新しい生活

第16話『燃ゆるグランゼール』


 その三階建ての建物は、窓という窓からもうもうと白煙を上げ、腹の中からはバチバチと苦悶の悲鳴を挙げ、身もよじらんばかりになっていた。


「はいはーい、危ないですよー」

「近付かないで下さーい」


 十名程の顔を覆面で隠した男たちが、建物の前に陣取り、野次馬の整理などをしている。

 不思議な事に、その建物の前には空き樽やらが積み上げられており、それが真っ赤な炎を上げて燃え盛っており、まるで中から人が出られない様にしているかの様であった。

 そして数名の男らが、おもむろに二階や三階の窓へ、火のついたボロ布を口に詰めたガラス瓶を放り込む。

 ガチャンと割れる音と共に、その窓から新たな炎が吹き上がった。


 冒険者クラン『メルヘンリンク』。

 入り口の上に掲げられた石の看板が、そこがどこであるか何であるかを示している。

 冒険者クランとは、幾つかの冒険者パーティーが徒党を組んで、発言力を強化するもの。『メルヘンリンク』はこの冒険者の都と呼ばれるグランゼールにおいて中堅のクランと認識されていた。

 冒険者パーティー『ホワイトエンジェル』を中核に、七つのパーティーが参加していたが……


「うおおおっ!!」


 ドスン!


 雄叫びも高く、三階の窓から飛び降りた男が、石畳に叩きつけられた。

 体中から、ぶすぶすと煙が上がり、苦悶の声を漏らすのだが。

 ワッと数人の男が駆け寄った。


「大丈夫か!?」

「しっかりしろ!!」


 そう言いながら、覆面の男らは、ダガーを引き抜きメルヘンリンクの男の腹や背を、容赦なく何度も突き刺す。


「んがあ、や、やめ……」

「大変だ!!」

「ひどい傷だ!!」

「今、楽にしてやるぞ……」


 薄笑いを浮かべ、犬顔の男が最後の一突き。そう耳元で囁くが、果たしてメルヘンリンクの男に届いたかどうか。

 首でくいっと合図を送ると、二人が手足を持って反対側の路地へと運んでいく。

 そして、もうピクリとも動かないそれを、ぽいと積み上げた。


 集まった野次馬には、見えない様に。ちょっとだけ奥に。


 犬顔の男は腰に手を、にちゃあと笑みを浮かべ、燃え盛るクランハウスを悠々と見上げる。そして、歌を口ずさむのだ。


「はははは……燃え~ろよ燃えろ~よ~♪」


 それは次第に合唱に。

 やがて、街の兵士が来る頃には、男らの姿はどこぞへと消えていた。



   ◇ ◇ ◇



 ふと窓の外を眺めたプリムは、口をぽか~んと開けて。


「あいや~、火事だべか~」

「こ~ら、プリム~。手が止まってるぞ~」

「ぶひゃあ!?」


 すかさず背中に飛んで来た、ナナナの声に派手に取り乱した。

 手の濡れ雑巾がぽ~ん。べちゃりと天井に張り付いた。


「だって、火事が~」

「あ~?」


 プリムの言葉に窓の外をひょいと覗くナナナ。目を細め、肩をすくめる。


「遠いよ。こっちにゃ関係ないね。ま、けが人の一人や二人、担ぎ込まれるかもしんねぇ~けどな」


 のほほ~んとした響き。

 手にはほうき。墨染の貫頭衣に、同じく墨染めのフードに白い縁取り。そして胸にはシーン神の三日月の聖印。スタンダードなこのシーン第二神殿のシスターらしき姿だ。

 とてもあの長い裾の下に、ライフルと拳銃を引っ提げているとは……

 プリムも同じ格好の筈なのだが、ルンフォークとメリアの成体では、月とすっぽん程の差が。ぽんと胸を、お腹を、そして腰を叩くプリム。なんて神様は意地悪なのだろう?


「なあ~に踊ってんだい、プリム」

「ぶひゃあ!?」


 不意に声をかけられ、またも飛び上がるプリム。

 ここの司祭長ミランダが、体を揺すりながら入って来たのだ。

 ただいま、朝の清掃中。他のシスターたちも朝食前の一仕事と、夜明けから院内の清掃に励んでいた。この後に朝食を摂り、朝のお祈りを済ませたら院を一般の方に解放し、半数は街の奉仕活動に出る事になる。


「何だい二人とも、手を止めちまって」

「マザー・ミランダ。街中で火事でさあ。今のうち、何人かよこしといた方が良いんじゃないですかい?」


 ぎろり睨みを効かせるミランダに、飄々と受け止めるナナナは、窓の外をほうきで銃口を構える様にして指し示す。


「ほ~ら、ケガ人もわんさか出てるんじゃねえんですかい?」

「はん。新顔にゃきついかもね。プリーストのスキル持ちは全員そっちに振り分けなきゃねぇ。てえ訳で、ナナナ。あんた、プリムを連れて、第一へ顔出しに行きな」

「げっ!? マジっすか?」


 二人の話からプリムが察するに、神の奇跡が起こせる正規の司祭はケガ人の手当に向かわせたり、重症患者を院内で治療する事にして、外回りの仕事を神の奇跡が起こせないなんちゃって下級司祭の自分やナナナ先輩にやらせとうって事らしい。

 でも、第一という事は……

 ナナナ先輩の嫌そうな反応から、何やら面倒くさい事なのだろうと推測した。


「いやぁ~、あたしも火事場の方が~」

「何言ってんだい。誰かがプリムを紹介しに行かなきゃだろ? プリム係のあんた以外に誰が行くってんだい?」

「プリム係!?」


 何それ!? 思わず、素っ頓狂な声を上げてストンと腰を落としちゃう。

 何だかいつもナナナ先輩に連れて回られていると思ったら、何か係になってたらしい。


 べっちゃ。


「あ……」


 不意に。

 天井から、濡れ雑巾がミランダの頭に落ちて来た。


「あ~? 何だいこりゃ?」


 怪訝そうにつまんで睨むミランダに、あたしゃ知りませんと両手にほうきを構えてみせるナナナ。そんなナナナの顔にブンと雑巾が飛ぶ。


「監督責任!」

「おおっと!」

「待ちな!」

「いやですぅ~」

「プリム! そのあばずれを捕まえな! ケツの皮ひんむいてやんよ!」

「プリム! おばあちゃんが発作だよ! ベッドに縛り付けな!」


 いきなりどたばたと部屋中を駆け回り出した二人に、プリムはただただぽか~ん。

 だとさ。




<プリム>

メリア 雌 3歳

・冒険者技能

 フェアリーテイマー2

 シューター1

 レンジャー1

・一般技能

 クレリック(シーン)3

 紋章学者5


<SMC-777(ナナナ)>

ルーンフォーク 雌型 製造年齢不明

キャラクターシート行方不明中w

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