第24話 撃破完了!できるか回収?!
バイオコップ、敗北。
戦闘から1時間も経たないうちに、その知らせは文字通り世界中を駆け巡った。日本警察や自衛隊が不明体にまるで歯が立たない中、バイオコップは唯一の望みといってもよかった。そのバイオコップが、破れた。それも川に落ちて、生死すら不明だった。
人々の間にショックが走ったのは言うまでもない。不明体が初めて確認されてから時間も経ち、多くの人々が『なんだかんだで最後はバイオコップが勝つ』と薄々思い始めていた矢先の出来事だ。国内外問わず、ニュースも、SNSも、その話題で持ちきりだった。
だが、当のタイプO=ダガーワスプは、そんな事に関心を払う様子は見せなかった。曇り空の下、川の上空を悠然と飛ぶ。
辺りに人はいない。全員避難しているか、すでにダガーワスプの犠牲になったかのどちらかだ。静かだった。ダガーワスプの羽音以外に、聞こえる音はない。
そして、人々には知る由もないが、ダガーワスプの背後には黒幕=マオがいた。彼女はアパートの一室に潜み、プロジェクターの画面を睨みながら、バイオコップの生存の痕跡がないか探し続けていた。
捜索を始めてから小一時間ほど経っている。ダガーワスプがすでに出したハチ達も、街中に拡散させ、手分けして捜していた。
マオはさっきから休憩も取っていない。とてもそんな気分にはなれなかった。これでもしバイオコップが見つからなかったら。……あるいは、もしヤツの死体を確認出来たら……。
瞬間。
画面越しに、大きな音が響いた。地球人の武器についての知識もあったマオには、それが銃声だと分かった。
川沿いの道に、数人の警官がいた。空を飛ぶダガーワスプに向けて、拳銃を構えていた。
「3丁目の避難がまだ終わっていない!絶対にここで食い止めるぞ!!」
リーダー格と思しき男が大声を出す。おおっ、と他の警官も続けて声をあげる。
いい戦士達だ。マオの第一印象はそれだった。結束していたし、士気も高い。だからこそ、彼ら自身勝ち目がないと分かっているであろう戦いにも身を投じられる。
だが、不明体が情にほだされ、抵抗してきた地球人を見逃す事などあってはならない。それでは銀河連邦が、地球を守る意義は薄いと判断してしまう可能性がある。
マオはダガーワスプに、急降下するよう指示を出した。
その頃、町の海岸。
川の河口付近だった。ちょうど川が海に流れ出す地点だ。砂浜と、川が流れ着く海が広がっていて、夏はちょっとした行楽地になる場所だ。
川はかなり広かった。泳げる広さだ。実際ここで釣りをする人もいるらしい、と聞いていた。
その場にいるのは三村ミクただ1人だった。肩で激しく息をしながら、辺りを見回す。砂浜、川の水面、海の水面。やはり、彼女以外の人間の姿は見えなかった。
バイオコップが破れた、という知らせを聞いた時、ミクは頭を殴られるような衝撃を覚えた。
巻田ソウジュと、バイオコップの顔が思い浮かんだ。彼らは無敵じゃない。戦いに負ければ死ぬかもしれないし、川に落ちれば溺れるかもしれない。そんな当たり前の事を思い知らされた。とにかくいてもたってもいられなくなり、ここまでやってきたのだ。
スマホでもう一度、巻田に電話をかけてみる。反応なし。
次に、彼らの痕跡がないか、改めて辺りを見回した。
だが。
「ぐっ」
思わず三村の口からうめき声が漏れる。踏み込んだ右足から鋭い痛み。
ここまで来るのも一苦労だった。初めは調子がいいかと思われた右足だが、段々と痛みがひどくなってきた。三村は完治前の右足を、無理に動かす無謀さを実感していた。
少し深呼吸。足を止めていると、痛みが少しずつ引き始める。
改めて辺りを見回す――その時、三村は川の中に影を認めた。何かが浮かび上がって、また沈んだような……。
また浮き上がった。今度こそ、三村は確信した。
服だ。青い服。巻田が青が好きで、いつも青系の服を着ている事も彼女は知っていた。
まさか。
三村は海の中へ歩を進めた。まだ水深は浅い。歩ける距離だ。早くも服が水を吸い始め、動きが重くなる。潮のニオイが鼻につく。
また右足が痛む。今度は止まらなかった。痛がってる場合じゃない、と自分に言い聞かせる。ここで巻田を助けられなければ、どこまで流されるか分からない。
水中に両手を突っ込む。歩きながら、そこかしこに手を伸ばした。水面の上からは、水中の様子はよく見えない。触角代わりだった。
そして。
右手が何かに触れた。固い感触。
これだ!
三村はその物体をつかむ。布をつかんだ、という確かな感覚があった。
両手でそれをつかむ。一気に引き上げた。怪我しているとはいえ三村が体を鍛えている事、つかまれた『対象』が全くの無抵抗だった事……これらの要素がなければ、それも難しかったかもしれない。
その人物を、海面の外に引き上げた。顔が三村の眼前に現れる。
やはり、巻田ソウジュだった。彼は激しくせき込んだ。
砂浜に雑魚寝させようか……と思ったところで、タイプOの顔が頭に浮かんだ。アイツが巻田君を捜しているかもしれない。見つかったら、大変な事になる。
辺りを見回した。どこか、身を隠せそうな場所はないだろうか?
三村の目に入ったのは、海岸の奥にある松の林だった。あそこに行ったところで、野ざらし状態ではある。しかし砂浜よりは身を隠しやすいだろう。
三村は再び、巻田を連れて移動しなければならなかった。体にはかなり答えた。肩を貸した巻田の腕が、三村の体に食い込んでくるような感覚。服が海水を吸った事もあり、三村の体は大分重くなっていた。
何とか松の林に移動。とりあえず、巻田を松にもたれるようにして座らせる。
上を見上げる。松の葉は、思ったよりも大きく広がっていた。空の大部分が見えない。ダガーワスプからも隠れられる……だろうか?
そこで改めて、巻田の体がボロボロである事に気付いた。体中から出血している。切り傷なのか刺し傷なのか、三村には判別が出来なかった。とにかく、生身の人間にとって危険な状態なのは分かる。
近くに医療用具らしきものは当然ない。とりあえず自分のハンカチで、傷口を覆った。効果があるかは確信がなかったが、止血のつもりだった。
水や食料を与えるのが先だろうか?といってもそんなもの、この海岸のどこに……いや、付近の道路を探せば自販機くらいはあるか……?
その時。
「んっ……」
うめき声がした。巻田だった。顔をしかめながら、松の木から背中を離してもぞもぞと動いている。
「巻田君?」
声をかけると、巻田は心底意外そうな顔をした。
「三村?」
オレ=巻田ソウジュは、三村から大体の話を聞いた。オレが川に落ちた事を聞いてすっ飛んできた事、運よくオレを見つけて、ここに運んでくれた事。
話を聞いてから、バイオコップと2人で礼を言った。彼女が助けてくれなかったら、本当に死んでいた。
とはいえこれからどうすればいいのか……と考えていると、バイオコップが口を開いた。
「まずは体内の幼虫だ」
そうだ。オレの体内には確実に、数体の幼虫が潜んでいるはず。タイプOがその気になれば、今すぐにでもオレの体を食い破ってくるだろう。
「川とか海に落ちた時に、窒息死したりしてないかな?」
「その可能性はあるが、確証がない。今も体内で生きている、という前提で考えるべきだ」
「だとしたら、その幼虫を何とかしなきゃ。どうすればいい?」
「……1つ、考えがある。というかこれしかない」
「何だ?」
「謳天涼月光だよ」
全身から電撃を放つ技。バイオコップが何をするつもりか、オレには大体の想像がついた。
「幸い、装甲の修復プログラムは機能している。とりあえず、変身や稼働は出来る状態だ」
バイオコップが告げた。バイオコップは本来オレの体内にいる小さな生物で、『タイプB』の姿は装甲なのだ……と、改めて実感する。
バイオコップ曰く、昔のモデルは背中に主要機能が集中していたりして、結構弱点が多かったんだそうだ。それで改良を重ねて、今オレ達が使っているモデルが出来たのだという。
改めて、装甲の自己修復機能には感心した。オレ達が不明体と連日戦えるのは、装甲がすぐに治ってくれるからでもある。
「ミク、君は離れていてくれ。技を出すから、危ない」
「分かった……というか、ついでに飲み物探してこよか?向こうに道路があるで、多分自販機もあると思うわ」
「……頼む。ソウジュの体には水分が必要だ」
三村がその場を離れる。彼女の様子から、オレ達がどうするつもりかいまいち分かっていないように感じられた。
三村が歩き出してから、しばらく経った。もう彼女の姿は見えない。
「まずは変身だ」
バイオコップが告げてきた。
「了解」
オレの目が、黄色く光る。
変身しても、体は重かった。体はまだボロボロだ。むしろこの状態で立てるのか、と自分で感心するほどだった。
早速、オレは体中に力を貯め始めた。電撃が体を走る。
テレパシーで、オレとバイオコップは声を合わせた。
「謳天涼月光!」
体中に電撃が溢れ出す。オレは自分に、電撃を放ったのだ。
思わずうめき声をあげた。体中が焼ける感覚。直立姿勢を維持できなくなり、オレは顔から地面に突っ込んだ。
変身を解除。というか、維持できなくなった。呼吸が荒くなる。
「スポーツドリンクあったで……巻田君!?」
三村が戻ってきていた。顔色を変えて、こっちにすっ飛んでくる――しかしその途中で、一瞬動きが止まった。顔を思い切りしかめていた。明らかに苦痛を感じていた。右足が痛むのか。
三村に事情を説明するのにしばらくかかった。オレにその余裕がなかった。体力がもう限界だったのだ。
一通り説明すると、
「そうやとしてもめっちゃ無理するやん……」
と、三村はため息をついた。
「しょうがないだろ、そうでもしなきゃそれこそ脳や心臓食い破られるかもしれないんだし……」
「まあそうやけどさ……」
そんな事を話していると、不意にバイオコップが
「ミクこそ、大分無理したんじゃないのか?」
と口をはさんできた。
「それこそしゃーないやん、あたしが行かへんかったら溺れ死んどったで」
「まあそれはそうだが」
バイオコップはひと呼吸置いた。
「君は無理し続けてるんじゃないのか?」
「え?」
三村の目が少しそれる。バイオコップは続けた。
「私達を助けてくれるずっと前から、無理し続けたきたんじゃないのか?より具体的には、無理してリハビリしてきたんじゃないのか?」
「そんな事、なんで分かんねん」
「たまに君の話し相手になってるだろう。その時から、薄々感じていた。で、今の君の状態を見て、確信に至ったわけ」
「……連邦治安維持部隊の勘ってとこか?」
「そんなもんかな」
うなだれるように、三村はうなずいた。
「リハビリのメニュー、医者に言われた分より多くしてんねん。もう大会まで時間があれへんからさ。少しでも早く練習に戻れるように体作らな、ってさ」
「いいアイデアじゃないな」
間髪入れず、バイオコップが言い放った。
「いいアイデアじゃないって……あんたに何が分かんねん。あたしにはもう余裕が……」
「だからこそだ」
バイオコップはよどみなかった。
「怪我して動かない体を無理して動かしたところで、事態は好転しない。むしろ悪化する。大会がさらに遠ざかるぞ。というか、君が一番その事を分かってるんじゃないのか?」
「それはそうやけど……でも!このまま怪我が治るの待って、もう巻き返せない時にやっと練習に復帰してたら、それこそ意味ないやん!」
オレは思わず、彼女にこう言っていた。
「そもそも論みたいな話になるんだけどさ……三村はなんで、サッカー選手になりたいの?」
「え?」
虚を突かれたような三村の顔。
「いや、いつもお前のこと、自分の夢に誠実だなって思ってんだよ。もうオレらの年齢だったら、子供の頃の夢なんて諦めてるのが大半じゃん。ここまで情熱燃やしてるの、三村以外は正直覚えがない。
だからこそ気になるっていうか……。きっと『ただの憧れ』以上の何かがあるんじゃないかって、そんな気がするんだよ」
なぜこのタイミングでそんな事を聞く気になったのか、正直自分でも分からない。
ただ、前々から気になっていた事だった。親と怒鳴り合いの喧嘩になっても、リハビリのメニューを増やしてでも叶えたい夢……それって、彼女にとってどんなものだったのだろう。
「ん~……」
しばらく三村は、考えるような仕草をしていた。それからこう言う。
「ぶっちゃけ、そんな事ないねん。ただの憧れやで」
2011年の女子ワールドカップって覚えてる?と、三村が話しかけてきた。
バイオコップは何が何だか分からない、と言いたげな顔をしていた。オレも『その年にワールドカップがあった』という知識がある程度だ。
「あたしや巻田君が、まだ幼稚園児だった時の大会やで。最初は親が見てるから自分も流れで見るくらいで、別にサッカーなんて好きでも何でもなかったんやけどさ……。
日本代表がめっちゃ強くてな。下馬評を覆して、どんどん勝ち進んでいくねん。わたしも段々夢中になっちゃってさ。もうすっかりファンになってもうた。
それで、そのまま優勝したんよ。実は決勝戦、生で見とったんやけどさ……あれはもう興奮した。すごく興奮したわ。夜越えて朝みたいな時間帯に試合やってたねんけど、全然『眠い』って思わんかったもん!最後のPK戦の緊張感が、今でも忘れられへん。
で、そのすぐ後くらいに男子のアジアカップがあって……あ、バイオコップはアジアって分かる?……分かるねんな、まあ要するにアジア1を決める大会やね。
それも日本が優勝したんよ。それが決め手やったかもな。その時にはハッキリと、大人になったらサッカー選手になる、って思っとった。
で、なんだかんだでサッカー続けて、今に至るってわけやね」
「そっか……でも子供の頃から今まで情熱が続いてるの、凄いと思うよ」
「ありがとう……で、あたしも聞きたい事があるんやけど」
三村が急に身を乗り出してきた。
「バイオコップはなんで、銀河連邦警官で戦ってるん?そして巻田君は、なんでそれに付き合ってるん?
あたしはそれこそ凄い事やと思うで。 だって命懸けやん!今だって、もしかしたら死ぬかもしれへんかったやろ?あたしのも含めて、地球人が一般的に考えるであろう『将来の夢』とはわけが違うやん!」
バイオコップも、オレも、すぐには答えられなかった。
人の夢について聞いたくせに、自分が聞かれると詰まってしまう。誰かにそんな事を聞かれる日が来ると思っていなかった。
「そうだな……まず、私から話そうか」
バイオコップが切り出した。
「少し長くなるぞ。私の生い立ちや、私の星についても話さなきゃいけなくなる」
「ええやん!」
三村は即答した。
「あたしだって身の上話したようなもんやし」
「それに、そういえば聞いた事なかったしな……。どの道今は動けないんだし、話してよ」
オレもせがんだ。すぐに答えたくなくて、バイオコップに一番手を押し付けたような後ろめたさも、なくはなかった。
とはいえ、バイオコップは文句を言わない。分かった、と短く答え、バイオコップはポツポツと話し始めた。
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