第25話 救世主と当たり前と一目惚れ

「私の星は地球のように、数多くの国家がひしめき合っている。


 で、この地球と同じように、私の星にもかつて、軍事力に勝る国がそうでない国を侵略し、資源を収奪する時代があった。


 そのうち、そういった国々が次々と独立するようになった。いわゆる宗主国の連中が、不況や自然災害で疲弊していた事も手伝った。この星の慣用句で言う、雨後の筍ってヤツか?まあ、そんなペースで独立していったわけだ。宗主国の連中も、渋々ながらそれを受け入れた。


 だがな。

 私の故郷の国だけは、違った。


 資源がたくさん取れる国だった。鉄やアルミニウムといった産業に必要な鉱物から、トパーズやサファイアみたいな宝石まで。だから、奴らは他の地域の独立は仕方がないにしても、私の国の独立は許さなかったんだ。


 といっても、私が生まれた時には、私の国はすでに『独立国』だった。政府も、国の通貨もあったし、独自の外交関係も築いていた。独立は許さない、といっても、実際にどうこうできる余裕がなかったからな。だが、完全に手をこまねいていたわけでもなかった。


 クーデターだよ。


 地球人換算で、私が10歳か11歳くらいの時だった。主要政党の名前や、有名な政治家の顔くらいは覚えていた時期だ。


 権力欲に満ちた将軍がいた。そいつがクーデターを起こし、軍事政権を築いた。旧宗主国も含めた、複数の先進国がそれを支援していた。選挙で選ばれた首相や、彼に近い立場の政治家は投獄され、国を追われ、あるいは殺された。


 そいつが権力を握ってから、国の経済は、見かけ上はむしろよくなった。貿易で利益が出るようになったからな。


だが問題はその分配だ。指導者層や外国が利益をほぼ独占し、一般市民には全く還元されなかった。数字の上では豊かになっているはずが、私達はどんどん貧しくなった。


 そして、将軍は独裁体制を敷いた。秘密警察や軍隊が、一般市民の動向を厳しく監視していた。少しでも政権に反対すれば、容赦なく死刑だ。デモなんかしようものなら、その場でハチの巣にされる。旧宗主国や先進国は、それを分かっていて将軍に武器を売りつけ、利益を得ていた。


 デモが目の前で鎮圧されている光景を見た事がある。私は運良く建物の陰に隠れていた。人々が流れるように撃ち殺され、倒れていった。まるで川みたいに死体が連なってたよ。その川の中に、私の父もいた。


 一家の稼ぎ手を殺されて、私と母は貧困に突き落とされた。四六時中腹が減ってたよ。夫を失い精神的にも追い詰められて、母は一家心中も考えてたと思う。


 だが、私の星は銀河連邦に加盟していた。そして、事態を重く見た連邦治安維持部隊が介入したんだ。


 そこからはもう大逆転だ。将軍は逮捕され、死刑になった。それだけじゃない。将軍を陰で支えていた先進国の連中も、悪質な行為をした者は死刑や終身刑を含めた処罰を受けた。


 それまで弾圧されていた政治家を軸に、新政府が出来た。おかげで国の経済も本当の意味で軌道に乗り、国も安定した。今では鉱物も宝石も国の資源だって、誇りをもって言えるよ。銀河連邦警察がいなかったら、私は今頃生きていたかどうか……。


 それで、銀河連邦警察に入りたい、って思ったのさ。彼らに希望を与えられたからな。今度は与える側に回りたい、って思ったんだ」


 バイオコップは言葉を切った。彼の話は、終わったらしかった。


「そんな事が……」


 オレは言葉を詰まらせた。何て言えばいいのか分からなかった。いつものノリの軽いバイオコップとは、ノリが違い過ぎた。日本の中流家庭に生まれ育ったオレには、想像すらつかないような話。


 オレだけじゃない。三村も言葉が出てこなかった。


「雰囲気重くしちゃったかな?」


 と、バイオコップ。


「でもまあ、私の場合はまだいい方さ。なんだかんだで、まだマシな結末を迎えられたんだから。で、他の星の困ってる人達にも、せめて『まだマシな結末』を届けたいってわけ。

 それと、ソウジュはまだ話してないだろ?私も聞きたいな、君が私と一緒に戦ってくれる理由」


「それは……まあまず、報酬もらってるし」


「そういうんとちゃうねん」

 すかさず三村に突っ込まれてしまった。ついでにバイオコップが、


「なんか今のツンデレっぽい」

「余計な事言うんじゃねえ」


 とはいえ、正直図星だ。周りのノリでこんな事言うなんて恥ずかしい。


 それでも、オレはゆっくりと口を開いた。


「最初は嫌だった。戦う理由なんて何もなくて、バイオコップにも辞めたい辞めたいってずっと言ってた。


 でも、転機は三村が怪我してからかな。三村が夢を追っかけてるのを知って、オレも昔諦めた夢を追うようになって……。


 って事をしてるうちにさ、気付いた事がある。最初は薄々感じてたくらいなんだけど……あの、チーターみたいな不明体が現れた時かな?大学がメチャクチャに壊されて、そのタイミングでハッキリ自覚した。


 まあ当たり前の話なんだけどさ、オレ達が夢を追いかけるのって、『当たり前の日常』が前提なんだな、って。


 サッカー選手になりたいなら、例えば一日三食食えること。練習のためには設備や道具も必要だ。さらにそれを運んでくる物流。もちろん、練習しに行って、何事もなく帰ってこられるには、周りの環境が安全である必要がある。


 ネットに絵をあげるのだって、まずWi-Fiが必要だ。電気もいる。二次創作がしたければ、アニメや特撮が見れる環境がいる。そもそもの制作体制しかり、DVDやブルーレイの生産と流通しかり、配信サイトしかり」


 三村は目を丸くしていた。バイオコップが不思議そうにしているのも、雰囲気で分かった。


「つまりさ、夢を追っかけるのって、前提条件があると思うんだな、って実感したわけよ。当たり前って思ってるものが当たり前になければ、夢を追いかける余裕なんてなくなる。


 夢を追いかけるだけじゃない。普通に生活しようにも、当たり前のものが当たり前になきゃいけない。


 この『当たり前』って、誰かが守んなきゃいけないんだなって痛感したわけよ。誰かがやんなきゃ、不明体が全て破壊してしまう。だから、それを守るために……オレ自身も含めて、誰かの『当たり前』を守るために戦うなら、それも悪くないのかな、って」


 一瞬、沈黙。


「おお~……」


 三村とバイオコップの声がハモる。


「巻田君、意外とちゃんと考えるんやな!」

「私もビックリした。意外な一面だな」


「……お前達、オレの事馬鹿にしてないか?」


 それからはポツポツと話した。やがてみんな黙る。何を話せばいいのか、少し分からなくなった。


 沈黙を破ったのはオレだった。


「まあ、お互い過去にあった事も、今やらなきゃいけない事も違うけどさ。それぞれの場所で、それぞれ頑張らなきゃいけないって事よ」


「おっ、いい事言うやん」

「ちゃかすなよ……」


「ま、そうだな」

 と、バイオコップ。


「お互い、やらなきゃいけない事をやろう。私達はとりあえず今、休まなきゃいけない。ミクは足へのダメージを和らげなきゃいけないし、私達は戦いで負ったダメージを回復させなきゃいけない。


 そして、私とソウジュで、作戦会議をしよう。タイプOを倒す方法を、考えなければ」


「ああ」


 それからはアイデア出しに明け暮れた。まずは出来る事を考えなければ。誰かの当たり前を、守るために。




 その頃、アパート。


「なるほど……そういう事があったんすねえ」


 俺=須崎ソウタの目の前で、マオはうんうんとうなずいた。側に座っている千堂シュンジも、うんうんとうなずいている。


 俺達はマオにいきなり召集をかけられた。バイオコップを捜しているが、警察の動きが活発になっている事もあるし、一旦休憩したい。その間話し相手になってほしい。で、それからちょっと手伝ってほしい――という、何ともユルい理由だった。


 マオから状況は聞いていた。警察からの攻撃は思ったより多いらしい。もちろん、戦力差があり過ぎる。ダガーワスプと対峙した機動隊員で、今も生存しているものはいない。


 いざ行ってみると、俺がなぜ昆虫が好きなのか、そして千堂がなぜ特撮が好きなのか聞かせてほしい――といきなり言われて、正直少し驚いた。


 マオ曰く、聞いた事がないから、との事だった。確かに話した事がない。で、まずは俺から話した、ってわけ。


 あのクロアリとツマグロヒョウモンの事は、今でも忘れない。写真や動画なんかとらなくても、俺の脳裏にハッキリと刻まれている。小さな体で、精一杯に生を叫ぶ気高い命。


「じゃ、次は千堂クン、聞かせてほしいっす」

「うん」


 千堂はうなずいた。前みたいに、マオに怯える様子は全くなかった。むしろ誇らしげなくらいだった。変わったな、と俺は心の中でつぶやく。


 実は俺は一度、聞いた事があった。俺と似たような話だった。偶然の帰結によって生じた出会い。そこから生まれた、人生を変える衝撃。


「この話を始める前に、特にマオに、まず説明しなきゃならない事がある。データカードダスって知ってるか?


 ……知らないか。ま、簡単に言うと、ゲームセンターって施設にデカい機体が置いてある。そこにお金を入れると、カードをもらえる。そのカードを使って遊ぶわけだ。


それから、遊べるゲームは機体ごとに一種類だけ。だから、ゲームセンターには何種類かのデータカードダスが設置されているのが普通だ。


 おれはその時、小学3年生だった。データカードダスが好きで、小遣いが貯まればそれにつぎ込んでたようなものだった。当時流行ってるゲームがあってさ、やるのは決まってそのゲームだった。


 でも、そのゲームが好きだったわけじゃない。別に好きでもないアニメのゲームでさ。キャラとかも全然分からなかった。


 あの頃から、おれは学校でも家でも四面楚歌に等しい状況だった。今思えば、心の穴を埋めてくれるなら何でもよかったんだろうな。


 で、その日、いつもやってるゲームを遊びに行った。でもそのゲームの筐体が修理中。で、仕方なく選んだのが、たまたま傍にあったウルトラガイのゲームだ。


 でも、実際にゲームで遊んだわけじゃない。何だか気後れしちゃってさ。お金を入れて、カードだけもらう事も出来た。おれはそうしたんだ。


 で、出てきたカードが、テリブルキャタピラーっていう怪獣のカードだった。


 厳密に言うと怪獣じゃなくて……って、これは話がややこしくなるな。とにかく、そいつのカードを手に入れたんだ。初登場はもう50年以上前の、古い怪獣。


 でもさ。その怪獣の姿に、おれ一目惚れしちゃったんだ。


 青い体に、背中にはオレンジ色の結晶体。オレンジ色の頭には1本の角が生えてて、目は緑。よく見ると目が照準になってるんだ。まさに生物兵器。生き物っぽいところと、兵器っぽいところがブレンドされてるんだよね。


 むちゃくちゃカッコいい、って思ったんだよ。おれが知ってるアニメやゲームのキャラクターとは違う何かが、テリブルキャタピラーの中にはあった。


 家に帰って、動画サイトでテリブルキャタピラーの動画を検索した。あいつ、異次元空間から空を割って現れるんだ。ガラスみたいに、バリーンって。で、テリブルキャタピラーが顔を出して、その向こうには異次元空間が広がってる。


 それからだな、特撮にハマったの。敵も味方も、かっけえキャラクターがいっぱいいる。テリブルキャタピラーみたいな人気キャラは後年の作品に再登場して、技術の進歩でさらにカッコよくなったり、意外な一面を見せたりする。


 後はストーリーも好きだし音楽も好きだし……。ま、特にストーリーかな。めちゃくちゃ共感出来たり、思わずハッとするような考え方が、ストーリーの中に出てくるんだ。そういうのも含めて、特撮の魅力だと思う。


 あと、特撮のおかげで、SNSで色んな人と繋がれた。特に、誰かのリクエストに応えて怪獣や怪人のイラスト描いたりするとさ……この人の『好き』を具現化出来たんだと思って、すげえ充足感がある。


 何より、おれが初めて見つけた『好きなもの』だ。文字通りこれしかない、って時期も長かったしな。


 で、卒業する気配も全くなく、今に至るってわけ」


「へえー!」


 マオが感心したような声をあげる。


「なんか須崎クンと似通った感じの経緯なんすね。偶然出会ったものにその場で心奪われて、そのまま好きになるって」

「言われてみれば、確かにそうかも。似た者同士なのかもな」


 千堂が笑う。俺もそう思う。


 そして。


「なあ」


 俺はマオに話しかけた。


「お前の事は話さないのか?」

「え?」


 マオは不意を突かれたような顔をした。


「お前はどこから来たんだ?なぜバイオコップ殺害にこだわる?単独犯なのか、同族はどうした?」


「……正直、わたしの事聞かれるとは思ってなかったっすよ」

「この流れなら聞くだろ、普通……」


 過去に何度か、同様の質問をしたことがある。そのたびにはぐらかされた。正直、今もダメもとくらいの気持ちだった。


 マオはひと呼吸置いた。


「ごめんなさい、それは話せないっす」

「なぜだ?俺達がそれを知ると、作戦の遂行に支障が出るのか?」


 マオは少し間を開けて、

「まあ、そうともいえるっすね」

 と言ってきた。何とも煮え切らない言い方だ。


「でもね」


 マオは顔を上げた。決然とした表情。


「これは絶対にホント、って事は言っておきたいっす。まず1つ、わたしはわたしの部族に誇りを持ってるっす。


 そしてもう1つ、わたしは地球の事をなるべく覚えたいっす。見たもの、感じたもの、知ったもの、聞いたもの……当然その中には、須崎クンや千堂クンの事も含まれてるっすよ」


 それから、マオの部族の話になった。


 間違いなく名門部族っす。マオはそう言った。

 部族の歴史は、伝承によれば5千年前に遡る。彼らは周辺部族を次々に併合し、広大な領地を築き上げた。その後は戦闘部族として、時の権力者に仕えては惑星の命運を決めるような戦で戦い続けた。異星からの侵略者を追い払った事もある。


「すげえ部族なんだなー……」

 千堂がつぶやいた。


「そんな先祖の逸話なんて何もない、下らない家の出身だからさ。部族に伝承とか武勇伝があるって、全然想像もつかないや……」


「別にそんな卑屈になる事ないっすよ」

 マオが笑う。


「さて、わたしは仕事っす!ちょっと捜索範囲を見直さなきゃいけないっすねー。バイオコップが見つからないのはもちろん、警察を犠牲にしてもしょうがないっすからね。


 お2人にもちょっと手伝ってほしいっす。もし分かるようなら、警察の広報とかで、動向をチェックしてほしいっすよ」


 マオが声をかけてきた。これから憎い相手がどこにいるか捜す人間の顔には見えなかった。むしろ、格好が派手なだけで、普通の人間みたいに見えた。


 もし、こんな出会い方をしてなかったら。


 俺はフッと思った。


 俺達が、もっと違った出会い方をしていたら。例えば、マオが地球を観光しに来て、俺達とバッタリ会うとか。そんな出会い方をしていたら、俺達はどういう関係になっていたんだろうか。


 いや。

 俺はすぐに首を振った。所詮たらればの話だ。現実に集中しなければ。


 ネットで情報を集めるべく、スマホを取り出した。それにしても、これでバイオコップが本当に死んでいたらどうなる?マオはどうするつもりだ?バイオコップを殺しても、まだやる事があるのか?それとも……。

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