第17話『第一神殿へ行くんだってばよ』


 人々の行き交う街中を、二人のシスターがてくてく歩いている。

 チャラチャラと小銭の鳴る音を掌に楽しみつつ、すっかり機嫌の良くなったナナナは軽やかな足取りで先をゆく。そして、後を追うプリムは、短い歩幅で木靴をカツカツと鳴らしていた。


「はーっはっはっは! さ~て、どこかで軽くいっぱいやってっかー!?」

「ダメっしょ~ナナナ先輩~。第一神殿に挨拶行くだべさ~?」

「あ~、硬い事言うなよ~」


 ナナナの掌には小さな革袋。その中には、神殿に納めるお花や餅のお代が入っている。

 第一教会とは太陽神ティダンの神殿内にある月神シーンの神殿の事。立派な太陽神の神殿の中に、ちょこんとその妻であるシーン神も合祀されているのだが。


「あそこの司祭長、頭硬いんだよなあ~。会う度うるさくてよお~」

「先輩が砕け過ぎなんしょ~?」

「え~? そうか~? 普通だろ~?」

「え~!?」


 ここ冒険者の都グランゼールにおいて太陽神ティダンの神殿の格式は高く、それに付随する月神シーンの神殿もかなり気位が高い。

 荘厳な高い塔。巨大な黄金の男神像。そっとその脇にある小さな祭壇もピカピカ黄金色。

 それに比べて第二神殿の女神像は木造一本彫りの素朴なもの。で。もっと派手にって、色鮮やかなせくしい衣装に、白粉、紅、派手なアクセにアイシャドウ。爪も毎日違う付け爪が……

 第二神殿は、夜の女たちの為の分社なのだ。夜の仕事をしている女たちにとって、昼間に少し離れたティダン神殿を尋ねるのは骨が折れる。また、その気位の高さが、夜の女たちにとって、とても居心地の悪いものとなってしまっていた。それ故に、分社である第二神殿が代表してお花やお供え物を納めに行くのだが……


「かまやしねぇって。ちょっち使い込んだってよ。この金の中には、うちら神殿のシスターが、市井の人たちとうまい事交流する為のお足も含まれてんだよ。うちの神殿のモットーでな。もっともっと気軽にお付き合い出来る神殿ってのがね」

「そっとこっとは違ぇんじゃ……」

「よっ、おっちゃん! その饅頭、五六個包んでくんねえ。で、二つ別にな」

「へい、毎度! お姉さん美人だから、一個おまけしちゃうよ!」

「やった~! この子はうちの新顔ちゃん! 覚えておいてあげてよ!」

「おうよ。よろしくな、嬢ちゃん。お名前は?」

「ふへっ!?」


 いきなり話が飛んでは、こっちに振り向けられて。


「プ、プリムだす……」


 田舎訛りが恥ずかしくて、か~っと顔を熱くなるプリムだった。

 顔を上げれば、人の好さそうな年配の男の人がにこにこと笑顔を向けてくれている。でも、やっぱり恥ずかしい。


「ほい。プリムの分な」

「あ、うえ?」


 横から蒸かし饅頭が。思わず受け取ったらめっちゃ熱い。

 軽くお手玉状態に。


「はわわわ!」

「ほらほら。落とすなよ。さっさと食っちまいな」

「は、はあ……」


 本当に良いのだろうか?

 軽い疑心暗鬼に憑りつかれつつ、ナナナの引っ張りまわすままにあちこち連れまわされるプリム。自然とその両手に、花束やお供え物いっぱいの荷物が。


「こんくらいで、今日は勘弁してやるか。なら、いよいよ行くか~」


 くしゃっと嫌そうな顔になるナナナを荷物の向こうに眺めつつ、その後について行くと、ようやくティダンの本殿に足が向く。

 建物の向こう、にょっきりそそり立つ鐘楼が、また陽の光を浴びてビカビカと眩しく、如何にも太陽神の神殿でございと自己主張しているのが分かった。


「掃除するの大変そう……」

「はん! 違ぇねぇな! あいつらの趣味は、金ぴか像をぴっかぴかに毎日磨く事なんだぜ。ばっかみてぇじゃね?」

「そったら事……」


 ケケケと笑うナナナ。

 プリムは、どう返したらいいか判らず、口ごもってしまう。

 良くも知らない人たちの事を、悪く言うのは少しはばかられた。

 そしてその実物を目の当たりにするのだが……


「良くもこの神殿の敷居を跨げたものですね、この造り物が」

「ありがたくも、太陽もお月さんも、地上には等しくその徳と慈悲を振りまいて下さりますからね。ありがたい事ですわ。アーメダバード司祭長様」


 荘厳な造りの神殿に足を踏み入れた二人を迎え出たのは、険しい顔をした老司祭だった。

 ほんの少し前まで、神殿の入り口付近で訪れた人々にふくよかな笑みを振りまいていた人が、つかつかと歩み寄るとその表情を豹変させたのだ。

 ぎりりと歯のきしむ音が聞こえて来そうな、強烈な圧を涼しげにスルーする鉄面皮のナナナ。見えない火花が幾重にもスパークしているかの空気。


「ひい……」


 思わず腕に抱えた荷物を取り落しそうになるプリムに、ギロリとアーメダバードの灰色の目線が焦点を合わす。

 まるで機械がきしむかの、空気の震えを感じたプリムは、精霊も真っ青とばかりに硬直する。関節が、油が切れたかの如く、ぎしぎしと悲鳴をあげるのを感じた。


「ふん。ああ言えば、こう言う。口の擦り減らない自動人形ね。で、その子は?」

「うちの新顔ですわ。ほら、司祭長様にご挨拶を」

「うひぃ……」


 都会のえらい人たちって、みんなこんなおっかない人ばかりなのかと、絶望色に頭頂部の桜草もしおれるプリムであった。


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