第27話「揺り戻し」
【更新】毎日5:30/17:30/21:00/長崎・廃村伝奇×記者サスペンス
朝刊が出て三日目、空はよく晴れたのに、紙面の上だけ曇天だった。晴れた空気は気圧を持ち上げるが、見出しは気圧を下げる。「オカルト助長か」、「記者の暴走」、「“灯り”をあおる報道」。
SNSはもっと軽率で、もっと早口だ。切り抜き動画、指さしサムネ、目線の入っていない声。**「灯りの家=心霊スポット」**のタグが予測変換に出るまで、半日もいらなかった。
相良弓は画面を閉じ、深呼吸をひとつ、ふたつ。三回・ひと呼吸・二回で肺の喉元を整える。拍は野次より強い。野次は拍を知らない。
上園からの電話は短かった。
〈議会の説明会、延期。理由:安全確保〉
文字の「:」の後ろに何がいるのか、弓には分かった。見物、撮影、心霊配信の小突き合い。「戻す工程」の砂を、怪異の砂遊びでかき回される。
〈互助会にも匿名クレーム。搬送ルートを公開しろ/記者に情報出したのか〉と続く。
東條からのメッセージは、もっと短い。
〈“運ぶ者”は表に出ない約束でした〉
約束。家の中の無線と同じ、約束。弓は胸の名刺の裏を指で挟み直し、社へ急いだ。
◇
批判会は午後一時から社会部会議室で。デスクが机を叩くでもなく、椅子を軋ませるでもなく、静かに始めた。
壁のホワイトボードの端には、誰が描いたのか**「灯りの家」の四角と、そこへ向かう三つの矢印**──紙面、SNS、テレビ──が並び、矢先にはそれぞれ違う色で〈神秘〉〈炎上〉〈演出〉と書かれている。
弓は正面の席に座り、ノートを開いて題を置いた。〈“暴く”と“記す”の再定義〉。
「まず前提。我々は怪異を神秘化しない。運用を記述する。秒を守る。それがロードマップだ」
野次馬の耳に聞かせる熱ではなく、設計図の温度で。弓は言葉を工程に積む。
「“暴く”は閉じたものに刃を入れる行為です。血が出る。“記す”は開いた場所に線を引く行為です。道が出来る。我々がやるのは後者。“灯り”の秒と“戻し工程”の秒を一致させ、迷い秒を残す。神秘は行間で生まれます。行間は作らない。工程を書き、刃を面にする」
弓はホワイトボードに四角を二つ描き、左に〈暴く〉右に〈記す〉と書く。左には刃の絵、右には線の絵。
「“暴く”は人を速く動かします。神秘は速い。“記す”は人を遅くします。工程は遅い。遅い正しさに間を与えるのが仕事です」
誰かの溜息が、机の下でほぐれた。
「紙面の言葉を見直します。見出しに怪や謎の単語を置かない。工程語彙で行く。A票、B票、NTP、押印秒、二名立会。写真は顔を写さない。行為だけ。“撮らない写真”を軸にする。キャプションは単位で書く」
デスクは顎をさすり、窓の外を一度見る。「最大山場までは、外連は封印だな」
「はい。外連は山場で負けます。工程は山場を越えます」
「紙面の語を一段落とす。テレビに寄らない。SNSの速度に乗らない。だが、遅くなりすぎても読者が離れる。どうする」
「定時を守ります。5:30/17:30/21:00の呼吸。秒を刻む。問いは明確に置く。答えは工程で示す」
「やれ」
デスクはそう言って、机を指先で二回だけ叩いた。三回・二回ではない。社の拍。
会議が終わると、すぐに編成が動いた。特設ページの見出しから「怪」の字が外れ、代わりに**「秒が戻る」が太字になる。解説図は怖がらせず、遅く読ませる配置に組み替えられた。コメント欄は閉じない。低速にする。一件ずつ読む時間を置くための低速**。
夕方のミーティングで、弓は社内批判会の要旨を近況ノート用に短く再構成し、同時に自治体向けの説明文を上園に送った。「“記す”の定義を言語化しました。議会延期の理由を工程に戻す文言です」
◇
上園からの返信は夜になって届いた。
〈説明会は延期のまま。代替の“公開監査ログ”で当面対応。——あなたの“遅い正しさ”を借ります〉
文末の句点が一つ、濃かった。
同時に、東條からは一本の電話が入る。
「搬送の電話が止まらない。匿名のクレーム。『心霊を運ぶのか』『灯りに道具を貸したのか』——違う。俺らは運ぶ。形と情報を。影で。表に出ない約束だった」
声は低いが、息の端が震えている。
「東條さん、表に出ない約束の内側に**“公開”の窓を開けましょう。あなたが出ないまま**、工程だけ出す。A票の押印秒とルートの抽象地図。具体は伏せる。監査へ渡すだけ」
「……分かりました。“表に出ない公開”。変な言葉だけど、やる」
通話が切れると、すぐに互助会のロゴの入った小さなトラックが、アトリエの前を三回・二回の拍でゆっくり通り過ぎていった。運ぶ者は走らない。拍で行く。
夜も更け、灯りの家へ向かう。
風は柔らかく、海の音は三回・二回。広場の砂は薄い波紋で、脚の指が秒の点を刻む。扉の前で合図を踏み、ノブを回す。橙の光の下、机の上に一枚の紙。
見出しの紙だ。
〈“神秘なしの儀式”〉
その端に、小さな〈了解〉の筆致。
弓は目を細めた。海野の甥の手。確信するのに秒はいらなかった。筆圧の迷いが、あの夜の母音と同じだ。
紙の裏には、三行。
〈供す者は“呼ばない”を守る〉
〈記す者は工程を公開する〉
〈運ぶ者は影で秒を押す〉
役割が線で分けられ、矢印で接続され、/が一つだけ背骨のように引かれている。弓はその/を指でなぞり、斎/齋の夜を思い出して息を吐いた。神秘は不要だ。呼吸は要る。拍で揃える。
机の端、砂時計は横倒しのまま。粒は動かない。止まった秒は悪ではない。揺れるときに基準が欲しくなるから、止めた秒を見に来る。揺り戻しは速い。揺り戻しに基準を当てるのが今日の仕事だ。
◇
翌朝、弓は**“揺り戻し対策”の紙面案を立てた。リードは短く。
〈制度改革の報道と同時に、速度の異なる反応が来ています。神秘に寄せず、工程で示します〉
一段目は可視化**。SNSで切り出された文言の出典を示す。文脈の工程を図で戻す。
二段目は東條の匿名証言。“運ぶ者”は表に出ないまま、押印秒と抽象ルートの図だけを置く。顔はない。行為だけ。
三段目は上園の公開監査ログ。二名立会/二系統記録のスクリーンショットから数字を抜かず、位置を隠す。可視化と秘匿の線を引く図を添える。
四段目は解説。〈“暴く”と“記す”の再定義〉の要点を箇条でなく短文で積む。遅い正しさの作法。読む人の速度に合わせず、読む人の呼吸を誘導する。
写真は篠目の**“撮らない”を中核に。
——粉。
——押印秒の紙縁**。
——波形の谷。
どれも顔がない。行為の列。「神秘なしの儀式」という見出しに顔はいらない。儀式は役割と秒で成る。
キャプションは単位で置く。〈粒径〉〈押圧〉〈ドリフト〉。怖がらせない。遅く読ませる。
夕刻。社の受付に段ボールが届いた。差出人なし。開けると透明ケースが五つ。中に糸巻きが入っている。
送りと戻し。
送り側の巻きは太く、戻し側は細い。巻きの周囲に小さなラベルが貼られている。秒の刻印がみっつ、二つ。
封の底に、互助会の備品の発注伝票のコピー。東條だ。顔を出さないまま、工程を出してきた。
弓は戻しの細い巻きを指で引き、引っかかりの位置に点を打つ。点は迷い秒。迷い秒を公開する。恥ではない。工程だ。
放送局から出演依頼が来た。ワイド枠。「現場記者、生出演で語る“灯り”」。
弓は即答で断った。出演ではなく、資料を送る。工程図、押印秒、公開監査ログ、撮らない写真のレイアウト。
断りのメールの最後に一行。
〈神秘はありません。あるのは役割と秒です〉
返信はなかった。速い部屋は遅い文を読まない。それでいい。
◇
夜、灯りの家。
机の上にもう一枚の紙。見出しの下に小さな注意書き。
〈“了解”の筆跡について、問い合わせ(匿名)がありました。誰の字か、と。——“字”は役割ではありません。〉
海野の甥の手は出ない。筆跡は役割ではない。役割は工程で見せる。弓は紙をそっと折り、名刺入れの裏の薄いポケットに差し込んだ。裏の裏。
黒板の下端、かつての**〈名はどこへ行くのか〉の横に、弓は白墨で一行だけ足す。
〈揺り戻し=速度の事故。基準=拍と秒。〉
三回・ひと呼吸・二回で、白が粉になる。粉は呼気**。呼気は戻す夜の温度。
外で波が三回・二回。弓は砂時計を持ち上げた。倒したままでいい。止めた秒が基準になる夜がある。
送稿前、弓は近況ノートに短く書く。
〈“揺り戻し”が来ています。神秘なしで書きます。暴くのではなく、記します。工程で。役割で。秒で。〉
21:30。送信。画面が白に戻る。デスクから短い文。「最大山場までは外連封印、了解」。
弓は頷き、黒板の**/に指を滑らせた。斎/齋。供/記/運。左/右。/は刃でなく橋**。橋は揺れても落ちない。揺らすのは風だ。渡るのは人だ。
【更新】毎日5:30/17:30/21:00/長崎・廃村伝奇×記者サスペンス
※読了ありがとうございます。今回は**『揺り戻し』。神秘に引っぱられる速度へ、工程と秒で対抗しました。“暴く”と“記す”の差を紙面に引き直し、「神秘なしの儀式」という見出しを灯りの家に置いています。つづきが気になったら、フォロー/☆評価/応援ハート/レビューで応援を。あなたの一押しが、相良弓の定時とこの物語の秒**に、次の拍を刻ませてくれます。
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