第8話 開演・タイプBの正体

 数日後。

 オレは自室で絵を描いていた。あの時描き始めた絵だ。時間は午前11時。そろそろ昼飯かな。


 ようやく鼻が自分のニオイに慣れ始めた。とはいえ、自分の体から異様なニオイが流れている事はまだ実感できる。いつになったら消えてくれる事やら……。


「SNSにメッセージが来ているぞ」

 頭の中で声がする。


 オレは返事を返した。

「ミクか?」

「ああ」


 あれから三村ミクとは頻繁に連絡を取っていた。元々はたまに話すくらいの間柄だったのだが、病院に連れていったのがきっかけで一気に距離が縮まった感がある。


 オレはSNSを開く。三村曰く

「なんか面白いゲームない?」

 とのこと。怪我している身では運動も出来ないし、サッカーの試合を見ようにも四六時中やってるわけじゃないし……という事で、退屈しているらしい。


「難易度は高くない、退院するまでの数週間で遊べる、安価で購入可能…ソラシドビート、とか」

「さすがに詳しいな」


 まあでも候補は2、3個くらい考えておいた方がいいか…と考えた、ちょうどその時だった。


 ビックリした。オレのスマホから、急にサイレンのような音が鳴り響いた。不明体が出現した合図だ。


「また来たか」

 オレはつぶやいた。


「こないだのUFOだ」

 と、バイオコップ。


「タイプIはどこにいる?」

 オレは聞いた。そして、バイオコップが答える前に、三村から新しいメッセージがあった。


「病院にきてる」

 一瞬、意味が分からなかった。だが察する。背筋が一気に冷たくなる。


 バイオコップが叫んだ。

「その病院だ!ミクがいる病院を襲ってる!」




 病院すぐ側の道路。

 オレは足を止めた。家からここまでずっと走ってきていた。


 まさに地獄絵図だった。病院のすぐ近くにUFOが浮かんでいる。病院に向かって容赦なく、本当に容赦なく光線を撃ち続けていた。建物は壊れて大穴が開き、炎と煙が吹き上がっている。敷地にはガレキが散乱していた。


 病院前の道路は逃げ惑う人々でごった返していた。老人を乗せた車いすを押して逃げる看護婦。出血している右足を引きずりながら逃げる女性の患者。みんな顔を引きつらせている。


 三村はいるだろうか?辺りを見回すが、それらしき姿は見えない。


 そう思っていると、

「まだ残ってる!?」

 と大声が聞こえてきた。


 敷地内に医者1人と、看護婦2人。さっきのは医者の声だった。

「わたし聞いたんです!どなたかは分からなかったんですけど、とにかく誰かが『1人取り残された』って言ってました」

「何か特徴は?」

「確か足を怪我した女の子って……」


 瞬間。

 オレは走り出していた。病院の入り口に向かって。


 病院内部は思ったより壊れていなかった。だが人はいないし、電気設備をやられたのか照明が消えている。


 何より人気がない。オレ以外の人間はゼロ。もうみんな避難したらしかった。


「とりあえず、あいつの病室だ」

 道順は覚えている。病室のある3階へ走り出そうとした――瞬間、ものすごい衝撃が走る。足下がグラついた。もし走っていたら、簡単にバランスを崩して転んでいただろう。


「慎重に行け」

 と、バイオコップ。


「もう変身しておくか?」

 オレが聞くと、バイオコップは

「いや」

 と答えた。


「この星の住民は、私の事を敵か味方かと懐疑的に見ている。私の姿を見れば、ミクはむしろパニックを起こすかもしれない。可能な限り、顔見知りである君の顔を見せてやれ」


 2階まで上がると、UFOの攻撃の痕跡が見て取れた。天井がない。攻撃で破壊され、所々大穴が開いていた。床には天井のものと思しきガレキが散乱している。そこら中を粉塵がフワフワ浮いていた――なるべく吸わないようにしなければ。


 オレは頭の中で道順を確認する。ここから少し進んだところに階段がある。そこを登って、廊下を少し歩けば三村の病室だ。


 廊下を進んだ。ガレキが多く、足場が不安定だった。歩くのに苦労する。


 何とか階段の前に着いた。

 そして――三村は、いた。右手で手すりにつかまって、階段を降りていた。


 かなり息が上がっていた。顔色もよくない。病衣も随分汚れている。顔には切り傷も認められる。何より、右足から出血している。傷が再び開いたのか。


「三村!」

 声をかけて初めて、彼女はオレに気付いた。オレの姿を認めて目を丸くする。


「巻田君?」

 オレは階段を上がった。三村の左肩を支える。三村のペースに合わせて、ゆっくり階段を降りる。


 何とか階段を降りた。きっつ、と三村が毒づく。彼女の足の血がオレのズボンも濡らす。


「お前、足が……」


「大丈夫や。ゆっくりやけど動かせる」

 三村は前を見た。苦しそうだ。額には脂汗もにじんでいる。それでもその目は据わっている。


「ここで死にたくあらへん。やりたい事、やらなあかん事、まだ残ってるもん」


 ハッキリした声だった。

「そうだよな。さっさと逃げようぜ」


 まずは今いる階段を確認。ここから直接1階に降りようか、と考えたが、踊り場の壁が派手に破壊され、ガレキが散乱している。ここを通るのは無理だろう。オレが通ったルートをそのまま通ってもらうしかなさそうだ。


 オレは三村に肩を貸した。オレも顔を上げる。破壊された天井から青空が見える。


 そして。

 天井の穴から、タイプIが姿を現した。


 三村が息をのむ音が、横から聞こえた。タイプIはそのモノアイをこちらに向けている。


 瞬間。


「変身!」


 オレ達を狙った光線はその物体に阻まれた。チョウやガの繭を縦にしたような形の、真っ赤な物体。


「……え?」


 三村がつぶやく。呆気に取られたような顔。


 繭が破裂した。そこから姿を現したのはオレじゃない。世間の言う不明体タイプB――バイオコップだ。


「事情は後で説明する」

 オレは三村に話しかけた。三村は一瞬キョトンとしたような顔を浮かべたが、すぐにおずおずとうなずく。


「こいつはオレが何とかする!お前は逃げろ!」


 足を引きずりながら、三村が歩き出した。タイプIは容赦なく光線を撃ち込んでくる。避けたら三村に直撃する。


 受けるしかなかった。胸や腹に衝撃が走る。うめき声が口から漏れる。


 反撃しようにも、今のバイオコップに飛び道具はない。というか、今は使えない。


 光線を受けて踏ん張りながら、オレは足元に目をやった。散乱したガレキが足元を埋め尽くしている。


 これしかない!オレはガレキの1つをつかんだ。ノートくらいの幅のある、大きいやつだ。それをタイプI目がけて放り投げた。


 当たった!だがガレキは『カンッ』と金属音を立て、宙高く弾き飛ばされただけだった。タイプIの損傷は全くなかった。


 それどころか、タイプIが猛スピードで迫ってきた。こっちに突進してくる!


 慌てて右方向に、横っ飛びに避けた。左わき腹をタイプIのへりがぶつかる。


「ぐあ!」


 オレの体が宙を舞う。メチャクチャな方向に回転し、背中を思い切り床に打ち据えた。


 後ろで轟音。タイプIが壁をぶち破り、建物の外に出たのだ。


 あの機体、相当な硬さがある。もし直撃していれば、どうなっていたか……。


「くそ……」

 何とか立ち上がるが、すでに足がふらついていた。やはり飛び道具がある分、向こうが圧倒的に有利だ。


タイプIを見失った。オレは天井の大穴に目をやる。どこにいった?視界には青空が広がるだけだ。


「向こうだ!」

 オレの意識の中でバイオコップが叫んだ。


「ミクを狙ってる!」


 オレは立ち上がった。三村は廊下を渡り、もう少しで1階への階段に着く、というところだった。足取りは頼りない。風が吹けばたちまち倒れてしまいそうだ。


 そして。

 廊下の窓ガラスが次々と割れ始めた。廊下の向こう側から、三村に迫るように。


 三村の足が止まる。自分のすぐ後ろの異変を見て、その顔が引きつる。


「危ない!」

 オレは走り出した。普通の人間には到底出せないスピード。


 廊下の一番端、つまり三村に最も近い窓ガラスが割れた。窓ガラスの間から光線。真っすぐ、三村に襲いかかった。


 爆発音が、響いた。


「痛ってえ……」


 オレは思わず、声を漏らした。


 正直よほど倒れるかと思った。何とか2本足で立つ体勢を維持している。胸元からはまだ煙が出ていた。


 後ろを振り向く。三村は大きく目を見開き、こちらを見つめていた。


 間に合った。間一髪のところで、三村をかばう事が出来た。


「早く行け!」


 オレは叫んだ。


「まだ終わってねえんだろ!お前の夢!」


 三村は慌てたように素早くうなずく。それから手すりに手をかけつつ、階段を降り始める。


 だが、彼女は1回だけ振り向いた。


「ありがとう、タイプB!――ううん、巻田君!」


 三村が階段を降り始めた。オレは窓の向こうのタイプIをにらむ。自分の気持ちがどんどん高揚するのが分かる。


「ソウジュ!」

 バイオコップが話しかけてきた。


「シンクロ度合いが高まった!今なら飛び道具も使える!」

「ホントか?」

「ああ。ガレキの何倍もの威力があるぞ」

「よし!」


 今使うべき技は何か、どうやって出すのか。その情報が自然に、頭に流れ込んでくる。一心同体になった効果なのか。


 オレは口を開いた。重いものが、のどの奥からせり上がってくる。


 口から銛が発射された。真っ黒な、重い銛。タイプIにも反応できないほどのスピードだった。


 ズンッ!!


 重い音が響いた。発射された銛が、タイプIの装甲に深く食い込んだ。タイプIが空中でグラつく。動きが止まる。


 オレは銛を連射した。タイプIに突き刺さるもの、そのまま貫くもの。緑色の装甲がたちまちボロボロになる。


 タイプIはバランスを崩した。視界が窓の下に消える。墜落した、と判断するには十分だった。


「ハッ!!」


 オレは窓から外へ飛び出した。下を見ると、すでにタイプIは地に落ち、轟音を立てていた。だがその銃口はこちらを向いている。


 光線が数発発射された。タイプIに飛びかかるオレ目がけて、まっすぐ打ち出される。


 だが。


 オレは体中に力を込めた。

「ンンンッ……ダアアアッ!!」


 気合の声と共に、全身から稲妻状のエネルギーが放たれた。光線を空中で爆破しただけじゃない。電撃そのものがタイプIに襲いかかった。


 何筋もの電撃が、タイプIを直撃した。機体のあらゆる箇所から火花が散る。動きが止まった。もはやまともに起動しているかどうかも怪しかった。


 こいつに止めを刺すのは、今だ。


「行くぞ」


 バイオコップがしゃべりかけてきた。何をするべきか、自然と理解できた。


「ウアアアアアアアーーーーーーッ!!」

 オレは、吠えた。ものすごい声だった。


 オレの体にオレンジ色の稲妻のようなエネルギーが走り始める。オレは走り出す。全身を巡るエネルギーが右拳に集まっていく。


 体をひねる。オレとバイオコップは同時に叫んだ。

「凝天残月掌(ぎょうてんざんげつしょう)!!」


 裏拳がタイプIのボディを直撃した。その機体がたちまち爆発四散する。


 オレが、勝った瞬間だった。


 変身を解除する。しばらく、その場に佇んでいた。というか、疲れて動けなかった。命がけの戦いによる疲労が、終わった瞬間ドッと押し寄せてくるような感覚。


 瞬間、

「おーい!」

 と、オレに呼びかける声があった。


 三村だった。足を引きずりながら、こっちに向かってくる。その顔にはいつもの明るい笑顔。傷だらけだったが、確かに彼女は無事だった。




 数日後の昼間。

 オレはパソコンの画面に向かっていた。画面には昨日の夜投稿したばかりの絵が映っている。前から描いていた絵が、ついに完成したのだ。


 ニオイはもうすっかり消えていた。大学の授業にも出始めている。友達と飯食いながらしゃべるたびに、やっと終わってくれたんだな、と実感する。


「よう」

 頭の中に声が響く。バイオコップだ。


「もう戻ってきたのか?早くね?」

「ミクがそろそろリハビリ始める時間だったんだ。邪魔しちゃ悪いからな」


 あの後三村にはバイオコップについて、オレが知っている事、バイオコップが話せる事は全て話した。三村は分かりやすく目を丸くしていた。


 バイオコップはついさっきまで三村の下にいた。病院へお見舞いに行っていたのだ。カラスやガなどの野生生物に次々と寄生し、移動しているらしい。


「様子を見にいくためさ。それに、話し相手にもなっておこうと思ってな」


 と、バイオコップは言っていた。

「彼女、普段無理して明るく振る舞う分、1人で不満をためこんでしまうんだ。君も以前まで、親と折り合いがつかないなんて聞かされた事ないだろ?


 で、それを爆発させてしまう。本人もその事、気にしてるらしいからな。愚痴でも何でも、話を聞いてやるさ」


 それから、バイオコップはオレにサッカーの話をするのは控えるようとりなしてくれた。面と向かっては言いにくかったので、正直ありがたい。


 そして。

 バイオコップはオレが開いている別ウィンドウのタイトルを目ざとく見つけた。


「未経験からイラストレーターになる方法、か。君の夢も、息を吹き返したらしいな」

「う……うるせえな」

「え?巻田君照れてるの?」

「黙れ」


 そうは言ったものの、こんな気持ちになったのは三村と、そしてバイオコップのおかげだ。ヒーローやるのも悪い事ばかりじゃない、らしい。


「いい絵じゃないか」

 バイオコップが言う。オレは自分が描いたばかりの絵に目をやった。青髪の少女と赤髪の少女が制服を着て、談笑しながら登校している。彼女達が普段何気なく送っていたであろう日常。


「お前のお世辞はいらねーぞ」

「お世辞じゃないさ。ほら、いいねもされてるし。君の絵は、誰かに必要とされているんだよ」

「まあ……そう言ってくれた事に、一応感謝はしといてやる」

 

 そんな事を言いながらも、オレは次はどんな絵を描こうか、と考え始めていた。ずっと感じていた心の中の穴が、ほんの少しだけ塞がり始めているのを感じながら。




 その日の夜。


 俺=須崎ソウタはアパートの一室の中にいた。いつものちゃぶ台で、マオと向かい合っている。


 マオは嬉しそうだった。実際嬉しいのだろう。


「お手柄っすね~、須崎クン。正直こんなにうまくいくとは思ってなかったっす」

「まあ運がよかった」


 そう言いながら、俺はスマホの電源を付けた。写真ファイルを開く。

「あの病院の近くで、逃げる人達とは反対方向に走ってた。それから、凄いニオイがした。洗ってない体操服の方がまだマシなニオイだった。ぶっちゃけ写真は鮮明じゃないから、どれだけ参考になるかは分からんが……」


「そこはこれからの頑張り次第っす。この写真も、プロジェクターを使って解像度を上げる事も出来るっすからね。大きな手掛かりになったのは確かっす」


 俺はスマホの画面をもう一度見つめた。俺も通った事のある道路だった。逃げる人々をかき分けるようにして、病院へ向かう青年の横顔。


「どんな顔の地球人に寄生してるんすかね?どんな風に暮らして、宿主とどんな会話をしてるんすかね?

 あんたの事、もっと色々知りたいっすよお。バイオコップ……」

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