一章
〜のどかな町、リラクト、の酒場にて〜
扉を開くと、酒場にいた客が一斉に俺とポチに視線を送った。あれほど酒場の外からでもゲラゲラと笑い声が鳴り響いていたのに、今はシーンと静寂が支配していた。
俺とポチの歩を進め、床がきしむ音が酒場内に響いていく。
酒場内の客は、
「……よそ者か?」「ここらでは見ない顔だな?」「あの生き物は、なんだ!?」「確か……犬、という生物だったような」「ここいらでは見かけないぞ」「だとしたら、俺たちが知らないところから来たのかもしれない」「だとしたら、あの砂漠を踏破してきたのか?」『まさか~』「あの砂漠にはあの砂蟹がいるんだぞ」「それに、砂嵐で現在位置もわからない」「不可能だぜ」「そうだそうだ」「それにあの砂漠を踏破するには相当な飲水を用意しておかないと、すぐに干からびるぜ?」「ならば、やつはどこから来たんだ?」「それにしてもあの犬……? ていう生き物、可愛いわね?」「確かに」「同意する」「……モフモフしたい」「なぁ、話しかけてみろよ」「お前がしろよ」
小声でヒソヒソと話す。
そんないろんな視線をくぐり、俺は酒場の店主に話しかけた。できるだけフランクに。そして、丁寧に。
「店主、とりあえず酒をくれ。この酒場で一番上等なやつをくれ」
「……あいよ」
酒場の店主はぶっきらぼうに応答した。店主が酒をつぐ前に言葉を重ねる。
「それと……」
俺は酒場の客にも聞こえるようになるべく大きな声で言った。
「店の客にも同じのを一杯だけ奢らせてくれ。親睦をかねて、だ。頼めるか?」
そう告げると、店主と客の顔色が変わった。もちろん、良い方に、だ。
「おいおい、店内の客に一杯ずつ奢るとなると、けっこうな額になるぜ? これくらいだ。いいのか?」
具体的な値段を提示される。俺は所持金がいくら残れば大丈夫か、計算した。……大丈夫だ、いける。
「……まぁ、なんとか足りている。これでいいか?」
バッグから袋を取り出し、袋から提示された額を払った。
その瞬間、店の中にいた客が一斉に歓喜した。
「お前、いいやつだな? おーい、やろうども。こちらのお客さんが一杯奢るってよ。ありがたく飲みやがれ!!!」
『ありがとうございまーす』
皆が、感謝の言葉を言った。
一杯、ただで飲めることになった、それも一番上等な酒が飲める。そのことで酒場の客は一気にテンションを上げていく。
「ウンメー、この酒」「いつもの酒とは違うぜ」「とても美味しい」「キンキンに冷えてやがるぜ」「ただで酒が飲めるなんて最高!!」「これもあいつが奢ってくれたおかげだ」「あいつは、何者なんだ??」「誰でもいいじゃん、酒飲めるんだし」「たしかにそうだな」「乾杯〜」『乾杯!!!』
酒場にいた客は上機嫌になった。
「それと、つまみがあれば、それもくれ。任せる。これも皆さんにも頼む」
「あいよ、お客さんさん。おめーら、感謝しろよ!!」
『ありがとうございまーす』
店主は、ガハハハ、と豪快に笑った。
「羽振りがいいな、お客さん。今朝、この町についたのか?」
店主はニコニコしながら、酒をコップに注いだ。
「ああ、その通りだ。だから、無性に酒を飲みたくて、こんな時間から酒場に来ている。ギルドには明日、立ち寄る予定だ」
酒を一口飲む。
「この酒、ウンメ〜なー」
五臓六腑にじわじわと染み渡る。渇望していた『酒』が細胞の一つ一つに行き渡るようだ。
「ワウ!! (俺も、飯、くれよ!!)」
ポチが叫んだ。ポチの叫び声に、周囲は驚いた。
「ああ、わりぃ、ポチ。なぁ、店主。犬用の食べ物ってないかな? ポチも腹減っているんだ。ドッグフードがあればいいんだが……」
店主は申し訳なさそうにこう言った。
「そいつは気が回らなかった。申し訳ないが、ドッグフード? はないんだ。……そうだな、犬のはただにしておいてやるよ。だから、これを食って見るか?」
店主はポチに干し肉を置いてやる。ポチは、
「ワウワウワウワウワウ!! (肉、あるじゃねーか、肉!!」
と、噛みついた。上機嫌である。
「ありがとな、店主」
「いやいや、羽振りの良客にはサービスしてあげんとな、ガハハハハ」
それから、俺はつまみにサラダと腸詰めをもらった。
「お前さんは、いったい、どこから来たんだい?」
何と答えるのが最適か、一瞬考えた。
「ああ、えっと、西の方から来た」
「!! ということはあの砂漠を超えたというのかい!!」
店主がそう言うと、店内の客は、
「あの砂漠を超えた?」「超えられるのか?」「あそこには凶悪なモンスターがいるんだぞ」「それに日差しが即死級だ」「人間と犬が超えられるものなのか?」「本当に置けたのか?」「あそこには凶悪なモンスターがいたはずでは?」
と、ざわざわ、ザワザワ。
「まぁ、そういうっことになるな。俺とポチはあの砂漠を踏破したんだ」
店内は騒然となった。もはや隠す気などないように、ぺちゃくちゃと喋る。
「お前さん、無謀なことを? うちの若いもんでもビビって進もうとしないのに。見たところ二〇代ってところだけど」
「ああ、二〇歳だ」
「二〇歳で踏破か、うーん、なかなかやるなぁ」
「店首と話をしていると、亜麻色の髪を青いバンダナで結った女性が現れた。
「あんた、話ばっかりせずに、働き!! 今が稼ぎ時よ」
「ああ、悪い。つい話しこんでしまった。この人は俺の家内なんだ」
「この人って何よ。夜ではあんなにも愛を囁いてくれたのに……」
「ちょちょちょ、それを客人の前で言うなよ」
見た目がムキムキで圧倒されそうな、禿頭の店主が、奥さんに知りに敷かれているな、と思いながら酒を一口。うん、美味い。肴が行けてますな。
「レインです。主人がお客さんにちょっかいかけてすまないね」
「いや、大丈夫だ。けっこう楽しんでいる」
「ワウワウ(飯ウメ〜)」
「ポチも飯がうまいって」
「あら、ありがとう。あんた、このお客さん、逃がしては駄目よ!! とても上質な金ヅ、こほん、お客さんよ」
そう言って、レインさんは他の客へ給仕をしにいった。さっき、金ヅルって言おうとした?
「奥さん、べっぴんさんですね」
「そうだろう? レインは自慢の嫁だ」
「……惚気ている??」
「……そういえば、名乗らずに会話していたな。俺は酒場の店主、ゴッホだ。お前さんは?」
俺は、最期の一口、酒を飲み、答えた。
「ケビンだ」
「ワウワウ(ポチだぜ)」
「こっちの犬はポチだ」
「ケビンとポチか。よし、わかったぜ。それではケビンとポチ。ようこそ、リラクトの町へ!!」
『俺たちは歓迎するぜ!!』
熱烈な歓待を受けた。奢ってよかったな。
日没になっても俺は酒場にいた。酒に寄った頃が、その町にすむ者たちの本性が現れる。師匠もそう言っていた。
「ケビ〜ン、もう一度奢ってよ〜」
「そうだぞ、ケビ〜ん。あの上等な酒、もう一度、飲みたい」
「酒を飲ませて〜」
この三人の女性は、メルト・ラーム・リリー。町の冒険者をしている。メルトは白魔道士。ラームはギャンブラー。リリーは重銃士だ。……ギャンブラーって博打や賭け事をする職業だと思っていた。どうやって戦うのだろう?
「ケビ〜ン、私たちのパーティに入らない? 前衛がいないって困っていたのよ」
メルトは、俺にしな垂れていく。左腕に女性特有の圧がかかる。……白いロープで隠されていたから見ただけではわからなかったが……なかなかのものをお持ちで。
「それならさ、ギャンブルで決めようぜ」
ラームは、サイコロとコップを取り出して言った。
「丁、半、どっち?」
「どっちじゃない。賭けないからな」
「ええー」
ええー、じゃないだろう。それにギャンブラーの方が通常でも幸運値が高そうに思える。
「仲間にならなりのなら、この黒光りがケツに火を吹くっすよ?」
リリー黒い重銃を愛しそうに持っていて、その手つきが怪しい。絶対にそういうのを連想させているだろう、ってつっこみたくなった。
「ははあh,それでは皆さん、ごきげんよう」
「「「ああ、ケビン」」」
これ以上いると面倒臭そうなので逃げた。そして三人は酔いが回って潰れていった。
酒場にいる人たちにそれとなく、この町の情報を聞き出しているが、酒の力で得た情報量は多いが真偽がわからない。本格的なのは明日からだ。
「ちょっと、酔いが回り過ぎたから? 水をもらおう」
俺は店主に水を求めた。
「お客さん、水だけでいいの?」
「お客さん、水だけがいるの?」
すると、見た目が瓜二つの少女が現れた。
「ええっと、とりあえず水もらえない?」
「水だけとは寂しいわ」
「水だけ求めて悲しい」
うり二つで同時に喋るので、どっちがどっちなのかは、よくわからない。
「ガハハハハ。ケビン、そうとう気に入られてようだな?」
「店主……」
「この二人は俺の愛娘たちだ。ルインとマインだ。二人ともケビンに挨拶を」
「ルインです」
「マインだよ」
同時にお辞儀をして、同時に話す。そして、同時に行動を終える。
「仲の良い双子だから、こうしてお客さんにいたずらするんだ。普段は普通に話すんだがな」
「お父さん、ひどいわ」
「お父さん、イジワル」
「でも、まぁ、こうして二人が無事に生きていられるのならば、俺は嬉しい。ガハハハハハ」
それからゴッホは愛娘をどれくらい愛しているのかを語り始め、なんだかんだで付き合ってあげていた。そして、星明かりが夜を照らし始めた。
「もう、夜か」
俺はそろそろ酒場を出ようとした。店が本格的に忙しくなる夜間だ。昼間のからずっと居座るのはどうか、と引け目を感じた。店主のゴッホ曰く、
「お前さんは、一日の売上の三割くらいを貢献しているから、ぜひ今後もいてくれよ」
とのことだ。それでも、邪魔になりたくない。というかもう飲めない。だから、売り上げに貢献できない。客でなくなったものは出て行かなければならない。
「宿屋にいくか……どこにいけばいい?」
宿屋の居場所がわからずにいると、
「私たちが案内するよ」
「私たちにお任せよ!」
双子のルインとマインが現れた。
「仕事はいいのかい?」
酒場から大笑いが聞こえてきたから、今からが仕事で忙しくなるのでは、と思い訊いた。
「もう上がっていいって」
「この客の人数ならOK」
「そ、そうかい」
ルインとマインは、俺の両腕を左右から挟んで引っ張り、
「宿屋にレッツゴー」
「宿屋でグッドナイ」
案内してくれた。
「ワウワウワウ!! (俺を置いて行くなような!!)」
ポチがダッシュでついてきた。
「この子がポチちゃんか」
「こんな生き物、初めて見たよー」
ルインとマインはポチをモフモフし始めた。
「ワ、ワウワ、ワウ、ワウワー(や、やめろ、
く、くすぐったい)」
ポチは身をよじっている。
「ポチがやめてくれってさ」
「ケビンさん、ポチの言うことがわかるの?」
「ケビンさんはポチと言葉を買わせるのか?」
俺は、しばし、考えて、
「まっさかー」
と答えておいた。
「ワウワウワー!! (ああ、くそ、嘘つきめ!!)」
そして、ポチは二人にモフられた。
「本当に申し訳ありません。満室です」
宿屋の主人、ブリーズは申し訳なさそうに一礼した。彼曰く、普段ならば空室が多いこの時間帯、夕刻から、頬を赤らめたお客が泊まりに泊まり、満室になってしまったのこと。
「そうですか、満室ですか」
「本当にもうしわけありません」
「いえいえ、ご丁寧に、ありがとうございました」
宿屋からでた俺。
「俺が酒を覆ったからなのかな〜。普段ならいないはずの客が宿屋に泊まる。つまり、そういうことだろうな〜」
うなだれていると、
「だったら、うちに泊まりなよ」
「それならば、うちにきんさい」
ルインとマインが示してくれた、野宿でも、徹夜でもない、第三の道。
「だけど、酒場で寝るっていいのか?」
そんな心配に、
「うちのお父さんはそんなんい頑固ではない」
「お母さんを説得できれば、いけるっしょ」
とのこと。
先程の酒場に戻ることになった。
「ワウウ! (また戻るんかい!)」
ポチだけは、ツッコミを入れていた。頭をよしよししておいた。そしたら、ルインとマインも不モフし始めた。
「ワーウ(やめてくれ、くすぐったい)」
すまん、ポチ、今回は俺が悪かった。
「お、ケビンではないか。宿はどうだったんだい?」
ゴッホが店内の数人と相手していたときに、俺たちは戻ってきた。
「お父さん、あのね……」
「お父さん、あのさ……」
二人がゴッホの両耳かごにょごにょと話す。……両耳から話しかけられたら、困らないかい?
「なんだと、ケビン。宿が満室だったのかい!! ガハハハは。それは災難だったな。それでうちに泊まらせたいってワケか。ガハハハ」
ゴッホは俺をじっと見た。何かを推し計ろうとする目だ。俺は一瞬、硬直した。
「ふむ、まぁ、いいだろう」
ゴッホは顎を触りながら、呟いた。
「やったね、マイン」
「完璧だね、ルイン」
双子が両手でハイタッチしていた。
「店を閉めるまでもう一時間くらいあるから、外で待っていてくれ。その間に準備とかしておくから」
「……なにからなにまで、すまない。いや、ありがとう」
「ええってこった」
ゴッホは俺の背中を軽く叩いた。
「困ったときはお互い様だろう?」
「……ああ、そうだな、ありがとう」
今日会ったばっかりなのにそこまで信頼してくれたことに感謝した。
準備している間。酒場の外でポチと戯れていると、ルインとマインが現れた。
「ケビンさん、お願いがあるんだけど……」
「ケビン、お願いを聴いて欲しいんだ……」
モジモジしているルインとマイン。
「……何が目的だ?」
「ワーウー(なんだろう)」
しばしの静寂。
「ケビンさん、って冒険者だよね?」
「ケビンてさ、冒険者、かい?」
「まぁ、旅人兼冒険者ってところだ」
「「やっぱり!!」」
「冒険者の話を聴きたいの」
「冒険譚を聴かせて欲しい」
目をキラキラと輝かせながら、俺に迫ってくる二人。若さを感じた。
「まぁ、いっか。何から聞きたい?」
「やったー。それはもちろん……」
「ヨッシャー。もちろんそれは……」
ルインとマインに冒険者の話をするだけで、一時間はあっという間に過ぎていった。
「ケビン、準備できたぜ。酒場から少し離れたところにある物置小屋の屋根裏を使ってもらえばいい」
「ゴッホ、ありがとう」
「いや、娘たちに冒険者の話をしただろう? それでおあいこだ」
「ケビンさん、また朝に聴かせて欲しい」
「ケビン、早朝に聞きに行くからね」
「「お父さん、おやすみなさい」」
そう言うと二人は、立ち去った。
「とても良い娘さんたちですね」
「ああ、俺になんかもったいないくらい、大切な娘たちだよ」
ゴッホは少し、涙声になっていた。
「それじゃあ、案内する。来てくれ」
「了解した」
そして、酒場から少し離れた物置小屋の屋根裏に案内された。
「すまない、ケビン。どうやってもお前さんは男だから、同じ建物に住まわせて、何かあっちゃいかん。こんな離れの物置小屋の屋根裏に隔離するようですまない」
「いやいや、十分だよ。ありがとう」
「では、俺は帰るよ。家族の元に」
「ああ」
そして、ゴッホは酒場へと戻っていった。
「ワウワウ(良かったな、部屋が見つかって)」
「ああ、良かったよ。町の中で野宿とか、いろいろ目立つからな」
「ワオウ(さて、寝るからな)」
「ああ、お休み、ポイチ」
バッグから、毛布を取り出し、ポチと一緒に包まり、眠った。
夢を見た。師匠がいた。師匠は俺にわざと魔法を伝授すると言った。
(ああ、この夢をは師匠と出会って間もないときのだ)
師匠俺に求めたもの、それは……。
『ありがとうを一日五万回言いなさい』
『五万回?』
「そう、まずはそれができるようになってからだ。さあぁ、始めよ!!』
『え、えっとありがとう。ありがとう。ありがとう……』
夢の中の自分はあっという間にありがとうを積み重ねていく。月日が五年が経過した。
『ありがとう。ありがとう。ありがとう……』
俺は五万回のありがとうを言う時間が、最初よりも早く言えるようになった。
『ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう』
『よし、それでいい。今日から稽古をつけてやる』
『ありがとうしか言ってないんだけど』
『いいか、私たちの武器は感謝だ。だから、それを利用した技と魔法を見せてやる。なに、一日十五万回言えるようになったお前ならば、体得できる。これから伝える技の魔法の名は感謝技(サンクスアーツ)と感謝魔法(サンクスマジック)という。どちらも膨大な感謝ができなければ、発動できない。だから、お前にとってこの技と魔法は特別なものになるだろう』
そこで、夢は途切れた。
翌日の明け方。
鍛錬を行っている。
「ありがとうございまっす……ありがとうございまっす……」
そこいらで見つけたただの棒で素振りをしていた。何度も、何度も。
素振りを行っている。そんなときに、
「おはようございます!」
「おはよう、早いねー!」
ルインとマインが現れた。
「おはよう。ルインとマイン。朝は早いね」
「ワウア(おはよう)」
俺とポチは素振りを続けなが返答した。
「ねぇねぇ、昨日から気になあっていたのだけど」
「なぁなぁ、この生き物ってけっきょく何なの? 教えて」
目を輝かせて、双子は俺に詰めようってきた。
「これは犬っていう生き物だ。アキタ犬のポチ」
そう伝えると、
「へぇー、犬ねー。これが犬という生き物なんだー」
「ポチ、可愛いね。もっと触れ合いたいよ」
双子はポチをワシャワシャと撫でまくる。
「ワウワウワウ(ちょっと撫でまくる)」
ポチはそう言いつつ、お腹ぐをだらしなく見せた。そこに双子の手がワシャワシャ。
「ポチをよろしくな」
ポチを託して、俺は再び鍛錬に集中する。素振りと言っても実践を意識してやらなければ、意味がない。砂蟹との戦いを思い出し、改善点を意識して、振り抜く。
「ねぇねぇ」
双子のどちらかが、俺に声をかけた。
「どうして『ありがとうございます』って呟きながら、素振りしているの?」
俺は、動きを止めて、双子の方を見た。
「ルイン、いや、マインの質問か? どっちだ?」
「ルインの質問だよ。マインはまだポチと触れ合っている」
見ると、ポチが、
「…………(もう、だめ)」
と動きを止めていた。
「ポチ、動けー、動いて〜」
とマインがまだ触っていた。
「マインと違って、私は自重したのです。エッヘン」
ルインは誇らしげに胸を張る。
「……別に誇ることではないと思うが」
「それよりも先ほどの質問に答えてください」
「俺がなんで『ありがとうございます』と言いながら、素振りしているかって?」
コクコクと首を縦に振るルイン。
俺は、どこまで言うか考えながら、言葉を紡いだ。
「俺は感謝技(サンクスアーツ)の免許皆伝なんだ」
「感謝技(サンクスアーツ)?」
首を傾けるルイン。そこに、
「何ですか、それって」
マインが詰め寄ってきた。
「ポチはいいのか?」
「もう、やめて欲しがっていたから、やめたよ」
マインにめちゃくちゃにされたポチ。
「ウウ(もうお嫁にいけないわ)」
お前は雄だろう、というツッコミを心の中でした。
「感謝技(サンクスアーツ)って何ですか?」
「そうそう、それ。それって武闘七大流派ではないんだよね?」
双子の質問に、どう答えるべきか困っていると、
「みんな、ここにいたのね。朝食ができたわよ。あら、ポチさん、くたびれているわね。干し肉を上げますから、元気になってください」
「ワオウ! (本当か! ありがとう)」
ポチがレインさんの言葉で生き返った。
「ケビンさんも朝食、食べにきてください。オホホホホホホ」
「はい、いただきます」」
レインさんは双子を見ると、
「いいわよね? 迷惑をかけては駄目よ」
と、釘を刺していた。
「はい、お母さん」
「了解です、お母さん」
レインさんは立ち去っていく。
「この話はまた今度するよ」
そう告げると、
「絶対ですからね」
「約束だよ、約束」
双子は、引いていくれた。
「ワウウウ(飯だぜ)」
ポチはすっかり元気になっていた。
朝食をいただき、感謝した後、ギルドに寄った。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご要件で?」
受付嬢が営業スマイルを俺に向けた。
「買い取りをお願いします」
「では、ギルドバッチの提示をお願いします」
「…………ギルドバッチ?」
俺の頭上に疑問符を浮かべた。
「はい、ギルドあっちがなければ、売買の保証ができませんから」
「……………」
「あの、もしかして、ないのですか?」
「持って、ないです」
冷や汗が滝のように流れ出る俺。
「ワオウ(ピンチじゃん)」
ポチも同じ事を考えていたようだ。
「それでは、まずはギルドバッチの新規作成を行います」
「……ああ、作れるのね」
「大丈夫ですよ」
ふと、安心した。
「記入事項を埋めた後、こちらに一滴、血を垂らしてください」
「了解です…………これでいいですか?」
「はい、大丈夫です……ケビンさんですね。では、手続き完了したました。ギルドバッチをどうぞ」
そして、俺はギルドバッチを手に入れた。
「真っ白なんですね」
「ええ、最初は白色です。白から、赤、黄、青、緑、紫、黒、虹色となっていきます」
「バッチの色が変わる条件って何ですか?」
「ギルドに多大な貢献をしたり、依頼を期待達成したりしたときに、色が変わりますよ」
「へー」
俺は純粋にこのギルドバッチの仕組みに感嘆した。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
「これを買い取って欲しいのですが……」
バッグから、砂蟹の甲羅を取り出した。
「……マジッグバッグを持っていたのですね」
「まぁ、そんなもんかな?」
「これは、砂蟹の甲殻!? まさか、あの砂漠を踏破したというのですか?」
「それも、うん、そうだね」
「……砂蟹の肉はないようですが?」
「肉は食べたよ」
「ワオウ(美味だったぜ)」
俺とポチがドヤ顔で決めた。
「……砂蟹の肉はここら辺では高級食材ですから次回から肉も納品、お願いします」
「余裕があればね」
「それでは、買い取りの査定にしばらく時間がかかりますので、ギルド内で待っていてください」
「了解です」
ギルド内でポチと待っていると、
「あれ〜、ケビンじゃない」
「本当だ、ケビンだ」
「昨日はお酒、奢ってくれてありがとう」
冒険者のメルト・ラーム・リリーと再会した。
「そのバッチ、ケビンって初心者さんだったんだね」
「初心者に奢られる私たちってなに?」
「めっちゃ、美味しかったよ」
三人は地味に落ち込んでいるようだった。
「みんなは何しているんだ?」
「私たちは、依頼を確認していたの」
メルトが指を差した。その先に掲示板があった。
「そこの掲示板にある依頼から、自分が受けたい依頼を探すの」
「たまに、良い掘り出し物があるんだ」
「なるほどね」
「ワウウ(なるほどな)」
俺とポチは納得した。
「ケビン、うちらの仲間にならない? ケビンが良ければいいけどなー」
「ケビンが入れば、ポチも仲間に」
「一石二鳥だ」
「あー、遠慮しておく」
「「「だろうね」」」
三人はハモった・
「ケビンさん、ケビンさんはいますか?」
「俺、呼ばれているから、またな」
「「「またね~」」」
「全部で……になります」
「……ほへ?」
「……です」
提示された金額に嘘偽りがないか、受付嬢に何度も尋ねる。
「砂蟹ってそんなにするの?」
「肉があればもっと高値になります。甲殻だけでも、武器、防具の素材になりますから」
受け取ってください、と……を手渡される。
「これで、いろんなことができるな」
「ワウワッウ(無駄使いすんなよ)」
ギルドを後にした俺とポチは、情報屋に向かった。
「いらっしゃい」
恰幅の良い店主と対面した。
「どのような情報をお求めで?」
「ある人物の現在の情報が知りたいんだ」
その人物のプロフィールを店主に伝えた。
「それでは前金として……を頂きたいと」
「わかった、だそう」
「ありがとうございます」
俺は提示された金額の倍を出した。
「このお金は……!!」
「働きにを期待して、ちょっとしたチップをはずんでおいた。情報次第ではまた色をつけるから、是非しっかりと働いて欲しい」
「このクラリスト、一生懸命、働かせて頂きます!!」
情報屋クラリストは目をお金のマークにかえて、その金歯だらけの歯でにっこりした。
情報屋を後にして、次は道具屋に向かった。
「いらっしゃい。あんたは、ケビンだな?」
「……ああ、そうだが」
「酒、奢ってくれてありがとな。俺は道具屋のテムルだ。いっぱい買ってくれたらサービスするぜ!
「では、遠慮なく」
俺はポーション三つ、ハイポーション一つ、目薬二つ、万能薬二つ、挑発フェロモン剤を一つ買った。
「合計で……だ」
「はいよっと」
「まいどあり! また来てくれよな」
テムルはものすごい笑顔でそう言った。
「ワンワン(あまり賑わっていないのかな?)」
「町自体が活発しているような感じではないからかもしれんな」
だが、このなんとも言えない、寂れているけど、温かみのある空気。
俺は好きだ。
「なんで好きなのかはわからない。だけど、落ち着くんだよな……」
この町にはそう感じさせる何かがあった。
そして、黄昏時になり、酒場にいる。
「おおう、ケビンではいか! また、きてくれてありがとな。ガハハハハ」
「ゴッホ、普通の酒を一杯くれ」
「昨日みたいに皆に奢ってくれないのか? 臨時収入があったと聞いていぞ?」
情報の拡散が早い、とういうか、誰だ、その情報を流した奴。
「この町は小さいからな。誰が何をしたかなんてすぐに伝わるんだよ」
ああ、そういうことか。確かに色んな人にありがとうってお礼を言われまくったからな。
「まだ、定期的な収入になるようなものを自力で見つけていないから、慎重になっているんだ」
ゴッホは酒とつまみを出した。
「つまみは頼んでないぞ?」
「俺からのサービスってことだ」
「おう、ありがとよ」
つまみで一杯していたら、
「ケビンじゃん」
「ケビンだね」
「ケビ〜ン」
冒険者のメルト・ラーム・りりーが現れた。
「今日も、奢ってよ〜」
「お願い」
「酒を飲もうぜ!」
「今日はそんな気分じゃない。あるにはあるけど」
「あるのならば、いいじゃん」
メルトはそう言って、
「状態異常回復魔法(エスナ)」
酒の酔いを治した。
「! せっかく酔ってきたというのに」
「あはは、メルトは白魔導士だから、状態異常回復もお茶の子さいさいってワケ」
ラームは笑いながら、説明する。
「お酒、奢ってくれたらさ、実入りのいい仕事、教えてあげるから、奢って!!」
「といいつつ地味にその銃で俺の尻にあてるな、リリー」
「てへ、バレちゃった?」
三人の圧、いや、酒場にいた客一同の圧に負けて、
「ゴッホ、皆に酒を一杯、奢らせてくれ」
『アザース(ケビン、ちょれぇ)』
そして、酒場は馬鹿騒ぎになった。
その日の夜。
「今夜はお金が心許ないな。宿屋に泊まるお金もないかも」
資金について困っていた。すると、
「今夜求まっていきなよ」
「ケビンさんなら大歓迎だよ」
「ルイン、マイン、ありがとう。でも、本当にいいのかい?」
恐る恐る尋ねた。あのゴッホが二日も連続で泊まらせてくれるとは思えなかった。
「お父さんもいいって言っていた。というかケビンに奢らせる雰囲気を作ったのはわしだから、それくらい許可するぞって言っていた」
「あんなに気前の良い客は初めてだ、だって」
「ワウ(いいんじゃないか? 泊まろぜ)」
結局、あの離れの物置小屋にもう一泊させてもらった。
「ケビンさん、昨日の続き、話してよ」
「聞きたい、聞きたい、聞きたい!」
寝に行こうとする俺を双子は引き止めた。
「おう、いいぜ」
夜風に当たりながら、俺は冒険譚を双子の聴かせた。双子は目を輝かせて、聞いた。
レインさんが、呼びに来るまで、すっと話をした。
そして、それが、二人にどういう心境にいたらせたのかを俺は知るよしもなかった。
物置小屋の屋根裏部屋にて。
「お金はけっこう減ったな」
「ワウワウ(あんだけ気前よく使ったら、なくなるだろう)」
「確かに」
はぁ、とため息をつく。
「ここらへんの冒険者にはギルドバッチが必要なんて思わなかったな」
「ワウワウー(この地方特有のものかもしれんな)」
「他のギルドって買い取りだけは身元保証する必要なくても、良かったんだけどな」
「ワウー(さすが新大陸ってところか)」
「ああ、今までの常識が通用しないかもな」
まぁ、それはそれで適応していけばいい
俺はポチの頭を撫でてやった。
「見つかるかな?」
「ワウ? (見つけるだろう?)」
「そうだね」
そして、今夜もポチと一緒に眠った。
その日見た、夢はポチとの出会いだった。ポチh師匠が飼っていた犬、ハチの息子だ。ポチとは兄弟同然のように育った。いつだって、一緒だった。修行の時も日常生活のときも、ポチはいつだって一緒にいてくれた。
「ワン(行くよ)」
ポチの言葉がなんとなくわかるようになったのは、修行を始めて三年くらい経過したときだった。同じ「ワン」でも意味がわかるようになってきたのだ。
それを師匠に言うと、
「それが、修行の成果だ。『ありがとう』を極めれば、わかるようになるんだ」
初めは嘘だと、思っていた。だが、次第に確実にポチの言いたいことがわかるようになっていた。
そして、その日はついに来た。
ポチの言葉を理科したのだ。
「ヷウワ、ワワウ(わかるのか?)」
「ああ、わかるよ。ポチ」
ここまでになるまでに『ありがとう』を毎日五万回。それを五年かかった。
「ワ、ワウアウア、ワ(言葉がわかるって、なんだかな〜)」
ポチは、言葉がわかるのを良しとしなかった。
「どうして?」
「ワウー(想っていたことがバレてしまうから)」
ポチの頭をワシャワシャと撫でておいた。
ただ、完全に理解できたのはポチだけだった。他の生物ではなかなか理解できなかった。
「それは、弟子、チューニングができていないからだ」
「チューニング?」
「そう、周波数とい言い換えてもいい。ポチは普段から一緒にいるから、周波数を合わせやすい。だから、言葉も理解できるようになったあ。しかし、野生の生物の言葉を理解するにはこちらが周波数を完璧に合わせてやる必要があるんだ」
「どうやって、合わせるの?」
「ひたすら『ありがとう』と呟く中で、自然と身につける。だから、まだまだ鍛錬だな」
「ええー」
だけど、その頃から、なんとなく、この世の成り立ちを漠然とわかるようになった気がした。その日から、
「ケビン、今日から冒頭を持て」
師匠、カナリアが俺に稽古をつけてくれるようになった。
そして、感謝技(サンクスアーツ)と感謝魔法(サンクスマジック)を徐々に学び始めた。
「いいか、ケビン。感謝はな、人生の可能性を切り開くための重要な行為なんだ。。逆にいえば、感謝できなくなったら、私たちは力を失っていく。
感謝が力の源で、感謝しなければただの人に成り下がる」
「え、それじゃあ、怒ったり泣いたり、悲しんだりしたら、力を発揮できなくなるの?」
「そうだ。だが、喜怒哀楽というのは人g年が持つ感情の一つだ。感情をなくして感謝はできない。つまり、弟子よ。怒ったり、泣いたり、悲しんだりしながらも、感謝をし続けることが求められるのだ」
「そんなぁ〜」
師匠は俺のこめかみをぐりぐりと押した。
「いったぁー」
「確かに怒ったり、泣いたり、悲しんだりしたら、感謝しようとする心は一時的に消えるだろう。憎悪なんてしたらきっと、その相手に感謝することなんてできないだろう。でもな、ケビン。それでも、感謝し続けたら、自分の器が大きくなって、ちっとやそっとでは怒ったり泣いたり、悲しんだりしなくなる。そして、怒ることも、泣けることも悲しむこともできることにさえ、感謝できるようになるんだ」
「それでも、ずっと感謝しなくてはならないなんて、嫌だな〜」
「ははは、今はそう思っていても構わない。いつかきっと、答えが出るから」
「答え? 感謝への?」
「…………最終的に辿りつく疑問の答え、だ」
ははあh,と師匠は微笑んだ。
結局、最終的に辿り着く疑問とは何だったのか、教えてくれなかった。だが、旅をしてきて、それなりに推測は立つ。ただ、今はその答えを出せるほどの感謝を極めていない。だから、鍛錬を続けてきた。
夢から、覚める際に、師匠が、
「お前なら、できる。何だって私の弟子だからな」
そう言ってくれた。その言葉がとても嬉しかった。
目が冷めた。
「ワーウ〜(やっと起きたか)」
ポチが顔をペロペロと舐め回す。
「起きたから、もうやめろ。顔中がビシャビシャになるだろう!!」
「ワン(それでは行くぞ)」
「あ、待て、ポチ!!」
ポチの後を追った。そして撫で回してやった。
「ワンワンワンワン(やめててくれよー、ケビン)」
「ふう、スッキリした」
ポチとの軽いスキンシップをした後、本日の鍛錬を開始した。
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