第13話『怪物』


 急激に闇が広がる田舎道。

 バラバラと走る冒険者の群れを掻い潜り、疾走する魔導バイク。正に黒い弾丸だ。


「うおっ!?」

「な、なした?」


 ナナナの漏らす声に、目を瞑っていたプリムはアデリアの腕の中で薄らと目を開いた。

 すかさずアデリアが口走る。


「メルヘンリンクには化け物が居るって!」


 化け物。

 魔導バイクのライトに浮かび上がったのは、巨漢の戦士が剣と盾を手に、大きく両腕を広げた姿だった。

 それはまるで小山の様。


「アハアハアハハハ!!」

「くっ! なんだこいつ、キモ!」


 咄嗟にハンドルを切るナナナ。

 しかし、その戦士は剣と盾を捨て、高笑いと共に掴みかかって来た。

 魔導バイクの飛び込む勢い、コエーヨの怪力が、がっちりと受け止め、後輪がふわりと。


「なっ!?」

「バア~」


 その前輪を起点に、見る間に高々と持ち上げられる。

 たちまち目より高く持ち上げられるプリムとアデリアは悲鳴を上げた。

 コエーヨの胸元を照射するライトに浮かび上がるその顔が、めっちゃ怖い。そして気持ち悪い。

 そして、その瞳がプリムを捉え、怪しい色を帯びた。


「ぐひひひ、かわいこちゃんめ~っけ」

「きゃああああ!!」

「くっ、下種がぁ!」


 ナナナは一瞬考えを巡らせた。

 車体装備のグレネードは近すぎた。その爆発に自分たちも巻き込まれる。

 銃を打とうにも、今ナナナの両腕が前輪と車体とを支えていた。これは三人の体重もだ。

 もし片手になろうものなら、腕が耐え切れずに自分から横転してしまうだろう。

 だが、一瞬なら!

 車体の揺れるタイミングに、腰の銃に手を回そうとしたその時である。


「いいぞ、コエーヨ!! そのままひっくり返せ!!」

「エヘエヘエヘ」


 ヒデーヤの声がコエーヨを打つが、その表情はプリムを嘗めまわす様に凝視するのは止まらない。

 まるで巨大なカエルに丸のみされる様な感覚。

 プリムの全身を悪寒が走り、ぞわわっと総毛立ち思わず両手を突き出していた。


「ファ、ファイアーボルト! ファイアーボルト! ファイアーボルトー!!」


 たちまちパチパチっと両手から炎が走り、二発三発とコエーヨの顔面を打ち据えた。

 妖精魔法の火の初級魔法『ファイアーボルト』だ。

 目玉をぎょろり見開いていたコエーヨは、慌てて魔導バイクから手を放し、己の顔面を搔きむしる。


「うあああああっ、目が!!? 目があーっ!!」


 余りの事に、腕を突き出したまま呆然とするプリム。彼女を抱えるアデリアもびっくりだ。

 プリムは人に対してそれを使った事が無かった。使える事は分かっていたけれど、とてもそれを他人に使う気にはなれなかったのだ。

 だが、思わず使ってしまった。

 がくがくと震え、突き出した両腕の指が強張り、思うように動かせない。

 それほどにショックだった。


「あ、あああ……」

「はっはー! やるじゃん!」


 ドスン。車体は軽くバウンドし、サスペンションがジャコンジャコンと悲鳴を挙げ、キュキュキュっとタイヤも呻る。

 即座に道へと軌道修正するナナナ。上機嫌にエンジンを吹かし、文字通り車体を弾ませて一気に速度を上げ走り抜ける。


「うえええ~ん!! 兄ちゃ~ん!! 痛いよ~、兄ちゃ~ん!!」

「うおお、コエーヨー!!? よくもよくもー!! この敵は、兄ちゃんが絶対に討ってやるからなあー!! 絶対!! 絶対だーっ!!!」


 二人の絶叫も闇夜に溶け込み、最早三人の耳には入らない。

 このまま、街道を爆走すれば、もう誰にも追いつけないだろう。そんな安堵感がふわり皆を包んだ時。

 前方に、燃え盛る荷馬車の残骸が。そこにただただひょろりと立つ一人の男が居た。

 炎の照り返しに。


「ムラーノ……」


 その呆けた様なアデリアの呟きに、男の正体がナナナとプリムに伝わった。



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