第21話『お茶会』
こんな所にテーブルなんてあった?
プリムが首を傾げるものの、このひなびた中庭の噴水横に、ツタの絡まる文様の浮き上がった金属質のテーブルが用意されていた。
ナナナは丸みを帯びた石畳の上に、四脚の椅子をくるり等間隔、綺麗に並べると、二人の同僚へと柔和に微笑みかける。
「さあ、皆さん。こちらへどうぞ」
「あらまあ。おじゃましますわ」
「ありがとうね。ナナナさん」
「うふふふ。今日はこっそりジンジャークッキーを焼きましたの。お口に合うかしら」
「まあ、素敵!」
「神に感謝を」
二人は胸の聖印の前で、素早く祈りの仕草をして見せ、何とも無邪気な笑みを浮かべた。
それを受け、ナナナも軽く会釈。
ちらり、呆然とこちらを眺めているプリムへと流し見、ふわりとした仕草で手招きを。
「プリムちゃ~ん。ちょっとお手伝い、お願いね~」
いや、あなた、誰ですか?
プリムは心の中で、あまりの猫っかぶりにそう呟くのだが、ナナナの微笑みの奥は全く笑ていないのに気付き、背筋に冷たいものが走るのを覚えた。
「う、ひゃい!?」
「ま。この子ったら」
慌てて動くその様は、手足もてんでばらばら。思わず転びそうになり、木靴を鳴らす。
そんな様を見て、諸先輩方もころころと笑う。
「微笑ましいわねえ~」
「皆さん、初めて神殿にいらした時も、緊張してあんな感じになるのよね~」
「ほらほら。プリムちゃん。怖くないわよ~」
「え、ひゃっ!?」
いや、怖いのはあなたですけど、何か?
姿勢を崩したプリムを、さりげない動作でふんわり受け止めるナナナ。目の前に迫るその笑顔。そして、二人に見えない様に繰り出されるボディブロー。
ぱんぱんのお腹を脇から的確に突いて、くすぐったいやら何やら。
思わず飛び跳ねるプリムの肩をがっちりつかんで放さない。
「じゃあ、皆さん。少し、お待ち下さいね」
「はい」
「プリムさんも、お手伝い。えらいわねぇ~」
「も~。プリムちゃんたら、変な声出しちゃってぇ~。お口チャック。判ってるわよね?」
かくんかくん。首を縦に振るしかないプリム。どういう力か、ぴくりとも逃げられない。
そして、下手な事を言うなら、きっと埋められる。この中庭に。
きっと綺麗な花が咲くでしょう。それが桜草である事は、間違い無い!
「さ、こっち」
た、た~すけて~!!
そんな心の声が届くはずもなく、衝動に併設されている神殿の厨房へと連行されていくプリムであった……
◇ ◇ ◇
プリムはナナナに続き、お盆を手にあの中庭に戻るのだが。
ナナナのお盆には飾り気のない白磁の茶器が。プリムのお盆には平皿に綺麗に並べられた茶色いクッキーが並べられていて、焼きたてを魔導オーブンから出したばかりなので、香ばしくも甘いジンジャーの香りが鼻腔をくすぐっていた。
それを迎えた二人のシスターは、期待に瞳を輝かせて。
「まあ、おいしそう」
「素敵な香りね」
こうして見ると、二人は結構年配のシスターらしく、お顔や手にわずかばかりの皺が目立ち始めている。物腰も柔らかで、およそ人の悪意とは縁遠い様に思われた。
そんな二人の前に、静かに茶器を並べていくナナナの仕草は、とても銃器をぶっ放して荒くれ冒険者たちを滅して回る乱暴者とは思えない。とても洗練されたものに感じられた。
「そして、あとひと手間」
そう言って、二人に茶目っ気たっぷりの笑みを見せたナナナは、金属製のポッドに噴水の水を詰めたと思うと、庭木の間をさっと巡って、幾種類もの香草や花を両手にほんわり包む様にして持ち帰ると、それらをさっと噴水の水で洗い、ポッドの中へと投入した。
その頃には、ポッドの中から湯気が立ち昇っており、少しの間待ってから、それぞれの茶器へと淡い黄色の液体を注いで回った。
「あら」
「まあ」
「う、うう……」
ふんわりと立ち昇る甘くさわやかな香り。
二人のシスターは、その演出にますます瞳を輝かせ、茶器より立ち昇る湯気を軽く手前へと扇ぎ、ため息混じりにうっとりとなる。
プリムも、思ったより鮮やかに香るものだから、驚きと何やらが絡まった複雑な声を、思わず漏らしていた。
これ、本当に飲んで大丈夫なの?
テーブルの上には妖精たちが、嬉しそうにパタパタと集まって来る。数羽の小鳥も舞い降りて来て、不思議そうに小首をくるくると回し、チチチイと可愛く鳴くものだから、一人のシスターが指先で小さく砕いたクッキーを小皿に乗せてそっと差し出した。
すると、小鳥も妖精もぴょんぴょんと近付き、早速に突っつき出すものだから、この光景を前にプリムは再び呆然としてしまう。
「毒は入ってないわよ」
「あらやだ」
「もう、お上手~」
二人のシスターは、ナナナの言葉を冗談と軽く受け止めたらしく、ころころと笑い、それぞれにカップを口元に運び、最初は香りを楽しみ、それからすうっと一口。
で、内心を見透かされたプリムはというと、ためらいがちにカップを手に。
そんな彼女をくすりと笑い、ナナナはおもむろに手前のカップを持ち上げて、すうっと静かに口元へと運んぶので、釣られてプリムも口元へ。そして戦慄が走った。
お、美味しい……
お目々まんまる。
その味は、プリムが今まで味わったハーブティーの中でも一二を争うさわやかで。
雑味の無いすっきりとした味わいで、さっと涼し気な飲み心地が喉をすり抜けていく。
「今が旬のハーブを使ってますからね。何でも旬の物が一番なのよ」
「旬……」
プリムがナナナの言葉を噛みしめる様に繰り返す傍ら、シスターたちは次にジンジャークッキーに手を伸ばしていた。
「あら、こちらも素敵なお味」
「神殿にお祈りに来る子たちに、食べさせてあげたいわねぇ~」
「ふふふ……少し多めに焼きましたから、それも良いですわね」
「それはナイスアイディアね」
「早速、マザー・ミランダに許可をいただきましょう!」
きゃっきゃうふふと楽し気に話していた二人が、ふと。手元を見つめ、少し溜息を。
その変化に、プリムはどうしたものかと戸惑うばかりであったが、流石にこの神殿は長いのだろう、ナナナはそっと手を伸ばし、動きを止めた一人の手に重ねた。
「どうされたのですか? さっき、何事かおっしゃってましたわよね?」
「……やはり難しいわよね。それぞれのおうちに、それぞれの事情がおありなのですから」
すると、もう一人のシスターが、余程想いを募らせていたのでしょう。
妖精も戯れるハーブティーの性なのか、口元滑らかに事情を漏らし出した。
「詳しくお話する事は出来ないのですけど、前々から相談に乗っていたご家庭がありましてね。今日もお話を伺いにお訪ねしたのですけれど、奥様もすっかりご機嫌を悪くなされてしまって……」
「私たちの信心が足りないからですわ。何のお力にもなれないばかりか、不興を買ってしまいました。もう来なくて結構、だなんて……」
どうやら、旦那さんが急に働かなくなってしまい、ベテランの司祭として奥さんの相談に乗っていたらしいのだが、何の進展も無いばかりか、相談相手を怒らせてしまい……
「もしや、その旦那さんって冒険者ですか?」
不意に思いついたプリムの問いに、二人のシスターは首を横に振って答えた。
「いいえ。腕の良い職人さんだったそうなのだけど……」
「このままじゃ、ギルドからも追放されてしまうと困ってた筈なのに……もしかして、もう追放されてしまったのかしら?」
流石にもう来ないでくれと言われてしまっては、どうする事も出来ないと、すっかり元気を無くしてしまったシスターたち。
お話を伺ってる間に、ハーブティーもすっかり冷めてしまいました。
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