第四章「破滅の帝国編」第2話「伏魔殿」
『魔王がここにいる』
フリンとサンボラは、耳を疑った。
たった今、エズィールが口走ったその名は、今までの長旅の苦労を水の泡にしかねない程の衝撃であった。
「そ、そんな…」
「エ、エズィール…今、『魔王』って、そう言ったのか?…ま、まさか、この城の中に?」
サンボラの声は、ワナワナと震えている。
ー魔王が復活したその日、サンボラはクァン・トゥー王国クローサー城壁付近にて、エズィール率いるペガサス騎馬隊と衝突していたのである。
エズィールと騎馬隊が退却した後、城内が騒がしくなり、サンボラは城内に戻ろうとした。
しかしその時、城の上階、アングラの寝室付近が大爆発を起こし、城の壁が屋根ごと吹き飛んでしまったのである。吹き飛んだ壁の中から、真っ黒い煙と共に、あの魔王が姿を現した。
魔王が黒紫色の両手をばっと広げる仕草をすると、グラグラと大地が揺れ、地面が割れた。
そしてその底から夥(おびただ)しい数の魔物が這い出てきたのである。
サンボラは、何が起きているのか理解出来なかった。そして、アングラの寝室があった崩れた壁の奥からボンジオビとブライが出てきた。サンボラは彼らに駆け寄り、状況を知った。
「とにかく、ここは危険だ!すぐに退却しよう!」
サンボラがボンジオビに肩を貸し、走り出そうとした時、目の前に大きな影が現れた。獅子と山羊の頭、蛇の尾を持つ“キメイラ”である。
「サンボラ!ここは俺に任せろ!ボンジオビ博士を連れて逃げるんだ!」
ブライはサンボラとボンジオビを庇い、キメイラに立ちはだかった。
サンボラは、一目散に走り、城壁を越えたあたりで、ブライの叫び声が耳に入った。助太刀しようと、振り返ったが、ぞっとした。いつの間にかクローサー城の中は魔物で溢れかえっていたのである。この数ではブライはもう助からないであろう。
今はとにかく逃げなければならないのだと、心を鬼にし、何とか馬を見つけ、その場を離れることに成功したのである。
サンボラは、逃げる途中に様々か考えが浮かんだ。
彼は、かつて神聖ナナウィア帝国の魔法使いであった。しかし、自身の魔法使いとしての能力に限界を感じ、武者修行の旅に出たのである。
その時、クァン・トゥー王国のアングラの使う古代魔導帝国の魔法の噂を耳にした。そして、それを目にした瞬間、従来の魔法とはまったく違うアプローチの手法に彼は魅了され、アングラの弟子として仕えるようになった。
アングラはとても勤勉で真面目であった。常に向上心を持ち、エネルギッシュであった。また彼は、城の中の他の大臣たちのように、決して娯楽などに走ることはなく、日夜魔導帝国の研究に勤しんでいたのである。そんな彼のストイックさに、周りの人間たちは、彼を極端に嫌うか、狂信的に気にいるかのどちらかに分かれた。
サンボラは、アングラを信じて真剣に付き従っていた。古代魔導帝国の技術は、世界に大きな衝撃を与え、クァン・トゥー王国こそが、真の平和な世界を築ける人類の希望であると確信していたのである。
そして、彼のようにアングラに付き従うものたちは、常に世の中からの偏見に晒されていた。
新しい技術や思想は、時として旧来のそれとの間に、摩擦を生み出し、無理解の者たちからの攻撃に合うものである。サンボラたちクァン・トゥーの魔導士は、いつしかこの理想を、必ず現実のものにしてやるという野望が芽生えはじめていた。そこには、多少の軋轢も致し方ない。自分たちの理想を築いた時に、我々が正しかったのだと分かれば良いという考えで生きてきたのである。
そして、実際にその効果は目を見張るように現れていった。アマダーンをはじめとする勇者隊は、力を付け、他国を圧倒し始めた。国内にあっては、アングラの勤勉実直な姿が、貴族たちの信頼を勝ち取り、とうとう宰相の地位まで登り詰めたのである。アングラは、自分たち古代魔導帝国の技術に懐疑的な連中を次々と粛清、または追放した。
時に非道に映るが、これもまた人類の真の平和への尊き犠牲であると、自らに言い聞かせたのである。集団の意識というのは、ともすれば世間との隔たりさえも盲目にしてしまうものである。
サンボラら魔導士たちは、既にアングラの思想に完全に支配されていた。
サンボラは、ボンジオビから深淵の魔王の復活の事実を知った時、アングラが掲げていた理想の世界像が、音を立てて崩れていく感覚に襲われたのである。
一体どこで間違っていたのか。そもそも最初から正しい道を歩んでいたのであろうか。
魔王復活の日から彼は、常にその考えに悩まされていた。実際にクァン・トゥーを離れてしまった魔導士たちも何人かいた。
サンボラ自身、ここを離れ、神聖ナナウィア帝国に帰るという考えもよぎった。しかし、それは彼にとっての今までの人生に対する否定のような気がして、踏みとどまったのである。
次第に彼は、自らの過去の過ちを受け入れ、認めるようになっていった。狂信的な考えであった自分を責め、一からやり直そうと模索をし始めた。
しかしながら、確かに古代魔導帝国の技術は素晴らしい。これは揺るぎない事実であるし、クァン・トゥー王国の誇るべき遺産である。要は、これをいかに現代の社会へと実装するかが大事なのである。アングラには、技術革新の陰に隠れていた己の野望があった。行き過ぎた野望は、自己中心的になり、排他的な思想に繋がる。それこそが、戒めなくてはならない点であったのだ。
ボンジオビとは、毎晩のように語り合った。
ボンジオビは、トレント王の計らいで罪を免れたどころか、新たに古代魔導帝国の技術を未来に活かせとの命令を受け、心を入れ替えたのである。
サンボラとボンジオビは、共に古代魔導帝国の技術を研究を再開し、さらに改良を進めた。
そして、再びの魔物襲来の時、それを最大限に活かせるよう、念入りに準備をしていった。
それはまるで、今までの自らの過ちを償うようでもあった。
あの「パンテラの戦い」は、死力を尽くして戦い抜いた。他の魔導士たちもそれは同じであった。
サンボラは、自らの過ちによって復活してしまった魔王の封印を、人生の新たな目標と定めた。
二度と民が苦しむことのない世界を取り戻す為に、彼は再び歩み出したのである。
ーそして今、彼はエズィール、フリンと共に神聖ナナウィア帝国に辿り着いたのである。
サンボラは、この時ばかりはエズィールの予感が外れるように祈った。今この場で魔王に再び出会ってしまえば、到底勝ち目はない。
城内はしんと静まり返っていた。
案内人と彼らの足音だけが、高い天井の広間に響き渡っていた。
神聖ナナウィア帝国の城は、クァン・トゥーやサーバスに比べて、質実剛健で、比較的質素な印象であった。王家の経済状況も決して豊かではなかったが、文化的にもシンプルなものを好む習慣があった。
王の間までは、案内人についてしばらく歩かなくてはいけなかった。奥に進むにつれ、エズィールの感じていた不穏な邪気は次第に解像度が上がっていったのである。
「これは…一体…何だ?」
「何がどうだって?」
エズィールは、眉をしかめながら神経を研ぎ澄まし、何やらぶつぶつと呟いている。サンボラとフリンは、エズィールの様子が気がかりだった。
エズィールはその時、前を行く案内人に声をかけた。
「失礼、この城には最近何かおかしなことがあったかな?…例えば、魔物が入り込んだり…などといったような…」
案内人は50代くらいの小柄の人間種の男性であった。彼は細い目をギロリとエズィールの方に一瞬向けて、再び前を向いて話し出した。
「魔物?…ふん、何を言う。以前この城に来たのは、おたくらの同郷の使者たちだけですよ。それ以降は、ほとんど外国からの使者なんて来やしません」
「同郷…?アントニーたちか!」
フリンは、ハッとした。
案内人の話によると、英雄隊の二人、アントニーとフルシアンは、当初アラヤ王とハンネ妃に謁見し、貿易協定の継続について交渉を始めたそうである。そして一旦交渉は成功したかに見えた。
しかし、その直後ケリー公爵が現れ、協定の内容に難癖をつけ始めた。
そして、一度締結したかに見えた貿易協定は破談となり、暗礁に乗り上げてしまったのである。
英雄隊の二人は、抗議したが取り合ってもらえず、引き返したそうである。
その後の二人の行方は誰も知らないという。
案内人は、王の間の前へ到着した。
「さて、王の間ですぞ。先日の使者の様な高飛車な態度では困るぞ。どうか身分を弁えてお話しくだされ…」
「高飛車な」とは誰のことであろうか?フリンは、おそらく自信家で英雄隊の魔法使い「アントニー」
のことではないかと思った。
そして、案内人は、「クァン・トゥー王国より使者でございます」と言い、ゆっくりと扉を開けた。
重く大きな扉が開いたそこには、玉座に座る幼いアラヤ王、そして右隣に気品のある雰囲気の初老の男性、左の椅子には眉をしかめ、睨みつけるような目をしたケリー公爵が座っていた。部屋の両脇には近衛兵が立っている。
エズィールは、初老の男性をじっと見た。何かを感じ取ったらしいが、すぐに王を見て深くお辞儀をした。
続けてサンボラ、フリンも目線を落とし、お辞儀をした。
「神聖ナナウィア帝国、アラヤ王よ。ご機嫌麗しゅう。我々は、クァン・トゥー王国から来た使者でございます。緊急かつ重大な要件がございまして、殿下にぜひともお伝えしたく参りました」
ケリー公爵は、鼻でふんと息を吐きながら言った。
「何だ?またしてもクァン・トゥー王国の使者か?貿易協定を見直せと申したのだが、まさか、もう見直しは済んだというのか?」
ケリー公爵は足を組んだまま、エズィールたちに向けて高圧的に言い放った。手はテーブルの上に置いて指をコンコンと鳴らしている。明らかに苛立っている様子である。
アラヤ王は無表情で、エズィールたちを見つめている。初老の男性は、ケリー公爵に顔を向けて不気味な笑みを浮かべた。
「ほっほっ…公爵。彼らは先日来た使者とはまた別件で来られた方々でございますよ。どれ、その方ら、その緊急かつ重大な要件とは何であろうか?」
初老の男性は、低い声で冷静に話しかけてきた。身なりは地味だが、長身で白髪混じりの短髪、髭は先でくるんと巻いていて、気品を醸し出している。
サンボラは、胸元からトレント王から預かった書簡をその男性に手渡した。
「ランディよ、そなた眼鏡はどうしたのだ?書簡の文字は小さく、老眼では見えにくいであろう?」
ケリー公爵は、その初老の男性に対して言った。彼はランディ伯爵という。彼はケリー公爵と亡くなったトゥームーヤ皇帝の教育係でもあった。見た目よりもかなり年齢が上のようである。
「これはこれは…ほっほっほ、そうでした」
ランディ伯爵は、胸元から片目用のグラスを取り出し目に当て、書簡をばっと広げ、仰々しく読みあげた。
【神聖なるナナウィア帝国、アラヤ王及び諸侯各位へ
我がクァン・トゥー王国、トレント5世の名において、謹んでこの書簡を捧ぐ。
去る時、古の魔王が深淵より蘇り、その禍々しき力は我が国の心臓たるクローサー城を、サーティマの地と共に壊滅せしめた。
かかる災厄は、ただ我が国に留まらず、貴国を含む近隣諸国に甚大なる危害を及ぼすや必至なり。
今、我が国は貿易都市パンテラを暫定の王都とし、魔王を封ずるための秘策を急ぎ探求す。
火、風、水、土の四元素を司る民の探索、及び伝説に謳われし勇者の発見こそが、この災厄を終息せしめる唯一の希望なり。
されば、我がクァン・トゥー王国は、国の威信をかけてこの使命に全力を尽くす所存。
されど、この大業は我が国のみにて成し得るものにあらず。神聖なるナナウィア帝国アラヤ王、及び諸侯各位の英知と力ある協力なくして、魔王の脅威を退けることは叶わぬ。
ゆえに、貴国が我が国と志を共にし、共にこの闇に立ち向かうことを、衷心より請い願う。
この書簡を受け取られし後、我が国からの使者に、土の神の宮殿の立ち入り調査、及び土の民の末裔捜索の許可を求める。
貴国の決意と支援の形を我が国に示されたし。神々の加護と共にあらんことを。
トレント5世、クァン・トゥー王国の王
パンテラの暫定王宮にて記す】
ランディ伯爵は、片目のグラスを外し、ケリー公爵とアラヤ王に目をやって話し出した。
「なるほど、これは大変な事態でございますな。古の魔王の復活、我が国の土の民の捜索…困りましたなぁ…」
「困る…というのは?」
サンボラは不安そうに尋ねた。
ケリー公爵が、ランディに代わり話し始めた。
ハンネ妃の過去の不貞行為が発覚、幽閉され、ケリー公爵が、実質的な行政を担うことになった。そして、不安定な国政を狙い、国家転覆を図ろうとする勢力を抑えるために、新たに法律が制定された。フリンたちが助けた商人が言っていた通りである。
「そして、まさか土の民の中にも密告があってな…先日、彼らを収監したところなのだ」
エズィールの表情が強張った。
「しゅ、収監だと…?土の民の協力なくしては、魔王を封印することが出来ない!土の民は今どこにいるのか?」
ランディ伯爵は、表情ひとつ変えずに答えた。
「今残っている土の民の末裔は、20人程。北にある収容所に収監されている。まさか、我が国の反乱を助長するというわけではあるまいな?」
その時、フリンが背負っていた袋を前に出した。
「これを持ってきた!こいつが暴れて商人たちが困ってたんだろ?」
アラヤ王の目線がその袋にとまった。
フリンは袋からダークグリフォンの首を取り出した。アラヤ王は、目線をさっと逸らし、口を覆った。ケリー公爵とランディ伯爵は、驚きを隠せない表情であった。
「ま、まさか…そなたらあのダークグリフォンを仕留めたというのか?信じられん!」
確かにこの魔物のせいで、神聖ナナウィア帝国の貿易は大打撃を受けていたそうである。
エズィールは、このダークグリフォンの討伐の見返りとして、土の民との面会を願い出た。
ケリー公爵はその願いを受け入れ、土の民が収監されている北の収容所の入所許可を与えた。
しかも、多額の報奨金も彼らに与えたのである。
フリンたちは、王の間を後にした。辺りはすっかり暗くなり、街角に松明の火が灯されていた。
城門を越え、フリンは硬くなっていた身体をほぐしながら言った。
「ふぁあ…いつになってもどこへいっても、王の前ってのは、慣れないにゃあ…で、エズィール、あの邪気の正体はなんだったんだ?」
エズィールは、フリンたちに語った。
「あの、ランディ伯爵という男…彼から異様なまでの邪気が放たれていたのだと思う。しかし、我々を見た瞬間、嘘のように消えてしまった…あれは尋常ではないものだ。あの男、普通の人間ではないぞ…」
サンボラは、エズィールに言った。
「普通の人間ではないとすると…魔物の類いであろうか?人間のフリをした」
エズィールは、考えを巡らした。
「この国の一連の動き、わしの憶測に過ぎんが、何者かが裏で企んでおるのやもしれんの。しかし、今は緊急事態だからな、あまり深入りはせん方が良いだろう。ともかく、今日はもう遅い、どこか宿を借りて、明日の朝早く北の収容所へ向かうとしよう」
その時である。フードを被った一人の女性がフリンたちに駆け寄ってきた。
「はぁはぁ、クァン・トゥーの使者の方々!どうか!これをお受け取りください」
女性は、息を切らしながらも懐から一通の手紙を取り出し、フリンに無理矢理押し付けるように渡した。そして、すぐに通りの方へ走って行った。
「お、おーい!何だこれー?」
フリンは手紙を持ち女性に呼びかけたが、女性は、既に通りの陰の向こうへ去って行ったのである。
「フリンよ、あの女性は何者なのだ?」
「あたいが知ってるわけねーだろ」
フリンは手紙を開けて読み始めた。すると、「にゃっ!?」と驚いてサンボラとエズィールに見せた。
手紙にはこう書かれていた。
【クァン・トゥー王国の使者様。お願いです。どうか、我が母君、ハンネ妃を助けてください。母君はハメられたんです。ケリーおじさんは、恐ろしい化け物に操られています。土の民も同じです。きっとみんな皆殺しになる。どうかあの化け物、ランディ伯爵の皮を被った化け物をどうか殺してください。
アラヤ王より】
「この、たどたどしい筆跡…アラヤ王の直筆の手紙だというのか!?」
サンボラとエズィールはこの手紙を読み、絶望した。エズィールの予感は的中した。やはり、あのランディ伯爵は魔物であった。しかも、このままだと土の民もすべて殺されてしまうというのである。
「ふう、どうやら一筋縄では行かなくなってしまったのう…」
サンボラは、顎を触りながら考えた。
「土の民の救出に、ランディ伯爵に化けている魔物を殺せと…一体どうすれば…」
エズィールは、サンボラとフリンに提案した。
「こうなれば、土の民の救出も大事だが、幼きアラヤ王も哀れだのう。いずれにせよあの邪気は只者ではない。放っておけば、魔王と結託するやもしれん。いや、むしろ既に繋がっているのかもな…」
フリンは、その時何かを感じ取った。
「待って!何か近付いている!」
フリンは双剣を抜き、構えた。サンボラも杖を取り出し構えた。
エズィールもあたりを見回し神経を研ぎ澄ませた。
「ククク…」
不気味な笑い声と共に、夜空から何かが飛んできた。フリンは空を見上げた。
「コウモリ!?しかも大量に!」
無数のコウモリがどこからともなく飛んできて、フリンたちの周りを囲むように群がってきたのである。
サンボラは、手のひらをあげて詠唱した。
「みんな目を閉じよ!グランアクセプト!」
サンボラの手のひらから紫色の波動が物凄い勢いで放たれた。その瞬間、コウモリたちがばっと散り、離れて行った。
そして、コウモリが次第に一塊にまとまりだし、何やら一つの人影になっていった。
「このコウモリは、幻影の一つだ!今正体を暴く魔法を唱えた!」
不思議な鳴き声が人影から聞こえてきた。
「キシューッ!」
フリンは、双剣を向け目を凝らした。
その人影は、人にしては大きく、大きな耳とギロリと光る目、手足には鋭い爪が生えていた。
「ストリゴイか!」
ストリゴイとは、伝説に出てくる吸血鬼の化け物である。禁忌の魔法を使い、自らを呪いの化け物と化した「生けるストリゴイ」と、その呪いによって死者が蘇り復活した「死せるストリゴイ」がいる。
(「南方の伝説の魔物図鑑」より)
サンボラは、杖を振りかぶり、再び詠唱を始めた。
「ストリゴイはかつて神聖ナナウィア帝国の厄災とも呼ばれた。大繁栄を極めた帝国が、衰退していった原因の一つともされている!私がかつてこの国の魔法使いをしていた時、全滅させたはず!」
エズィールも続けて話した。
「ただのストリゴイではない。こやつ、どうやらあのランディ伯爵の手下だ!似たような邪気を感じるぞ!」
その時、化け物が喋りだした。
「ククク…勘のいいやつ!確かに俺はあのお方に仕える者さ!だが良い、お前らを殺して生き血をすべていただくだけだからな!」
化け物は爪をカチカチと音を立ててフリンたちに近付いて来る。
しかし、その音がどうやら至る所から聞こえて来たのである。
フリンは、耳をくるくると動かしてその音を感じ取った。
「まずいよ!こいつだけじゃない!数匹に囲まれてる!」
フリンの言う通り、通りの陰や屋根の上から同じストリゴイと呼ばれる化け物が現れた。
そして、一斉にフリンたちに襲いかかってきたのである。
「キシューッ!」
まず目の前のストリゴイが、大きな爪をフリンに振りかぶってきた。フリンは、咄嗟に双剣をクロスさせるように、その爪を受け止めた。
そして、すぐさま体制をひらりと交わし、ストリゴイの両足に向けて斬りつけようとした。しかし、寸前でストリゴイも飛び上がり、斬撃を交わしたのである。
「へぇ、なかなか素早いじゃん…」
フリンは、双剣をくるくると回してトントンと軽く飛びながら言った。フリンは、自らの素早さと身の軽さだけは誰にも負けない自信があった。
サンボラは、通りの影から突っ込んできた二匹のストリゴイに紫色の光球を放った。
ボボっという音と共に、光球はストリゴイたちに向けて飛んで行ったが、あっさりと交わされてしまった。紫色の光球は、壁にあたり爆発した。
「チッ!普通のディストーンでは交わされてしまうか!」
サンボラは再び詠唱を始めた。
エズィールは、手から氷の刃を作り出し、屋根の上から飛んでくるストリゴイに向けて放った。
しかし、ストリゴイは空中で交わした。
「なるほど!やはり変身するしかないな!」
エズィールは、ドラゴンへと変身し、ストリゴイに襲いかかった。
エズィールの大きな爪はストリゴイの首に命中した。ギャーという叫び声と共に、ストリゴイは、落ちていった。
エズィールは、サンボラが相手をしている二匹のストリゴイに向けて飛び立ち、氷の息を吐いた。
ストリゴイたちは、凍りついて動きが止まった。
そこへ再びサンボラがディストーンを放ち、彼らを粉々に砕いたのである。
フリンは、先程のストリゴイと壮絶な斬撃を繰り広げている。どうやらこのストリゴイは、リーダー格のようである。
「随分やるじゃないか!あたいのスピードについて来れるなんて!」
キン!という音と共に火花を散らし、ストリゴイは、双剣を弾く。
「キキッ!こっちのセリフだ!貴様確かクァン・トゥーの英雄隊だったな!」
その時、フリンは一瞬の隙をつき、ストリゴイの腕を切り落とした。
ズバッという音と共に、ブシューッと血が吹き出した。ギャーという叫び声をあげ、ストリゴイは、高く飛び上がり、建物の屋根の上に乗った。
「こうなったら!」
リーダー格のストリゴイは、空に向けてカンカンと歯と爪を叩いて大きな音を出した。
すると、さらに多くのストリゴイが現れたのである。
「な、なんてこった!一体何匹いるんだ?」
カチカチと至る所から爪を鳴らしながら、ストリゴイの集団が再びフリンたちに襲いかかってきた。
その時である。ビュオーという大きな音と共に、大きな旋風(つむじかぜ)が起こったのである。それはみるみるうちに大きくなり、フリンたちの目の前に迫って来た。
「な、何だこれは!?」
エズィールは、エルフの姿に戻り、フリンのそばに寄った。
その大きな旋風は、さらに大きくなり、ストリゴイの集団を巻き込んでいった。ストリゴイは、上空にあっという間に飛ばされてしまった。
そして、次第に旋風は小さくなり消えていった。
フリンたちは一体何がどうなっているのか分からなかった。ポカンとしている彼らの後ろから近付いてくる人影があった。
「誰かと思えばお前かフリン。こんなにたくさんの吸血野郎は、俺のような“大魔法使い“でもいなきゃ、対処出来んよなぁ…」
フリンは、聞いたことのある声だと思い、後ろを振り向いた。
「アントニー!お前か!」
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