第15話 幕間・チョウナンのブルース

「くっそおおおおお……!!」


 夕方の教室に、矢野の声が響いた。


 彼はまるで激痛に耐えているかのように、顔を苦痛に歪ませていた。普段の矢野からは想像もつかないようなうめき声。


「矢野……」

 俺=須崎ソウタは、ただその場に立ち尽くしていた。彼に対し、何て声をかければいいのか分からなかった。


 夕方の教室には俺達以外誰もいなかった。矢野が絞り出した言葉も、夕日に溶け込むようにして消えてしまう。


 矢野が大きく息を吸う、荒い音が響く。それから矢野は、残りの言葉を一気に吐き出した。


「弟が家に彼女連れてきやがったあああああああっ!!」




 俺は嘆息した。まさか矢野の愚痴に延々付き合わされるとは思っていなかった。


「いやいい事じゃん、弟さんがモテて」

「いいわけあるか!兄を差し置いて弟が彼女作るなんて兄へのリスペクトを欠いてるだろうが!」

 ……そうか?


「しかもあいつの彼女めっちゃ可愛かったからな!?それも南米某国出身の留学生でさ。肌が褐色で、髪黒くて、ラテン系っぽい顔立ちというか……とにかく!可愛かった!大事な事だから2回言うわ!可愛かった!!

 あいつちょっと英語できるから、クラスでその子の世話役みたいなのやることになって、それから仲良くなったらしくて……クソおっ!!そんなラブコメみたいな展開認められるかっ!!」

 矢野がわめき散らす。さっきからずっとこの調子のマシンガントークだ。いつ息継ぎしてるんだこいつ?


「まあ……お前の弟と一回会ったことあるけど、お前と顔似てるじゃん。同じ遺伝子持ってるんだし、お前もいつか出会いあるって」

「うるせえええええええっ!!『作ろうと思えばいつでも彼女作れるから』って余裕ぶってんじゃねえ!!」

「はあ?」


 何か知らない設定追加されたぞ。

「もしかしてお前、すでに彼女作ってるんじゃないのか?友を差し置いて春を謳歌しやがって、須崎ソウタお前もか……」

「おい待て、全然話が見えない」


 矢野はやっとひと呼吸置いた。

「……お前、マジで知らないのか?」

「知らない」


 俺はうなずく。矢野は呆れたように嘆息した。

「お前、自分に対する女子の評判くらい把握しとけよ……。意外と人気株なんだぞお前」

「んなアホな……」

「いや、これは事実だ。『案外アリ』って結構言われてるらしいぞ。なんせお前、オレと違って顔がいいからな……クソッ……」


 自分で話して自分でダメージ受けてやがる。

「オレが言うのもなんだけど、お前はマジでモテる素質がある。なんせ顔がいいんだ。いじめられてたのだって、お前の顔に対するひがみもあったんだぞ」

「初めて聞いた」

「そりゃ、『顔面偏差値でボロ負けして悔しいです』なんて、ヤンキーがお前に面と向かっていうわけないだろう」

「それもそうか……」


 改めて矢野の顔を見る。冗談や嘘を吐いているようには見えなかった。


 同性にそんな事言われても嬉しくない……と言いたいところだが、まあ他己分析として興味深くはある。別に悪い事言われてるわけじゃないし……まあその、いい事なんじゃないだろうか。


「お前も彼女作ったらどうだ?多分、ちょっと生活変えればすぐモテるぞ」

「どう変えればいいんだよ」

「まずは虫をやめt」

「断る」

「即答かよ!」

「節足動物以上の優先事項なんざそうそうねえよ」


 それから少し話した後、矢野とは別れた。矢野がそろそろ塾に行く時間になったのだ。何だったんだ、この時間……。

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