第14話 バイオコップ激突!兵器はデータだった!

 コード14がまた砲弾を発射してきた。オレ目掛けて一直線に迫る。


 さっき砲弾を食らったばかりだ。その感覚がまだ残っているから、オレには分かる。多分、いける。


「セヤッ!!」

 気合の声と共に、オレは足を振り上げる。そのまま砲弾を蹴り返した。


 命中!コード14正面の装甲を直撃。火花と煙があがる。


 コード14が砲弾を再び発射。反撃のつもりだろう。


「今度は台車を狙うぞ」

 バイオコップがささやいてきた。


「フンッ!!」

 オレはバイオコップの指示に従った。コード14の足元目がけて、砲弾を蹴り返す。


 爆発。コード14の体がガクッと傾く。車輪の一つを破壊したのだ。狙い通りだった。


 一瞬、視界の端に三村の顔が映った。まるで本物の戦闘を見てるみたいに、固唾をのんでこっちを見守っている。


「続けて攻撃だ!行くぞ!」

「ああ!」


 こないだ使えるようになったばかりの電撃攻撃が頭に浮かぶ……ってえっ?

「技名言うのか?」

「う、うん!!」


 三村の顔が視界に入る。ちょっと心配そうな表情になっていた。今やっているオレとバイオコップのテレパシーも、もしかしたら彼女に漏れているかもしれない。それだけでも少し恥ずかしいが……。


「行くぞ!」

 バイオコップがノリノリで声をかけてきた。仕方がない。オレはバイオコップと一緒に、テレパシー内で声を合わせる。


「謳天涼月光!!」


「りょうてん……?」

 三村が目を丸くする。やはり聞かれていたらしい、クソッ!!


「ウガアアアアアアアッ!!」

 気合いの声と共に、全身から稲妻状のエネルギーが放たれた。四方八方から、コード14に襲いかかる。


 相手の台車から、砲身から、次々と火花が上がった。狙い通りだった。コード14にはもはや動く手立ても、攻撃する手立てもない。


「トドメを刺すぞ!」

 バイオコップが声をかけてきた。またアレをやらなきゃいけないのか。今までは抵抗なくやっていたが、今は三村が聞いている。とはいえアレをやらないと、二人の息がうまく合わない。


「ウアアアアアアアーーーーーーッ!!」

 オレは、吠えた。コード14目がけて走り出す。体中にオレンジ色の、稲妻状のエネルギーが走り出す。


 全身のエネルギーが右拳に集約された。オレとバイオコップは同時に叫ぶ。


「凝天残月掌!」

 裏拳が、コード14を捉えた。


 相手の体が弾けた。大量の水色のキューブになって、空中に霧散。オレ達の勝ちだ。


 シャッターが地面に降りる。同時に三村が

「すげー!映画見てるみたい!すげー!!」

 と駆け寄ってきた。


 三村はコード14にも興味を示した。バイオコップ曰く、リモコン操作して、ここの外でも使えるらしい。


「もし機会があったら、実践訓練の時に三村にもリモコンで操作してもらおうかな」

 とバイオコップが言うと、三村は喜んでいた。オレは冗談だと思っていたのだが、バイオコップはそれなりに本気らしい。


「それから、ちょっと質問があるねんけど」

 三村がおずおずと手を挙げた。


「バイオコップの技って……技名とかあるん?」


 一瞬、沈黙が訪れた。


 オレからの説明は出来ない。オレは『言われたからやってる』状態で、長ったらしい技名に関する知識は全くない。


 というわけで、バイオコップの説明を聞くしかないのだが……当のバイオコップが黙りこくっている。


 やがて、彼はおずおずと喋り始めた。

「必殺技名を叫ぶのは、いわゆるコード認証みたいなものだ。威力が高い技だからな。無鉄砲に放って周りに被害を及ぼさないように、必殺技名を叫んで使用許可を得るのが原則になっている。

 といっても、制度としては形骸化してると言ってもいい。なんせ前線で戦ってる者に、いちいち許可を待ってる時間なんてないからな。申請だけ行って必殺技を放ち、後で事後承認を得るのが通例になっている。で、そのネーミングなんだが……」


 バイオコップは一瞬どもった。

「基本的には赴任先の惑星の言語に即した名前になる。私のようなものは、現地の住民と一体化するわけだしな。一体化の相手が理解できる言語じゃないと、運用に支障をきたすわけだ。

 で、そのネーミングの考案だが、私にその権限はない。直属の上司によって決定される。つまり……上司の趣味だ」


 バイオコップが言い終わった後、しばらく沈黙が訪れた。


「変わった上司なんやね……」

「ああ……変わってる……」




 それからさらに数日後の夕方。

「右フックバッタさん、気にする事ないですよ!他人を下げるしか能のない荒らしなんて、ネットじゃ珍しくもないですから」


 オレ=千堂シュンジの下に、新しいメッセージが来ていた。ハンドルネームは「プレスティッシモ」。ちょくちょくおれの作品を見に来てくれる人だ。


 彼が何の話をしているか、おれには明らかだった。最近おれのページに張り付いて、誹謗中傷をしてくるヤツがいる。辞書に載ってる罵倒語は全部言われたんじゃないかと思うほどだ。


 そして、その理由も明白だ。このアカウントは、ユーザーが自作のイラストを投稿するサイトのものだ。おれも登録して、数年かけて絵を投稿し続けている。


 そして、そのイラストの内容はひたすら怪獣や怪人だった。オリジナルのもの、テレビに出た怪獣や怪人をオリジナル強化形態にしたもの、果てはネットで小説を書いている人物からリクエストを受けて描いた、作中に出てくる怪人まで。


 不明体のせいで大きな被害を受けている時に、そんなもの描くなんてけしからん、というわけだ。もっとも、今公開しているものはペジリムが暴れる前のものばかりだが……。


 怪獣や怪人を実体化させる時も、すでにここで公開したヤツは控えている。そんなもの出したら速攻で身バレしてしまう。幸い描いた怪獣達のデザインにあまり統一感を持たせていない事もあり、「あいつらお前が作ったのか?」なんて言われる事はない。


 こういう被害を受けているのはおれだけではない。特撮やアニメ、ゲームのファンや、公式の関係者が誹謗中傷の被害を受ける事が最近相次いでいる。


 ひどい時は特撮作品に悪役で出た声優が殺害予告を受け、加害者が逮捕された事もある。バイオコップみたいなヒーローってこういう奴らも守らなきゃいけないんだよな、大変だなあ……と他人事みたいに思う事もある。


 で、世の中の空気を読んで新作を投稿していないわけだが、これが結構こたえた。怪獣や怪人の絵は、おれのライフワークなのだ。


 自分で言うのもなんだが、おれの絵はそれなりに閲覧もいいねもコメントもされている。繁盛していると言ってもよかった。


 自分の趣味の事は、リアルじゃ兄貴にしか話せない。だがネットなら、同じ趣味の人は探せば意外なまでに多くいた。


 そんな人達に絵を見せて、褒めてもらったりするのは、おれの数少ない楽しみの1つだった。リアルではロクな目に遭わないのだ。彼らと話していると、おれは1人じゃないんだ、おれと同じ人達がたくさんいるんだ……と思えてくる。


 だが、このご時世にオリジナル怪獣の絵は流石に不謹慎に思えた。ましておれは、自分で考えた怪獣や怪人を、殺人の道具としてマオに提供しているわけで……。おれのフォロワーの人達からのチャットが、せめてもの慰めだ。


 思わずため息をついた。趣味までこの調子か。いつまで続くんだろう?終わったとして、おれは元の生活に戻れるんだろうか……?


 そこまで考えた時、急に通知音が鳴った。クラスメートから連絡だろうか。おれはスマホを手に取る。


 後悔した。すごく後悔した。ちゃんと確認してから手に取ればよかった。


 これはスマホじゃなかった。マオがおれと兄貴に渡した、スマホに似せた連絡用の機械だ。つまり、これを介して連絡してくるのは兄貴かマオ。そして、今メッセージを送ってきたのは後者だった。


 見なければよかった。文字通り知らぬ存ぜぬの状態でいられたら、どれほど幸せか。しかし一度付いた『既読』の文字は消せない。


「今時間あるっすか?急に頼み事が出来たんで、いつものアパートに来てほしいっす!」


 おれの頭の中に、一気にその光景が広がる。孤独死した老人の家を、そのまま使った部屋。怪物を生み出す巨大な機械・プロジェクター。そして、マオの軽薄な笑み。


 想像しただけで体が寒さを訴えた。用事がある、といえばバレないんじゃないだろうか?だが、何らかの手段でマオがこっちを見張っていてもおかしくはない。もしバレようものなら……。


 行く、と返事した。どんな怪獣や怪人のデザインを持っていけばいいか、とも。


 返信はすぐに来た。


「何も持ってこなくて大丈夫っすよ。今後の事について、ちょっと話すだけなんで」


 アパートにはすぐに着いた。夕日に照らされ、影が濃くなっている建物。照明はついているが、辺りに人の気配がない。まるで町から人だけごっそりいなくなってしまったかのようだ。


 いつも通りくらいの時間に着いた。そのままいつもの部屋の前へ。大きなドアは、まるでおれの前に立ちはだかっているように思えた。


 呼び鈴を鳴らす。すぐにドアの向こうから、

「鍵は開けてあるっすよー」

 と声がする。マオの声だった。


 おれはドアノブに手をかける。そのまま、ドアを引っ張った。


 パン!パン!


 ビックリした。マジで肩が震えた。


大きな音だった。おれの顔に何かかかる。


 それが紙テープである事、音の正体がクラッカーである事に、気付くのに少々時間がかかった。


「誕生日おめでとー!!」

 玄関に、マオと兄貴がいた。2人とも笑顔で、クラッカーをおれに向けていた。


 誕生日。自分の事なのに、今頃になって思い出した。そうだ。今日がおれの、誕生日。


 正直、どんなリアクションをすればいいのか分からなかった。全くの予想外だった。


「ささ、ボーッと突っ立ってないで上がるっす。バイオコップがどうこうなんてめんどくさい事は今日はなし!飲めや食えや、っすよ!」

 と、マオ。


「ケーキはもう買ってきたっす!後はコーヒーとかいう地球の嗜好品、作るっすよ」


 マオに言われるがまま、おれは靴を脱ぎ始める。


「地球の食文化も出来る限り触れたいらしい。昨日はたこ焼きと明石焼きを食べ比べたんだと」

 兄貴が話しかけてきた。


 いつものちゃぶ台の上を、大きなチョコレートケーキが占領していた。台所を見ると、作業台でマオがインスタントコーヒーの豆を人数分のマグカップに入れている。流し台では、兄貴がやかんに水を入れていた。


 なんだかいつもと雰囲気が全然違う。怪獣や怪人をどこに出すか相談している時の、あの重苦しい空気が全然ない。この部屋の彩度が急に明るくなったようにも感じられた。


 そこまで考えた時、急に心が軽くなるような感じがした。そうだ。今日はおれの誕生日だ。誕生日ってこんな風に祝うものだ。


 マオも、兄貴も楽しそうだった。マオなんか、バイオコップに殺意を抱き、地球人を何百人も殺害しているのが噓みたいだ。


 そこまで考えたところで、急に気分が軽くなってきた。

「おれも手伝える事ないかな?」

「千堂クンはいいっすよー。誕生日会の主役が手伝いやってちゃ世話ないっす!」


 数分後。

 いつものちゃぶ台の上に、人数分の料理が並んでいる。切り分けられたチョコレートケーキ、そしてコーヒー。おれのケーキの上にはロウソクが1本。


「本来は年の数のロウソク立てるらしいっすね!興味深いっす、わたしの部族にも似た感じの慣習があったんすよ」


 嬉しそうに話すマオ。


「んじゃ、早速」

 兄貴が部屋の電気を消した。それから、マオと兄貴が『せーの』とタイミングを合わせる。


「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー……」

 ありきたりなバースデーソング。だが、おれの誕生日に誰かに歌ってもらったのはいつ以来だろうか?


 2人が歌い終わる。


「ささ、フーッて、フーッて!」

 マオがおれを急かす。おれは息を大きく吸い込んだ。1発で消したい、という気持ちがあった。


 果たして、1発で消せた。2人が拍手。


「改めて誕生日おめでとうっす!」

「おめでとう!さ、食うか」


 マオも、兄貴も笑顔を浮かべていた。礼を言いながら、おれはチョコレートケーキに視線を落とす。そういえばちょっと前に、チョコが好きって兄貴に話したことあったっけ。


「いただきまーす!」

 みんなで地球式の、食前の挨拶。おれはチョコレートケーキを口に入れた。おれの好きな味が、口の中に広がった。




 その日の夜。

 マオは1人で、その森の中にいた。


 静かだった。マオは1人で付近を掃除していた。拾っては、袋に詰める。口の中にはコーヒーとチョコレートケーキの味がまだ残っていた。


 この場所は須崎ソウタにも、千堂シュンジにも秘密だ。ここにマオが乗ってきた宇宙船と、必要な道具の諸々が置いてあった――ちなみにバイオコップの宇宙船が置いてある森とは別だ。本人達には知る由もなかったが――。


 宇宙船は最新のカモフラージュ技術を使い、側を通りかかっても絶対に見つからないようになっていた。ところが数日前、カモフラージュの機能が故障した。さらに悪いことに、この辺りの散歩が趣味だったのだろう、1人の老婦人が現れ、宇宙船に気付いてしまった。


 優勢だったにも関わらずクレソーサーを撤退させた理由はこれだ。今すぐにでも口封じをしなければならなかったのだ。


 警察がこの辺りを捜査した様子はない。どうやら警察は、彼女はクレソーサーが公園を襲撃した際の犠牲者だと考えているらしい。いずれにせよ、マオにとっては幸運だった。まず大急ぎでカモフラージュ機能を復活させた。次は証拠隠滅だ。


 マオは拾っては、袋に詰めた。後で埋めなければならない。彼女には墓も立ててやれない。


 マオは手を動かし続けた。同じ状況がまた起これば、彼女は再び同じ事をするだろう。万が一、この中に何があるかバレてしまったら……。


 バイオコップを殺すための切り札。それはあの2人には渡してないし、存在を知らせてもいない。切り札は、あの中にある。

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