第31話『コエーヨの涙』
ダンジョンの出口へと通じる筈の戸口から、のっそりと一歩前へ。
「あはあはあはは~! ここは通さないんよ~!」
オーガも真っ青。ただでさえ醜かった顔が、火傷で凶悪なまでに不気味な面構えとなった巨漢のコエーヨを前に、戸口に向かってた人々は恐怖に声を引きつらせた。
「ば、化け物っ!」
「きゃあああ、化け物!!」
「みんな下がって! 化け物よ!」
「何て醜い化け物だ……」
わたわたと逃げ惑う人々。プリムは、前に居た人が慌てて後ろに下がって来たので、ドンと突き飛ばされてころっと転んでしまった。その上にかぶさる様に倒れ込んで来たその人に圧し潰され、胸の息がいっぺんに出てしまう。
「けほっ、けほっけほっ」
「うあああ、逃げ、逃げなくっちゃ」
「どけっ!」
「痛っ!」
「わああああ!?」
ぶおんぶおんと巨大な棍棒が風を切る。
普通の人では、持ち上げる事も出来ない程の巨大な棍棒。それをまるで楊枝の様に振り回すコエーヨは、みるみるその顔を真っ赤にし、手近な人に向かって踏み出した。
「うるさい! うるさいうるさい!! ぼ、僕は化け物なんかじゃない!!」
「うひいいい!?」
「こ、来ないで!」
「うわあああ! あっちいけ、化け物おーっ!!」
「化け物なんかじゃないっ!!」
そう叫び、高々と棍棒を掲げた。そのまま力任せに振り下ろせば、頭蓋すら粉々に砕けるだろう。
それは傍で観てれば、誰にでも容易に想像出来た。
「きゃー!」
「止めてー!」
「化け物じゃないんだー!!」
恐怖に引きつる男を前に、吐き捨てるコエーヨ。持ち上げた棍棒が、一寸動きを止めた。
その巨体がぶるぶると震えているのが、這いつくばって見上げるプリムには判った。それが怒りなのか、苦悩なのか。その両方なのか。
肉に半分埋もれた様なコエーヨの目を見れば、涙が浮かんでいる。泣いている?
怒りに身を任せれば殺してしまう。それを押し止めている何かがそこにあるのだとプリムは直感で感じていた。
「ダメ!! それ以上は、本当に化け物になっちゃうよ!!」
「ううう……」
コエーヨの瞳から、つうっと一筋の涙が。
恐らく、街の人が普通の恰好をしているから、殺せなかったのかも知れない。
オーガ相手になら容赦無い攻撃を加えていたから。プリムには、そう想像出来た。
「お願い。みんなを家に帰してあげて。家には待ってる人が居るの。あなたにもそういう人が居るんでしょ? お願い。みんなを帰してあげて」
「うう……だって、だってぇ~……」
まるで小さな子供の様。
「ね? そこを通してくれるだけで良いの」
「でも、でも、兄ちゃんがぁ~……」
そこでようやく立ち上がったプリムは、驚いている人々の横を通り、コエーヨの前に進み出た。
「危ないよ、お嬢ちゃん!」
「ダメだよ!」
周りから引き留める声に、プリムは静かに首を横に振る。
「大丈夫……かな? えっと……」
そう言って、プリムはコエーヨを真っ直ぐに見上げた。
「コ、コエーヨ……」
「コエーヨさん。お願い。みんなお家に帰りたいの。そうすれば、みんなコエーヨさんに感謝すると思うわ。お願い。通してくれるだけで良いの」
すっと、コエーヨの革鎧からのぞく素肌に、プリムはその小さな手を置く。汗ばんだ皮膚の下、脈動する鼓動を感じる。そして、改めてコエーヨの醜い顔を見つめた。
自分が恐怖の余りに、魔法で焼いたその顔を。
その内にある、傷付いた心を。
思わず、プリムの緑の瞳も、うるっとする熱いものを感じた。その孤独に触れた様な気がして。見た目の異様さから、誰にも受け入れられない、孤独を感じて……
「……わがあっだ……」
少しの沈黙。
それから、そう一言告げたコエーヨは、ゆっくりと振り上げた棍棒を下げて、振り向き、その大きな背中をプリムらに向けた。
「お~、おらについでぎな……」
そう震える声を、漏らす様にして、コエーヨは戸口の向こうへと消えていく。
これに思わず息を呑んだ。そこでハッとなったプリムは、小走りにそれを追う。その震える背中が、とても大きいのにとても小さい様に想えて。一人にしてはいけない様な気がして。
「あ、ありがとう! ありがとう、コエーヨさん!」
取り付く様に、だらんと下がった左の腕に手を置く。すると、びくっと震えるのが判った
。
「あ、ああ……」
そしてコエーヨは、ちらりプリムの顔を見、それだけですぐに前を向いてしまい、何を思ったかプリムには判らなかった。
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