Thanker【感謝する者】

永遠在生人

プロローグ

 〜砂塵が吹き荒れる砂漠地帯にて〜

 額から垂れる汗。乾いた空気。カラカラな喉。つばを飲み込む。……つばが全然出ていないことがわかった。だから、水筒から一口、水分補給をする。

「っぷはぁ!! 水、美味ぇなぁー。……それにしても、あっちーな。まだかー、オアシス」

「ワウッ(まだみてぇーだな)」

 成り行きで真昼に砂漠超えをしよとする俺とポチ。直射日光を遮る魔法をかけてはいるものの、熱気までは避けられない。ただ、数位なのあ、湿気がないことだ。暑い×湿気=胸苦しくて行動できない。

「SMFO(Smart Map From Outlook)ではこの先にオアシスがあると示しているんだけどな」

 SMFOの再スキャンを行う。……スキャン完了。やはりオアシス箱の行き先にあると示している。しかし、まだ目視で確認できてはいない。

「わ、ワウ?(まさか壊れてはないだろうな?)」

 ポチの問。SMFOのOSは最新版。バッテリー残量もまだ八割ある。熱に耐性があるものを購入した。この程度の気温では壊れないはずだ。

「……大丈夫、問題ない」

 どこまで行っても変わり映えのない灼熱の砂漠。オアシスまでの距離と方角をSMFOで確認する。眼の前は殺風景な景色。黄土色の砂嵐が発生して、しばし目視では方向がわからなくなる。完全にこのSMFO頼りだ。

「SMFOがなければ、この砂漠を踏破しようと思わなかったな。ああ、ポチ。定期的に水分補給しておけよ。喉が乾くまでに口を潤すのが一番いいらしい」

「ワウゥ(了解だ)」

 太陽の1は全く動かず、燦々と照らし続ける。砂だらけの景色にいい加減うんざりしてくる。砂漠に適応した植生がいないかと当たりを見渡すが、見当たらない。

 ときどき、俺とポチを餌だと勘違いするモンスターが現れる。大半が鳥型モンスターだ。高度からの急襲。大抵は事前にポチが反応して迎撃してくれる。ポチ様々だ。

「師匠の訓戒がなければ、感謝魔法(サンクスマジック)をバンバン使って、楽に等はできるのに」

「ワウッウ(これも修行だからな)」

 脳裏に浮かぶ師匠が、

「なるべく使うなよ(キラッ)」

 と、満面の笑みで親指を立てて、励ましている。……ちょっとだけイラっとした。

「この訓戒がなければなぁ。……まぁ、水の大切がよくわかったよ。ありがとうございます。これからもありがとうございます」

 そう言ってから、水筒の水を一口飲む。……美味い。一つ一つの細胞が蘇る気分だ。

「ワウワウワー(再スキャン頼むぜ)」

「了解だ。再スキャンっと」

 SMFOでここいらいったいの地形を再スキャンする。……オアシスが近くにあると表示された。

「SMFOでは、そろそろ、オアシスがあるらしいが……」

「ウゥ(いい加減、休憩したいぜ)」

 悪態をつくポチに同感、と言ったところで、地面が少し揺れ始めた。

「……この揺れ、徐々に激しくなって来ているぞ」

「ウウウ(何が起きているんだ)」

 当たりを警戒。四方八方に気を配る。しかし、

「うーん、今のところ、モンスターは見当たらないな」

「ウウウウ(だが、何かが来る予感はするぞ)」」

警戒し、モンスターを探す俺とポチ。腰に佩いた刀の柄をそっと手をそえる。ポチも装備しチエル短剣を口にくわえた。そのときだった。

 一瞬、砂漠から何かが飛び出してきた。

「おっと」

「ワウ(危なっ)」

 回避した。また何かが飛び出してきた。回避、回避、回避。

「これは、固められた泥?」

「ワウワウワ(モンスターが泥を飛ばしてきているのか?)」

 まだ、正体不明。

 緩やかな揺れからだんだん激しく断続的になっていく。俺とポチはその場にとどまる。揺れはこちらに近づいてくる。そのとき、こちらを見る気配を感じた。激しい揺れの中でそれを特定した。

 砂漠の中から、巨大な何かが徐々に姿を表した。

「キシャアアアア」

 やけに甲高いモンスタの叫び声がする。何かをパチパチとする音がする。揺れがゆっくりと収まってくる。揺れの正体を俺とポチは目視した。

「ッワウ、ワウ(か、蟹、か)」

 赤い……赤い甲殻が光を乱反射し、その巨大なハサミを二つ、携えている。くりっとした目が俺たちを捉えていた。口と思わしき部位には泡が溢れている。

 泡で砂と混ぜて泥団子を作り、それをハサミで掴んで飛ばしてきた。

「キシャアアア」

 遠距離では、泥を飛ばし、近距離ではそのハサミで攻撃する。

 もう一度言おう。蟹だ。砂漠に蟹が現れた。

「砂漠……蟹……」

「ワウ(調べろ)」

 SMFOで砂漠・蟹と検索して、詳細を知る。赤砂蟹。それがやつの名前だった。

 赤砂蟹。砂漠に生息する巨大蟹の一種。全長一五〜二〇Mくらい。砂漠に隠れ潜み、獲物を見つけたとき姿を表す。獲物を捕まえると縄張りにしているオアシスに持ち帰るという。

 赤砂蟹の情報を知ったとき、俺とポチは、

「つまり、こいつは、あれだな」

「ワウ! (そうだな!)」

 腰に佩いていた店を抜き、ポチは犬用装備から、短剣をしっかりと噛み持つ。

「もうすぐオアシスで一休みできるってやつだな!! ついでに蟹肉を食うぞ!」

「ワウゥ! (休憩だ!)」

 俺とポチは眼の前の赤砂蟹(オアシスとご馳走)に向けて、走った。

「ありがとうございます!!」

 刀の刃文は煌びやかに光を反射し、その巨大なハサミへと迫った。硬いハサミの関節部分を狙い、たやすく貫通する。赤砂蟹は痛みで悲鳴をあげた。

「蟹よ、俺とポチの糧となれ!!」

 左のハサミを切り落とした。

「ワウッ(こっちだ)」

 ポチは赤砂蟹の右ハサミを短剣で的確に急所にあて、切り落とす。両方のハサミを失った赤砂蟹は急いで地中に隠れようとしている。しかし、

「ありがとうございます!!」

 俺はその砂蟹の左半分、節足を切り落としていた。

砂蟹はバランスを失って、ひっくり返った。

「キシャアアアァア、アアア」

 日差しの所為かテンションがおかしくなっていたのだろう。

「オラオラ、もっと悲鳴を上げてもいいんだぜ!! 赤砂蟹よ。もっと泣き叫べ、泣きわめけ。それがお前にできる、最期の抵抗だ!!」

「ワウワウワウアウ(わははははははは)」

 テンションがおかしくて、何を言っているのか自分でもわからない。ただ、一つ言えることは、赤砂蟹はもう動かなくなった。

「よし、倒せたな」

「ワオウ(飯のときが楽しみだぜ)」

 そう言ってた途端に、赤砂蟹の仲間が続々と現れた。

 青い甲羅の砂蟹。赤砂蟹の亜種。青砂蟹だ。

「キシャアアアア!!」

 威嚇。

 俺とポチは顔を見合わせる。

「おう、食べ放題だな、ありがとうございます」

「ワウー(蟹パラダイスだぜ)」

 俺とポチは、青砂蟹の乱獲をした。途中で砂蟹たちは地中に逃げようとしても、

「どこに行くんだよ〜、カ〜二〜」

「ワ〜ウ〜(逃げるな)」

 この時のテンションも危ない方向に向かっていたのかもしれない。ただ、言い訳させてくれ、砂漠ではとても暑いんだ。おかしくなったって、仕方ないだろう?



 太陽が傾き始めた頃。

 砂蟹たちを倒し、オアシスを無事、発見し到着した。テントを立てた後、軽く水浴びをして涼んだ。オアシスの水を容器に入れて、

「ありがとう(熱せよ)」

 熱魔法で煮沸する。煮沸したお湯で蟹の肉(殻と肉に分けた)を茹でる。

「ワウワウ(これ、どっかいけ)」

 ふと見ると、額に赤く輝く宝石が特徴の、手の平サイズの黒鳥が、俺たちが獲得した砂蟹の肉を狙っているようだった。

「まぁ、ポチ、こんな小さな鳥くらい見逃してやろうや」

「グルウ(お前がそういうなら、いいけど)」


 黒鳥に砂蟹の肉を少し分けてやった。

「ワーワー(せっかくの肉が……)」

「やらない限りこの場に居座るぞ。いいな?」

「…………ワウ(…………わかった)」

 黒鳥に砂蟹の肉を与えると、

「カー、カー」

 黒鳥は、蟹肉をつばみ、食べた。丁寧に食べていた。

 ついでだから、SMFOでこの黒町を撮影しておく。後で検索しておこう。

 黒鳥は残りの砂蟹の肉を足で持ってどこかに飛び去っていった。



 夜になり、星が瞬き始めた。それまでずっと蟹の肉を食らっていた。

「もう、お腹が一杯だぜ」

「ワウワウ(美味だったぜ)」

 夜空の星を見上げながら、俺はSMFOで地図を示した。

「明日には次に町に到着できそうだな」

「ワーウ(次の町か、師匠の手がかりが見つかればいいが)」

「まぁ、しばらく滞在することになるな」

 やっと雨粒しのげるところで寝ることができる。

「ワウ! (良いドッグフード、買ってくれよ!)」

「わかった。わかった」

 俺達は眠りつくことにした。体温を逃さないように寝袋に保温魔法をかける。寝付く前に、星がキラリと一筋、移動したような気がした。

「あれはな、流れ星というんだよ」

 師匠がそう教えてくれたことを思い出した。

「流れ星が消える前に三回願いことを言えば、その願いは叶うんだよ」

 当時の幼い俺には信じらなかった。今ならそんなジンクスを素直に信じられる。

「師匠…………」

 あなたはどこに行ってしまわれたのですか?

 夢の中で俺は師匠の元で修行していた。

「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます……」

 ひたすら、感謝する日々。何の意味があるのか、当時は全くわからなかった。

 師匠は俺に課題を与えて、稽古をつけてくれるまで、その言葉を言わせ続けた。

 今では、無意識領域でも感謝できるほど、その言葉を唱えることが習慣になっていた。

 師匠は言った。

「お前は、必ず辿り着く。感謝を極められる。そしたら、わかるさ。それまで感謝し続けろ。困ったときも、苦しいときも、それがお前を助けてくれるから」

 師匠はいつだって、俺に厳しく、ときに優しくしてくれた。

 だから、そんな師匠を探す旅をして、これまでいろいろな町に訪れた。

 今回、訪れる町にも師匠がいた痕跡が見つかればいいな。そんな事を考えていたら、いつの間にか目が覚めた。

「ワウワウ(起きろ、朝だ)」

「うん。もう朝か」

 朝になっていた。太陽が昇っていく。日の出に起きることができたようだ。

 徐々に昇り行く太陽を見て、

「今日も張り切って行くぞ!! ありがとうございます!!」

 今日という日を感謝した。

「今日で次の町につくぞ!!」

「ワウワウ! (その調子だぜ!)」

 俺とポチはそうやって一日の始まりを迎えた。



 とうとう俺はポチは、町に着いた。

「到着だー」

「ワーウー(到着だー)」

 町の名前を確認する。……リラクトと言ううらしい。

「これで、やっとフカフカのベッドに入って、寝れる。寝れるぞ!! 野宿をせずにすむぞ!!」

「ワウワウ(良かったな)」

「ポチに美味しいドッグフード、買ってやれる」

「ワウ!! (すぐに行くぞ!!)」

 ポチをなだめ、腰の辺りに噛みつくのをやめてもらった。

「よだれでベチョベチョじゃん……ありがとうございます(拭い去れ)」

 清拭魔法で綺麗にした。

「ワウワウ(お前、言いつけを破るのか?)」

「元々、ポチが汚したんだろう!! それに生活魔法は許されていただろう? とにかく、この町は初めてだから、身なりを整えておかないとな」

「自分の身なりを整えてっと。……良し。

「それでは行こうか」

「ワウ(ああ、行こう)」

 いざ、リラクトの町へ。



 町に入る前に、とある人物がいた。ガスマスクを被って、ボロボロの外套を纏う……体格からして男性だろう。

「…………」

 俺とポチをまじまじと見ていた。

「な、何かようですか?」

「ヷ、ワウ? (なんかようか?)」

「……………………」

 終始男性は無言であった。

「ワウワウアウ(早く行こうぜ)」

「ああ、行こうか」

 何も語らない男性と赤く輝く宝石と額に持つ黒鳥。先を急ぐのだが、彼らがどうしても気になってしまった。

「そうだ、SMFO調べておこうかな?」

 砂漠、黒鳥で検索した。……エラーが表示された。

「あれ、検索できない? なんでだろう?」

「ワウワウワ(飯、飯、飯。早く行くぞ)」

「こら、ポチ、またよだれでベトベトになるじゃんか、もう」

 ポチの催促でもう一度検索することができなかった。ふと、気になって振り向くと、そこにはもうガスマスクの男性はいなかった。

「ワーウー? (気になるのか?)」

「ああ」

 これまでにも色んな人を見てきた。ただ、あのガスマスクの男性には通ずる何かを感じていた。しかし、それがなんのか、わからない。

 しかし、切り替えよう。

「ポチ、まずは酒場に行ってみるか?」

「ワウワウ? (飯は?)」

「酒場でも飯は食えると思うよ」

「ワーウー(仕方ないな)。ワワウ!! (さっさと行こうぜ!!)」

 そして、俺とポチはこの町の酒場に向かった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る