第50話 再開、父よ……
「お久しぶりです、父さん」
扉の先には、初老の男がいた。
ネクタイをキッチリ絞めたスーツ姿に、白髪交じりの大胆なオールバック。顔には幾つもの皺が刻まれていて、眼光は鋭い。恐らく、第一印象は堅い人間と、人々は口を揃えて言うだろう。
「邪魔する」
親父はボソリと呟き、革靴を脱ぐ。
俺は後ろを確認しつつ、リビングへ移動する。
「佐竹はどうしたんですか?」
「置いてきた、水入らずだ」
水入らず。その言葉がかなり引っ掛かる。
そんな気は無いクセに。
「では、ここまで一人で?」
「意外か?」
「い、いいえ」
言われてみたら別に違和感は無い。親父にだってプライベートはある。しかし、あの親父がわざわざこんなところに一人で来るなんて、正直イメージに無かった。
だが、これは朗報かもしれない。個人的な用事である可能性も出てきた。
俺たちは互いに正座をしえ、テーブルを挟んで向かい合う。卓上には盆、その上に急須と二つの湯呑がある。俺は緑茶を注ぎ、それを親父と俺の前に置く。急なことだったので、茶菓子は用意できなかった。
「悪いな」
「いいえ」
悪いと思うなら来るなよ、と内心で毒づく。
「浩二は?」
「すみません、ちょっと外せない用事があるみたいで」
「そうか」
沈黙が流れる。
親父はコミュ障では無いが、この様に会話と会話にかなり間を入れることが良くある。
「現状は?」
「特に問題はありません」
「そうか?」
「……はい」
「なら、良い」
やっと口を開いたかと思ったら、特に話も広がらず終わる。いや、問題はそこでは無い。
わざわざ疑問符を入れたりと、親父にしてはしつこい。まさか、勘繰っているのか?
親父は洗練された所作で湯呑を口元まで運ぶ。
「それで、何で父さんがここに?」
「気まぐれ、と言ったらお前は信じるか?」
信じるか?
俺を弄んでいるのか?
それは違う。親父が無駄な質問をするとは思えない。こんな言い方をするということは、何か他に目的があるのか?
「気まぐれ、ですか?」
「嘘だ、目的はある」
クソが。
内心舌打ちをしつつ、表情を取り繕う。
「そ、それは?」
…………
答えが返ってこない。
十秒、二十秒、三十秒。
一向に親父は喋らない。
意図的なものなのか?
喉が渇く。
「まだ、気づかないのか?」
「はい?」
親父は俺を見つめて言った。
「ハメられたのだ、お前は」
「な、何を?」
クソ、結論だけ言われても分かるわけ無いだろ。
でも、何か、不味いやらかしをしてしまった様な気にさせられる。これが、この男の圧力。
「人を信じぬ者を人は信じない」
「つまり、どういう、ことなのですか?」
冷や汗が額に滲む。
やっぱり、引き返した方が……
「浩二は、端からあの小娘側の人間だ」
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