第32話『赤い樹』


 魔導バイクが走る。


 走る。


 走る。


 このだだ広い地下のホールから人々の姿が消えていく。その気配を肌で感じ、ナナナはミラー越しのオーガたちに目をやった。大分散り散りになって来ており、思わずニヤリとほくそ笑む。

 そこに映ったのは、追いかけて来る冒険者とオーガたちの醜い争いだ。が、冒険者は頭数が二人と、ちょっと不利な訳で。

 そこで徐に、魔導バイクを走らせながら、右手でホルスターから拳銃を抜くや、左の脇に挟む。そしてミラー越しに撃つ!


 どきゅ~ん!


 脇に微かな熱と振動。

 ミラーの向こう、オーガが一匹、引っ繰り返った。


「ん~。あたしってナイス~」


 意気も揚々、ホルスターに銃を戻し、前を向くナナナ。その背中にヒデーヤの罵声が飛んだ。


「てめぇ、ふざけんなー!! 俺を狙っただろーっ!!?」

「うわっ!? バカが何か言ってるわ! ウケる~!」

「んだと、こらあーっ!!」


 ケラケラ笑うナナナは、ヒデーヤを無視し、目線を転がった赤い石の杖に向けた。

 プリムはみんなを連れて脱出しただろう。そろそろ自分も逃げる頃合いだ。そう判じたナナナは、素早くアクセルとブレーキを操作し、バイクの前輪を引き上げると同時に大きく車体を跳ね上げた。

 あの怪しい杖を破壊する。それは最初から決めていた事。


「んじゃあ、ねっ!!」


 ドン!!

 バキャッ!!


 バイクの後輪が、着地と共に杖の宝石を踏み砕いた。と同時に、血の様な赤が拡散した。

 砕けた石は、キラキラと異様な赤を巻き散らしたのだ。まるで、光る粉が吹き上がる様。


「なっ!?」

「「「「「あああっ!!」」」」」


 ヒデーヤとオーガ達が悲痛な声。が、それは問題では無い。

 やはり、アレは只の石じゃ無い!?

 元よりあの杖はアビスの魔道具だろうと、予想の元にナナナは行動を起こしていた。

 狙い通り、オーガたちはあの杖を追いかけ、十分に引き付ける事が出来たのだが……


「何だ、これっ!?」


 キュキュキュキュキュ!!

 ナナナは車体を横滑りさせ、その怪しい光のロンドに目を見張った。

 眩いばかりの赤い光の雲が、まるでクラゲの様にふわりふわりとたなびき、すうっと壁に吸い込まれる様に消えて行く。

 それを追って、壁に群がる生き残りのオーガたち。

 そして、ヒデーヤは砕けた杖の残骸を手に、ひざまづいていた。


「何してくれちゃってんだぁーっ!!? お宝だぞー!!?」


 だが、そんな非難の声は、ナナナには届かない。

 どうする?

 逃げるなら、今だ。が、壁の向こう。何がある?

 素早く思考を整えるナナナ。

 そして、その手は自然な流れで、グレネードの弾を装填していた。


「この腐れアマー!!」

「どきな、邪魔だよ」


 鬼の形相で、づかづかと歩み寄ろうとするヒデーヤに警告し、ナナナは車体の前輪を、そこにあるグレネードランチャーの砲身をオーガたちに向けた。そいつらが群がる壁に向けて。

 ヒデーヤは目をまんまるにして、ハッと飛び退った。そこをグレネードの弾頭が、ひゅるるるっと飛んだ。


「ばっか野郎ーっ!!」

「ざ~んねん。あたしゃ、一応女型なんだよ」


 どっごーんんんん!!!


 パラパラと破片が飛び散り、舞い上がる埃を、その向こうから生じる鮮血の様な赤が染め上げる。石が砕けた時の雲の様なうっすい赤とは違う。空間そのものが赤、赤、赤……

 そして、ふわりと甘ったるい香りが流れ出て来るのが判った。


「やっべ……」

「何だ~? おっ、こりゃお宝か!!?」


 何かやばい物を引きずり出したかもって予感に、ナナナの身体を電撃の様な戦慄が走る。

 が、ヒデーヤは小躍りして駆けて行く。

 その余りの能天気さに、思わず天井を見るナナナであった。


「ひゃっはー!! ぜ~んぶ、俺のもんだ~!!」

「うっわ。凄いバカだわ」


 カランカラカラ。使い切った魔晶石を捨て、ナナナは魔導バイクに跨ったまま、静かに近付く。幸い囮になってくれる冒険者が居る。手に負えない化け物が出て来たら、即座に逃げられる様、慎重に倒れ伏しているオーガたちの脇を抜け……


「おおおっ!!? なんじゃ、こりゃーっ!!?」


 案の定、先行したヒデーヤが中の光景に、驚嘆の声をあげている。それだけで、ナナナには想像がついた。

 徐に、左のホルスターからライフルを引き抜き、ゆっくりとヒデーヤの背後に迫る。いつでもヒデーヤを盾に出来る様に。


「ほうほう。これは……」

「何だと思う?」


 先ほどまでの剣幕はどうした? ヒデーヤは冷静な冒険者の顔になっていた。

 その壁の向こう、また少し大きめの部屋になっていたが、その部屋いっぱいに真っ赤な樹木の様なものが占めており、床や壁、天井といっぱいに枝や根が折り重なる様に伸びている。そして、巨大な赤い実が幾つもだら~んと垂れている。

 嫌な予感が。

 その実が、まるで何かの生き物が胎児の如く、まるまっている姿に見えたからだ。


「やべえ奴って事だよ!!」


 剣を一閃。衝撃波がその赤い巨木を穿った。

 迸る赤い樹液が、まるで動物の鮮血の様な。ドバドバ流れ出るそれは、更にむせかえる様な甘ったるい匂いを広めていく。そして、まるで動物の様に身をよじる木の化け物。

 ぎょえええええええええええええ!!!!!!!

 天井や地面が大きく揺れ、パラパラと小石が降り注ぐ。

 にやり。ヒデーヤは更なる大技を放つ為、大きく振りかぶる。


「やるねぇ~」

「あったりめえだろ!」


 その声と共に、衝撃波が走た。

 巨大な果実が幾つも落ち、中から出来かけみたいな化け物が弾け出る。


「はん!」


 それを見たナナナも、樹なら火だなと属性を変えた弾丸をライフルに送る。

 どきゅ~ん!

 ガチャリ。

 薬莢を弾き飛ばし、被害を見る。だが、ライフル弾では巨木に対し豆粒だ。そこで、残りの魔晶石の事を考えると、答えは簡単だった。


「いや、やっぱり凄いねぇ~」

「ぐふふふ。まあな!」


 またもヒデーヤの衝撃派が飛ぶ。それをよいしょするナナナ。

 よしよし。しめしめ。

 気分良く、技を放つヒデーヤだった。

 そして、そうこうしていると、床にも天井にもひびが走り、ぐらり巨木がゆれると共に、床は盛り上がり、天井が崩れ落ち、その崩落がみるまに二人に迫り来る。


「やっべ!」

「こら、置いてくんじゃねぇ!!」


 慌てて魔導バイクをターンさせるナナナ。その背に組み付くヒデーヤ。


「やだ、どこ触ってんだい!!?」

「ばっか野郎!! んな事言ってる場合じゃねえって!!」

「落ちても知んないよ!!」

「もっと速度だせや、こらっ!!」

「だったら、お前が降りろーっっ!!」


 崩れ落ちる天井から、だらんと垂れる赤い枝や根。床を持ち上げる根。根。根。


「ふざけんな!! 死ぬじゃねーか!!」

「死ね!! 死ね!! 死ねー!!」

「こおの、ブス!! ブス!! ブスー!!」


 その中を、魔導バイクは弾ける様に駆け抜けていった……

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