第7話


 二人は再び鈍重なロボットの横をすり抜けるようにして壁をよじ登った。

 壁の上から、下でうろつくダークグリーンのロボットを見下ろして、彼は言った。

「さっきは寒くてそれどころじゃなかったが、俺たちが伝染病の生き残りって線は薄そうだな」

 二度目の壁のぼりで疲れたのか、ジュンは座り込んだまま、そうだねと答えた。


「伝染病が流行ったのが2502年だとすると、それから200年過ぎてることになる。君はどう見ても30以上には見えない」ジュンが言う。

「お前も、20代前半にしか見えん」

 ジュンの滑らかなうなじに視線をやりながら彼も言った。

「という事は伝染病の頃は、まだ生まれていなかったことになる。どういう風に伝染病が治まったかはわからないけど、それから逃れるためにカプセルに入ったというのはあり得ないよ」

 うつむいたままジュンが首を振った。


「二百年近く冬眠していなかったとすれば、だけどな」

「そうだね。年をとることなく冬眠できるのなら、また変わってくる。あり得ないと思うけどね」ジュンは否定的だ。

「どうしてあり得ない?」

「だって、そんなことができるなら乗員は交代で冬眠するとかすれば目的地まで生きて到達できるはずだろ、さっきの記事ではそういう技術がありそうには思えなかった」

「まあな。でもあの記事が書かれてから200年たってるわけだから、今でもないとは言えんぞ」

 彼の言葉に、ジュンが弱弱しく笑った。

「まったく。記憶がないのがいらだたしいね」

「伝染病のワクチンも、もうできてるはずだよな」

「その必要があれば……もうできてるだろうね」

「大丈夫か?」

 なかなか立ち上がらないジュンに彼が手を差し伸べた。


「ありがとう、血糖値が低くなってきたみたい、つまり腹ペコなんだ」

「そうか、ビスケット3枚だけじゃな」

 ジュンが彼の手を借りてようやく立ち上がる。

「先に進むことにしよう、俺たちを覚醒させたやつらが、俺たちを飢え死にさせる気がないなら、この先に食い物くらいあるだろう」

 ひとつうなずいたジュンとともに、彼は一度通った道を歩き始めた。


「そうだ。僕らを覚醒させた奴のことだけど、今まで僕らは、そいつがロボットも操っていると思っていたよね」

 ジュンが何かひらめいたようだった。

「まあそうだろうな」

「でも、そう考えると不合理なんだったよね。だって、わざわざ覚醒させておいてロボットに襲わせるんだから、変だ。ひょっとしたらそうじゃないかもしれない。ロボットはそいつの指令で動いているのではないのかも……」

「どういうことだ?」

「つまり、ロボットを操る意思とは別の者が存在する可能性。ロボットはおそらく船のコンピューターに操られてるだろう。そして船のコンピューターが何らかの理由で人間に反抗しだしたとしたら、僕らを覚醒させたのは人間側の意思であり、僕らにロボットたちを撃破して欲しかったとか」

「うーん、なんか映画なんかにありそうなストーリーだな。やや荒唐無稽に近い」

「そうかな……」

 横を向いたジュンは少し気分を害したのかもしれなかった。


 しばらく敷かれたレールの上を進むようにしていると、彼らの前に望んでいたものが見えてきた。

 通路の端に食料を載せた台車が現れたのだ。


「わお、ご馳走だ」

 それまで力が入らないのかのろのろ歩いていたジュンが、目の色変えて走り出した。

 苦笑いしながら彼も続く。

 しかし、そのとき物陰から飛び出してくる者が居た。


「危ない、ジュン、逃げろ」

 食事の台車しか見ていなかったジュンはそれに気づくのが遅れた。

 体当たりを受けて転がる。

 ロボットかと思ったが、襲ってきたのは人間だった。

 ジュンに馬乗りになって両手に持ったナイフを振りかぶる。


「止めろ、動くな」

 必死に叫ぶ彼からは、まだ10メートル離れている。

 間にあわない。

 目を瞑った瞬間、轟音がこだました。

 目を開けると、血まみれになった男がジュンの横に倒れていた。

 ジュンの手には、先ほど倉庫で見つけた拳銃が、銃口から白煙をかすかに上げながら握られていた。


「あの時は仕方なかった。もうくよくよするな」

 彼は食事もとらないジュンの肩を抱くようにした。

 台車の上にあった食料は袋に詰めて持ってきてある。

 あの場所からは10分ほど歩いてきたところだ。

 しかし、彼の言葉も聞こえないように、ジュンはうつろな足取りを進めるだけだった。


「仕方ないなんてあるだろうか。僕はこの手で人を殺してしまったんだ」

「やらなきゃお前が殺されていたんだぞ」

「僕が殺された方がよかったのかもしれない。僕が生き残った方がよかった理由なんてないだろ」

「何言ってるんだよ、正当防衛じゃないか」

「自分を守ることってそんなに大切なことかな」

 なんか話がかみ合わない。

 彼はじれったさに頭を掻き毟りたくなった。


「わかったよ。悔やむだけ悔やんだらいいさ。しかし、済んだ事は元に戻らないんだ。今となっては、あいつの分まで生き残る義務ができたんじゃないか?」

 やっとジュンが彼の方を見た。

 泣き顔のジュンはいとおしかった。


 公園のような場所に来ていた。

 噴水があって、ベンチがある。

 本物かどうかわからなかったが、樹木さえ生えていた。

 そのベンチに二人は腰掛けた。


「わかった。もう君を困らせないから。でも、あいつはどうして僕に襲い掛かってきたんだろう」

「さっぱりわからん。ロボットに追い詰められて狂ってたのかもしれない、あるいは、伝染病が再発したとか」

 自分で言いながら、その可能性にぎょっとなった。

 もし病気が再び発生していたのなら、自分たちも気が狂ってお互いに殺しあうことになるかもしれない。

 そのシーンはロボットが襲い掛かってくるよりも、彼に恐怖感を与えた。


「食べるよ」

 ジュンが言って、食料の包みを解いた。

 ジュンが食べている間、彼は先ほどのことを再び考えていた。

 台車の食料に向かってかけていくジュン。

 そしてそれを待ち伏せしたかのように、飛び掛る男。

 そうだ、まるで待ち伏せしていたみたいだった。自分で食べることもせずに、誰かが来るのを待っていた。

 罠にかかった獲物を捕らえるように、ジュンに飛び掛る。

 やつの誤算は、俺たちが二人組だったことと、ジュンがピストルを持っていたことだ。

 両方とも予想外のことだったんだろう、あの男にとっては。


 まるで、自分以外はすべて敵と思ってでもいるかのようだ。

 自分以外はすべて敵。

 その言葉は、彼の記憶のどこかにひっかかる気がした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る