幕間一
「師匠、どうして感謝したら、強くなるんだ?」
俺がそう質問すると、師匠はいつもと同じように応答する。
「それはな、感謝は『呼吸筋を鍛え、潜在意識に語りかけ、自己肯定を促し、そういった正の循環に身を浸すことができる』からだ。そうなったら、自然と『心』が強くなる。『心』が強くなるということは身体にも影響を及ぼす。だから、感謝したら、強くなるんだよ」
と。何度も聞いた答え。だけど、やはり納得できなくて、いつもこう言ってた。
「そんなのは嘘だ!!」
と。
「感謝することだけで人は強くなれないよ。強くなるっていうのは相手より力が上だったり、相手より賢かったりする。そういう総合的なものが優れていたとき、人は『強い』っていうんだよ」
師匠はティーカップに注がれた紅茶を一口啜り、
「確かに、それも一つの判断基準だね、弟子」
香りを楽しんでいた。
「『強さ』に『感謝』はやっぱり当てはまらないよ、師匠」
師匠、一口、また一口と紅茶を啜る。
「弟子の言うことにはある意味ではあっている。だが、そこにはあるものを想定していない。だからこそ、それに振り回されてしまう」
「あるもの?」
「そうだ。何かわかるか? 弟子」
あるものとはなんなのか、さっぱりわからなかった。
「師匠、そのあるものってなんなんだ?」
師匠はティーカップを置いて、俺の目を見て答えた。
「『エゴ』さ」
「『エゴ』?」
右の人差し指を虚空に揺らしながら、語った。
「弟子よ、お前が言った強さは確かに存在する。パラメータで相手より上回っていれば強いと言えるだろう。だが、本当の強さには、『心』が関係するんだ。弟子が言った強さは自分だけが優れていればいいという『エゴ』だ。もっと突き詰めていえば、自分が優れた部分しか見せていない『エゴ』という『心』だ。そりゃそうだろ? 自分の『心』が脆弱な面を『エゴ』は決して認めない。誰より優れている自分を見せたがる。だから、感謝できるる者は皆、『心』は穏やかで安定している。それは優れて部分だけを見せようとしていないか。自分の弱い『心』さえも受け入れているから。そうしている内に『心』の余波さえも周りを良くしていく。エゴ中心だけで勝てるほど世界は甘くない」
俺は黙って挙手をして、師匠に発言を促された。
「心の余波ってなに?」
師匠は、また一口、紅茶を啜った。
「心から生み出した振動のことだ。私たちの流派はその心の余波を活用するんだ」
「心の余波、か」
納得していなかったのだろう。俺の養生を見た死使用はこうも言い続けた。
「簡単に言うならば、『ありがとう』って伝えたとき、そのときの気持ちを力に変えて活用するんだ。弟子、お前に何度も言わせている、『ありがとう』には、その気持を育ませる意味も持っているんだ」
「……だから、何度も『ありがとう』って言わせるのか…………。何度も何度も」
「言葉には『言霊』という概念が存在する。言葉自体にも込められているものがあるということだ。だから、何度も『ありがとう』と言うことで、でし、お前自身の心のなかに感謝感激するメーターは上がっていく。私たちの感謝技(サンクスアーツ)や感謝魔法(サンクスマジック)にはそういう気持ちが県警していくんだ」
「本当に?」
「本当だ。私が承認でお前もいつか辿り着く。だから、安心しろ」
師匠はそう言って、俺の頭をポンポンと叩いた。そのときの俺はやはり半信半疑だった。
時間を積み重ねていくうちに、次第に感謝技(サンクスアーツ)と感謝魔法(サンクスマジック)を発動できるようになった。だから、師匠の言うことにも自然と感謝できるようになった。
「感謝を続けるだけだけど、それゆえに難しい。だから、この力を手に入れるには大変なんだ」
「そうだ感謝は一朝一夕には身につかないんだよ」
「師匠の元で感謝していたら、全てのことにも感謝するようになってくる」
「だが、弟子。それはまだまだなんだ。まだまだ、だよ」
師匠は今日も紅茶を飲んでいた。
「師匠も修行時代に何度も感謝していたのですか?」
使用は唇をペロッと舐めて、
「弟子の十倍はやっていたぜ」
と言った。
「…………」
絶句して、何も言えなかった。
師匠の修行の量が膨大すぎて、言葉では表せなかったからだ。
月日は経過して俺は十七歳になった。
「免許皆伝だな。おめでとう」
「ありがとうございます」
「免許皆伝だから、これをやる」
とう言われて渡されたのは、刀だった。
「これで弟子、お前に全てを渡した。だから、旅に出ろ」
「えっ、旅、ですか?」
「ああ、旅だ」
師匠は、背を向けた。その長い黒髪が風に揺られて、広がっている。
「お前に私たちの流派、『感謝』をこの世界の人たちに伝える役割を託す。これからいろいろな旅先で、私が『成功したもの』を手がかりに、道中で弟子を見つけ、鍛えるんだ」
『師匠が成功したもの?」
師匠が成功したものとはなんだろうか?
「こいつだ」
「ワン? (え、俺?)」
ポチだった。困惑したポチ。
「私が成功したものの一つとして、人間以外の生物との対話方法、だ」
「人間以外の生物との対話?」
「ああ、そうだ」
師匠はポチに向かって、
「弟子をよろしく頼む」
と、頭を下げた。
「ワン(任せろ)」
ポチは鳴いた。
「弟子、お前に課題をやる。いずれポチ以外の生物にも対話しろ」
「ええっ!! そんなの無理だって」
ポチと話せるようになったのだってけっこうな時間が必要だった。
師匠に背中をバシバシ叩かれ、
「さぁ、行け。巣立ちのときだ」
背中を押された。
俺は道を示してもらう側から、示す側になり、託される側から、託す側になった……らしい。
そして、『弟子』だった自分が『師匠』と呼ばれる立場になるらしい。
急な変化にたじろぐ。しかし、やることは変わらない。言い続ける。
「ありがとう」と。
「ありがとう」は俺を強くした、から。
「ありがとう」で繋ぐ縁があるから。
「ありがとう」に報いなければならない。
「ありがとう」がいつも、俺の側にいるから。
「ありがとう」のおかげで俺は強くなったのだから。
「ありがとう」を伝える使命があるのだ。
だから、今日も俺は、
「ありがとう」と言い続ける。
「ワンワンワン!! (行くぜ!!)」
「ああ、行こうか。ポチ」
そして、三年の月日が経過して、俺とポチは今、砂漠を踏破している。
夜空は瞬く星々に輝き、昔を思い出していた。
「こんな景色を見せてくれてありがとうございます」
誰に言うのでもなく、そう呟いた。
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