第30話『ヒデーヤとコエーヨ』



 軽やかなステップで次々と飛来する衝撃波をかわし、ミラー越しに眺める必死な顔。顔。顔。自然とナナナの腹から笑いがこみ上げた。ああ、愉快、愉快!


「あっはっはー!! みんなお行儀よきゅ~付い来なちゃいね~!!」

「待てーっ!! この腐れアマー!!」

「「「「「待ちやがれー!!」」」」」


 カランカラカラと前輪で杖を弾き疾走するナナナの魔導バイク。それをおいかけるヒデーヤと二十体からのオーガの群れ。いくら何でもバイクに徒歩で追いつける訳も無く、ひいひい言いながら団子になって駆けて来る。それをうまい事誘導するべく、杖を弾くのだ。

 ちらっとプリムの方を見る。もう、十分引き付けたかな?

 へへへと唇を濡らし、ナナナは足先でクラッチを切るや車体をぐるっと反転させた。勢いそのまま、連中に前輪を向ける。


「飴ちゃん、あげるわー!!」

「うっわ!? いらねー!!」


 真後ろを向いた魔導バイク。その前輪に装着されたグレネードが火を吹いた。


 しゅるるるる──


 咄嗟に横へ跳ぶヒデーヤ。そこへ弾が吸い込まれ。


 ちゅっどーーーーん!!


 火球に包まれるオーガの群れ。

 その横で虫みたいに這いつくばるヒデーヤは、鬼の形相で声高に悪態をついた。


「死ぬじゃねーか!! ばっかやろー!!」

「死ねー死ね死ね死ねー!! あーっはっはっは!!」

「殺す……この腐れアマ、絶対殺す……」


 ブスブスと肉の焼ける黒煙を立ち昇らせ、幽鬼の様に走りを緩めたオーガたちを尻目に、歯茎をむき出しに駆け出したヒデーヤは、立ち上がるやついでとばかりに目の前のオーガ共を背中から切り刻んだ。


「邪魔だ!! どけどけいっ!!」

「にひひひ。愚か愚か~」


 再度、くるっと車体を反転。ナナナは杖を目指して、バイクを走らせた。



 ◇ ◇ ◇



 プリムは小走りに駆けよった。胸に去来する苦しみを振り払う様に。


「大丈夫ですか!?」

「ああ、プリムちゃんだったわね」


 ケガ人にヒールをかけて回ってるシスターの一人が立ち上がり様に振り向く。ちょっと驚いた顔で。するともう一人も、すくっと立って不思議そうにプリムを見つめた。


「本当に、プリムちゃん?」

「どうしてこんな所に?」

「悪い冒険者に追いかけられて……」

「ああ」

「あいつらね」


 たちまち二人の顔に浮かぶ嫌悪感。

 もしかしたら、自分の事もオーガが化けた偽物と思われかねないと、少し不安だったプリムであったが、そんな事、微塵も考えていなさそうでホッとした。疑う事を知らなそうな、人の良さに少し心配ではあるが。

 そして、ぐっと胸の前で拳を握って気合を入れる。


「とにかく今は逃げましょう!」

「ええ」

「そうね。皆さん、もう動けますね?」


 その呼びかけに、人々はふらふらと立ち上がり、入って来た戸口を目指して動き出す。

 冒険者の放った衝撃波に、ほぼ全員が深手を負っていたが、シスターたちの回復魔法で辛うじて移動する事が出来る迄には回復していた。

 プリムはちょっと羨ましいと思った。神の奇跡を起こす力はまだ宿っていなかったから。

 ぞろぞろ動き出す十二人の男女。

 血だらけでボロボロになった衣服が痛々しい。


「おばちゃん、大丈夫?」

「ああ、ありがとう……ありがとう……」


 泣きそうな顔で足を引きずる年配の女性に手を貸し、唇をきゅっと結んだプリムは、列の一番後ろを続いた。みなの足取りは重い。あまりの出来事に、ショックで疲労困憊なのだ。

 すすり泣く声すら漏れ出た。

 そこかしこに、人の残骸が転がっている。もしかしたら、自分たちもあれの仲間入りするところだったのだ。その中に、当然の如く見知った顔も転がっている。さっきまで、自分をここへと連れ込んだ顔だ。

 そして、元気なもの程、自然と足早になる。


「早く、ここから離れましょう」

「ま、待って……」


 戸口に近づくにつれ、列は長く伸びていく。

 その時だ。

 先頭を行く男が、ハッと息を呑んで立ち止まり、後ろに続いた人とぶつかった。


「な、何?」

「う、うああ……化け物……」

「ばあ~!」


 そう言って、のっそり戸口から顔を出したのは、火傷で醜く変形した顔を持つ巨漢の男、ヒデーヤの弟コエーヨだった。

 血まみれの巨大な棍棒を肩に担ぎ、にやにやと不気味な笑みで一同を見下ろす。

 実に嬉しそうに。


「あは、あは、あははは。オデって頭イイ~。ここで待ってたら、絶対逃がさないんだもんね~。あはははは。だあれもだあれも逃がさないんよ~」

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