第8話 かわいー?
「リィフェルが魔族の子を育てるなんて!」
夕焼けに染まるリィフェルの庵にやってきたノォナがぶうぶう言いながら、拭布の両脇を腕が出るように縫いあわせ、頭の入る部分に穴を開けてくれる。
くるくる身体に布を巻くだけだったトェルに、立派な服を作ってくれた。
「ほら、かぶって。両手あげる」
「あい」
両手をあげるトェルに、ノォナは緑の眉をひそめる。
「ほんとに僕の話す言葉の意味が解ってるの? 生まれたばっかりだよね」
「トェルは、とても優秀なんだ」
ふふんと胸を張るリィフェルの鼻が高い。
「魔族ってことでしょ。あーやだやだ! ほら、服だよ!」
いつもお風呂あがりにリィフェルが身体を拭いてくれる、ふわふわの生地がきもちいい。
「服がつくれるなんて、ノォナ、すごいな」
リィフェルの月の瞳が、まるくなってる。
「でしょ? 伴侶にしたくなった?」
緑のひかりを閃かせたノォナが、上目遣いだ。
「ならない」
両断されたノォナの目が緑のひかりで、うるうるしてる。
「リィフェルを傷つけたら許さないからな!」
ノォナに指を突きつけられたトェルは、うなずいた。
「のー、あーと」
緑の瞳が瞬いた。
「のーって、僕のこと? あーとって、ありがとう?」
こくんとうなずいたトェルは、ふわふわの手ざわりの立派な服を、ぽふぽふする。
「あーと」
「……っ!」
きらきらしたノォナが叫ぶ。
「なにこれ! 生まれたばっかりなのに、しゃべれて、立てて、こんなにかわいーなんて、悪魔で間違いない!」
リィフェルが、こっくりうなずいた。
「アライアもそう言ってた」
「かわいーとは言ってねえぞ!」
庵の扉を音をたてて開け放ったアライアが、ぶすくれた。
「思ってるくせに」
高い鼻を鳴らすリィフェルに、アライアが、もごもごしてる。
ぽふぽふ、気をとりなおすようにトェルの頭をなでたアライアが、凛々しい顔をひきしめた。
「一応母上に話を通しておいた。間違いなく魔族の子だろうがリィフェルが責任とる、俺もノォナも止めるって」
「巻きこまれてる!」
口を開けるノォナのおでこを、アライアの指がつつく。
「うれしいくせに」
「く──! リ、リィフェルの役に立てるなら、い、いい、け、ど……」
もごもごしたノォナが、緑のきらめきをまといながらリィフェルを見あげる。
「伴侶にしたくなった?」
残念そうにリィフェルは首を振った。
「ならない」
「ひー!」
隣で爆笑するアライアの脇腹に、ノォナのひじが炸裂した。
「ぐは!」
折れ曲がるアライアの頭を、ぽんぽんしたリィフェルがちいさな顔をのぞきこむ。
「陽のきみは何と?」
「聞いた、と。今のところ積極的に殺す気はないらしい。経過観察だろう」
ほ、と肩の力を抜くリィフェルの頭を、アライアのてのひらが、お返しみたいに、ぽんぽんする。
「リィフェルも母上に報告を。俺らで止められなくなったら、上が出るしかないんだからな」
月の眉をしかめるリィフェルの前で、アライアの胸で陽のひかりがちらちら揺れた。
「それは……」
「ああ、母上が。リィフェルの母上は失敗したんだっけ?」
得意そうにアライアが陽のひかりの珠を掲げる。
石のように見えるが、陽のきみの力を、星々が陽をめぐる百巡もかけて毎日注いで凝集させたものだ。あらゆる災いから身を護ってくれるという。
精霊にとって、何よりも大切な、親子の絆さえ表す珠だ。
百巡ものあいだ一日でも休むと、守護の力は無効になる。幾度も挑戦してくれたそうだが、リィフェルの母はことごとく失敗したらしい。リィフェルは授けてもらえなかった、憧れの珠だ。
母上たる陽のきみと仲がよいのだろうアライアを、まぶしく見つめるリィフェルに、ノォナは心配そうに唇を開く。
「おかあさまとは、あまり……?」
リィフェルは吐息した。
「……あわない」
「絶対反対されるって解ってるから言いたくないんだろうけど、下手すると精霊界が揺らぐ。
魔族ってのはそういう生き物だ。トェルの意志に関わらずな」
低く落ちたアライアの言葉に、リィフェルは苦々しそうに吐息する。
「……わかった」
「あ、あの、リィフェル、よかったら僕も一緒に行くけど──」
きらきらするノォナが、上目遣いだ。
「いらない」
ふるふる首を振られたノォナの目が、うるうるしてる。
隣でアライアがお腹を抱えて、ぷるぷるしてる。
「あんまりしつこくするときらわれちまうぞ。押してだめなら引いてみろって言うだろ?」
片目をつぶるアライアに、ノォナが叫ぶ。
「引いたら思い出してさえもらえないよ!」
リィフェルは首を振った。
「まだ認知症じゃない」
お腹を抱えたアライアが爆笑してる。
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