第6話 祝福
トェルをつつんでくれる、おとうさんの腕があたたかで、涙がにじむ。
「リィフェル!」
アライアの叫びに振りかえったリィフェルは、高い鼻を掲げた。
「私は、魔族より強い」
「……お、おお」
戸惑いながらも苦々しくうなずくアライアを背に、リィフェルはトェルの頭をなでてくれた。
「万一、我が子が暴走するときは、私が止める。それが父の役目だろう」
アライアの陽の瞳が歪む。
「……リィフェル」
「きみが言ってくれた。親になる覚悟。
トェルを生かすと決めた。どんなことがあろうとも。
覚悟はもう、できている」
トェルは首を振った。何度も振った。
「おとーた、らめ」
月の瞳で、リィフェルが微笑む。
「私はきみの、父だ」
笑ってくれるから。
抱きしめてくれるから。
生まれてすぐ捨てられたトェルの、おとうさんになってくれたから。
だからこそリィフェルを非難にさらすだなんて、絶対にしてはいけないのに。
「らめ、おとーた」
つながる指を離そうとするのに。
「トェルがひとりで生きられるようになるまで、私が守る」
トェルは、首を振る。
「らめ」
考えるように月の瞳がくるりと回る。
「傍にいて」
ふるふる首を振る。
「らめ」
おとうさんを傷つけることになるから。絶対、だめ。
巌のように硬い決意で、トェルはちっちゃな手をのばす。
「あけ、て」
リィフェルの腕が、のびる。
清冽なのに、その奥底にひそむ香りに、頭の芯があまくしびれた。
ながい指が、くちびるに、ふれる。
「ちゅうして、あげる」
扉をたたく手が、止まる。
見あげたリィフェルを、月のひかりがとりまいた。
「おいで、トェル」
腕を広げてくれる。
傍にいるなんて、おとうさんを傷つけるなんて、絶対だめ。
だめだって、わかっているのに。
「……おとーた」
見あげる瞳が、うるんでく。
「トェル」
あなたがつけてくれた名を、呼んでくれる。
透きとおる月の瞳で微笑んで、腕を広げて、抱きつくのを待っていてくれる。
「ちゅう、してあげる」
とろけるような誘惑に、あらがうことなんて、できない。
「……らめ、なの、に……」
うつむくトェルのくちびるに、リィフェルのくちびるが、ふれる。
ちゅ
ほんのかすかにふれるぬくもりが、指先までしびれてしまうほど、あまい。
「……おとーた」
ぼやけゆく目から、雫があふれる。
のばす腕が、ふるえてる。
涙をさらうように、リィフェルが抱きしめてくれる。
きらきら月のひかりを振りまいて、笑ってくれる。
「親子だから。一緒にいよう」
おおきなてのひらで、頭をなでてくれた。
「……らめ、なの、に……」
「だめじゃない」
あたたかな腕で、抱きしめてくれる。
「ちゅうしてあげるから」
月の髪が流れる。
ちゅ
やわらかなくちびるが、おでこに降る。
燃える頬で、トェルは広い胸に抱きついた。
「……もはや、どこから突っこんだらいいのかわからない」
茫然としていたアライアは、乱暴に陽の髪を掻き混ぜた。
「……お前は魔族だろう。残忍で暴虐と陰惨を愛すると言われてる。そんな気するか」
陽の瞳にのぞきこまれたトェルは首を振る。
「精霊たちを害さないと誓うか」
うなずいた。
「リィフェルを大切にするか」
まだうるむ瞳でアライアを見あげたトェルは、ちいさな手を挙げる。
「あい!」
「く──!」
胸を押さえたアライアは、咳払いした。
「何かちょっとでもおかしいことがあったり、残酷なことが楽しそうに思えるときは、必ず言え。隠すんじゃない。わかったな」
「あい」
アライアが手をのばす。
はたかれる?
首をすくめたトェルの頭を、大きなてのひらが掻きまぜた。
「……魔族であることは、トェルのせいじゃない。解っていても俺は酷いことを言うし、するだろう。それほど残虐な輩なんだ」
あたたかな指が、真っ暗な髪をすいた。
「魔族であってもリィフェルに育てられたなら、やさしい子になれるといいな」
微笑みが、おでこにふれる。
ちゅ
「陽の祝福を、トェルに」
ちらちら輝く陽のひかりが、トェルの身体をとりまくように舞いあがる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます