第25話メルの正体
「いらっしゃいませー」
一日目のサミット日を迎えて店を開けると、いつもより三割増しのお客がどっと入ってきた。
毎日やってくるホームレスのおじさん軍団はもちろんの事、近所に住んでいる常連や、遠方に住んでいるであろう見ない顔もお客として見かけた。
これもサミットのおこぼれにあやかるという事だろう。売り上げは歴代最高レベルに到達しそうだ。
あまりの忙しさに目が回りそうだが、少し前の客が少なかった頃よりは断然いい。
ふうっと息を吐き、汗をぬぐう。次から次へと商品を並べてもすぐに減っていく。
「今日はやっぱりいつもよりお客さんが多いなぁ。こりゃあまた追加でたくさん焼かないと」
追加のパンの生地をひたすらこねる父と、忙しそうに接客をする母。自分はオーブンにパンを入れたり、焼けたパンを次々と運んで店先のトレーに並べていく。どんどん客が来るので終わりが見えない。
「大通りでは記念イベントでたくさんの人がごった返しているらしいからね。ここの通りもいつもの数倍は人がいる。サミットってだけで大した影響力だわ」
「おかげで売り上げが楽しみだよ。パスカル、このパンセットをいつもの貴婦人宅へ届けてくれるかい?」
「うん、わかったよ。でも俺が抜けても大丈夫?忙しいでしょ」
「大丈夫よ。今の分がほとんどなくなったら午前中は店じまいをして昼から再開しようと思うから」
メロンパン好きのあの貴婦人は、メロンパンどころか他のパンにもハマってしまったらしく、一週間に一度は料金割増しで貴婦人宅へ宅配する事になっている。特に国際サミットで数日は町中が忙しいため、いつもの大通りは大手を振って歩けないほど四方八方に人が密集している。
サミット開催記念として大通りの噴水広場や、王城前では記念イベントが開催されており、屋台もたくさん並んでいる。
こんな大規模な国際イベントを催すのだ。ヴァユ国の連中も国の威信をかけて臨んでいる事だろう。国際イベントはそれだけ全世界が注目しているので警備はいつも以上に厳重だった。
こんな人通りの中で誰かがオメガのヒートなんて起こしちゃったら最悪だろうな……。
そうならないよう至る所で王都の憲兵達や医療関係者を見かけたり、緊急時の避難所のような場所が設けられている。特に記念イベントの参加者達は抑制剤を飲んだ者しか行事に参加できない手筈にもなっている。ヴァユ国の王国騎士団はそれなりに優秀だと聞いているので抜かりはないようだ。
「アカシャの皇太子様、初めて見たけど超かっこよかったぁ!」
「ねー!私も初めて見たぁ。どの首脳陣の誰よりもオーラがあったし、威厳があるって感じだったわ」
「たしか皇帝が腰痛で来れない代わりに摂政と公務を行っているんでしょ?立派でその上超美形だなんてアカシャがうらやましー!」
「それにアカシャって大帝国だもんね。皇太子でありながら他国の国王や王太子などが頭が上がらない程の権威を持つんでしょ?さっき、この国の王太子レナード様がアカシャの皇太子様に跪いてたわ。同じ年齢同士だけど、国の大きさによって偉大さがやっぱ違うもんなのね」
道歩く女子達が興奮した様子で語っている。先ほど、王城のコロシアムで首脳陣達が記念会見を行っていたらしく、そのアカシャの皇太子を間近で見たのだろう。よほどのイケメンだったのか頬を染めて鼻息荒くしていた。
アカシャの皇太子様かぁ。
父親がアカシャ出身らしいので少し気になった。
まあ、そんな雲の上の人物を知ってどうなるのかという話だが、ゲーム攻略キャラより偉くて次期大帝国の皇帝陛下という権威持ちという所に引っかかった。
「いつもありがとう。あなたのパンの虜になっちゃってもうやめられないんですの」
「そこまで好きになってくださりありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、いつも買ってくれる貴婦人にお礼を言う。
わざわざ来たついでにお茶でもしていかないかと誘われたので、お言葉に甘えて広い庭のオープンテラスでお茶菓子を頂いた。自分の家のパンよりこのケーキの方が美味いのではないかと思ったが、メロンパンの美味しさに比べたら大したことがありませんわ!との事。それは大変光栄な事である。
「ほんと、こんな美味しいパンとめぐり合わせてくれて、あの子があなたのパン屋を紹介してくださったおかげですわ」
「メルの事ですか?」
「ええ。メルキオール様。彼の継母とは親戚なのよ」
「親戚……めるき、おーる……?」
どこかで聞いたことがある。どこだっただろう。
「あら、知らなかったの。帝国アカシャの次期皇帝陛下であり、皇位継承権第一位。メルキオール・マティーニ・フォン・アカシャ皇太子殿下ですわよ」
「――っ!」
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