第18話『初恋』


 すっかり毒気にあてられた……

 花もしおれるげんなりメリア。プリムは重い足取りで第一神殿を後にしていた。

 そこは人通りの多い表通り。

 そこかしこに露店が立ち並び、威勢の良い声が飛び交う活気に溢れているのだが……


「くくく……あのババア、青筋びきびきだったろ? ありゃ、早死にすんぜ」

「……はあ……」

「まあ、犬の糞でも踏んだみてぇなもんさ。正に、運の尽き? ってか? くかかか……」

「……はあ……」

「なあ~プリムちゃん。ちゃんプリよお~。その辺でちょいと一息入れね?」

「……はあ……」

「ダメだこりゃ」


 影を引きずる様にふらふら歩くプリムの後ろをてくてく歩くナナナは、頭の後ろで手を組んで嘆息する。田舎からぽっと出の若い娘を、都会でばりばり政争した上でそこのトップに立った様な豪の者にさらすのは、ちょ~っとばかり、否、かなり早過ぎたかも知れない。

 壊れた自動人形よろしく、かっくんかっくんしてる。

 さて、どうしたものかと一思案。

 何か気が紛れる様な……にひひ。


「お・い・プ・リ・ム」

「……はあ……うわっ!?」

「はっはっはー!」


 両肩を後ろからがっちりホールド。そのまま、一気にとある露店まで電車道だ。

 多少じたばたしようが、無駄な抵抗というもの。

 肩越しに見返すプリムは、少しだけ声に張りを取り戻し、抗議の声をあげるのだが。


「ちょっちょっと!」

「よお、色男! 元気にやってっか!?」

「おや、いらっしゃい! ナナナさんじゃないですか。随分とお久しぶりですね。おやあ~? 今日は娘さんとご一緒で?」


 その声に、ふと前を向いたプリムは、大きく目を見開いていた。


「そうなの。この子は私がトツキトウカお腹を痛めたみどりご。それが何の因果か、第一のメデューサばばあの石化ビームに焼かれちゃって……んな訳あるかよおー」

「あははは。今日は二人分でよろしいですか?」


 ふわり、プリムの目の前を白い羽の妖精が。薄桃色の羽をした妖精はその人の肩に止まってて。更に数羽の妖精が楽しそうに舞っている。皆、その人の方を向いて楽しそうに。

 笑顔がさわやかな人だった。

 その男の人は、とても慣れた手付きで、露店の横に積まれた色鮮やかなフルーツの山から、次々と果物を取ってはぱっと皮を剥き、絞り器でじゅわっと汁を絞り出していく。

 それが、見る間に陶製のカップにたまってしまう。


「お待たせ、ナナナさん! それと、えっと……」

「プ、プリムだ……でしゅ……」


 差し出されたカップは、表面に水滴が浮いていて、受けるととても冷たいのが判った。

 ちょっとだけ触れた、その人の指先はちょっとだけ温かくて……

 そのまなざしがとても心地良くて……


「はい、プリムさん! ナナナさん、毎度ありがとうございます!」

「あ、ありがとうござ……います……」

「おうよ。ほい、十万ガメルな。つりは要らねえぜ」

「はーい。丁度いただきましたー」


 ナナナからその人に、小銭が手渡された。

 笑顔が素敵。

 プリムは、思わずうつむいてしまう。

 カップの中には、不思議な光沢の液体がたゆたゆっていて。

 その冷たさが、じんわりと両手の指先から伝わって来てて。

 それから、思い切ってその人の顔を見上げてみた。


「ん? はい、どうぞ」

「いただきます……」


 そう返事をし、プリムはカップに口を付けた。

 そこからふわりと果実の甘みと酸味が、ほのかな冷気と共に口の中に広がっていく。

 その例え様のない喜びに、プリムは全身を震わせた。


(普通の言葉、だと……)


 そんなプリムの変化を、ナナナはカップ越しに横目で眺める。

 確かに今、ひどい田舎訛りだったのを修正して来た。この冒険者の都グランゼールに来て、数年はこのままだろうと思われたあの酷い訛りをだ。

 そして、プリムの瞳に再び光が点るのを見定めた。


 「ふ……これが若さか……」


 ナナナの口元に自然と笑みが浮かぶ。

 自分の初恋の時と重ねて。

 内心、ちょっとだけホッとした。ミランダに言われるがままに顔を合わせたが、これで潰れてしまう様では何を言われるか判ったもんじゃない。

 罰として、またろくでもない仕事ばかり押し付けられるのは確実。

 まあ、その心配はこれで無くなった訳だが……


 当面これを口実に、あのババア詣ではプリムの仕事に出来るとほくそ笑むナナナであった。

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