第2話 陽だまりにある温もり

「おいおい、そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。だけど、いいよー。強い感情を秘めているのと同時に、彼我の差を理解している。勇猛ではあっても無謀ではない。うん、ますます気に入った。」


 頭を二度、ポンポンと軽く叩かれた。疑心暗鬼なままわたしが恐る恐る目を開けると、女は相変わらず歯を剥き出しにして笑っている。


 ますます訳が分からなかった。

 気でも触れたのだろうか、この女がではなくわたしが。さもなくば既に死んでいるのだろうか、死の間際の走馬灯が、こんなおかしな映像であるというのはなんとも心残りだが。


 わたしの動揺をようやく理解したのか、女はようやくわたしから視線を周囲の男たちへと映した。


「やれやれ、用心深いのはいいんだけど。いや、無理も無いか。いきなり住処を破壊されたんだ、わたしのことも信じられなくても無理はない。ここは、」


 女は懐から一本の剣を取り出した。柄には龍の紋様が刻まれており、刀身は炎を思わせる奇妙な弧を描いている。

 見たことも無いような、古風という言葉がぴったりの錆びついた剣だった。


「な、何を、するつもり、?」

「決まっているじゃない?親としての初めての仕事だ。君を外敵から守る、そうしてこそ初めて、君の信頼を勝ち取れて晴れて親子になれるみたいだしね。」


 女は意気揚々といった様子で、わたしの前に立ちふさがった。盗賊たちの数はおよそ三十人。

 

「いや、相手の数が見えないのか?あんたが強いのは分かったからここは逃げて、」


 振り返った女の顔から、笑みは消えていた。有無を言わせぬ目に見つめられて、わたしは思わず身を竦ませた。

 あれだけ笑っていたのが嘘のように、女の目は冷たかった。顔の右側、紅い瞳に見つめられているはずなのに、底知れぬ冷気に身を包まれている心地がする。


 これ以上何か言うことも憚られ、わたしは息を呑んでその瞳を見つめていた。


 少しして、女の表情が和らいだ。薄く笑みを浮かべると、再び顔を前に向けた。

「ごめんね、怖がらせるつもりは無かったんだけど、悪癖が出てしまったみたい。まぁ、見ていなさいって。」


 剣を高く掲げ、盗賊たちの注意を一点に集中させた。


「あいやしばらくお待たせいたしました。さぁさぁ特とご覧ぜよ。これより皆様方にお見せするのは…、…、…、…、やばい、とんだ、とんだ。せっかくこういう時の為にストックしておいたはずなのに。次何言おうか完全に飛んでしまったよ、どうしよう?」

(知らねぇよ、ふざけてんのかこいつ。)


 大根役者顔負けの芝居がかった棒読みの演技、さらには調子に乗り、挙句一人慌てふためくその態度にわたしは呆れを通り越して恥ずかしくなってしまった。

 張り詰めた緊張感の中に落とされた間の抜けた声に、盗賊たちもある意味で面喰っている様子であった。


 だが、すぐに一人の男が飛び出して女に飛び掛かってきた。女のおちゃらけた態度に関してだけ、わたしと盗賊たちの意見は一致したらしく、

「てめぇ、さっさと死ねよ、このアマが。」

 罵詈雑言を纏いながら、大の男が突進してきた。血走った目で女を睨み、持っている剣を真っすぐに女に向かって振りかざす。


(やられる。)


 さっきは不意をついただけで、非力に見えるこの女が何十人もの男の群れに敵う数も無い。

 喜劇にも満たない茶番劇が、あっけなく終わると確信した。


 が、

 女の目の前にいる男が、持っていた剣を落とした。力なく腕をだらりと下げると、やがて彫像のように固まっていく。

 それが絶命したのだと理解するのに、幾ばくか時間を要してしまった。女は相も変わらずほとんど動いていない。わずかに剣の切っ先だけが、男の胸の方を向いている。


 炎を模した剣が、男の胸を指す、その二点には一筋の炎の軌跡が、鮮やかに紡がれていた。

 太く、猛々しく、荒れ狂う炎が、男の胸を射抜いていたのだ。炎の刀身が伸びているかのように、真っすぐに男の胸部を貫いている。


「見ていなさいって、言ったでしょ?危ないから、もっと近くにおいで。これからもっとすごいのを見せてあげよう。」

 女は手持無沙汰な左手で強引にわたしを抱き寄せた。彼女の身体に張り付き、身体に腕を回した状態で、わたしは目の前の光景をただ黙って見ることしか出来なかった。


 男を貫いていた炎は、女が剣を再び高く掲げると、はるか頭上へと昇っていった。

 それだけじゃない、村の家屋や畑を焼いていた炎も、その一点へと集中していく。

 まるで生き物のように、女に操られているかのように、うねりを伴って集合していく様は、傍から見ているわたしにも、得も言われぬ高揚感を与えていた。


「おっほー、こりゃまたどでかくなっちゃった。こんなに大きくするつもりなかったけど、わたしとこいつらのせいだね。」

 真っ暗な空に、大きな大きな輝く光が、熱を帯びて地上を焦がしている。わたしにもその熱は伝わってきたが、燃えるような痛みよりも優しく包まれているような感覚に陥った。


(太陽みたい。)


 残った盗賊たちは危機感を覚え始めたのか、一斉にこちらへと向かってくる。もはや油断も隙も無い。周囲を均等に詰められ、完全に退路を断たれた状態へとなっている。


 正面には、盗賊たちの棟梁と思わしき男の姿もあった。他の人間よりも一回りも大きく見え、華美な装飾品を見せつけるように身体中に巻いている。

 両手で大槌を持ち、わたしと隣にいる女を潰そうと仲間たちと共に迫ってくる。


「そこの面妖な女を殺せ、ガキもろともだ。そうでなくても、ガキだけは殺せ、必ずだ。」


 全身を震わせるような怒号で、男たちが奮い立った。怯む様子ももうなく、皆一様にわたしたちを殺すためだけにやってくる。

 身体を震わせ、思わず握っていた手を強く握ってしまった。すると、女がもう一度、優しくわたしの頭を撫でてくれた。


「もうすぐ終わるから、しっかりつかまっていてね。」

「あっ」


 にっこりと笑った女に反発して、棟梁も何かを叫んできた。男たちも次々に何かを叫びながら持っている武器を一心不乱に向けてくる。

 しかし、女の声以外何も聞こえなかった。叫んでいた男たちの元に、炎の槍が降りかかってきていたからだった。轟音で全てかき消されたのもあるが、その迫力に圧倒されていた。


 見上げたその先で、炎の球体のように集まったその光から、次々と炎の雨が降り注いでくる。男たち目掛けて寸分たがわず、狙いすましたかのように突き刺さってくるそれを、避ける術など持っておらず、男たちは一瞬にして炎の業火に包まれた。

 左に剣を動かせば、そこへ炎が飛んでいく。そこから剣を持ち上げれば、忽ち炎の柱がそこに立つ。自由自在、女の意思が反映されているのか、生き物のように炎が蠢いていた。


 女を中心に、円を描くように炎が燃え広がっていく。ゆらゆらと立つその炎の輪は、治まることなく高くなっていく。

 一人だけ、まだ残っていた。敵の棟梁だけは炎の攻撃を躱し、尚もこちらへと進んできている。空の球体は徐々に小さくなり、周りに炎の壁が立ちはだかる中、棟梁はもろともせずに突っ込んできていた。


「死ね、奇術師よ。」

「バーカ、死ぬのはそっちだよ。地獄で親に贖罪しなさい。」


 大槌を振り下ろしてくる男に対して、女はただ剣先を向けるだけだった。大槌の勢いは止まらず、そのまま女の頭に到達しようとしている。

「な、」

 大槌は、女の頭を砕くことは無かった。あの距離では、仮に弾こうとしてもその重量を支えきれずに身体を押しつぶされてしまうはずなのに、である。


 理由は明白、大槌が消えたのだ。巨大な槌がまるごと、跡形もなくである。


わたしたちの周囲に立っていた炎の輪。それらが全て棟梁の元に集まり、大槌すら溶かし蒸発させてしまうほどの熱を持って襲い掛かっていた。

 そんな熱に煽られ、人が生きているはずもない。棟梁の身体は、灰すら残らず目の前から消失していた。腐臭すら漂ってこず、身につけていた装飾品すら見当たらない。最初からそこに人などいなかったかのように、完全に視界からいなくなっていた。


 炎はその後、綺麗さっぱり消え去った。女が消したのか、一点に吸い込まれるように、渦に自らが飲み込まれるように、跡形もなくなった。


「ね、綺麗だったでしょ?これで、とりあえずの危機は去ったという訳だ。めでたしめでたしってね。それで…、」

 にっこりとした笑みを向けながら、女がわたしに向かって語りかけていたが、全てを聞く気力は残っていなかった。


 女が必死にわたしの身体をゆすっているのを最後に、わたしの意識は暗い底へと沈んでいった。それこそ、あの炎の軌跡を追いかけるかのように。


 女が見せた必死な表情と、炎を振りかざす前に頭を撫でてくれた時に浮かべた微笑みとが、最後に心に残った光景だった。

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