第7話 爆発する夢
○○公園。
大きな公園だった。広大な芝生。老若男女問わず多くの市民が集まっていた――普段と違うのは、その公園が悲鳴に包まれていた事だった。
公園の上空に、それは浮かんでいた。一言で言えばUFOだ。3、4メートルくらいの大きさ。茶色くて、三日月状の機体。正面にはモノアイのような赤い照明。機体には苔むしたような緑色の部分もある。半円の外側の部分が正面だ。
モノアイから赤い光線が発射された。公園の芝生に着弾。爆発。地面や芝に加え、人の体までもが巻き上がる。
胴体の向きを変えながら、容赦なく光線の雨を降らせた。次々と爆発が巻き起こる。逃げ惑う人、吹っ飛ぶ人、その場で倒れて動かない人。
そして。
オレは公園に隣接する林の中に潜んでいた。
オレがバイオコップである事をバレるわけにはいかない。ここなら誰も見ていない。木々の枝越しに、光線を撃ちまくるUFO=タイプIが見える。
「行くぞ」
バイオコップが声をかけてきた。
「分かってる」
オレはうなずいた。タイプIを見据える。
「変身!」
瞬間、オレの両目が熱くなった。目が赤く光ったのだ。
オレの両目から黄色い液体が流れ出した。涙のような要領だ。その涙がオレの全身を覆う。チョウやガの繭を縦にしたような形状。
そして。
繭が破裂した。飛び散る繭。そして、オレの姿は変わっていた。バイオコップの姿だ。
「ウオオオオオオオーッッ!!」
オレは林から飛び出した。走り出す。
タイプIは上空に浮かんでいる。だがバイオコップの跳躍力なら届くはずだ。
オレは両足を地面に付けた。そのままジャンプ。猛スピードでタイプIに飛びかかる。そのままパンチを繰り出す。
だが。
タイプIの機体が一瞬揺らめいた――瞬間、その姿が消える。オレのパンチは空を切った。
「何!?」
オレとバイオコップの声がハモる。宙に浮く体。一瞬空中で体が止まる。
「後ろだ!」
バイオコップが叫ぶ。振り向いた時には、UFOはすでにモノアイをこちらに向けていた。
光線が背中に命中した。
「ぐああっ!!」
大爆発。背中から火花が散る。そのままオレは撃ち落される。
腹から地面に激突。そのまま地面をゴロゴロ転がる。
「痛ってえ……」
オレはうめいた。全身を激痛が走る。普通の人間なら間違いなく死んでいる。
立ち上がった瞬間、オレは上からの圧に気付いた。
見上げる。タイプIだ。次の光線を、オレ目がけて撃ち出していた。赤色の光線が猛スピードで迫っている。
慌てて横っ飛び。すぐそばで大爆発。寸手のところで避ける事が出来た。
タイプIは次々と光線を撃ち出した。まるで光線の雨だ。
オレは走って光線を避けた。オレの周りで次々と起こる大爆発。反撃するヒマなどない。
光線をよけた。足元に着弾。すぐ近くで爆発が起こる。直撃は確実に免れた、はずだった。
しかしオレの体には激痛が走っていた。
「ぐああああっ!!」
全身を痛みが駆け巡った。その場に倒れ込む。体が動かない。まるで全身に電気ショックを受けているみたいだった。
上を見上げる。タイプIの触手の一本が、さっきの何倍も長く伸びている。敵はその触手を引っ込めているところだった。
「刺されたんだ。毒らしい」
バイオコップが呟いた。クラゲのような要領で、刺してきたのだろう。
「一発だけならまだ動ける。だが何発も食らうとヤバい。多分、呼吸器系とかに異常が生じる」
「避けるのが前提みたいに言うんじゃねーよ、もうこれ体が動かなくなってるぞ!?」
「落ち着け!動くしかないんだから、動くだけだ」
何とか起き上がった。体中にギブスか何かを取り付けられて、動きを制限されてるみたいだった。この状況で、触手を避けるなんて出来るのか?というか、もし光線を食らったりしたら……。
その時。
オレは不意に視線を横にした。意図的に、とかじゃない。立ち上がる時の拍子で、ちょっと視線が逸れただけだ。
しかし、その時に見た光景は、頭から離れそうにないものだった。
公園の隅で、倒れている人達。タイプIの攻撃を食らった人達だ。うめき声をあげる人も、ピクリとも動かない人もいる。
その中に一人、知っている顔がいた。短髪の若い女性。地面に尻もちをついてうめいていた。右ひざを両手で抑えている。その両手から血が漏れ出していた。
「三村……!?」
その頃、アパートの一室。
「調子いいな」
兄貴=須崎ソウタがつぶやいた。
おれ=千堂シュンジと兄貴、そしてマオは、並んでプロジェクターの画面に見入っていた。クレソーサーが次々と光線、そして触手を放っている。バイオコップは避けるのに精一杯。明らかにクレソーサーが押していた。
「ワンチャンあるんじゃないか?」
と、兄貴。
「大いにあるっすよお」
と、マオ。
「バイオコップに遠距離攻撃はないっす。クレソーサーがタコ殴りにしてる状態ともいえるっすね。このままいけば一方的に倒せるかもしれないっす……今のところはね」
若干上ずっている気もしたが、冷静な口調だった。鋭い目で画面を見つめている。
本当だろうか?おれも画面を見つめた。クレソーサーが勝つんだろうか?そして勝ったらどうなる?マオはクレソーサーを使って、次に何をする気なんだろう……。
瞬間。
ピピピピピピピピッ!!
プロジェクターから、けたたましい音が鳴り響いた。
おれも兄貴も動きを止めた。予想外の事態にただ戸惑っていた。
マオが舌打ちした。プロジェクターに近付き、キーボードをいじり始める。何か確認しているようだった。
やがてマオは再び舌打ちをした。
「しゃーねえ、ここまでっす」
マオの言葉に従うかのように、クレソーサーはその場を離れ始めた。
「なぜだ!?」
兄貴は本当に不思議そうだった。素人目に見てもクレソーサーが圧倒的に有利な状況だった。
マオはすぐには答えなかった。しばらく沈黙。若干視線が泳いだようにも見えた。
やがてその顔をこちらに向ける。
「無理っす」
「無理?」
「前に言える事と言えない事がある、って話したっすよね?その『言えない事』がまさにこれっす。もちろん、余計な詮索は2人に最悪の結果を招きかねないんで、そのつもりで」
有無を言わさぬ口調だった。さっきまでの軽薄な雰囲気が全くない。
兄貴は黙っていた。これ以上質問を重ねる気はないらしかった。だが、何か考えていそうな顔でもあった。
「とにかく、今は解散っす。今日は2人とも塾があるはずっすよね?怪しまれないよう普段通り過ごすのも、お2人に課せられた仕事っすよ」
マオの決然とした顔が、おれらを見つめていた。
数時間後。
病院内は人でごった返していた。タイプIの攻撃によるケガ人はほぼ全員、公園からほど近いこの病院に担ぎ込まれた。
オレは通路を歩いていた。ここは病院の2階の廊下。窓の外からは日光と、街の光景。解放的な雰囲気すらあった。
手に下げたビニール袋の中には、近くのコンビニで買ったおやつ。三村の病室に向かうところだった。
タイプIがなぜ退却したのかは分からない。向こうが圧倒的に有利なはずだった。とにかく、おかげで助かったのは確かだ。
あの触手の毒も、思っていたほど深刻ではなかった。今でも体がしびれはするが、普通に歩く事が可能だ。これはバイオコップの装甲のおかげでもあるだろう。
戦闘が終わった後、オレは正体がバレないように一旦近くの林で変身解除。それから公園に今駆け付けた体を装い、三村や他の怪我した人達を介抱した(本当に少ししか出来なかったが)。
そのうち救急車がやってきた。オレは三村に付き添って、一緒に病院まで行った。で、今は買い出しの帰りというわけだ。
三村が足から出血しているのを見て、正直心臓が止まるかと思った。サッカー選手が足に大ケガを負えば、当然選手生命にかかわる。
買い出し中に、三村本人からSNSで『お医者さんから全治2週間くらいって聞いてん』と連絡があった。とりあえずはしばらく動けなくなるケガ、で済みそうだ。
そして。
病室に戻ったら、三村の話し相手をしようか。といっても共通の話題はそんなにない。かといって正直サッカーの話はしたくないし……。
そんな事を考えながら、オレは廊下の突き当たりの階段を登る。ここを登り切れば3階。三村の病室は、3階に行ってから少し歩いた場所にある。
そして、階段を登って3階に来た瞬間。
「ええ加減にせえや!!」
本当にビックリした。三村の声だった。純度100パーセントの怒りに満ちた声。会えばいつも笑顔の印象のある彼女のイメージとは、かけ離れた怒声だった。
どうしたんだ?声の聞こえ方からして、彼女は恐らく近くの廊下にいる。オレは早足で歩き出した。他の患者といざこざでも起こしたのだろうか?
三村は自分の病室の前にいた。辺りには誰もいなかった。遠目から見ても分かる、上気した顔。彼女はスマホを耳に当てていた。
ああ家族かな、と何となく察した。
「それとこれとは関係あらへん!別にサッカーやってたから怪我したんとちゃうし!」
「うるさい!お前にそんな事決めてもらう義理はない!」
三村の顔は見るからに上気していた。電話口の相手がもしこの場にいたら、今すぐにでも殴りかかりそうだ。スマホ越しに聞こえる相手の声も大分荒くなっている。
しばらく、呆気にとられて三村の怒鳴り合いを見つめていた。バイオコップでさえ何も言ってこなかった。
やがて、三村がこっちを向いた。本当に何の気なしにこっちを見たのだろう――そして目が合った。一瞬、三村の顔が気まずそうな表情を作るのが見えた。
「もうええ、切るで」
電話口に告げる。相手が何か言っていたようだったが、彼女は電話を切ってしまった。
「いやーごめんな、恥ずかしいとこ見られたわ」
三村が笑いかけてきた。快活そうだが、取り繕ったような笑顔。
「家族か?」
そう口にしてから、やっぱ聞かないほうがよかったんじゃないか、と思った。だが三村は機嫌をさらに損ねる様子もなく、首を縦に振る。
「あたしの親、サッカー選手になる事に反対してんねん。ダメで元々の夢なんやし、そろそろ見切り付けて現実的な事に注力せえ、って。
で、さっき母親が電話かけてきよって。最初は普通に、お見舞いの電話みたいな感じやったんやけどな。途中で『ところで資格の勉強してるか』とか言ってきて、そっからいつもの話になって……。あたしもあんなにキレたの久しぶりや」
ほんまムカつくわ、と三村は付け加えた。笑っていたが、笑顔は乾いていた。そのまま無言の時間が流れる。
やがて。
三村はポツリと口にした。
「ホンマはな、親がああ言うのも分かるねん。客観的に見ればあたしは無理。この状況からプロになれたらホンマに奇跡やと思うわ」
三村の真っすぐな目がオレを見つめる。言葉とは裏腹の真っすぐな目。
「例えインターハイに出たって、そこからプロまでいける人ってほんの一握りやん。あたしはその一握りの中に入ってへん。あたし以上に活躍してる人とか、あたし以上の能力持ってる人とか……そういう人はホンマにたくさんおる。そういう人達でさえ、『このままやったらプロになれへん』って焦ってる」
三村は語る。夢と現実のギャップ。親への不満。三村はオレと同じものを持っていた。
いや、同じものなんだろうか?頭に浮かんだ考えに対して、もう一度疑問が浮かぶ。三村から感じるものは、オレのものとは何か、いやすごく違うような……。
だが。
「せやけど」
三村は続けた。
「あたし自身はまだ夢が終わったって思ってへんねん。大学でもこうしてサッカーしてるわけやし、まだチャンスは残ってる。人に言われてはい終わり、なんて嫌や」
「そうか……」
オレはうなずく。
「いいと思うよ、そういうの」
自然と、そんな言葉が出た。
「ありがと!」
三村の顔が変わった。今度こそ屈託のない、三村らしい笑顔だった。
その日の夜。
オレは自室にいた。机の前に座る。パソコンの電源もつけている。昼間と違うのは、パソコンの前にペンタブレットを置き、右手に握ったペンを動かしている事だった。絵を描いているのだ。
集中しきっているわけじゃない。さっきタイプIの対処法を、バイオコップと話し合ったばかりだ。彼からは「私と君のシンクロ度合いが高まれば飛び道具が使えるはず」と言われた。いわば一心同体になりきっていないために、使える能力が制限されているんだとか。原理はよく分からないが。
そして三村の事が頭から離れない。客観的に見ればあたしは無理、と自分で言っていた。それでも追いかける、と言ってのけた。そして最後にはあっけらかんとした笑顔を浮かべていた。オレが最後にあんな風に笑ったの、いつだろうか。
もちろん、夢を持っていれば親に怒鳴り散らしても許されるわけじゃない。だが、何だかオレには彼女が、自分より何歩も先を歩いているような気がしてならなかった。
「ミクの事か?」
頭の中でバイオコップの声がする。
「うるせえ」
口ではそう答えた。だが、認めざるを得ない。
しばらく沈黙。ペンを動かしながら、オレはポツリと口にする。
「あいつ、オレとは全然違う」
自分の言葉が部屋に響く。静かだった。目の前には全体像を描いたばかりのラフスケッチ。
「オレにはないもの持ってるよ。あいつの夢はまだ生きてる。オレとは違う。あいつは死んでない」
なぜ自分がそんな事を言うのか、オレにも分からなかった。なぜか、どうしてもそれを言いたかった。
そして。
バイオコップはこんな事を言った。
「そうだな、君と彼女は違う」
バイオコップは一呼吸おいて、
「君は『親のせいで夢を絶たれた』と言ったな?」
「ああ」
オレはうなずいた。こればかりは自然に首を縦に振った。
「実際そうなのかもな、って少し思ってる。君の親御さんは自分の思い描く『いい子育て』を押し付けて、結果君の足を引っ張っていたのかもしれない。君が夢を諦めた責任の、全てとは言わずとも一端くらいは君の親御さんにあるのかもしれない。
だが、他に手立てはないか考えたか?もうこれ以上は無理って思えるまで、親御さんと交渉したか?高校生になってから、もう周りとは埋めがたい差があると悟ったって言ってたな。本当にその差は埋めがたかったのか?埋めるトライはどれだけしたんだ?自分で納得できるくらいトライしなかったから、今でもくさってるんじゃないのか?そして親御さんとの関係もギクシャクしたままじゃないのか?
君がつまづいて転んだのは、もしかしたら親御さんのせいなのかもしれない。でも親御さんが君を立たせてくれるわけじゃないぞ。私でもない。君が自分で立つしかないんだぞ」
「なんだよ、それ」
オレはため息をついた。
「説教は嫌いだ」
「はは、悪かったな」
余裕のある笑いだった。
「ところで、ソウジュは絵を描くのが好きだな」
「話題コロコロ変えんなよ……」
言いながら、オレはタブレットを見つめる。
「好きだよ」
もちろん、本心だ。絵を描くのも好き、絵をSNSやネットに投稿するのも好き。褒められるのはもっと好きだ。
「じゃあ、もう答えは決まってるじゃん。絵が好きで今でも描いてるなら、君はまだ死んでない」
「は?」
「君はまだ絵への情熱を捨てていない。絵を描く余裕だってある。だったら君はまだ終わっていない」
バイオコップの声音はいつになく真剣だった。
「仕事柄、本人にはどうしようもない事で夢を諦める人達を多く見てきた。戦争や災害に巻き込まれ、ある日突然、夢どころの状況じゃなくなってしまうんだ。
ミクはとりあえず、サッカーを続けることは出来そうだな。だが、ミクの陰には不明体のせいで選手生命を絶たれてしまった人がいるかもしれない。命そのものを立たれてしまった人がいるかもしれない。他にも数え切れない人が、志半ばで理不尽な目に遭っている。
なあ、君はまだ描けるんだろ?過去の恨み言ばかり思い浮かべてないでさ、今何が出来るか考えてみたらどうだ?まだ君には時間も手段も残されてるはずだぜ。昔思い浮かべた事を100パーセント叶えられなかったとしても、案外悪くないところに落ち着けるかもしれないし。
ミクがサッカーに対して抱くものと同じものを、君は絵というものに対して持っている。そのエネルギー、どう使うつもりだ?ただ持て余してるだけなんて、もったいないと思うぜ」
「……うるせー」
オレは天を仰いだ。嫌でも今までの自分を思い出さざるを得なかった。絵をかきながら、楽しみを覚えながら、どこか虚しさを覚えていた自分。
まるで何かしらの物理法則に従って、自分の意思とは関係なく絵を描いているように感じていた。正直、惰性で描いていた部分は確かにあった。
オレは自分の絵を見つめる。好きなアニメキャラの顔だった。全体の輪郭を描いただけで、まだ色は付けていなかった。
そういえば。
オレはふと思い浮かべた。オレ、そもそもなんで絵を描くのが好きになったんだっけ……。
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