二章

 〜リラクト野町、酒場離れの物置小屋前〜

 明け方、俺とポチは鍛錬を続けていた。

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます…………」

 道具屋で売っていた木刀で素振りする。砂蟹を相手に戦闘イメージする。赤甲殻を切り裂くイメージで素振りする。甲殻の関節を狙う。イメージ上の砂蟹は雄叫びを上げていた。

「ありがとうございますっ!! ありがとうございますっ!!」

 木刀で砂蟹の関節部分を切り裂く。

「ワウワウ(ありがとうございます)」

 ポチもイメージトレーニングをしている。短剣を口に咥えて、素振りをしている。

「ワウワウ(ありがとうございます)。ワウワウ(ありがとうございます)。ワウワウ(ありがとうございます)。ワウワウ(ありがとうございます)…………」

 俺とポチがそうして鍛錬を続けているうちに、

「おはようございます」

「おはよう、ケビンさん」

 ルインとマインが現れた。

「ケビンさん、ちょっと相談しても良いですか?」

「大切なお話があるのですが、良いですか?」

 二人が真剣な眼差しで見つめるので、

「後、十回、素振りをしたらね」

 と、返答した。

 素振りの最中も二人は黙って俺とポチを見ていた。

「ふう、十回、終わった……。それで、何の相談を聞けばいいのかな?」

 二人は同時に告げた。

「私も冒険者兼旅人になりたいです」

「私も冒険者と旅人になりたいの」

 しばらく、反応できずにいた。とりあえず、タオルで額の汗を拭った。

「…………ほう、どうして?」

 二人に話しの続きを促す。

「ケビンさんの話を聴いていたら、こう胸の中が熱くなって、この衝動が、想いが溢れてしまって……だから、昨夜から眠れなくなってしまいました」

「数々の冒険譚を自分でも紡いで行きたいなって感じたの」

 ルインとマインは饒舌に語っていた。身振り手振りで話をしていた。

 ……ちょっとだけ思案して、俺はこう答えた。

「今のままでは、難しいだろうな」

 その返答にルインとマインは、

「ど、どうしてですか? 何がいけないのですか?」

「何が駄目なんですか? どこがいけないのですか?」

 狼狽した。俺は率直に、

「戦闘能力がないから」

 と、告げた。

「君たち二人がこの町から出ていくには相応の戦闘能力がないとアカン。自分の身は自分で守るんだ。特にあの砂漠を踏破するだけの体力と戦闘能力があるとは思えない。せめてあの砂漠を踏破できる能力があると証明できるかい?」

 俺の問いに、

「……いえ、ありません」

「生まれてから、一度もこの町から出たことがないよ」

 ルインマインの気が少しそがれたようだった。

「仮に、旅をするとしても、まず一、戦闘能力があること。その二、旅先での金を稼ぐ方法があること。その三に、生活能力がること。この三点がある程度そろわないと駄目だな」

 ルインとマインは、

「全部、ないかも……そんなぁ」

「駄目じゃん……私たち」

 肩を落としていた。

 そんな二人の姿を見て、かつての自分自身を重ねて見えた。

「……まぁ、俺が君たち二人を鍛えてやってもいいぞ。この町の滞在期間中はね」

 二人は顔を勢いよく上げて、

「え、いいんですか?」

「ほ、本当ですか?」

 一縷の望みにすがるような目つきで俺を見つめた。

「ただし……」

 俺は右の人差し指を伸ばして、

「滞在中は俺とポチをあの酒場離れの物置小屋に泊めさせること。それが条件だ」

 ゆらゆらと揺らした。

「それなら、大丈夫です。いけます」

「それなら、余裕っす。ありがとうございます」

 二人か快諾を得た。

「それでは、早速第一段階の修行をつけるぞ!」

『了解です(っす)』

 俺が二人に課した修行は……。

「まずは、『ありがとう』を一日千回言え」

 修行内容を聴いたルインとマインは当惑したような表情を見せた。



「一日千回? 『ありがとう』をいうこと?」

「『ありがとう』を千回も言うの?」

 修行内容を聴いた二人は声を上ずった。

「そうそう、『ありがとう』千回言うこと。それが第一段の修行内容ね」

 ルインはいまいち理解をしていないようだった。マインは、疑問符を浮かべている様子だ。

「『ありがとう』を言えば良いのですよね??」

「ああ、とりあえず千回言ってみさい、ルイン」

 この修行の意味をまだ理解していなようで、ルインはしきりに首を傾げていた。

「どうして、『ありがとう』を何度も言うjのですか?」

 マインは、手を上げて、質問する。

「俺が二人に授けられる修行と言ったら、【感謝修行】関連しかないからだよ」

「「【感謝修行】??」」

「そうそう、家の流派の根幹に当たるものは、『感謝』、ね」

 感謝と聴いた二人は、

「そんな流派、聴いたことがないのんですか……」

「うーん、全く聴いたことないねー」

 二人とも腑に落ちていない様子だ。

「まぁ。武闘七大流派に比べれば、ちょっと地味なもんなのかもしれないけど」

「二人は納得していない様子だった。

「仕方ないな。ちょっとだけだけど、うちの流派の実力の一端を見せようかな。……これでいっかな。この石があるでしょ?」

「ありますね」

「あるね」

 ただの石であることを確認してもらう。

「これをこうしてって」

 俺は石を投げた。その瞬間に、

「ありがとうございます!! (加速魔法発動!!)」

 と、呟く。そして、石が向こうの地に着く前に、移動して掴んでみせた。

「おーい、見たかい?」

 二人はキョロキョロと辺りを見て、

「あ、あれ。今、ここにいたはずでは」

「瞬間移動、したの?」

 俺はもう一度、実演のために石を投げて、

「ありがとうございます!! (加速魔法発動!!)」

 と呟く。そして、移動する。掴む。

「ざっとこんなもんだよ」

 俺の姿を見たルインとマインは、

「…………??」

「…………!?」

 言葉が出ないようだった。

「うちの流派は『感謝』を『極める』流派なんだ」

「『感謝』を?」

「『極める』?」

「『ありがとう」または『ありがとウございます』を戦闘能力まで浸透することで、自身の身体や周囲に影響を与え、現象を引き起こす。これが、うちの流派。

 技にまで昇華したら、感謝技(サンクスアーツ)として使える。また、魔法に昇華したら感謝魔法(サンクスマジック)として使える。sっきの動きも感謝魔法)サンクスマジック)で加速魔法を使ったからできたんだよ。もっと具体的に見せるとするならば……」

 俺は右の人差し指を立てて、

「ありがとう{水よ、集まれ)」

 指先に小さな水球を生み出してみせた。

「魔法、だ」

「本当に魔法だ。使えるの?」

 ルインとマインが驚く姿に俺は微笑した。

「『感謝』を極めればできるよ。たとえ魔法だとしてもね」

「どういう理屈、理論で生み出しているのですか? たしか、魔法には詠唱が必要なはずですよ」

 ルインなh目を輝かせて訊く。マインはしばし絶句している。

「確かに詠唱は必要だね。そもそも俺には魔法適性が壊滅的になかった。だが、『感謝』を極めたことで、魔法詠唱の代わりに『ありがとう』という言葉で引き起こすことができるようになった。そして、どうしてその現象を引き起こせたのか、今ならわかるようになっていったよ」

「是非、教えてください」

 ルインはぐいぐいと詰め寄る。マインもコクコクと首を縦に振る。

「うーん、これは理論を理解するというよりかは体感でしかわからないからな。とりあえず、千回言ってみ? 一日千回の『ありがとう』を言うことから全ては始まるから」

「………………はい」

 それでもルインはやっぱり納得しきれない様子だった。

「どれくらい感謝を極めればできるようになるの?」

 マインは挙手して、質問した。

「いい質問だね、マイン。それはね、後でわかると思うけど、とてつもなく膨大な時間が必要だね。とりあえず、千回『ありがとう』を言えたら、次のステージに行けるよ」

「千回……」

「だからとりあえず千回から始めようね」

 ルインとマインは、

「本当に言うだけでいいのですか?」

「騙していないよね?」

 半信半疑で聴いてきた。だから、俺は、

「俺のときは、今の十倍の量を毎日言っていたよ」

「「十倍……」」

「嫌ならやめたってかまわないよ。別に強制しているわけではないから」

 その言葉に、

「やります、やらせてください」

「やりたいです。やります」

 とルインとマインはやる意志を示した。

「じゃあ、今晩までに、千回な。ポチ、そろそろ上がろうか」

 それまで、ずっとイメージトレーニングしていた、ポチは、

「ワオウ? (もういいのかい?)」

 と、尻尾を振っていた。

「ワウワウワウ(そろそろ、お腹が空いたな)」

「そういえば、そうだな、ポチ。お腹すいたな)」

「ワーウーー(お腹空いたよー)}

 ルインとマインが、

「そろそろ朝ごはんの用意をしましょうか?」

「ポチちゃんのご飯も用意しましょうね」

 と、朝ご飯の準備をしに酒場に戻っていった。

「朝飯はなんだろうかな?」

「ワンワンワン(きっと美味しいものだろう)」

 朝ごはんへの期待感が高まっていった。



 俺とポチは酒場で朝食を食べた後、ギルドに向かった。昨夜、メルト・ラーム・リリーに教わった、実入りの良い仕事を受けるためだ。

 営業開始時間直後に入ったので、まだ閑散としていた。

「おはようございます」

「おはようございます、ケビンさん」

 受付嬢のレニーが応対してくれた。

「本日はどのようなご用件で?」

「えっと、オダヤカウシの搾乳依頼ってまだありますか?」

 俺、本日の用件を伝えた。

「はい、オダヤカウシの搾乳依頼ですね。承りました。では、こちらにサインをお願いします」

 サインをして、受注する。オダヤカウシの搾乳は三人から教わった実入りの良い仕事だ。このオダヤカウシから取れるミルクはとても美味しく、けっこうな値段で買い取ってくれるのだと、三人は言っていた。

「オダヤカウシの周囲にはフンガイウシとゲキドウウシが現れることがありますが、無視していいです。もしも、可能であれば、そちらも搾乳してもいいですが、この依頼初めてですよね?」

「はい」

「ならば、オダヤカウシだけの搾乳だけでかまいませんよ。フンガイウシとゲキドウウシから搾乳できる冒険者はこの町でも限られていますからね」

 受付嬢レニーは搾乳瓶を六本、俺に渡した。

「そんなに採取が難しいのですか?」

「そうなんですよ、フンガイウシはずっとイライラしていますし、ゲキドウウシはあまりにも怒っているので採取どころではないのですよ」

「そうなのですか。六本だけでいいのですか? もっと多いほうが……」

「まだギルドバッチが白色の方は本来なら三本と決められているのですが、ケビンさんhは砂蟹を討伐した実績から、倍の六本でも良いと昨日、ギルド長と話してあります」

「そうですか。まぁ、行ってきます」

 それでは行ってらっしゃいませ〜、と見送る受付嬢レニーは営業スマイルを浮かべていた。

「ワオウ(では、行こうぜ)」

「ああ、お金を稼ぐぞ、ポチ」

「ワウワウ(個人的に搾乳瓶を買っておこうぜ)」

「それはいい案だな。では、道具屋で買ってから行こう」

 そして、搾乳瓶をもう六本追加しておいた。

 それを全てバッグの中に入れておく。バッグは収納魔法で容量拡張しておいたのものだ。マジックバッグと間違われることもある。

「よし、それでは行こうか」

「ワン(ああ、行こう)」

 俺とポチは町を出た。



 そして、東の草原へと赴いた俺とポチ。

「ワオーン(涼しいぜ)」

「ああ、そうだな」

 草原にはウシが三種類いた。SMFOで情報を閲覧する。

「フンガイウシ……常に怒り状態の牛。ただし、この牛のミルクは絶妙に美味い。

 オダヤカウシ……牧畜されている牛。市場に回っているミルクはこの牛からである。

 ゲキドウウシ……フンガイウシよりも怒っている牛。この牛から取れるミルクは幻といわえるほど貴重で絶賛される味である。

 なるほど。そして、今回のターゲットは、オダヤカウシか。しかし……今のところ、オダヤカウシがいなくないか?」

 観察してみると、二種類のウシしかいない。フンガイウシとゲキドウウシ。あんまり差異がないが、ゲキドウウシの方が、より激しく怒っていることがわかった。フンガイウシと比べて、イライラ度が高い。

「ワウ(オダヤカウシ、いたぜ)」

「え、どこ?」

「ワン(あそこだ)」

 オダヤカウシは岩に姿を隠すように横たわっていた。オダヤカウシの周囲をフンガイウシとゲキドウウシが円を描くように暴れている。

「うーん、このままだとオダヤカウシのところまで移動できないな」

「ワオウン(なんとかしないとな)」

「とりあえず、オダヤカウシとフンガイウシとゲキドウウシの行動パターンと特徴を観察しようか」

 オダヤカウシは横たわって、気持ちよさそうに日光浴をしているみたいだった。フンガイウシは何かに憤慨しているようだ。ゲキドウウシはフンガイウシよりもさらに激怒していた。何が違うのか、観察を続けた結果。

「そうか、ゲキドウウシはフンガイウシの怒りに当てられて怒っているんだ」

 フンガイウシとゲキドウウシの行動は似ていた。ただ、ゲキドウウシの方がものすごく怒っていた。それは、フンガイウシの行動に影響されているのでは? と推測した。そうと分かれば、ゲキドウウシをフンガイウシから遠ざけるように、怒りの対象をこちらに誘導した。

「フモー」

「こっちだ」

 ゲキドウウシの角タックルをギリギリで回避し、そのたびに、俺は感謝魔法(サンクスマジック)鎮静をかける。

「ありがとうございます(穏やかになれ)」

 何度も回避して魔法をかけていたら、嘘のように穏やかになった。

「ありがとう(ついでに搾乳していいかい?)」

 ゲキドウウシとの心の余波をチューニングして意思疎通魔法をかける。そして、ゲキドウウシに訊いてみた。

「フモー(怒りが収まったら、乳が疼いてしまった。いいわ、搾乳して)」

 ちゃっちゃと搾乳する。

「フモー、フモー(ああ、やっと乳が出る。リラックスする~)」

 ゲキドウウシのミルクを手に入れた。

「フモー(あリがとう)」

 ゲキドウウシはオダヤカウシのように穏やかになった。

「ゲキドウウシはオダヤカウシになった?」

 原因はわからないが、次に向かう。

 フンガイウシの観察をした。

「そうか、フンガイウシはオダヤカウシがいることが気に食わないんだ」

 そういうことで、オダヤカウシを移動させることにした。先程ゲキドウウシよりは楽に誘導、回避、感謝魔法(サンクスマジック)鎮静をかける。フンガイウシの怒りは収まった。

「ありがとうございます(搾乳してもいいかい?)」

「モフー(いいわよ。イラダチがおさまったから)」

 そんなこんなで、フンガイウシから搾乳ができた。

 そして、最期。

「ありがとう(搾乳していいか?)」

「モーウー(いいよ、待っていたよ)」

 オダヤカウシからのミルクを手に入れた。

「案外、簡単だったな」

「ワウワウ(そうだな)」

「帰るか、ポチ」

「ワオウ(おう)」

 後ろで、

「モー(ありがとう)」

「モウー(すっきりしたわ)」

「モオウー(またね〜)」

 三種類の牛たちが鳴いていた。三種類とも穏やかに日光浴していた。



「お帰りなさい、ケビンさん。いかがですか?」

「こんな感じです」

 ミルクを三種類ずつ、全ての搾乳瓶に入れて持ち帰った。マジックバッグから取り出した。

「…………」

 受付嬢のレニーは笑顔固まっていた。

「あのー?」

「すみません、三種類全部、これを一人で?」

「ええ、まぁ」

「オダヤカウシだけでなく、フンガイウシ、さらにゲキドウウシまで……」

 少々お待ちください、受付嬢のレニーは立ち去る。

「何か変なこと、したかな?」

「ワーウ(わからん)」

 すると、屈強そうな男性が現れた。

「お前さんがケビンかい?」

「は、はい」

 その男は、ギルド長でオッタブと名乗った。

「お前さん、この町に来てから、まだ日数が経ってねえというのに、このような成果を出すとは。傑物じゃねぇか」

「傑物って……そんなんじゃないですよ」

「ワハハハ、まあいい。ちょいと場所を移動するぜ」

 そう言われて案内されたのは、ギルド長室のようだ。

「それで、俺に何の用件ですか?」

「おう? 鋭いねぇ。いや、三種類のウシからミルクを搾乳できた方法を教えて欲しいのだ」

 オッタブは筆記用具と髪を用意して、書き留める準備をした。

「ケビン、教えてくれないか? どうやって、三種類のウシからミルクを搾乳できたのだ?」

 俺は、素直に答えた。

「なるほど、三種類は本来は同じウシなのだな?」

「ああ、ただ、フンガイウシとゲキドウウシになってからのオダヤカウシの乳は美味いらしい」

「!! そうか」

 オッタブは書き留めた。

「ありがとう。それでは本題に入ろうか」

 オッタブは一枚の依頼書を取り出した。

「この仕事を依頼しようと思ってな」 

 そう言って、オッタブから依頼書を手渡される。

「なになに、生態系調査に関わる護衛依頼?」

 俺は読み上げた。オッタブは、

「明日、この町に研究員が派遣されるんだが、その研究員を護衛する冒険者を集めているんだ。だが、なかなか、集まらなくてな……。お前さんならやり遂げてくれるだろう、と思ったわけだ」

「俺はまだ白色のギルドバッチだぞ? 実力不足ではないか?」

「そのギルドバッチは今、どこにあるんだ?」

「カバンの中だ」

「取り出してみろ」

「確かこの辺に……あった。あれ?」

 バッチが白から黄色に変わっていた。

「色が変わっている。どうしてだ?」

「こいつは、依頼達成と同時に変色する特別製バッチなのさ。本人の血を媒介しているから、誤魔化しは効かない」

「ふーん、それにしても一回しか受けていないぞ? 俺は」

「オダヤカウシはともかく、フンガイウシとゲキドウウシのミルクを搾乳できた時点で、相当の実力だと判断されたんだ。一度に二段階昇進はすごいことだぞ」

 本当にすごいことなのか、わからなかった。

「それで、お前さんにこの依頼を出そうってことだ。引き受けてもらえるか?」

「……お金次第、かな。この前、酒場のみんなに奢ったから、懐事情が寂しくて、な」

 冗談混じりに言ってみた。

 オッタブはどさっと、金貨が入った袋を机の上に置いた。

 それ全部が報酬の前金らしい。

「相当、はずむぞ」

「了解しました」

 九〇度ビシッと、例をした。

「ワンワ〜(ケビン、お前さんよう……)」

 ポチが悲しげに俺を見つめていたような気がした。

「(これでポチ用の高級ドッグフードを買えるから、な)」

「ワンワワン!!(オッタブさん、ありがとうございます!!)」

 ポチも頭を垂れた。


 護衛は明日、研究員が来てからなので、いったん解散した。

「おお、おぬしはケビン」

 おれがギルドを出ると、白髪のおじいさんがいた。

「ワシは町長のガンザフだ」

「初めました、町長。ケビンです」

「ワオッフ(ポチだぜ)」

 町長はその白い髭を撫でながら、

「おうおう、元気な犬だこと。かわいがられているな」

「ワウ(あったぼーよ)」

 ポチに頭を撫でた。ポチは、

「ワンワン(……まぁいいか)」

 と撫で回されている。あのポチが何も文句を言わずに撫で回されているのは、久しぶりに見る。

「ケビンよ。お主に世話になっておる。二回も酒を奢ってもらった。……助かる」

「ああ、あリがとうございます(あの酒場にいたのか……)」

「ワシの息子は改造屋をしておる。気が向いたら来てくれ」

 それじゃーの、とガンザフは去った。

「ワウ(あの爺さん、かなりやるぜ。手の平が硬かった)」

「そうなのか。ただの町長だろう」

「ワンワンワン(いや、あの手はプロの手だった。何かに費やした手だ。だから、きっと頼ることになる)」

 ポチの予感が正しいと証明されたのは、相当後になってからだった。



「いらっしゃい」

 武器屋・防具屋に訪れた。ここで新たな武器を買うつもりだ。

「あれー、ケビンじゃん!!」

「……リリーか」

 重銃士のリリーと遭遇した。

「武器買うの?」

「ああ、遠距離の的に効果的な武器を探しているんだ」

「遠距離!! やっぱりそれは銃、一択っしょ!!」

 リリーは俺の手を掴んでズカズカと武器屋に入っていく。

「よ、ビーク」

「リリーじゃないか」

「ケビンに銃を見せてあげて」

「そっちは、ケビン、か。噂は聞いているぜ」

「……ども」

 俺は小さく頷いた。

「それじゃあ、見てってくれ。自慢の銃だぜ」

 武器屋ビークは銃を並べた。

「軽銃と重銃、どっちにするんだい?」

「それらの違いって何だ?」

「軽重は片手でも扱える銃。軽い分、威力は小さくなるが、小回りは効くし、他の武器との併用可能だ。重銃は両手で扱う銃で、思いから併用は不可能な武器だが、威力はこっちの方が断然大きい。

 さぁ、どっちを選ぶ?」

「断然、重銃がいいって。一発の破壊力が素晴らしいのなんの」

 俺は悩んだ。確かに重銃の方が威力も射程距離も大きい。だが、軽銃は片手でも扱える点が良い。悩んだ結果、

「軽銃の方を見せてください」

「あいよ」

「えー、なんで、軽銃なの?」

 リリーは、残念な子を見るような視線を送ってくる。

「刀と併用するならば、軽銃の方がいいかなって」

「あー、ケビンにはその武器があったね。刀っていうんだ」

「お客さん、その刀、是非売ってくれないか? 高値で買い取るよ」

「ごめん、これは師匠から譲り受けたものなんだ」

「なら、仕方ないな。さて、軽銃はこれら五種類かな。ご覧ください」

 俺は、手触り、重さ、フィット感等など、考えた上で、一丁、買うことにした。

「まいどあり!」

 ビークは笑顔で俺達を見送った。



「ケビンは、私は悲しいよ。軽重派なんだって思うと、もっと私は悲しいよ」

 リリーはすこぶる残念そうに告げた。

「戦闘スタイルを考えると、両手が塞がる重銃よりも片手で扱える軽重の方が良いから」

「それでも、私は悲しいよ。重銃の魅力ならたっぷり語ってみせるから、さ。今からでも変えない?」

「変えない」

「…………ちえ」

 リリーはいかにも不満そうに舌打ちした。そんなに軽銃を選んだことに不満があるのか? と俺は購入した軽銃を取り出し、まじまじと見る。……実にいい買い物をしたと自負できる。

「といあえず今はこれでいいいよ」

「……そうか」

 なんで重銃の魅力がわからないのかねー、とリリーは不満を漏らした。

「とりあえず、酒場に行こうぜ。また、奢ってやるから」

「本当か? お金は大丈夫なのかい?」

 リリーは怪訝そうに訊く。

「臨時収入が見込めそうなんだ。だから、大丈夫だ」

「そういうことならさ、早くいこうぜ、ケビン!!」

 リリーとともに、酒場に行き、また店内の客に酒を一杯、奢った。

 どんちゃん騒ぎ。だけど、嫌いではない光景だ。

「ケビンに祝福あれ!!」

『祝福あれ!!』

「おう、祝福あれ、だ」

『(それにしても、こいつどうしてここまで酒を奢るんだろうか?)」

 そんな声が聞こえた気がした。

「なんか、文句でもあるのか? だったら奢るのやめようかな?」

『いやいや、ケビン様、是非私らに酒を奢ってくださいまし』

「ならば、よろし、飲むぞ!!」

『おう!!』

 どんちゃん騒ぎだった。



 お客が酔い潰れて、仲間に連れていかれる者。酒場の外で倒れ伏す者。いろんな者と共に今夜もどんちゃん騒ぎをした。

「はい、お水です。ケビンさん」

「あリがとうございます、レインさん」

レインさんから頂いた、コップ一杯の冷えた水を飲み干す。

「ケビンさん、この町に来てから、連続で奢っていますけど、大丈夫ですか? お金は大切に使わないと、後々、困りますよ?」

 温かいおしぼりも渡されたので、手を丁寧に拭う。

「ご心配、あリがとうございます。ですが、収入のあてがありますし、それにある一定異常の金額を所有しても、使うときに使わなければ、ただの持ち腐れですから。特に、旅人はいつ命を落とすかもしれない、そんな危険孕んでいます。だから、使えるときに使う。それも旅人の使命なのだと考えています。そして、そのように師匠から教わりました」

「あら、闇雲に使っていなかったのね。それでは私のお世界だったわね。オホホホホホホ」

「いえ、心配してくれてあリがとうございます。その気持ちだけで十分です」

「あら、そう? それでは、ごゆっくり」

 レインさんが立ち去るのと入れ違いに、双子姉妹のルインとマインがやってきた。

「お二人さん。どうだい? 修行は達成出来たかい?」

 二人は神妙そうな顔つきだった。

「一応、できたけど」

「変な感覚だったよ」

 ルインとマインはお互いの顔を見て、

「「はぁー」」

 とため息を吐いた。

「何がどう、変だったのかい?」

 そう訊くと、ルインが先に答えた。

「初めは半信半疑でした。『ありがとう』と言い始めて、これは以外と楽かな、と思ったけど、千回まで言うときには、なんというか、呼吸とか、精神状態とか、認識とか……なんだろう、言葉では上手く表現できない……」

「普段から言い慣れていないから、新鮮でした。何回も言い続けて、これ意味あるのかな? って思ったけど、次第に言うことが楽になった自分がいた。そしたら、普段、何気ないようなことが、ありがたいことだったのではって思うようになった自分もいたよ」

 どうやら、二人は相当、疲れていた、でも、効果が出ているみたいだ。

「この修行は簡単そうに見えても楽ではないからね」

 俺の発言にルインは、

「本当に効果があるんでしょうか?」

 と、疑問を口にした。マインもまた、

「やっぱり、なんか、うさん臭いよ」

 感謝の効力を疑っていた。

「まだ一日目だから、効力は薄いかもしれないけど、千回ちゃんとやれば、確実に出るからな。だから、明日も千回、頑張れ」

「そんなぁ」

「嘘でしょ」

 二人は嘆いた。二人がそうするととわかっていたから、話を進める。

「まぁまぁ、話を聞いていくれ。そもそもうちの流派は『感謝』を『極める』流派。感謝こそがあらゆる不可能を可能にするという思想の元、行う。だけど、一番大切無ことは、自分を信じて言うことだね」

「自分を?」

「信じる?」

 ルインとマインは首を傾げた。

「自分を信じなければ、たとえ何万回言ったとしても、効果は半減するだろうね。自分を信じて、一心に集中する。そこに至って、やっと、やっと、感謝のベースができる。

 そこからは何でもできるってくらいトントン拍子だ。今朝、披露した魔法、覚えているかい?」

「はい、覚えています」

「水の球ですよね?」

「あれだって、感謝魔法(サンクスマジック)だったから、できたんだぜ? 現代魔法のやり方だったら、俺は魔法適性がないから、魔法は絶対に起こせないだろうな」

「逆に言えば、魔法が使用できない物も」

「感謝魔法(サンクスマジック)ならばできると?」

 少しだけ表情が明るくなる二人。

「うーん、どうだろうか? その人の努力といかに自分を信じたか、その結果次第かな?」

 俺のその言葉に、双子姉妹は沈んでいた表情が明るくなり始めた。

「ケビンさんは何回くらい唱えたんですか?」

「一万回くらいですか?」

「俺か、俺は……」

 師匠画家した修行は……。

「最低でも一日二万五千回……」

「「二万五千回ですか!?」」

「それを五年間はいい続けたな」

「「五年間!?」」

 空いた口がふさがらない。二人はまさにその様子だった。

「だから、、まぁ、そのなんだ。気軽にやっていけば、良いから。修行を嫌になったら、やめてもいい。だけど、そのときは、きっと君たちが旅人兼冒険者になって、この町から出ることはないってことだな」

「……千回、『ありがとう』を言えなかった場合はですよね?」

「……諦めてしまった場合は、ですよね?」

「そうだ。だから、明日も千回唱えてみ」


「……ここが私の人生の分岐点か」

「……ここが私の人生の分水嶺か」

 なにやらブツブツと呟いている模様。

「それじゃあ、俺とポチは寝ようかな」

「ワワン(あいつら、全然動かないぞ)」

「予想できていたけど、そんなに多いのかな? 二万五千回って?」

「ワワン(人によりけりだな)」

「それでも、俺はその方法しか知らないから、ルインとマインにはその道しか示すことができない。だから、もしも、二人がマスターできないのだとしたら、それは二人が俺を信じることができなかった、俺の落ち度だ」

「…………ワン(…………そうかい)」

「…………そうだ」

 そのまま立ち尽くしているルインとマインに、

「まぁ、自身ていうのは、持っているから自信になるのではなく、感謝したからそんあ自分が自信につながるってのもあるから、まぁ、とりあえず、感謝だ」

「……はい。わかりました。とにかく感謝します」

「……了解です。今は感謝できることに尽力します」

 二人はゆらゆらと揺れながら酒場の奥へと戻った。

「本当に大丈夫かな?」

「ワン(わからんよ)」

 俺とポチは見送るしかなかった。



 酒場より離れの物置小屋。その屋根裏部屋にて。

「あの黒鳥のデータを参照しておくか」

 SMFOで黒鳥のデータを検索した。しかし、該当なしと表示された。

「ワーウ? (どうした?)」

「いや、砂蟹を倒した後に黒鳥がいたよね? あの黒鳥のデータを検索したけど、該当がなくて……」

「ワワワワウ? (あのガスマスクしていた男にも関係あるのか?)」

「あの人の黒鳥も同じようだったね。あれきり会うことはないけど」

「ワーウー(ま、いいんじゃね)」

 ポチは大きなあくびをした。

「そろそろ寝ようか」

「ワン……(おやすみ……)」

「おやすみ、ポチ……」

 今日一日、頑張ったな、俺。

「ありがとう、ござい、ました」

 そう呟いて、眠りに落ちた。深く深く、沈むような眠りだった。



 その日の夢にはルインとマインが現れた。

「連れて行ってください」

「連れてってください」

 二人の熱意に負けて、弟子にしたとして、問題は二人の両親の了承を得られるか、だ・

「絶対に駄目だ」

 酒場でゴッホがルインとマインに厳しく否定した。

 なんだか、予知夢を見ているような感覚である。

「まず、父さんが判断させてもらおう」

 そういうとゴッホは上着を脱いで、その筋骨隆々とした身体を隆起してみせた。

「毛便、腕相撲で勝負だ!!」

「俺がかったら、認めてください」

「ケビン、お前が勝ったならば、な。だが、このゴッホ、娘たちのためならば、鬼となろう。修羅となろう。さあ、倒してみよ。絶対に負けられないのだ!!!」

 ガハハハハハハハ、とゴッホは豪快に笑った。

「さぁ、ケビンよ、お前が娘たちをたぶらかしたのだとしたのなら、許さない!! この右腕の筋肉の隆起に代わって、成敗してやる!!」



 そこで一端、目が覚めた。

「これは、予知夢か……?」

 まいったなと、目をつぶった。確かに二人が弟子になったとしたら、俺はゴッホとレインさんから二人を奪うことになる。それは俺として堪えるだろう。それも町に来たばかりの若造に大切な娘たちを任せるなんて、正気の沙汰ではない。

 ただ、この予知夢は近い将来、起こり得る未来だと感じた。

「俺が、師匠に弟子入りしたときは、こんな感じだったのかな……」

 もしも、このまま修行をつけて才覚を現したのならば、俺は二人の師匠としてあらねばならないだろう。二人を導くも音としていなければならないだろう。

 ただ、それには、二人の両親の承諾をどう得るか……。

「師匠、こんなときの対処の仕方なんて知らないっすよ」

 はぁ、とため息。

「まぁ、寝るか」

 再び寝ることにした。

 次の眠りは、夢を見なかった。夢に左右されることなく、眠りに耽った。

 だからか、しっかり休息を取ることができただろう。



「ワウワウワウ(起きろ〜〜〜〜)」

「ポチ、だから、舐めるなよ〜」

 朝が来た。

 日課の鍛錬をする時間だ。

「ワウ? (よく寝れたかい?)」

「うーん、一度目が覚めたからかな? 披露がとれていないかも?」

「ワンワン(鍛錬は休むことはできないぞ)」

「わかっているよ。ただ、変な夢を見てね」

「ワン? (夢?)」

「そう、夢だよ。なんか今後に関わってくるような、夢だたんだよ」

「ワンワ? (予知夢ってやつか?)」

「そうそう、妙にリアルだった」

「ワンワンワンワーン(夢自体、見ることがあまりないから、わからんけど、どうだったんだ?)」

「何故か、腕相撲していた、ゴッホと」

「ワン? (なに?)」

「なぜか、腕相撲していた、ゴッホと」

「ワンワン? (それが予知夢なのか?)」

「うーん、妙に生々しい夢だったなあ。夢、だったのかな?」

「ワンワンワン? (夢は夢に過ぎないだから、今は今できることをすべきではないか?)」

「そうだな、そうしよう」

 俺とポチは早朝鍛錬をしに外に出た。

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