奴の顔から笑顔が消える。
代わりにオルカスとエルフィリスの顔が笑顔になっている。散々辛酸を嘗めさせられたんだろう。いい笑顔ですね。
「……陛下、側に置く者はしっかりと選ばれた方が良いかと」
「はっはっはっ、そなたも素晴らしい人選だと思うか! この者は小心者のくせして中々の胆力の持ち主でな、余も見ていて面白い」
すんごい煽り返しである。陛下、負けず嫌いが出てますよ。あと、しれっと俺を貶すのはやめませんか?
ただ、オルカスの見事なまでの煽りっぷりは効果覿面だったらしく、ガリバードの顔が真顔からいっそ憎悪すら抱いていそうな表情に変わっている。
しかし、流石長年尻尾を出さなかった狡猾ジジイなだけあり、直ぐに表情を取り繕って口を開いた。
「そうですな、中々に面白い小童でありましょう。……ですが、本日はその童を紹介しにきたわけではないのでしょう?」
これ以上会話を続けてはいけないと思ったのか。はたまた核心に触れない俺たちの様子に焦れたのかは知らないが、ガリバードが本題に入るよう促してくる。
対してオルカスは国王然とした厳格な面持ちで答えた。
「うむ、実はそなた……いやクライフィーバー家に国家反逆罪の疑いが出ておる。よって余自らやってきたというわけだ」
そう言うと同時——俺にも空気が変わるのが分かった。
「……国家反逆罪、ですと? 一体なんのことか……このガリバードにはさっぱり分かりませんな」
「そうか。ならば——余が捜索しても構わんな?」
白けるガリバードに煽るような笑みを浮かべて宣うオルカス。
互いの視線がぶつかり合い、空気がピリッと緊張感を漂わせる。
その時——ガリバードが顎髭を三度擦ったのを、俺は見逃さなかった。
「——陛下、奴が本体に合図を送りました」
「!?」
「エルフィリス」
「微弱な魔力を感じた。間違いない」
俺達の会話を前にガリバードが驚愕の表情を浮かべると、慌てた様子で何かを呟こうとするが——ガチ勢が付いている俺にはお見通しである。まぁ万が一二人の顔や態度に出てはいけないので、誰にも話していないが。
俺は全力で駆け出しながら、馬車内でエルフィリスより教わった、自らの身体に魔力を纏う技——《身体強化》によって自らのステータスを強化。
これにより、ただでさえ高いステータスを誇るハイモンドの『速度』は——一息の内にガリバードの目の前に移動することを可能にした。
「ば、馬鹿——」
当然狙いを見透かされたガリバードは焦りと驚愕によって、分身の魔法の発動を失敗させ、信じられないとばかりに言葉を紡ぐ。
そんな奴の言葉の聞きながら、俺はとある出来事を思い出していた。
『——目の前にクズの貴族がいたらどうしますか?』
貴族のいない日本では意味不明過ぎる質問。
また、俺の人生を変えることとなった質問。
それに対して、俺はなんと答えたか。
そうだね——
「——吹っ飛べッッ!!」
——『助走からの飛び蹴りを食らわせますwww』だったよね。
——ドゴンッッ!!
有言実行とは正にこのこと。
助走から放たれた飛び蹴りは、とても蹴りから発生した音とは思えない轟音を響かせながら——ガリバード(分身)を弾き飛ばすのだった。
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いよいよ主人公(女)の登場!!
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