第4話 瞬殺の不死者さん、ただいま博打中
「——さて、ここまでは計画通りか……まぁ俺が考えたわけじゃないんだが」
俺は、暗くて寒い上に若干湿っぽい鬱屈とした空間——王城の地下にある牢屋に鎮座しながら感嘆の声を漏らした。
因みにガチ勢によると、二年後に訪れる破滅やら勇者については極秘情報らしく、それを知る俺を賢人たる国王陛下の性格上、無下にするはずがないとのことだった。
実際、最初は殺す勢いだった兵士たちがこうして牢屋にぶち込むだけに留めたのを鑑みれば……ガチ勢たちの分析はバッチリ当たっている。
いやーガチ勢って凄いね。こうも計画通りに事が進むとは思ってなかったよ。もしかしてガチ勢ってみんな人間心理学を専攻してるの?
なんて下らない考えが頭を巡るくらいには暇を持て余している俺の下に、数人の足音が近付いてくる。
やっとお迎えが来たらしい。どうか死神のお迎えじゃないでくれよ、マジで。
俺は今更ながらに緊張で喉の渇きを感じつつ……耳を澄ませ、牢の外を凝視する。
静まり返った空間の中にコツコツと複数の地面を叩く音が響き——遂に姿を現す。
まずは、さっき俺を捕らえた奴らより高そうで防御力に特化した甲冑姿の護衛と思われる数人の騎士たち。
そして彼らに守られるように——
——ピシッとした燕尾服に身を包んだ、細身で糸目の美青年が闊歩する。
そんな彼の姿を見た瞬間、俺は内心ガッツポーズをした。
理由は単純明快——彼こそが今回の計画のキーマンだからである。
この糸目イケメンの名前は——ヘルパス。
この国の宰相にして、数世紀という膨大な寿命を誇るエルフだ。耳は魔法で隠されているので他の人間にはただの人間にしか見えないだろうが。
そんな彼がなぜキーマンなのかと言うと、ガチ勢曰く——俺の中にある神の力を感じ取れるから、らしい。
余談だが、俺の中にある神の力とは『スレッド』のことだ。どんな力か問われたら絶対言えない。他力本願の極みみたいな力だし。
どうせならカッコいい力も欲しかったな……などとないものねだりしている傍ら、彼らは俺が収容された牢の前で立ち止まると、一人の騎士が口を開いた。
「ヘルパス様、彼が先程騒ぎを起こした頭のおかしい罪人でございます」
おい、誰が頭のおかしい罪人だ。こちとら本当に神の使いやぞ。まぁ俺も立場が逆なら同じように思うんだけどさ。
「……ほう、これは驚きました。君、言葉を慎んだ方がよろしいですよ」
「へっ? わ、私でございますかっ?」
俺がガンを飛ばしていた騎士に、こちらを見て一瞬驚いた表情を浮かべたヘルパスが直ぐに戻った微笑みと共に言う。
当然忠告された騎士は困惑に狼狽えているが、ヘルパスはコクンと頷いた。
「ええ、そうです。彼の者は……どうやら本物のようですので、もしかすると神罰を食らうかもしれませんよ? ほら、ハイモンド様に謝罪を」
「ひっ!? し、失礼いたしました!」
「……」
……いや、いきなり謝られてもこっちが困るんだけど。寧ろ俺の方こそごめんね、胡散臭い名乗りしちゃって。
慌てて頭を下げてくる騎士を前に俺が申し訳なく思っていると。
「一つ、質問させていただいても構いませんか?」
ヘルパスが感情の掴めない鉄壁の笑顔を浮かべながら聞いてくる。
本音を言うなら断りたい。こっちは腹の探り合いなんてしたことないのだ。
だが、ここで断ればヘルパスに不審がられること間違いなしなので……実質選択肢は一つしかなかった。
「……ああ」
「ありがとうございます。では——」
糸目だった目が僅かに開かれ——翠玉のような瞳が俺を射抜く。
同時に重圧が俺の身体にのしかかり、場の空気が何度か下がった気がした。
「——この世に神の使者が二人いると思いますか?」
……それは、どういう意味なんだ?
俺はヘルパスの要領の掴めない言葉に内心首を傾げる。
『神の使者』というのは、ゲームの世界ではヒロインの一人である聖女に使われる言葉だ。
しかしながら、今はどっかの傍迷惑な転生者のせいで絶賛不在中……いや改めて考えてみればとんでもないことしやがったな、転生者の野郎。
……ああ、そう言えば例の転生者も神の力を貰ったわけだから……見方を変えれば例の転生者野郎も神の使者ってわけか? 何それ、あんな自己中の極みみたいな奴と一緒なんて癪なんですけど。
なんて憤るのも程々に、いい加減黙っていては怪しまれそうなので慎重に言葉を選びながら口にする。
「……さぁな。ただ、俺がいる以上……何人かいても不思議ではないな。——これでいいか?」
別に嘘はついていない。
実際聖女に俺、例の転生者を合わせれば三人……奴を合わせなくても二人はいるわけだしな。神の力を持つ奴が神の使者かは知らんけど。
俺は一抹の不安を覚えつつも、それをおくびにも出さずヘルパスを見つめ返す。
こういう時、ハイモンドが強面で良かったと思う。ちょっとビビってもとバレなさそうだもん。
「……そうですか。お答えいただきありがとうございます」
数拍もの沈黙を置いて、再びヘルパスの顔に微笑みが戻る。
その素早い変わりように驚くのも束の間。
「彼を解放しなさい」
「は、はっ!」
俺はヘルパスの一声であっさりと牢生活を卒業した。
神の使者云々は想定外ではあるが、それ以外は一応ガチ勢たちの計画通りなので既知の出来事ではあるのだが……ちょっと釈放早すぎないですかね、と思わないこともない。
「ハイモンド様、失礼をいたしました。お怪我は……ないようですね」
「……そんなに簡単に釈放してもいいのか?」
薄気味悪い笑みをたたえたまま頭を下げるヘルパスの姿に、俺はつい問い掛けてしまった。
当然直ぐにミスったと悟って内心苦い表情を浮かべる俺だったが……ヘルパスは気にした様子もなく言う。
「ええ。これでも——目には自信がありましたので」
「……そうか」
なんか何言っても墓穴を掘りそうな気がして、結果としてそっけない言葉しか出てこなかった。
しかし相変わらずヘルパスは気にする素振りを見せず、にこやかに言った。
「——それでは、陛下の下に案内いたしましょう」
——歩くこと十数分。
俺が連れてこられたのは、よく漫画やアニメで見る玉座の間のような所。
幾つもの巨大な扉兼窓が外を映し、頭上にはこの空間を照らす超巨大なシャンデリア。床にはホコリ一つないレッドカーペットがひかれ、それの行き着く先には一つの綺羅びやかで己の権力を誇示するような大きな椅子——玉座が鎮座している。
正直一般市民である俺には目がチカチカしてしまうほどに豪奢な場所だ。ここ住んでたら視力めっちゃ落ちそう。
なんて思うのもそこそこに、俺はコツコツとレッドカーペットの上を歩いていくヘルパスに尋ねる。
「……陛下はどこにおられるんだ?」
「——陛下はここにはおられませんよ」
そんな彼の言葉と同時——俺達が入ってきた扉から何十もの騎士が雪崩込んでくるではないか。
オマケに一人一人が門番とは比べ物にならないほどの気迫を纏っており——誰も彼もが俺に敵意を向けていた。
…………あの、これはどういう状況……? あ、もしかして俺を
「貴方にはここで死んでもらいます——ッ!!」
——してるわけないですよね〜……。
俺はクワッと目をかっぴらいて怒りを露わにするヘルパスを見て、計画に狂いが生じたことを悟る。
本来ならエルフながら愛国心の強いヘルパスが国王陛下の下に連れて行ってくれる手筈だったのだが……。
「……どうして俺は死ななければならないんだ?」
俺が展開についていけず、回りの騎士たちに視線を巡らせながら尋ねれば。
「ふふっ……ははははははッ!! どこまでも私を、この国を愚弄してくれますねッッ!! 確かに一度目は失態を犯した私ですが……私とて二度も騙される愚図ではないのですよッッ!!」
憎悪を瞳に浮かべながらギリッと奥歯を噛むヘルパス。普段の冷静キャラはゴミ箱に捨てられ、憎悪という炎で焼却されたようだ。
その姿を見て俺は全てを理解した。
——例の転生者……陛下たちの承認なしに
そうと分かれば、今の俺に彼らを説得することは不可能。
よって俺の取れる行動はただ一つだ。
俺は大きな大きな深呼吸をすると。
「——撤退っっ!!」
「——総員、掛かりなさいッッ!!」
生死を分ける、命懸けの鬼ごっこがスタートした。
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