第26話ショック
ただの貴族だと思っていたがそれどころじゃなかった。
むしろ雲の上の存在どころか月とスッポンくらいの差があった。
メルがまさかのアカシャの皇太子だったなんて。
「ごめんなさい。仲がいいから素性を知っているものだとばかり思っていましたわ」
「い、いえ……」
驚きすぎてなんと言ったらいいかわからない。
「あの子は今はこの国でホームレスとして身を窶していましたけれど、本当は父親の皇帝陛下と揉めてこちらに隠れて滞在なさっていたの。表向きは家出と称していますが、実はいろんな国をホームレスや旅人を装って見て回っているの。これも隠れ視察だって本人が言っていましたわね。それを抜いてもホームレスの生活はそれなりに楽しいとも言っていましたわ」
「そう、なんですか……」
とんでもない人と友達だった。
あのトマスが高貴なお方と言っていたからそれなりの身分の者とは思っていたが、想像以上にすごかった。
アカシャの皇太子だなんてこの国の王太子や国王陛下ですら跪く権威の御方じゃないか。そんな権力な上に性格もいいだなんて、ゲームで攻略キャラを差し置いて一番人気になるわけだと納得した。
しかし、メルの正体を知ったと同時に、自分のこの気持ちの報われなさに気づいた。
どうあがいても平民パン屋の少年が、大帝国の次期皇帝陛下と一緒になれる未来は一寸も存在しないのだという事に。
「メルは……メルキオール殿下は……婚約者はいらっしゃるんですか……?」
「たしか少し前まで陛下が選んだ婚約者候補がいましてね。その人とh「あの、帰りますね」
それ以上は聞きたくなくて、重い腰をふらふらと立たせる。
やっぱり婚約者がいるのか。そりゃそうか。あんな大帝国の皇太子様だ。美少女姫君やら令嬢やらがより取り見取りだろう。
本当なら自分のようなしがないパン屋と一緒にいるべき人間じゃない。友達でいる事すら恐縮してしまうと思えた。
「ちょっとあなた!顔色が悪くなっているようですけれど大丈夫なんですの!?」
「大丈夫です……また、配達に来ますね……」
ふらふらと出口に向かおうとするパスカルを貴婦人が心配するが気丈に振舞う。
苦しくて泣きそうになる表情を覆い隠して、なんとか家に帰るまでの辛抱だと重い足取りを動かす。
メルが自分に気があるんじゃないかって勝手に期待して滑稽だった。
ちゃんと彼には婚約者がいるじゃないか。自分とはただの友達として仲良くしてくれているだけなのに、特別に想ってくれていると勘違いして……ホント勘違いの勘助だ。
そもそも、今思えば前世の時から冴えない平凡地味だったのに、皇太子と友達になれたのが奇跡だ。
自分はヒロインじゃないし、特別な能力を持っているわけでもない。でも運だけはよかったのだろうか。それでも身の程知らずにもほどがある。
こんなレアオメガという爆弾を抱えている上に、平凡地味と仲良くしてくれただけでもありがたいと思わないと。
口元は笑えているのにぶわりと目頭はぼやけていく。
悲しさがどんどん膨らんでくると、視界がぐにゃりと歪んで体も重くなっていく。
あれ、力が入らない。動けない。
「パスカル!おいパスカル!!」
トムの声が聞こえるがよく見えない。
家に着いた途端、力尽きたように店先で倒れてしまっていた。
「大丈夫ですかパスカル君」
次に目を覚ました時には、視界には自室の天井と主治医のエミリーの顔が目に入った。
「あなたが倒れたと聞いてすっ飛んできました。血圧や脈拍は正常に戻りましたが気分はどうですか?」
「まだ……少しだるい、かな。でも、倒れる前より全然楽です……」
自分の腕には点滴が刺さっている。先生がわざわざ病院から持ってきてくれたようだ。
「よかった。ちゃんと薬が効き始めていますね。レアオメガの中では抑制剤だけじゃなくてすべての薬が効かない人もいるのよ」
「そう、なんですね……ごほっごほっ」
かろうじて薬が効く体質のようでよかった。急に出始めた謎の咳のせいで喉が痛いが。
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