第7話 二人きりのひと時

 千葉蒼真ちば/そうまは、古本屋の本棚に囲まれた通路に立ち、隣にいる大橋紅葉おおはし/くれはの声にそっと耳を傾けていた。


 蒼真の周りには、色とりどりの表紙が目を引く少女漫画が本棚に置かれている。

 店内は、古い紙の香りがふんわり漂い、どこか懐かしい空気に包まれていた。


「ねえ、蒼真くん、この手の漫画ってどう思う? 私的には、こういう物語もありかなって思うんだけど」


 紅葉は今、手に持っている漫画のページをめくりながら尋ねる。彼女の瞳は、好奇心でキラキラと輝き、まるで物語の世界に飛び込む準備ができているようだった。

 蒼真は少し首を傾げつつも、口元に柔らかな笑みを浮かべた。


「うん、面白いんじゃないかな? 普段読まないタイプの内容だけど、なんか新鮮な感じがするし」


 蒼真の声は穏やかだった。

 少女漫画は蒼真にとって未知の領域だったが、紅葉がページをめくるたびに新しい世界が開けるような感覚があった。


 紅葉の熱量に引っ張られるように、蒼真も少しずつその魅力に引き込まれていた。   

 彼女は漫画を手に持ったまま、ニヤリと笑ってさらに畳みかけてきたのだ。


「ふーん、じゃあさ、この漫画のキャラで誰が好み? 絶対何かタイプあるでしょ!」


 その質問に、蒼真は一瞬言葉に詰まった。


「え、うーん……」


 蒼真は少し考え込み、紅葉が広げた漫画のページに再び目を落とす。

 そこには個性豊かなキャラクターたちが描かれていて、どの子も魅力的で選ぶのは難しかった。

 それでも、紅葉のキラキラした視線に背中を押され、蒼真は少し照れながら答えた。


「まあ、強いて言うなら……この子かな」


 蒼真が指差したのは、ツインテールが揺れる妹系の女の子。

 物語の主役キャラではないが、主役の友人キャラであり、元気いっぱいで、どこか無邪気な笑顔が印象的なキャラクターだった。


「へえ! この子⁉ 意外~!」


 紅葉の声が弾むように響く。彼女は目を丸くして、楽しそうに笑った。


「蒼真くんって、こういう活発なタイプが好きなんだ? なんかイメージと違うかも!」

「いや、なんとなくね。すぐに選べって言われても。でも、この中だったら、その子って感じかな」


 蒼真は照れ隠しに頭をかき、苦笑いを浮かべた。すると、紅葉の目がさらに輝き、悪戯っぽい笑みが広がった。


「じゃあさ、明日から私がこのキャラみたいな感じで学校に来たらどう? ツインテールで」

「え、大橋さんが⁉」


 蒼真は思わず声を上げ、驚きで目を見開いた。彼女の突飛な提案に、心臓が少し速く鼓動を刻む。


「そう! 絶対楽しいよ! 蒼真にとっても、なんか新しい刺激になるんじゃないかな? ほら、その方が恋愛の練習にもなるかもだし」


 紅葉は目をキラキラさせながら、漫画をパラパラめくり、次のページに自分を重ね合わせるようにアイデアを膨らませていた。


「そ、そんなもんかな……?」


 蒼真は動揺を隠しきれず、彼女の勢いに圧倒されていた。

 紅葉の突拍子もない提案に、頭の中が少し混乱していたが、どこか楽しそうな雰囲気に引き込まれてもいた。


「よし、決めた! このキャラを参考にするために、この本を買っちゃおう!」


 紅葉は弾んだ声でそう言うと、漫画を手にレジへ向かおうと軽快な足取りで歩き出した。

 だが、ふと振り返り、蒼真にニッコリと笑いかけた。その笑顔は少女漫画のヒロインのような無垢な輝きを放っていた。


「蒼真くんはそこで何か面白い本でも探しててよ。私、会計を終わらせたら、すぐに戻ってくるから!」


 紅葉の行動力と、どこか無防備な魅力に、蒼真の心は一瞬高鳴った。


 古本屋の柔らかな光の中で、紅葉の笑顔は物語のワンシーンのように鮮やかに映った。彼女がレジへと消えていく後ろ姿を見ながら、蒼真はふと自分の胸が少しドキドキしていることに気づいた。

 少女漫画のような甘酸っぱい物語が、今この瞬間から始まる予感がした。

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