第7話 しめい




 うるむ瞳で、トェルはアライアを見あげる。


「あーりゃ、あーと」


「おう」


 わしゃわしゃ掻きまぜられた髪がくしゃくしゃになって、くすぐったく笑ったら、伸びた腕に抱き寄せられた。


「……アライアとも、ちゅうして仲良くなるなんて、おもしろくない」


 ふくらんだリィフェルの頬に、陽の瞳がまるくなる。


「うひゃあ! リィフェルもそんな顔するんだなあ」


 笑うアライアに、リィフェルは首をかしげる。


「どんな顔をしている?」


「大すきな玩具をとられて、すねる子どもの顔だな」


 唇の端をあげるアライアにリィフェルの頬が、ますますふくれた。

 声をたててアライアが笑う。


「まだ三五六歳でお子さまだし、家事なんて何にもできないし、意外にぽんこつなんだ、リィフェルは」


 月の眉がしかめられ、アライアは楽し気に喉を鳴らした。


「だからトェルはおっきくなったら、リィフェルをたすけてやってくれ」


 トェルは息をのむ。


 ──おとうさんを、たすける。


 トェルの命を懸けて成し遂げる、使命だ。



「あい!」


 熱い頬で笑ったら、すねたままらしいリィフェルの月のまなじりがきゅっとあがる。


「たすけてくれるのはうれしいが、他の男とちゅうするのはだめだから」


 トェルは首をかしげる。


「だめ! わかった?」


 大きなリィフェルの声にびっくりしたトェルはちいさく跳びあがって、こくんとうなずいた。


「あーあー、怖がってんじゃねえか。今のは祝福だぞ」


「ちゅうだ!」


 眉を吊りあげるリィフェルの周りで、月の力がパチパチしてる。

 喉を鳴らしたアライアが、リィフェルとトェルの髪を掻きまぜた。


「親子なんだ、けんかしても仲直りしろよ」


 屈んだアライアは、トェルの目をのぞきこむ。



「俺に、お前を、殺させるな」


 低い声に、ふるえた。



 冷たい川に落ちてしぬのだと思ったときは、ただ苦しかった。はやく楽になりたくて、それを叶えてくれるのが死なら、すてきなものにさえ思えた。


 消えゆく命を、リィフェルが救ってくれた。

 名をつけてくれ、おとうさんになってくれた。

 あたたかな腕に抱きしめられて、ふわふわのくちびるでちゅうしてもらったら、もっと、おとうさんの傍にいたくて。


 もっと、抱きしめたくて。


 もっと、ちゅうしたくて。


 もっと、もっと、果てなく広がりゆく願いに、生きたいと、祈ってしまう。


 だからこそ死が、胸に迫る。



 殺されたくない。

 ずっと、ずっとリィフェルの傍にいて、おとうさんをたすけたい。


 でも、だめだったら。悪魔になってしまったら。アライアが殺してくれる。



「……あーりゃ、あーと」


 ふるえる唇で、ささやいたら、陽の瞳が歪んだ。


「そこまで理解するなんて……お前は、ほんとに──」


 悪魔だ。言われなかった。

 それはきっとアライアのやさしさだ。


 しかめた眉で、トェルの髪をかきまぜた。

 あたたかな指だった。


 微笑んだトェルの頭から、のびたリィフェルの手がアライアの指を払う。



「なでなでも、だめ」


 月のひかりをパチパチさせるリィフェルのふくれた頬に、目をまるくしたアライアの笑い声が響いてく。




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