第13話 新・規・作・戦

「やっぱりキツいっすかねえ?なかなかついてこれないっすね」

「そ、それは……」


 オレ=千堂シュンジは答えに詰まった。何か気の利いた事を言った方がいいはずだ。だが、オレの頭にそんな言葉は浮かんでこない。


 アパートの1室はいつも通りだった。静かな和室。オレはいつものちゃぶ台の前に座っていた。


 そのオレの向かい側で、マオはいつも通りの笑顔を浮かべて、オレを見つめていた。まるで友達と話しているみたいな顔だった。


 いつもと違うのは、その部屋に漂う香りだった。部屋中に甘ったるい匂いが漂っている。部屋の片隅に、赤いアロマキャンドルみたいなものが置かれている。多分匂いのもとはそれだ。


 とはいえ、このアロマキャンドル(?)を見るのは初めてじゃない。マオのお気に入りなのだろうか。


「いや、別に責めてるわけじゃないっすよ?心理的な負担が大きい事は当然承知してるっす」


 オレを気遣うようなセリフ。だが実際、マオは何を考えているのだろうか?もう何百人もの人間を殺害した少女。オレを切り捨てる事だって、きっと躊躇しないんじゃないだろうか。


 今すぐここから逃げ出したいのに、金縛りにあって体が動かないような感覚を覚えていた。オレの頭の上の空気が、すごく重いように感じる。そのまま押し潰されそうだ。


 オレが今この場にいるのは、昨日の夜来たマオからのラインがきっかけだ。2人きりで話を聞きたいから都合のいい時にアパートに来てほしい。兄貴=須崎ソウタとはもう個人面談を終えてる、と。


 なかなかついてこれない。その通りだ。マオに命を握られているという恐怖も、数十人もの殺人の片棒を担いでいるという恐怖も、いつもオレにのしかかっていた。体重管理なんかしていなくても、日に日に痩せていっているのが実感できた。


 マオはどういうつもりなんだろうか?オレから何を聞き出す気なんだろうか?今のオレを見て、彼女はどう思っているんだろうか?


 兄貴みたいになれたら、と思う。生き残るにはこの道しかない、と迷いなく判断し、その道を突き進む。ただただ神経をすり減らすオレとは違う。


「そういえば、聞きたい事があるって言ってたっすね」

 と、マオ。事前にラインで伝えていた。


 正直、この時点でオレは後悔していた。昨日の夜も、メッセージを送るべきか否か大分迷った。結局『どうしても知らなきゃならない』という気持ちが勝って、メッセージを送る事にした。


 だが、本当にこれでよかったのだろうか?今になって、嫌な考えが頭をグルグル巡る。マオを下手に刺激してしまうのではないだろうか?


「どうしたんすか?」

 マオが怪訝そうな顔をしてきた。仕方がない。言うしかない。


「期限っていうか……」

「期限?」

 マオは目を丸くした。


「つまり、いつまでにバイオコップを倒さないといけない、みたいな事あるのか?」

「ああ、なるほど……」


 マオは薄く笑った。

「そんなものはないっすよ」

「ない?」


「そ!あれを殺す時期はこだわってないっす。ちょっとずつアイツの事を調べていって、チャンスがあれば一気にやる感じっすね。いつまでに殺す!とか下手に決めると、それまでに殺そうって焦った挙げ句下手を打つかもしれないっすよ」


「な、なるほど……」

 おれはうなずいた。もっともらしい話に思えた。だが、別にマオに対して安心できるわけじゃない。


「あ、でも」

 何か思い出したように、マオは呟いた。


 ポケットに手を突っ込む。それから手を出して、おれに何か差し出してきた。


 正直何を出してくるのかとビビッて、手が少し動いてしまった。机の下で動かしたし、マオにはバレていないと思いたい、のだが……。


 マオの表情は穏やかだった。しかし、その目はおれから視線を外さない。一挙手一挙動を全て気取られているような――そんな感じがした。


「これ、一応持っててほしいっす」

 メダルだった。プロジェクターで使うものだ。これとおれのスケッチを揃えて、初めて不明体を実体化できる。


「これ、最近思ってた事なんすけど……。メダルを1つの場所で管理すると、火事とか災害とかあった時に、メダルが全部ダメになる可能性があるっすから。一応、リスク分散っす」

 と、マオは言っていた。


 おれはマオからもらったメダルを、改めて見つめる。銀色で、何も描かれていない。無機質なメダルだ。


 このメダルで、おれの怪獣が現実に出てくる。街も人も本当に破壊して暴れ回る――そう考えると、メダルが急に重くなるような感覚を覚えた。


 それから他愛もない話をして、おれはやっと解放された。トボトボと家路を歩く。


 夕日が街全体を照らしている。蒸し暑い。少し歩くだけで、かきたくもない汗をかいてしまう。


 途方に暮れる、というのはまさにこの事を言うのだろう。これからどうするべきなのか、全く思い浮かばない。


 気分を少しでも晴らしたい、と考えた――そんな時にパッと思い浮かぶのは、特撮だった。


 本当に自然に頭に浮かんできた。まるでDNAに本能として刻まれているかのようだった。


 今日は何を見ようか?思いっきり笑えるヤツを見て、気分を晴らしたい。まず思い浮かんだのは『燃え尽きた!地球』と『豚汁昇天』。あと1、2話くらい見てもいいかなあ……。


 いつもそうだ。どんな時でも、特撮はちょっとだけおれを助けてくれる。

 おれだけじゃない。SNSの繋がりのおかげで、そう思っている人間はごまんといると知れた。それだけの力が、特撮にはある。


 多分おれは死ぬまで特撮好きだろう、という確信があった。クソみたいな家庭に生まれ、理不尽ないじめに耐え続ける生活の中で、特撮はおれのアイデンティティの最後の砦みたいに思えた。


 おれは特撮が好きだ。少なくとも、オリジナルの怪獣や怪人を次から次へと考え出すくらいには。




 翌日の昼間。


 俺=須崎ソウタは右手を伸ばした。右手の先には小さなトング。俺の視線の先には、クズ(植物の名前だ)の草むらの根元。より正確には、その根元に落ちているペットボトルのフタがある。


 トングでペットボトルを掴む。そのまま左手に持ったビニール袋に入れる。


 腰をあげて、俺は辺りを見回した。日光のよく当たる草むらだった。山道の両脇に草が生い茂っている。遠くには木々が群がっている。


 近所の山・五甲山の中でも、ここはお気に入りの場所の1つだった。ここには登山客もそれなりに来る。登山客が来るという事は、ゴミも当然出てくる。


 自分で回収できるゴミは、なるべく回収するようにしていた。ペットボトルのフタとか小さなプラスチック片の類であれば、ビニール袋にまとめて捨てておけば、親にもさほど嫌な顔はされない。


 俺はこの山で昆虫達に出会って、文字通り死の淵から救われたのだ。ゴミ拾いくらいする義理はあるだろうと思っている。


 そして。


 草むらから、ガサッと音がした。


 見ると、草むらの向こうに大きめの虫がいた。バッタに近い姿をしているが、体型はずんぐりしていて、バッタよりずっと大きい。全身緑色。大きな後ろ足が目立つ。


 クツワムシだ。ここの茂みに潜んでいたところを、さっきのトングで驚かせてしまったらしい。


 この辺りがお気に入りの場所である理由は、このクツワムシにある。ここはクツワムシのエサであるクズの群生地。クツワムシが暮らす場所なのだ。


 クツワムシはどこにでもいる虫ではない。生息環境の減少などもあり、姿を消しつつある虫だ。俺の住んでる県でも、準絶滅危惧種に指定されている。ここは貴重な、クツワムシのすみかなのだ。アサカミキリと並ぶこの五甲山の看板生物だと、俺は勝手に思っている。


 そんな山の中で、ふとこんな考えが頭に浮かんだ。


 マオの支配から逃れるにはどうすればいいか。


 元々山まで行ったのは、自分の心を癒すためだった。『山歩きはメンタルヘルスにいい』みたいな話、聞いた事がないだろうか?俺も嫌な事があると、山に登ってそれを実感したりする。


 最近はそれ目的で登山する事も多かった。


 特に始めたばかりの頃は、やめようと思っても、SNSをつい見過ぎてしまった。不明体の被害を伝える投稿に見入ってしまうのである。息子を失って泣き叫ぶ母親、崩壊した民家……。


 体重も5キロくらい減った。犠牲者が出てくる夢さえ見た。千堂やマオの前で、余裕をつくろうのに結構必死だった。割と危ない精神状態だったと思う。


 最近は少し落ち着いてきた。しかし、問題が全て解決したわけじゃない。脅迫されているとはいえ、自分がとんでもない事の片棒を担いでいる、という思いは消えない。


 元々は生きるためにただマオに従い、バイオコップを倒すことを考えていた。ただ、薄々とだが、このままではダメだと思っていたのだ。


 得体の知れない宇宙人に生殺与奪権を握られ、言われるままに大量の人間を殺し続ける。そんな事が持続可能なわけはない。何らかの形でマオに立ち向かうシナリオも考えておかなければ。


 今は打つ手なしだ。あの青い光はまだ俺の体に潜んでいる。文字通り心臓を握られているようなものだ。下手なことをして、バレたらたちまち殺されてしまう。そんなのは絶対に嫌だ。


 考えておいてなんだが、正直、今この場で答えが出る可能性は皆無に等しい。おいおい良いアイデアを思いつくしかない。


 それとは別に、俺には気になっている事があった。


 クレソーサーを使っていた時の事だ。公園でバイオコップと戦闘をしていた時、マオは急にクレソーサーを撤退させた。押していたはずだった。そのままバイオコップに勝てるかも、とマオ自身言っていた。


 あれはなぜだ?バイオコップを倒す事がマオの目的ではないのか?


 あの場で理由は聞いた。だがマオは『下手な詮索はするな』以上の事は何も言わなかった。


 マオが不自然な撤退をした理由。そこに、この状況を引っくり返すヒントがあるのだろうか?それとも……。


 その時。


 俺の左太ももに、バイブの感触があった。


 辺りを見回す。人の気配はない。今なら大丈夫だ。


 俺はズボンの左ポケットから、機械を取り出した。傍目から見ればスマホにしか見えない。しかし普通のスマホなら、こんな場所で着信など届くはずがない。


 これはスマホじゃない。マオから支給された、俺とマオ専用の通信機器だ。


 電話に出る要領は普通のスマホと一緒だ。俺は通話ボタンを押した。


「もしもーし!」

 マオの元気な声。ちょっと耳が痛くなった。


「今五甲山っすか?」

「ああ。よく分かったな」

「家にいなかったんで。須崎クンが行きそうなところでまず思いつくの、ここっすよ」

「分かってるじゃないか」


 それから2、3言話したところで、

「そろそろ本題に入るっす」

 と、マオは切り出した。


「新しい作戦か?」

「ん~……」


 マオは少し困ったような表情。

「作戦っちゃ作戦なんすけど、須崎クンが今考えてる作戦とは全くの別物なんすよねえ」

「なんだ、それ」


 マオはいたずらっぽく笑った。それから説明を始める。

「大事な作戦っすよ。いいっすか……」




 数十分後。


 オレ=巻田ソウジュはその空間の中にいた。床も壁も真っ白。殺風景で、広大な空間だった。


 すぐそばには三村ミクがいる。彼女は不思議そうに辺りを見回していた。オレは何度かここに来た事はあるが、三村は全くの初めてだ。


 街の外れにある、何の変哲もない小さな森。その地下に、この広大な空間が広がっている。バイオコップは地球に来た際に乗っていたUFOをここに隠しているのだ。で、今オレ達がいるのはそのUFOの中のトレーニングルーム、というわけ。


 ぶっちゃけSNSでの捜査は行き詰まっている。怪しいアカウントはいくつもあるが、黒幕に繋がりそうな情報はない。


 捜査がうまくいっていない以上、今やれることは、不明体がまた出てくる時に備えたトレーニング……というわけだ。


「ホンマに宇宙人なんやなー……」


 三村は目を丸くしていた。


「くれぐれも他の人には言わないでくれよ。私の正体は私達3人だけの秘密だ」


 と、バイオコップ。オレ達2人に自分のテレパシーが聞こえるようにしていた。


「そして……早速、始めるか」

「おう」


 床の下部からゆっくりと、透明のシャッターが現れる。オレと三村を遮断するような要領。今から行う『トレーニング』に、三村を巻き込まないようにするためのものだ。


 オレの目の前に、大量の水色のキューブが現れ始めた。指でつまめるくらい小さなキューブが、一か所に集まっていく。そして段々と何かの形を作り始めた。色も変わり始める。そして。


 オレの目の前に出現したのは、3、4メートルはある巨大な物体だった。見た目を一言で言うと、車輪の上に乗った魚。


 魚の部分はフグに近い体型をしていた。後ろに尾ひれのような部分がある。バランスを取るためのものだろう。全体がブリキのような銀色。正面には2つのライトが、目のような形で取り付けられている。眉間の部分には小さな砲門があった。


 車輪の部分はバギーに似ていた。車と同じく、4つの車輪でバランスを取っている。


「何だ、あいつ」

 オレはバイオコップに聞いた。


「コード14(フォーティーン)。この星の時間でいう、3000年前くらいに使われていた兵器だ」

「兵器?」

「かつての星間戦争では、各星の地上部隊によって広く使われていた。重力や気候といったその星特有の条件に関わらず、様々な環境で運用できるようになっている。

 が、最新兵器が次々と開発されるにつれ、そのコード14ももはや最前線では使われなくなった。で、今はこうして実体データとして連邦治安維持部隊の訓練の相手が主戦場、ってワケだ」


 目の前にいるデカブツはコード14そのものじゃない。実体を持ったデータの塊だ。


 そして。

 そろそろこっちも準備しなければ。


「変身!」

 瞬間、オレの両目が熱くなった。目が黄色く光ったのだ。


 両目からまるで涙のように、大量の黄色い液体が流れ出す。その液体がオレの体全体を覆い、繭のような形状を作り出す。というか、バイオコップ曰く名前は『テイアの繭』だ。


 繭が破裂した。飛び散る繭。


そして、オレの姿は変わっていた。黄緑色の竜人とでも言うべき姿。バイオコップの姿だ。


「来るぞ!」

 バイオコップが叫んだ。コード14の砲身から弾丸が連射された。


「ちっ!」

 オレは走り出した。オレのすぐ後ろで、着弾した弾丸が大きな爆発音を立てる。


 少し走ったところで、オレは大ジャンプ。コード14の頭上を飛び越す。


 そのまま縦横無尽に走り続けた。相手の目をかく乱する狙いだ。コード14の砲身が、オレを追ってあちこちに動く……だが、段々オレの動きについていけなくなってきた。


「今だ!」

 頭の中でバイオコップの声がした。オレ達の目の前にはコード14の尾ひれ。


「ウガアアアアッ!!」

 雄たけびをあげ、オレは突進。コード14が反応するより早く、尾ひれに肘打ちを浴びせた。


 だが。

「痛ってええ!?」


 ダメージを受けたのはオレの方だった。固い!正直骨にヒビが入ったかと思った。


 コード14の砲身がこっちを向いた。マズい、と思った時にはもう、至近距離から砲弾を食らっていた。まるでバトル漫画みたいに、勢いよく吹っ飛ぶオレの体。


 床に思い切り背中を打ち据えた。激痛。苦悶にうめきながら、何とか立ち上がる。


「本来のコード14より硬度が上がってるな」

「他人事みたいに言うんじゃねえ!そもそもアイツの設定いじったのお前だろ!」

「ああそうだ。ある程度強度を上げてこその練習だ。さあどうする?あいつに物理攻撃を食らわせるのは簡単じゃないぞ?」


「どうするって……」

 少し考え、思いついた。そしてオレの考えは瞬時にバイオコップに共有される。


 バイオコップからはすぐに答えが返ってきた。

「同意見だ!」

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