第10話『狼煙』


 ゆっくりと遠ざかるグランゼールの胸壁を眺め、ほおっかむりを外すプリムは新鮮な風と陽光に頭頂部のお花たちを解放する。

 緊張にこわばった小さな身体を、思いっきり伸ばすのだ。


「ふああ~、緊張したっす~……」

「あらあら、行儀の悪い子」

「そったら事言ったって、仕方ねっすよ~」


 荷台で雑多な荷物に囲まれた二人は、その隙間で互いに顔を見合わせてくすくすと笑う。

 無事に、あの冒険者の都グランゼールから逃げ出す事が出来たのだ。

 冒険者である夫からの暴力に耐え兼ねたアデリアを救う為、離縁させた上で、プリムが先週までお世話になっていた修道院に匿おうというシーン第二神殿のミッションは、ほぼほぼ完結したかに思えた。

 後はプリムが来た道を、逆に辿って行けばいい。それだけの簡単なお仕事。

 新たな教会での新たなお勤め、と思ってたのと違ったけど、プリムはもう満足である。


「おいおい、おめえら気がはえ~よ」

「え……?」


 そんな二人に、御者台のナナナがライフルを磨きながら冷や水を浴びせた。

 スチャッと素早く銃眼を。そのまま、ぐるり後ろを向く。そしてニヤリ。


「冒険者はしぶといからねえ。一匹見つけたら十匹は居ると思わなきゃ。どこからひょっこり顔を出すか分かったもんじゃねぇぜ。ふふふふ……」

「そげな。ゴブリンじゃあんめえし」

「似たようなもんさ。GだよG。G、G、Gー。スケベで意地汚く、意気地の無ぇ。おおっと、アデリアさんにゃ悪ぃ事言っちまったかな?」

「そんな……気になさらないで下さい。もう、関係の無い人の話なんですから……」

「へえ~。そうかね? あたしゃ、抱いた男の事は結構忘れねぇ質なんでね……」


 そう告げて、ナナナは銃眼から目を離し、アデリアの表情を覗き込む。そこに未練の色を見出したかの様に。


「元旦那が追いかけて来たら、撃っちまっていいんだよね?」

「それは……はい!」


 それは意を決した言葉。

 ナナナは彼女の中の未練に、片を付けるべく敢えてそう尋ねたのだ。

 そんな二人のやり取りを、プリムは間にあってはらはらと見つめていた。


 陽も徐々に影を帯びていく。

 茜色差す古い街道を、ごとごと荷馬車が揺れる。

 老いた御者は、そんな彼女らのやり取りを静かに聞き入った。それだけ多くの事を体験して来たからであろう。そこにはもう言葉は要らぬ。ただ静かに時が流れて行くだけ。時が全てを解決してくれる。そんな確信が男にはあった。


 すると、唐突に。


「ほら」


 銃口で後方を指し示すナナナ。見ればその先には、一条の煙が。


「あれは?」

「ちょい、どきな」


 薄らと微笑むナナナが、後ろの荷台に移って来た。


「へへへ。来たぜぇ~」


 まるでこれを最初から望んでいたかの様に、ナナナは嬉々として荷台の最も大きな荷物。布がかけられているだけのそれに手を伸ばした。


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