第22話『同じ顔』


 中庭に面した廊下の手すりで干されていた大きな葉っぱは、少し独特の香りがした。

 何しろ、プリムの顔と同じくらい大きい。

 それをがさごそと丁寧に重ねて持ち歩くのが、今朝の最初のお仕事でした。


「これ、何に使うんです?」

「血止めやら、何やら、色々とね」

「へえ~……」


 確かに、この大きさならケガをした所に張り付けておけば……

 そんな事を考えていたら、先を行く手ぶらのナナナはとある扉の前へで歩みを止めた。

 司祭長室。

 そう彫られたプレートがかかっている。そんな扉を蹴り開けた。


「よ。入るよ~」

「ノックは手でするもんだって教えなかったかい?」

「学校じゃ教えてくれなかったな~」


 中からミランダの声がする。あからさまに呆れた口調だ。

 しかしナナナは悪びれる様子も無く部屋に入る。そしてナナナに続いて入れば、執務用の机に肘をつく呆れ顔のミランダが出迎えた。


「やれやれ。プリム! 変な事は覚えなくて良いからね」

「え? あ、はい!」

「大丈夫、心配しなさんなって。あたしがついて、みっちりここの流儀って奴を教えてあげてんだからさ。もう、完璧」

「だから、心配してんだけどねぇ」


 そんな減らず口を叩くナナナが、ちらり流し見る様に合図を送って来たので、そういう事かとプリムは両手に抱え持つ葉っぱの山をミランダの前に積み重ねた。


「今週のあがりですわ」

「ふん。いい出来じゃないか」


 そう口にし、無造作に一番上の一枚を手に取ると、鼻に押し当てすうっと息を吸う。

 次には、くるくると丸めて棒状にして、再度端から端へと鼻を滑らせ、おもむろにその端を口に咥えた。


「おい」

「はいはい」


 すると、ナナナのフードの下から金属の球体がふよふよと泳ぎ出、ミランダの前まで行くとぽっと小さな炎が出る。

 ミランダは、それに反対側の端を近付け、すぱすぱと音を発てて煙を吐いた。

 これにはプリムもびっくり。神殿で、こんなものまで作ってるんだと。


「五本ばかり、あっちにも持ってってやんな。あいつも好きだからねぇ」

「はーい」

「やる気ないねぇ~。シャキッとしな!」

「へいへい」


 いやはや。第一神殿に行くのが本当に嫌そうなナナナは、机の上に乗せられた煙草の葉の山を一抱えにし、部屋の片隅にある小さな作業用の机に運ぶ。

 そこには大きな刃のある作業台があり、その脇にどさっと置くと、今度は椅子に座りプリムを手招きした。


「端っこの葉っぱが出るから、小刀で刻んでってくれる?」

「わ、わかりましたー」

「指、切るんじゃないよー」

「ふぁ、ふぁーい!」


 わたわたとナナナの横に、また部屋の片隅にあった椅子を持って来ようとするプリムの背中にミランダの声が飛ぶ。それがプリムのお尻を叩く形になり、少し慌ててナナナの横へとガタガタ音を発てて移動した。

 そんなプリムをちらりと眺め、少しほほ笑んだナナナは数枚をまとめてざっくりざっくり。葉っぱの端を切り落としては、真ん中をくるくると丸めて端っこをきゅっと絞って出来上がり。

 端っこの切れ端をプリムへと押し退けたので、机の上にあった小刀を手に、切れ端を細かく刻んでは、傍らの小さな壺にぱらぱらと納めた。

 おかげで、手が少し良い匂い。



 ◇ ◇ ◇



 くんかくんかと指先を嗅ぐと、やっぱりまだ煙草の良い匂いがする。

 第一神殿へのお使いを済ませたプリムとナナナは、またもいつも通りに帰り道に人通りの多い道を歩いていた。この数日は、この流れだ。

 そして、あのジュース屋さんに寄るのも……

 懐にはジンジャークッキーが一包み。神殿で、参拝者に配り始めた物だ。これは、プリムも手伝ったので、出来の良い物を数枚、そっと懐に忍ばせていた。

 あのお兄さん、喜んでくれると良いなと。そう想うだけで、プリムの胸中はほこほこと暖かなものが満たされていく。


「ちょ、ちょっと行って来ます!」

「あいよ~。あそこだね。いってらー」


 弾む声でそう告げると、ナナナもうっすらと目を細め、にやりと微笑んで送り出す。もう、知れたもの。ナナナはとやかく言うつもりは無かった。何しろハンサムボーイはライバルが多い。人種の違うプリムがぽっと顔を出したくらいでは、大した事になりそうにない。ただ、毎日の張り合いになれば良い。そう想っていた。


 カツカツと木靴を鳴らし、石畳を蹴る音が弾む心と共にプリムを突き動かす。

 あの屋台は、いつもの場所に行けば!

 もうすぐ、みんなが待っている!

 みんなとは、ジュース屋のお兄さんのファンたちの事。田舎者の自分を、優しく迎え入れてくれて、色々な事を教えてくれるお姉さん達だ。

 小柄なプリムはライバル視されていなかったのも大きい。


「あ、あれ?」


 屋台が見えたのだけど、いつものお姉さんたちが居ない。

 カツカツと小走りに近づくと。

 お兄さんが居るのだけど、いつも楽しそうに戯れている妖精さんたちが、誰も居ない?


「こ、こんにちは!」

「……」


 いつも涼し気な微笑みで迎えてくれるお兄さんが、無表情で見下ろして来る。

 何で!?


「あ、あの……」


 あまりの冷たい目線なので、直視出来ず目を逸らしたプリムは、傍らに積まれた果物の山に目を。

 それは、いつも新鮮で色鮮やかな果物が用意されているのに、心なしか色あせて鮮度の落ち少し痛みの目立つものが積まれていて……


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