毎日教室で待っていたら、相合傘で告白することになった

斜陽

本編

「…いないか」


 僕にはずっと片想いしているクラスメイトがいる。それは雨宮サン。


 高嶺の花、というわけでもないが、とにかくフワフワした女の子っぽい喋り方が愛おしいし、僕の目をまっすぐ見て、僕の話をゲラゲラ笑いながら聞いてくれる。愛嬌たっぷりの女の子。

 だからこっちも一緒に居て楽しい。…だから好き。


 好きだから頑張って話しかけて、クラスでもよく喋るような仲になって、でもそこから何も出来ないでいる。意気地なしの男だ。


 雨宮サンは部活にも入ってないのに、なぜか放課後一人で教室に残っていることも多く、僕はそれ狙いで無意味に教室を一回見てから帰ることにしている。


 少し話せるだけでいい。あわよくば一緒に帰りたいが、そんな勇気がある男ではない。


 そして今日も教室を覗いたが、今日はいなかった。


 僕はがっかりして窓の外をぼんやりと眺める。


「…雨かあ。」


 そういえばそんな予報だったっけ。まあ折り畳みあるから何とかなるか。


 …憂鬱な日だな。そう思いながら僕はロッカーまで行き、一人で靴を履き替える。


 その瞬間、背中をツンツンとされた。


「よっ!ゆーきクン!」


 振り返ると、曇っていた僕の顔は一気に晴れることになった。


「雨宮サン!」


 立っていたのは僕は好きな女の子、雨宮サン。

 

 屈託のない笑顔、女の子側にだけ許される、少しあざとい多めのボディタッチは今日も健在だった。


「これから帰るところ?すっごい雨なのに大変だねえ」

「う、うん…どうせ僕、部活も入ってなくてやることないしさ」

「えへへ、私もなんだよねえ……そうだ、結城クン」

「…?」


「傘、入れてよ!」





 とても嬉しいが、奇妙なことが起こっている。


「ごめんねえ傘乞食しちゃって!傘もってくるの忘れちゃってどうしよ~!ってあたふたしてたらちょうどいいところに結城クンがいたから!」


 好きな人と、相合傘をしている。


 僕のすぐ横で雨宮サンのロングヘア―がなびいて、何の香りかは分からないがとにかくいい匂いがする。


 小さな雨宮サンの身長も相まって、僕の鼻の位置と雨宮サンの頭の位置が同じくらいだから、なおさら香りが飛び込んでくる。夢のような時間だ。


「ぜ、全然!そういや雨宮サンも同じ電車通学だったもんね」

「そ!だから私を駅まで連れてって!」

「もちろん。途中でコンビニあるから傘も買っていけるしね」


 思ってもいないことが口から出てしまう。傘なんて買ったらこの幸せな状況が終わってしまうのだから。


「あー傘はいいや!」

「…え?」

「…ほ、ほら、もったいないじゃん!どうせ家に傘あるのにさ、2本目かうの!」


 …そっか。それもそうか。納得と、安堵の気持ちでいっぱいだった。


 そこからは、数分間会話がなかった。ポツポツと雨が傘に当たる音だけが響く。


 本当に好きな人といきなりこんな状況になったら緊張してしまって、言葉が出てこない。本当に情けない男だ。


 でも、いつもしょうもないことで笑いながら話しかけてくる雨宮サンも、今日は物静かだった。


「ねえ、結城クン」

「…?」


 そんな中、雨宮さんが口を開いた。


「結城クンって、好きな人いるの?」


 その言葉を聞いた瞬間、急に僕の時間だけ止まった。


 頭が真っ白になり、心拍数がグン!と上がる。外界の音が一切聞こえなくなり、雨宮サンの声と、心臓の音だけが聞こえる状況になる。


「…あ、いや…その…」

「答えは2つだけね!いるか、いないか」


 いる。それも目の前に。


 でもそれを口にする勇気なんて僕にはないし、そもそもなぜその質問を…


「…いや…えーっと…」


 嘘をつくわけにもいかないし、本当のことを言うわけにもいかない。八方ふさがりだ。

 …そもそもいないなら秒で「いない」と返せばいいのだから、言いよどむ時点で「そういうこと」なのだが


 そしてそんな優柔不断な僕の口から出たのは「はい」でも「いいえ」でもなかった。


「…ックション!」


 大きなくしゃみだった。


「ねー二択って言ったじゃ…結城クンダイジョブ!?」


 僕がくしゃみをしたのも、雨宮サンが僕の心配をしたのも無理がない。


 雨宮サンを濡らすわけにはいかない。でも屋根は小さな折り畳み傘。


 だから僕は、雨宮サンの体だけはすっぽり収まるように傘を差した。自分の体を半分ほど犠牲にして。


「いやこんなのは帰ってシャワー浴びれば大丈夫だからさ。たかが雨だしそんな気にしないで」

「いやいやこれで風邪引いちゃったら私責任とれないよ!!」


 この会話をしている間にも雨は強くなっている。


 …ちょうど目の前にはコンビニが建っていた。


「わたしコンビニで傘買ってくる!これ以上結城クン濡らすわけにいかないし…」


 雨宮サンは傘から外れて、コンビニへ走り出す。


 …そんなことしなくていい。してほしくない。


 僕が濡れるのなんてどうでもいい。それ以上に、この状況が終わってほしくない。


 無意識のうちに僕は走り出す雨宮サンの手を掴んでいた。


 雨宮サンから僕にボディタッチすることは何度もあったが、僕から雨宮サンの体を触ったのはこれが初めてだった。

 そのためか、雨宮サンも何が起こったか分からずフリーズしてしまう。


「…いい!いいんだ。」

「…でも…」

「僕は…僕は……!」



「雨宮サンと一緒の傘で、帰りたいんだ」

「……!!」


 雨宮サンは始めて見る顔をしていた。


「わかった。その代わり…」






 結局、2人とも濡れてしまった。


 雨宮サンが提示してきた交換条件は「もう傘を差さないこと。」


 僕だけ濡れると申しわけないから、一緒に濡れさせてほしい、とのことだった。


 …本当に雨宮サンらしい。そういうところが好きだ。


 僕はずぶ濡れなのに、心がとても晴れやかだった。


 なぜなら、もう隠す必要がなくなったから。


「…ねえ雨宮さん」

「…なーに、結城クン」

「さっきの質問、答えてなかった」


 さっきの質問とは、もちろん「好きな人がいるかいないか」だ。


「ほほう、言ってみなさい」

「いる」


「それも目の前に」


 雨宮さんは驚いたような顔を…していなかった。


「でしょうね」


 …そんな返しあるかい。僕は思わずぷっ、と吹き出してしまった。


「…なんだよ、でしょうね、って」

「だってさ、わたしのこと好きだから、毎日教室で待ってくれてたんでしょ」


 …全部見通されてたのかい。


 …さすがは僕が好きな人だ。


「わたしもさ、同じ気持ちだったから」


 また頭が真っ白になる。先ほどの比ではないぐらい心拍数が上がるが、その状況を正確に把握する時間もないまま、次の矢が放たれる。


「結城くんのからだ、あったかいんだね」


 気づけば僕と雨宮さんは抱き合っていた。雨の中なのに、とても体温が温かかった。

 

 もう流れに身を任せて、僕は言う。言うしかない。


「…改めて、雨宮さんのことが好きです。だから、僕と付き合ってください」


「…断るわけないでしょ~?」

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