第12話『うなれ!』


 茜色に染まるそれは、正に悪鬼の群れであった。

 荷馬車の上でわしゃわしゃと蠢き、手に手に振りかざす武器はギラギラと殺意に満ち。


「ぎゃははは!! 俺たちゃ無敵だっぜ!! そこの馬車、止まれーーーーーっ!!!!」

「うひぃっ!?」

「あああ、神様あー!」


 荷台の上、恐怖のあまりガタガタ震え、ひっしと抱き合うプリムとアデリア。捕まればどんな目にあわされるのか。

 昨晩、夫の暴力に半死半生の目にあわされたアデリアにとって、それが十数倍にもなって降りかかって来るやも知れぬのだ。今度こそ本当に死んでしまう。

 またメリアのプリムにとって、人間の大人とは巨人に他ならない。それが群れをなして襲って来るのだ。一気に全身の血の気が引いて、気が遠くなりかけた。


 だが、荷台に移って来たナナナは、片足をしなやかに高く掲げ、荷台の一番大きな荷物、布をかぶせてあったそれに跨った。


「はん! 死にな!!」


 二人の頭を、不意にナナナの声がひっぱたく。

 何とも喜悦に満ちた響き。

 同時に、彼女が覆いかぶさる物から、ばしゅうっと軽い音が。

 そして、炎を吐いて何かが飛び出した。


 ひゅるるるるるる……


 それは、白煙をたなびかせ、真っ直ぐに冒険者たち満載の荷馬車に吸い込まれ。


 ちゅどーーーーーーーーーーんんんんん!!!!


 凄まじい破裂音。産毛が焼けこげる熱気。正に真っ赤な火柱と化した。

 ばらばらに吹き飛ぶ冒険者と荷馬車。

 馬ももんどりうってぶっ倒れ、何人もを巻き込んで、まるで壊れた人形の様にこんがらがって見えた。


 あまりの光景に目を見開いて呆然とするプリムとアデリアだが、ナナナは胸を張って両腕でガッツポーズ。


「はーっはっはっはっは!! ビンゴー!!」


 ところがだ。

 パラパラと燃え落ちる木片が落下する中、まるでゾンビの如くむくむくと起き上がる冒険者たち。

 ナナナは歓喜に満ちた表情そのまま、手にしたライフルを構え、ぐらぐらと揺れる荷台の上で狙いを定めた。


「てめぇ、この糞アマぁ!!」

「ほい!」


 ドム!


「ぎゃひっ?」


 一番手前の冒険者を撃ち倒す。

 荷馬車の速度は先ほどから小走り程度。再び駆け出した冒険者にみるみる距離を縮められ。


「おっちゃん! こんくらいで、もういいわ! あんがとよ!」

「おう! 嬢ちゃんらも、元気でなあ!」

「えっ!? えっ!? えっ!?」


 ナナナと御者のおじさんのやり取りに、プリムは何が何やら頭がこんがらがってぐるぐる二人を見返した。

 二人とも、今にも悪鬼の如き冒険者に酷い事をされちゃいそうなのに、悠然と笑ってる。

 どして、どーしてぇーっ!?


「ほんじゃま。二人とも、こっちに乗んな」


 そう告げて、ナナナは己の跨ってる少し長細いそれにかけられた布をしゅるるっと引き抜くや、それを今にも掴みかかろうという冒険者に頭からおっ被せ、素早く拳銃で抜き打ち。

 ガイーン!

 ライフルとはまた違った、軽い響き。

 撃たれた冒険者は引っ繰り返って、すぐ後ろに続いてたそれを巻き込んで転がった。


「こ、これ!?」

「まあ、魔導バイク!」


 ナナナが跨っているのは、黒光りする細長い機械? プリムはこんな物、見た事無かったが、アデリアは流石冒険者の都グランゼールで住んでいたから一目でそれと分かった。

 これはライダーギルドのメンバーしか所有出来ない、とても高価な車体だったと思ったから。驚きも人一倍だ。


「しかも、大型! ナナナさん、あなたって……」

「御託はいいさ。ほら、横のちっさな棺桶みたいなのに乗んな」


 そう告げながら、ナナナは車体の前面にある筒状の機械に、次の弾を装填する。

 その大型バイクは後ろ向きに荷台に乗っており、左側面には小さなボートの様なサイドカーが。


「え!? でんも!?」

「早くしな!」

「プリムちゃん」

「あ……」


 ナナナに促され、戸惑うプリムの手を引き、アデリアが抱える様に乗り込む。すっぽりとアデリアの腕に包まれ、プリムの強張った身体はしばし恐怖を忘れる様だった。


「ん~……」

「じっとしててね」

「はっ! 振り落とされんなよ!」


 ナナナの声に車体もドルルンと吼え、その重い響きが皆の全身を震わせる。

 急速に宵闇が世界を押し包む中、肉薄する冒険者らにバイクのフロントから強烈な光を浴びせかけられた。


「うっわ!!? てめぇ、なんじゃそりゃあっ!!」


 たまたま先頭にいたヒデーヤ。余りの眩しさに顔の前で手を掲げる。

 すると、悪態つきつつ目を細めたその眼前に、光がより強烈に肉薄したのだ。


「げげげ!?」

「はっはー!! ひき逃げアターック!!」

「ぐぎゃああああっ!!?」


 荷台を飛び出したバイクが一気にヒデーヤに伸し掛かり、そのまま逆方向へ凄まじい速度で走り抜けた。

 重い車体と三人分の重量だ。これはたまらん。

 ごきぐき何かの砕ける音がヒデーヤの頭蓋に響き渡り、目の中にバチチと火花が散った。


「おーら、どけどけどけぇー!!」

「うっわ!?」

「ひゃあ!?」

「ほげええ!?」


 醜い怒声をかき分け、風の様に疾走する漆黒の魔導バイク。

 プリムは余りの怖さに目も開けていられない。それ程に、この体験は初めてで強烈。もう、目が回っちゃう!


「きゃあああああ!!」

「はっはっはー!!」

「なしてこげなおっとろしーことおおおおおおお!!」


 泣き叫ぶプリム。その身をぎゅっと抱きしめ、目を瞑るアデリア。ナナナは上機嫌でアクセルをふかす。

 一気に冒険者どもをぶっちぎって走り抜けるかに思えたその時、行く手にオーガの如き巨漢がのっそりと立ち塞がった。


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