第22話 怪異!似我蜂男
タイプMとタイプNの活動が最後に確認されてから、数週間経った。避難民は無事自宅に戻り、早くも日常が復活しつつあった。
とはいえ、復活していないところもある。破壊された家屋もあるし、家族を失った人もいる。
そんな折の午後4時頃、作和大学グラウンド。
「サオリ!!」
ピッチの上で大声が響いた。
サオリと呼ばれた、青いユニフォームに赤いビブスをつけた女子大生が、ピッチの左サイドすれすれのところを駆け上がっていく。彼女の目指す先にはサッカーボールがある。
青いユニフォームに白いビブスをつけた、相手のディフェンダーも追いかけてくる。しかしサオリの方が速かった。
サオリがボールに追いつく。相手のゴール前に、先程の声の主である味方がいる。相手のディフェンダーもいるが、マークが追いついていない。
サオリはボールを蹴り上げた。センタリングだ。それも、味方の動きを完璧に捉えていた。
味方がボールに頭で合わせる。キーパーの手をすり抜け、ボールはゴールラインの向こうに吸い込まれた。
「ナイスー!」
ベンチにいるメンバーが拍手と歓声をあげる。三村ミクもその1人だった。
本当なら、三村もこの紅白戦に参加しているはずだった。近く行われる大会のメンバー入りを目指す、アピールの場。だが、足を怪我している三村にとって、プレーできる日はまだ遠かった。
「サオリうまくなったよね。特にセンタリング、一皮むけたんじゃない?」
三村の隣にいるチームメイトが話しかけてきた。
「せやな!毎日頑張って練習しとったし」
仲間達の声に応え、サオリが手を振ってくる。しかし相手チームはリスタートの準備をしていた。サオリも自分のポジションに戻っていった。試合時間はまだ長かった。
その日の夜。
ガンッ!!
鈍い音が響いた。三村が自分の部屋の壁を殴った音だった。
残響はすぐに消えた。三村は部屋を見回す。いつも通りの様子の部屋。いつもと違うのは、満足に動かない足。
本当は自分が、一皮むけなければならなかった。サッカー選手になるという夢。その夢を追いかけるために、今度の大会へのメンバー入り、そして試合での活躍は必須だと思っていた。サオリも含めたサッカー部の仲間達と、メンバー入りの座を争わねばならなかった。
元々三村はメンバーに入れるか入れないか、本当にギリギリのところにいた。懸命に練習をして、メンバーに滑り込まなければならない。そこに追い打ちをかけたのが、足の怪我だった。
UFOのような不明体・タイプIが現れた際、三村は右足に怪我を負った。当然、練習どころではない。
三村がマネージャーとしての仕事をこなしているうちに、サオリは一皮むけた。他のメンバーだって練習を重ねている。三村だけ取り残されていた。いや、練習出来ていない分、実力は劣化さえしているかもしれない。
周りには『こんな状況でも腐らないなんて偉いね』なんて言われる。腐ってないわけじゃない。腐ってるのを隠すのがうまいだけだ。
段々自分の思考が狂っていくのが分かった。支離滅裂な単語が頭を飛び交う。脳が段々加熱されて、オーバーヒートするような感覚。
落ち着け。自分に言い聞かせた。いつものようにイライラを貯めたり、無軌道に爆発させちゃダメだ。落ち着いて、今自分に何が出来るか考えないと。
しかし、三村の思考はそれ以上続かなかった。今自分に出来る事はイメトレか、遅々としたリハビリくらいだった。それは今やりたい事でもなければ、やるべき事でもない。そして三村がそんな事に勤しんでいる間に、他のサッカー部員はちゃんと練習をして、ちゃんと腕をあげているはずだ。
同じ頃。
「近く……遅くとも数日中に、勝負をかけるつもりっす」
おれ=千堂シュンジに、マオはそう告げた。
いつも通りのアパートの一室だった。ちゃぶ台、奥の部屋にある巨大な機械『プロジェクター』。
いつもと違うのは、お香っぽいものを焚いている事だった。赤いアロマキャンドルみたいなものが、部屋の片隅に置いてある。これが何なのか、おれにはいまだに分からない。
「今までの怪獣や怪人には、小手調べの側面があったっす。バイオコップの能力を調べたり、その宿主を捜したりね。
今度は違うっす。強い怪獣や怪人を出して、バイオコップに勝負をかけたいんすよ。バイオコップに簡単には治らないレベルの大ダメージを与える、あるいはそのまま殺す。そういうヤツを出したいっす」
「なるほど……」
おれは少し考え込んだ。この場でも、自分が描いた怪獣や怪人がいくつか思い浮かんだ。
ヒーローを負かしてしまうような、強力な敵。悪役好きとして、魅力を感じないわけはない。そういうコンセプトを基に描いたキャラクターも、1体や2体じゃない。
「すぐ持ってくる」
「いやいや、そんなに急がなくてもいいっすよ?準備には数日かけるつもりっすから。それとも……」
マオの軽薄な笑顔が、一瞬消えた。フッと真顔になった。
「楽しみなんすか、怪獣や怪人を出す事?」
おれは、黙った。
一瞬、なんて答えるべきなのか分からなかった。兄貴みたいに、それっぽい理屈がスラスラと出てくればよかった。だが、残念な事におれはそこまで頭がよくない。
結局、おれは黙ってうなずいていた。
「そうなんすねえ」
マオの顔に笑みが戻った。いつものヘラヘラした笑みとはちょっと違う。ちょっと弱々しいような印象さえ受けた。
以前ならありえなかった。自分の作品で人を殺す事に震えあがっていた。以前のおれなら、きっと今この瞬間も震えて、家に帰った後もずっと悩んでいた事だろう。
だが、今は違った――頭では分かってる。おれが考えた不明体が、人を殺して回っている。絶対にあってはならない事だ。
それでも。
それでも、頭の中で考えずにはいられない事があった。
学校のクズ共からバカにされ、スケッチを破かれた事もあった。親からも下らないだの意味がないだの散々言われた。
そのおれの怪獣や怪人達が、現実世界に飛び出している。世界中の人間が、否応なしに彼らに注目している。今や誰も、おれの不明体を無視する事は出来ない。次はどんなヤツが出てくるのか、どこに現れるのか。頭の片隅で、そんな事を考えずにはいられない。
ニュースを見ても、SNSを見ても、おれの子供達の話題で持ち切りだ。中にはカルト集団のような連中がいて、相応しい人類を選別する神の使者だの、この世の穢れを祓う天使だのと、子供達を崇拝してすらいる。
もはや認めざるを得なかった。不明体がこうやって注目を浴びるのは、嬉しかった。まるで、彼らがおれの存在をこの世界に刻み込んでくれているような気がした。このために彼らのスケッチを描いていたんだ、という気さえしていた。
いつからそう思い始めたのかも、なぜそんな事を考えるようになったかも、正直おれには分からない。ただ1つ言えるのは、多分この気持ちは強くなる一方だろう、という事だけだ。
一週間と数日後。
おれ=千堂シュンジはいつものアパートにいた。マオと、兄貴=須崎ソウタもいる。いつものちゃぶ台を、囲んでいた。
前にマオから告げられた、『勝負をかける』という話。その決行は今日だと、マオから聞かされていた。
おれらは何度もシミュレーションを行っている。勝算はある。
「じゃ、実体化するっすよ」
そう言いながら、マオはおれと兄貴に紙を見せた。前もってとっておいた、おれのスケッチのコピーだ。
金属光沢を持つ、紺色の怪人だった。それがまるで空軍のパイロットのような衣装に身を包んでいる。
頭には長い触角があり、目には大きな複眼。背中には羽が出ていた。
左手首には武器が備わっていた。円錐形の長い針。
「ダガーワスプっていうんだ」
おれは告げる。描いてきたスケッチの中でも、特に気に入っているやつだった。
「設定は無茶苦茶強くしてる」
「いいっすねえ!大活躍してもらうっすよ。それで、ダガーワスプを出す場所っすけど……」
マオが言うや否や、
「町はずれの商店街にしよう。海の近くにあるところ」
と、兄貴が言い出した。
この町の外れ、海に面するところに大きな商店街がある。商店街の近くには大きな川があって、それが海に流れている。なんでも江戸時代には海に港があって、近くには自然と人が集まり、港町が出来た。その名残なんだそうだ。
ただ近年はスーパーマーケットやネット通販に押され、商店街もいわゆるシャッター街へと変わりつつある。場所も遠いし、欲しいものもないし、特別な用でもなければおれも兄貴もまず近付かないところだ。
おれなんか最後に行ったの、小学生になるかならないかくらいの時じゃないだろうか。行った時のシチュエーションも、全然覚えてない。
「あそこなら、人的被害や経済被害もそこまで大規模にならないだろう。ホワイトリストに載っている人間が居合わせる可能性も低い」
兄貴の言葉に、マオは頷いた。兄貴はこういう場所を、数か所リストアップしているらしかった。この辺はさすが兄貴だと思う。
マオはプロジェクターに紙をセットした。プロジェクターはすぐに作動した。
その少し前。
「いつになったら終わるんだろうな?」
オレ=巻田ソウジュは、ポツリとつぶやいた。
昼下がりの自室。パソコンやカバン、空気ベッドが乱雑に並ぶ、誰もいない部屋。
だが、ここにはオレの声を聞いているやつがいた。
「戦いが嫌になった、ってわけじゃなさそうだな」
頭の中で声がする。バイオコップ。オレと一心同体になり、謎の不明体と戦う宇宙人。
「言い方がちょっと違ったな……」
ひと呼吸置いてから、オレは言い直した。
「どうやったら、終わらせられるんだろうな?」
ひたすら不明体を倒していても、埒が明かない。意図的に彼らを送り込む親玉がいるはずだ。そいつを叩かなければ、延々と不明体と戦い続ける事になる。
「大体、犯人の検討とかついてないのかよ?前に聞いた時から、結構時間経ってるじゃん」
「何か進展があったらとっくにお前に知らせてるよ……。手がかりなしだ。本部からも情報はない」
「まだノーヒントかよ……っていうかさ、まだ犯人の動機すら目星がついてないわけ?」
「ないな。こないだのグイーバー星人みたいな連中なのかもしれないし、違法に新兵器の生物実験を行っている軍事企業かもしれないし……ただ」
バイオコップは急に息を潜めた。
「私の個人的な推測だがな。共犯者がいると思ってる。それも地球人のな」
「何?」
「犯行の規模だよ。犯罪組織のような大掛かりな犯罪グループがやっているにしてはあまりに小規模だし、無軌道だ。恐らく、主格犯は数人のグループか単独犯の宇宙人だ。
そして、怪獣や怪人を派手に暴れさせているが、主格犯は派手に暴れる気はない。むしろ、どこかでジッと息を潜めて、次の計画を練っている。
だが、主格犯も街の様子を探ったり、必要な資材なんかを調達する必要があるだろう。そのためには外に出なければならない。
だとすれば地元の地球人に、自分の手足になってもらうのが早い。自分はアジトに身を潜めて、必要があれば地球人に動いてもらう。
それに、地球の習俗を知っておかなければ、自分が外に出た時に悪目立ちしてしまう。となれば、地球人を傍に置いておいた方が、地球への順応も行いやすい。
何より、仮に地球の警察の重役を従わせることが出来たりしたら、捜査の情報を入手したり、その地球人を通して捜査を妨害する事も出来る。
私が犯人なら、警察や自衛隊の要職に就いている人物と、普通の一般市民を従わせる。前者には捜査情報などを仕入れさせたり、妨害工作を行わせたりする。後者はいわば手足担当だ。現地に出向いて情報収集させたり、必要があればいわゆる鉄砲玉をさせたりな」
「でも、どうやって従わせるんだ?」
「方法ならいくらでもある。脅迫したり、金銭などの取引を持ち掛けたり。あるいは社会に不満を持つ人間をうまく言いくるめて、味方に引き込んだりな」
「地球人が自発的に、犯人の味方になってるって事か?」
「その可能性はある、って事だ。ぶっちゃけ長年連邦治安維持部隊で働いてて、そういうケースは腐るほど見てきた」
瞬間。
「ん?」
バイオコップが、つぶやいた。
その場の雰囲気が一変した。バイオコップの声音が、明らかに変わっていた。
「まさか」
オレが聞くと、
「少し距離があるが……間違いない。また出た」
と、彼は告げた。
「行こう」
ネットで調べれば、不明体の出現地点はすぐに分かった。街の外れにある商店街。昆虫っぽい姿の不明体が現れ、すでに人が襲われているらしい。以前のタイプM、Nに次ぐ新たな不明体、タイプOだ(もっともバイオコップによれば『タイプMとNは他の不明体とは恐らく無関係』との事だが)。
オレ自身は行ったことのない場所だった。以前、地元出身の友人からも「あそこは半グレがいて危ない」と聞かされている。
その商店街には、十数分程で着いた。
静かだった。人々はすでに逃げ去っているか、地面に倒れ伏しているかのどちらかだった。
天井のアーケード付近を、異様な姿の怪物が飛んでいた。タイプOだ。ミリタリーチックな服を着た、虫のような姿の怪物。左腕には大きな針が備わっている。
「辺りの監視カメラは破壊されているか、今私が機能を停止させた。今なら変身しても誰にも見られない」
「よし」
オレの両目から、涙の要領で黄色い液体が流れ出した。液体がオレを覆い、黄色い繭のような形状をつくり出す。
「ハアッ!」
オレとバイオコップの声がハモった。繭を砕く。
オレの姿は変わっていた。明るい黄緑色の、竜人のような姿。これがバイオコップの、本来の姿だった。
オレは空をにらむ。タイプOは特にリアクションも取らず、商店街のアーケード付近をフラフラ飛んでいる。
「空を飛ぶヤツか……」
オレはタイプI=あのUFOみたいなヤツを思い出した。あの時は相当苦戦した。
「まずは謳天涼月光だ。行くぞ」
オレはうなずいた。
「謳天涼月光!!」
体中から電撃があふれ出す。四方八方に猛スピードで飛び交う電撃。あまり素早くないタイプOに、一気に電撃が迫る。
だが。
急にタイプOの姿が消えた。一瞬で加速したのだ。放った電撃がことごとくかわされる。
そして。
気付いた時には、オレはすぐ後ろに気配を感じた。
ズン、と左腕に重い感覚。
「ぐあ……!!」
オレはうめき声をあげた。刺された、と気付くのに数拍かかった。
後ろに向かってパンチ。しかしタイプOの姿が消える。
辺りを見回した。静まり返った商店街。タイプOの姿はどこにもない。
「毒か?」
オレはつぶやく。
「かもしれん。どういうものか、今は分からん。まず敵の姿を捜さないと……」
しかし。
バイオコップは最後まで、言葉を繋ぐことが出来なかった。
「ぐあ……!?」
急にオレの左腕が痛み出した。外からじゃない、腕の中からの痛み。まるで腕の筋肉の中で、何かが暴れ回っているみたいだった。
「があっ、あ……!!」
立っている事が出来なかった。右手で左腕を抑えながら、地面に両膝をつく。毒を流し込まれたのか?
「違う」
オレの思考を読んだバイオコップが、そう告げた。
「私達の腕の中に、何かいる!」
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