第12話 灰色の秘密作戦!!バイオコップの一手
タイプJが出現した、その日の夜。
狭い部屋に敷かれた布団。その上で、巻田ソウジュは眠っている、ように見えた。
実際、眠っていた。しかし目は開いている。瞬きすらしていた。
どういう事かというと、確かに巻田ソウジュの脳は睡眠状態に入っている。しかし私=バイオコップの脳が起きているのだ。
私は少し考え事をしていた。
まず思い出したのは、この日見た高校生=須崎ソウタ君の顔だった。
日焼けしていた。昆虫が好きらしい、という話を三村ミクから聞いている。きっとよく外に出ているのだろう。
それにしても、因果なものだ。まさか彼と会う事になるとは。おかげで初めて彼の名前を知れた。
――いや、いかんいかん。感傷に浸っている場合ではない。私には他に、考えなければならない事がある。
本題に入ろう。
私がソウジュと一心同体になっている事は、すでに敵側に知られているのではないか?
タイプJはソウジュの通っている大学に現れた。それもソウジュが大学にいるタイミングで。敵がこちら側の情報を掴んでいる、と考えた方が自然だろう。
しかし、ソウジュの情報をピンポイントでつかんでいるか、と言われればそれも違う気がする。それならソウジュが変身しないうちに不意打ちしそうなものだ。人間態であるソウジュを攻撃すれば、私にも大ダメージを与えられる。
恐らく、敵は「バイオコップは若い男に寄生しているのだろう」くらいのザックリした情報を掴んでいる。それで、どこに私がいるか探るために大学にタイプJを送り込んだ。
あの時私達は、タイプJが現れてすぐ変身した。被害を広げないためには致し方ない。しかし敵はありがたがっただろう。あれでは「バイオコップの宿主は大学にいる」と教えたようなものだ。
少なくともソウジュがあの大学の関係者である事は誤魔化しようがない。敵は大学のシステムに侵入し、学生や教員の詳しいデータを得ようとするだろう。そこからソウジュの存在、そして『素性』がバレる可能性は否定出来ない。
対策として理想的なのは、大学側のサーバーのセキュリティを強化すること。より具体的には、大学側に感づかれないようにハッキングして、大学側に感づかれないようにセキュリティソフトを仕込む。
だが、すぐにというわけにはいかない。連邦治安維持部隊のIT班に連絡を取り、大学側のサーバーのデータを送った上でソフトを開発してもらって、それを私が大学側のサーバーに仕込む。地球時間で速くても2、3週間は見なければならない。
一方、犯人は大学側にこっそりハッキングさえすればいい。もう動き出していてもおかしくない。理想的な手を打つには、圧倒的に時間が足りない。
ならば……。
私が悩んでいるのは、『プランB』を実行するかどうかだった。法律的にはギリギリセーフ。倫理的には正直アウトだと思う。
この星は銀河連邦には加入していない。文明レベルが不十分過ぎて、加入しようにも出来ないだろう。つまり、この星はいくつかの法律の適用外となる。
だから『プランB』が使える。他の星だったらまず間違いなく違法捜査になる。しかしここは地球だ。
しかしどうするか……いや、悩んでる場合じゃない。それ以外に現実的な手は存在しないのだ。例えそれが、善良な地球人を傷付ける事になろうとも。
こういうのはスピードが命だ。早速行動を開始しよう。
その行動を取る直前。
再び須崎ソウタ君の顔が浮かんだ。
大学での出来事を思い出す。あの時ソウジュとミクは、廊下で会話をしていた。そして不明体が現れ、直後にソウタ君が現れた。
タイミングが良過ぎる気がした。ソウタ君はあの時、ソウジュとミクの会話を盗み聞きしていたのでは……。
いや。
私はプランBに集中する事にした。タイミングよくその場にいた、というだけでは、何の証拠にもならない。確証がない中での思い込みは危険だ。
翌日朝。
オレ=巻田ソウジュは、いつも通りに起きた。といっても、日常はいつも通りではない。タイプJがあれだけ暴れた後だ。大学は全面休校だった。
しかし。
「おはよう」
バイオコップが声をかけてくる。続けざまに、彼はこう告げた。
「大学の休校の期間、伸びるぞ」
「は?」
情報収集のため、スマホを開く。途端に、オレの目に不穏なニュースが飛び込んできた。
オレの大学を含む、この辺一帯の大学や高校が軒並みハッキングの被害を受けた。サーバーの生徒の情報がめちゃくちゃに書き換えられているのだという。
「現時点で、生徒の出席を正確に把握する方法がないんだ」
と、バイオコップ。
「このタイミングでハッキングか……」
オレは呟いた。確かにめんどくさい授業はなくなった。しかし状況が状況だ。素直に喜ぶのは難しい。
「このタイミングでやる必要があったんだ」
「え?」
ようやくオレは、バイオコップの様子が少しおかしい事に気付いた。
バイオコップは言葉を繋げた。
「犯人は私だ」
「……は?」
思わず口から出た言葉は、それだった。
「どういう事だ?」
そう聞くオレに対して、バイオコップは説明を行った。オレの情報が、敵に漏れている可能性をある事。本来であれば大学のサーバーのセキュリティをこっそり強化するべきだが、時間が圧倒的に足りない事。だからとりあえず、大学のサーバーをめちゃくちゃにして、情報を取られないようにする必要がある事。
「大学のサーバーのバックアップは取ってある。セキュリティソフトが本部から送られ次第、サーバーを復元した上でソフトを仕込む」
と、バイオコップ。
「お前結構アウトローなところあんのな……」
「倫理的に問題がある事は認識している。申し訳ない」
「オレに言われてもな……」
怒る気になれない、というか怒りようがない。バイオコップがこんなマネをしたのは、オレの身の安全のためだ。
「それと」
バイオコップが言葉を繋いだ。
「今のうちにやりたい事が、もう1つある」
「やりたい事?」
「今から君のスマホで、SNSを開く」
スマホの画面が勝手に動く。バイオコップが操作しているのだ。
スマホが止まった。SNSのアカウントが表示されていた。
まず目に付いたのは、1番上に固定されている投稿だった。
「……は?」
オレは目を疑った。
タイプFだった。あの悪臭のする、恐竜みたいな姿の未確認。それも、食品会社の工場に現れ、数十人の犠牲者を出した。
そのタイプFの絵が描かれていた。可愛らしくデフォルメされている。まるでゆるキャラだ。
投稿文にはこうあった。
「ゆうたママさんに書いて頂きました!可愛らしくなった天使様です!ゆうたママさんは他にも天使様の絵を描かれているので、ぜひチェックしてみて下さい!」
画面をスクロールする。そのアカウントの投稿は、どれも理解に苦しむものばかりだった。政治家や外国、大企業や公的機関の陰謀論を唱え、それを正さんと地球に遣わされた『天使達』を褒めちぎっていた。当然天使達を殺しまくるバイオコップは悪魔なのだが、その正体は某国の生物兵器だの、或いは政府がでっち上げた架空の存在だの、アカウントの持ち主自身もよく分かっていないらしかった。
そんな投稿、あるいは他人の投稿のシェアが延々と続いていた。ハッシュタグには「ホントに大事な事」とか「政府は教えてくれない」とか、そういう類の文面ばかりだった。
「決して珍しい現象じゃない」
バイオコップが言う。
「むしろこの手の任務で、こういう人達を見ない事の方が稀だ。社会への不満や不安を、どこかから来た得体の知れない存在が解決してくれると期待する者。あるいはそういう人達を相手に商売を始める者。そういう連中は、君が思っているよりずっと多いんだ」
正直、気分が重くなった。不明体の被害にあった人々は、命を失う、大事な人を失う。生活基盤を失い、思い入れのある場所を失う。
三村ミクだってそうだ。彼女の足は、まだ満足に動かない。彼女の長年の夢は、不明体のせいで遠のきつつある。
こいつらは、それを分かっているんだろうか?不明体が暴れるってどういう事か、彼らには分かるのだろうか?
「本題に戻ろう」
と、バイオコップ。
「まず前置きだ。ここから先、君に直接やってもらう事はない。君がやるのは技術的に難しいし、気が滅入ると思う。ただ、今バイオコップはこういう事をやっている、って事だけは認識してもらいたい」
オレはうなずいた。
「これから、不明体に好意的なアカウントを探る。狂信者みたいなアカウントとか、そいつら相手にビジネスをしてるヤツとか。
もし黒幕に地球人の協力者がいるとすれば、そういうアカウントを使っているかもしれないと思ってな」
「なるほど……」
少なくともオレには、合理的な判断に思えた。確かに自分の狂信者なら、黒幕にとって利用価値がありそうだ。
「あまり期待しすぎるなよ。そういう手を使わないケースもままあるしな」
バイオコップはそう言っていたが、オレは早くも、『黒幕に協力する地球人ってどんなヤツなのか』と考え始めていた。漫画やアニメに出てきそうな狂人なのだろうか?それとも普段は特別目立つ事もなく、一般市民に紛れているのだろうか……。
同じ頃、アパートの一室。
「あー、やられたっす……」
オレ=千堂シュンジと、兄貴=須崎ソウタの見ている前で、マオは大きく息をついた。
マオはプロジェクターの前に立っていた。さっきまで、兄貴が前に行った大学のサーバーにハッキングしていたはずだ。
「データがめちゃくちゃに書き換えられてるっす」
と、マオ。
「多分バイオコップっすねー。ちょっとこれはお手上げっす……」
マオが肩を落とす。
「ニュースにもなってるな」
兄貴がオレらに、自分のスマホを見せてきた。SNSの、ニュースサイトのアカウントの投稿。この辺一帯の大学や高校が、軒並み被害を受けたらしい。
「まあでも、宿主がこの大学にいる事はほぼ確定っす」
マオが呟く。
「あとはここから、どうやって探るかっすねー」
オレは兄貴の様子がおかしい事に気付いた。スマホを食い入るように見ている。真剣そうな顔。何か思い付いたらしい、と察するには十分だった。
「どうしたんすか?」
マオが兄貴に聞く。答える代わりに、兄貴は自分のスマホを差し出した。
さっきのニュースサイトの投稿のコメント欄だった。オレらに画面を見せながらスクロールする。そしてある画面で止めた。
1つのコメントが、オレの目に飛び込んできた。ハンドルネームは『山キチ』、アイコンは三毛猫の顔。
「気付いて。不明体が制裁した組織は必ず悪事を働いています。事実、タイプJが制裁したK大学は違法な薬品提供で金儲け。#メディアは教えてくれない」
……なんだこいつ?
始めは荒らしかと思った。しかし、コメント欄には似たようなヤツが結構いた。荒らしにしては、ある種のまとまりを感じさせた。
「陰謀論者、ってヤツっすか」
マオが呟く。ポーカーフェイスで、感情はうかがえない。
「SNSを見ている限り、数は少なくなさそうだ。小規模だが、不明体を支持する集会、なんてのも起こっているらしい」
正直、恥ずかしくなった。不明体の正体を知っているからこそ、余計に恥ずかしくなった。彼らは不明体がどんな存在なのか知りもしないで、勝手な期待を寄せている。
だが、同時に少し、正反対に近い感情を抱いてもいた。脅威以外の何者でもないはずなのに、なぜか人々に愛される。それってまさに怪獣や怪人だ。
「こいつら、使えると思うか?うまくやれば、手っ取り早く協力者を集められると思うんだ」
「具体的な考えがあるんすか?」
「いや。将来的にそういう手も使えるのかな、って思っただけだ。興味本位くらいに思ってくれ」
そして。
「わざわざ教えてくれたのは、もちろんありがたいんすけど……基本それはないっすね」
マオは首を振った。
「よほどうまい作戦でも思いつかない限り、こいつらは野放しでいいっす。仲間に引き入れたって、まともに統制が取れるとは思えないっすね。それに」
マオは一瞬言葉を切った。
「こいつらは自分の漫然とした不満を、他の誰かがなぜか解決してくれる、って根拠もなく信じてるんでしょ?しかもその相手は、自分の同胞を次々殺してる連中っす。わたし達と戦ってる地球の警官の方がまだ信用出来るっすね」
「そうか」
兄貴は頷いた。自分の提案がはねられたわけだが、落ち込むような様子は全くなかった。
それから数十分後。
オレは無言で、家のドアを開けた。
母親はパートの仕事。父親は家にいるはずだが、玄関を確認すると彼の靴がなかった。外出しているらしい。
ラッキーだった。今から洋服タンスの扉の、ネジが外れたところを直すつもりだった。だが、ドライバーのある工具箱は父の部屋にしかない。あの人が戻ってくるまでに、作業を終わらせたい。
兄貴は『両親とちょっとした世間話しかしない』と言っていた。悪人ではないが、俺が本当に苦しんでいる時に何も出来ない、あてにならないとも。
オレはそれすらない。オレにとって、両親は敵だった。
教育ママとか教育パパ、といえば聞こえはいいかもしれない。だが、小学生の時からやりたくもない受験をやらされ、少しでも期待値を下回ると延々罵倒され続けなければならない。その期待値も、オレの学力をまるで無視した、およそ非現実的なものだ。
特撮も快く思っていない。そんな子供だましいい加減卒業しろ、スポーツをやれ、勉強しろ、あれやこれや……とうるさいったらない。そんな彼らの趣味といえば、下世話なバラエティ番組とかよく分からない歌手とか、そんなのばっかりだ。
そして、息子がいじめられて苦しんでるのは面倒ごとだと思って見て見ぬふりだ。正直、兄貴の方がよほどオレの保護者だ。
大学に行ったら絶対一人暮らししようと思っている。こんな奴らもう顔も見たくない……いや、話が少々長くなった。そろそろ本題に戻ろう。鬼の居ぬ間に何とやら、やるべき事をさっさと済ませよう。
真っすぐ父の部屋へ。扉を開ける。
父の部屋には特に何の変哲もなかった。ベッド、本棚、机、その上にはプライベートで使っているノートパソコン。
そのノートパソコンだが、開いていた。スリープ状態にもなっておらず、普通に電源がついている。
オレはちょっとした好奇心を起こした。あの人が普段どんなものを見ているのか、少し見てみようと思ったのだ。
別にあの人にそこまで興味はない。「どうせ下らない」と思いながらもなぜかやってみたくなって、いざ実行したら予想通り下らない……っていう事がたまにある。オレが気まぐれを起こした理由もそれだ。
例えば、味がイマイチなのを分かっていて、でもその食べ物を無性に食べたくなったりとか。それと似たような感覚だ。父のパソコンの画面なんか、多分明日の朝起きた時には忘れているだろう。
パソコンの画面を、オレは覗いてみた。
オレは固まった。
画面にはSNSが映っていた。あの男が送信した投稿が表示されていた。
SNSのハンドルネームは「山キチ」だった。アイコンは三毛猫の顔。
「気付いて。不明体が制裁した組織は必ず悪事を働いています。事実、タイプJが制裁したK大学は違法な薬品提供で金儲け。#メディアは教えてくれない」
そのまま動けなかった。さすがにパッと忘れる事は出来そうになかった。あの時オレや兄貴、マオは父の投稿を見ていたのか。
ポケットから自分のスマホを取り出す。SNSで、父のアカウントを検索してみた。
父のアカウントをプロフィールへ。彼は随分熱心に、不明体を天使様と崇めているようだった。それ以外にも、外国の陰謀だのとある政党の陰謀だの、とにかく思い付く限りの陰謀論にハマっているらしい。
スマホの電源を切った。ちょっと気持ちの整理がつかなかった。父の人間性は常々心の中でこき下ろしていたが、ちょっとこれは予想以上だ。
何が原因なのか考えてみる。会社での不満?家庭での不満?どっちも違うのか、それともどっちも少しずつ当たってるのか?
考えようとして、止めた。「今考えても手の打ちようがない事は、今考えても仕方がない」と以前兄貴も言っていた。あの人の心の内なんか分かるわけないし、分かる必要もない。
そんな事より。
オレはこんな事を考えた。「不明体」をデザインしている時は、特撮シリーズに出て人気になればいいなあ、なんて妄想したりしていた。まさか実体化して人を襲うなんて思っていなかった。
そして、まさか大真面目に不明体を崇拝する奴らが出てくるのはもっと予想外だった。しかもそのうちの1人は自分の実父だ。以前想像していた以上の事が起きている。
もしかして……実はオレって、すごいものを考えついたんじゃないだろうか?
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