第6話
二人は自分たちが登ってきた壁の部屋まで引き返した。
さっきの男が捕まった部屋の方が近かったが、あのロボットは任務完了して格納庫に戻っている可能性が高いと考えた。
その点、自分たちを追っていたロボットは二人が壁を上って逃げるのを下でずっと見守っていた。
任務完了していないからまだ元の場所に戻れないのだ。
「律儀にまだ居たな。じゃあ俺はこっちから降りる。お前はここに居てもいいんだぞ」
ダークグリ-ンのロボットを見下ろしながら、彼は言った。
下りる方が上るより難しいし、危険でもある。
二メートルはある巨体のロボットがプラモデルみたいに小さく見える。
「いや、僕も行くよ。君だけ危険な目にあわせるわけにはいかない」
なぜいかないのか、彼にはピンとこなかったが、まあいいだろうと言って壁を下り始めた。
上るときは夢中で気付かなかったが、この壁は滑らかな垂直ではなかった。
うねるような起伏がある。
しかも場所によっては大きく逆勾配になっているところもあった。
目的を失って途方にくれていただろうロボットが、二人の下でご馳走を待つ犬のように、尻尾の変わりにその太い腕を振って低い唸りを上げた。
二人は離れた位置から降りていき、先にジュンが囮になった。
ジュンがロボットの手の届くくらいまで先に下りてロボットをひきつける。
その隙にジュンより高い位置に居た彼が飛び降りた。
降り立った彼をめがけてロボットが近寄るうちに今度はジュンが飛び降りる。
ロボットを引き連れたまま二人は走って適当なドアを探した。
「あれなんかいいんじゃない?」
ジュンが指差す先にはT字路の正面にグレーのドアが見える。
小さめのドアだった。
これまでこの施設の中をさまよっていてわかったことなのだが、ドアには二枚分の幅のドアと、一枚分の幅の狭いドアがあるようだった。
思えば最初に目覚めた部屋のドアも狭い方のドアだった。
「都合がいいな、あれにしよう」
最初はドアの前に立って、走ってくるロボットを避けてロボットにドアを破らせることを考えていたが、そううまくはいかなかった。
もともとそんなにスピードの出ないロボットなのだ。
「ちょっとどいてろ」
彼はジュンを脇にどけさせた。
役には立たないかもしれないが、腰のナイフを抜いた。
目の前の巨体が、スイカくらいもある拳を振り上げた。
叩きつけて来る拳を避ける。
その拳がドアをたたいた。大きな音が耳をつんざく。
一度では壊れなかったドアも、3回目で大きくしなって鍵が壊れたのがわかった。
「先に入れ」
彼はジュンに言って、ロボットを左の通路にひきつけた。
ジュンが部屋に入るのを見届けると、ロボットの横を素早く抜けて、回り込む。
フェイントを使うことで、この鈍重なロボットから容易に逃げられることを彼はすでに学んでいた。
ロボットは、そのドアをくぐることができない。
幅が狭いから入れないのだ。
その点都合のいいドアだった。
部屋の中は、これまで見て来たのとはかなり趣が異なっていた。
棚が並んでいて、荷物が積み込まれている。
死角が多く部屋の奥まで見通せなかった。
「ジュン何処だ?」
彼は積み上げられた用途のわからない物体を観察しながら奥に進んだ。
天井は廊下と同じくらいの高さで、幅は5メートルほど、奥行きはその倍くらいある部屋だった。
薄暗い。
「こっちだよ、面白いものを見つけた」
声の方にいくと、ジュンがデスクに向かって、モニターを眺めていた。
部屋の入り口を振り向いてみると、入り口から一メートルくらいおいてロボットがおとなしく立って居るのが見えた。
「なんなんだ?」
ジュンの横に立って彼は聞いた。
「古くなって廃棄されたパソコンかな。ここは不要不急のものを保管する倉庫なんだろうね、古いパソコンとはいえ電源は入るし、データも消されてないようだよ」
彼もモニターを覗き込んだ。
『WINDOW2500』の文字が一瞬出た後、デスクトップが現れた。
「何かめぼしいデータはありそうか?」
「ちょっと待って。あった、ここかな」
記憶媒体の中身を吟味したジュンが、ひとつのフォルダーを開く。
『船内報』というフォルダーだった。
「やっぱりここは宇宙船の中みたいだ。これはこの船の新聞だよ。ちょうどいいものがあった、これで僕らの境遇がわかるかもしれない」
ジュンは記事を一つ開いた。
船内報 2502 1120
☆ 新型ウィルス発見される。致死率65%空気感染
なぞの疾病の病原ウィルスを確認。すでに感染率は船内の人員の9割に及んでいるものと思われる。ワクチンの製造はこれから始められるが、おそらく間に合わないだろう。
乗員は栄養状態を良好に保ち、安静にしていることが必要。
「何だ? この船の乗員は伝染病で死んじまったってことか?」
「これが一番新しい船内報だけど、このパソコンは廃棄されてからかなり時間がたってるみたいだから、この後どうなったかはわからない。でも、僕らは伝染病の生き残りかもしれないね」
「その病気にかかったせいで、記憶がないのかな」
「その可能性はあると思う」
「じゃあ今になって俺たち、それに他のやつらも目を覚ましたって事は?」
「船の中の病原体が消えてしまったからかも。その時に目を覚ますようにセットされていたのかもしれない」
「しかし、それじゃああのクイズの意味は何だ?」
「目を覚ましても、気の狂った乗員が船を徘徊したら破壊活動をしかねない、記憶がないこともあるし、精神に異常をきたす病気だったのかもしれない」
「なるほど、そこまでは納得できるな、でもロボットが襲ってくる理由がつかないぞ」
「確かにね。その点はお手上げだ。伝染病を生き残るためにカプセルに入ってたとしたら、クイズを解いて部屋を出たとたんにロボットたちの歓迎を受けるはずだよね」
「他の船内報は?」
彼に促されたジュンが一番古い記事を開いた。
船内報 2478 0402
☆出発の日。人類の唯一の希望 ノア号が新たなる大地を目指す。
0700時 地球の軌道を離れたノア号は100年の航海を開始した。
もはや見送るもののない地球は薄い黄色のガスに覆われたままだった。夜の部分には光も見えず、昼の部分からも放送電波すら来ない。
周囲を回る衛星都市のいくつかの祝福を受けて、われわれはアルファケンタウリを目指す。乗員1万人のなかで、この旅の終着駅をみるものは居ないだろう。
それは我々の子供たち、孫たちの時代に達成されることになるのだ。
「今はいつなんだろうな。この数字は日時を意味してるのだと思うが」
「ちょっと待って、今の時間ならこのパソコンの時計でわかるはずだ」
ジュンがカーソルをカレンダーの場所に当てる。
モニターには『2701 0930』とでた。
「2701年だと? おかしいじゃないか。出発から200年たっている。とっくに目的地についている時間だぞ」
「本当だ。つまりこの病気の所為で予定が大幅に狂ったんだろうな。ちょっと、少し寒くないか?」
ジュンの言葉に、彼も、鳥肌が立ってるのは今わかった奇妙な真実のせいばかりではないと気づいた。
気温が下がっている。
「どんどん寒くなるな。このままじゃあ凍えそうだ」
二人は震える身体を寄せ合った。
「気づかれたんだよ、僕らを操ってるやつに。やつらがこの部屋から僕らを追い出そうとしてるんだ」
「この倉庫からは奥にドアもない様だな。あのロボット振り切るにはやっぱりあの壁を登るしかないか」
彼は入り口を振り向いた。
周囲の気温はすでに氷点下になってるようだ。
吐く息も白くなっている。
目が見えにくいと思ったらまつげが凍り付いていた。
「せっかく倉庫に入ったんだ。何か武器になるものでもないかな」
ジュンはデスクを離れると、震える手で棚の周りを調べ始めた。
彼も同じようにするが、指までかじかんでくる。
「あんまり時間はないな」
言ったとき、彼の目の端に格好のものが見つかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます