第4話 苦しみ

(え、彼女と行くんじゃなかったのかな…)


僕は驚いた。まさかもう一度誘ってもらえるなんて思ってなかった。そのメッセージを見た瞬間、嬉しいという気持ちととどこか安堵している自分がいた。

今までの暗かった心は一瞬で光が差し込んできたように明るくなった。

(…明日、水瀬はどんな服で来るのかな。)


この時、火谷は大事なことを忘れていることに気が付かずに寝てしまった。


水瀬side__


“勇気が出ない”

たった一つのその弱い自分のせいで今の好きな人との関係が有耶無耶うやむやになってしまう。

そして、もういなくなってしまった俺が傷つけてしまった奴への罪償いという言い訳で、そいつの兄のこともきっと苦しめてる。


(どうしたらいいのかわからない、誰に助けを求めたらいいのかもわからない。)


俺はいつまでこの暗い道を歩まなければいけないのだろうか。もしかしたら死ぬまで一生

、いや死んでからもずっとこの道は続いていくのだろうか。ならば、今ある苦しさからだけでも逃れたらいいのに。


どうしたらいいかわからなくなった俺は、

外へ出て暑苦しくて湿った夜道を1人フラフラと歩いた。


もし、あの時俺がもっと違う言葉をあげれていたらこんなことにはなってなかったのだろうか。もし、俺があいつと仲良くならなければ…出会わなければあいつはまだ楽しく生きていたのだろうか。

考えだせば止まらなくなってしまう。タラレバなんて言ってたところで現実の世界は何にも変わりやしない。そんなことくらい分かっているが、今の俺にはこのグルグルと回り続ける思考回路を止める術などなかった。


気がつけば、地元の山の展望台のところに来ていた。空を見上げるとらこんなに暑苦しい気温とは対照的に空にはキラキラと星が輝いていた。

あぁ、あんな綺麗なところに行けば全てを忘れられるんじゃないだろうか。このドロドロした全てを捨てられるのではないだろうか。


「おい、何してるの。」

綺麗な世界から一気に現実に引き戻すことのできる力をもつ声が背後からした。俺は勢いよくバっと後ろを向くとやはりそこにいるのは、


「り、ん…」

「さっき俺の家の前通った時に声かけたのに無視してずっと下向いて通り過ぎてったよな。気になったからお前について来たけど…もう一回聞く、お前こんなとこで何してたの。」


俺が考えていたことは全て読まれているらしい。山にある展望台には街灯などはなく、暗くて凛の表情は見えなかった。しかし、声色からして彼はなぜか怒っているようだった。


「…別に、ちょっと考え事してただけ。」

「考え事にしては随分思い悩んでる顔をしてたようだけど?」


俺は今好きなやつがいる。そして俺は、この恋を叶えるつもりでいる。だからもう凛の関係は断ち切ってしまいたい。だけど、この関係は俺が始めたことだった。俺には俺からこの関係を断ち切る権利などないだろう。

だが、俺には今そんなことを気にすることのできるほどの余裕も気力もなかった。


「俺は、いつになったら…前を向いて生きていけるようになるんだ。」

俺は苦しさが溢れて、こぼれてしまったかのように俯きながらポロリと呟いた。それと同時に、俺の頬は一滴の水滴が落ちて来た。


「凛との関係ももう終わりにしたい。でもこれは俺から始めた関係で、そもそも俺が優真にあんなこと言わなければこんなことにはなってなくて、俺がいなかったらこんなこと…」

「っ違う!」


急に凛は声を荒げてそう叫んだ。普段大人っぽく余裕のある彼からは想像できないような声だった。そのことに驚いた俺は思わず彼の顔を見た。


「最初は俺も、お前に付き合おうって言われた時優真の代わりに俺が付き合ったら、あいつの夢を叶えてやれると思った。でもそんなこと少し考えれば分かる、そんなはずない。俺はお前を縛り付けてしまってたんだ。それにここまで追い詰めてしまった…本当に申し訳ない。」


なぜ凛が謝っているのだ。謝るべき、許しを乞うべきなのは俺のはずなのに。


「なんで凛が謝るんだ」

「俺さ、本当は気づいてたんだ。お前に好きな奴がいること。でも、優真を忘れて他のやつのところに行かせるなんて俺はしたくなかった。」


そんなの当たり前だ。初めて聞いた凛の心の内に俺の心は握り潰されるようなくらい苦しくなった。こんなに凛にとって大事だった弟を奪ってしまったなんて。息が苦しい。やっぱり俺はいない方が良かったのだ。

だが、凛は続けてこう言った。


「でも優真はお前を苦しめて縛りつけることなんて絶対に願わない。むしろ、そんなことをした俺はきっと怒られるだろう。それに、優真が死んだのは事故だ。自殺でも殺害でもなく、だ。だから、水瀬は悪くないんだ。だから、お前には幸せに生きていてほしい。きっと、優真も願っているのはこれだ。」


そう言われた途端に何故だか涙が止まらなくなった。だがそれは、許してもらったからでも暗がりから解放されたからでもなかった。ずっと俺を恨んでいると思っていた人に、俺の幸せを願われていたことが、ただ単純に嬉しかったのだ。


「俺との関係を続けて水瀬がそれで楽になるならそれでもよかった。俺には好きなやつも何もいないからな。だが、お前はそうじゃないだろ?お前が嫌だというなら今この瞬間から関係を切ろう。」


俺は、涙でぐしゃぐしゃになった顔で弱々しく頷いた。

すると凛は「今まで苦しめちまってたな、すまなかった。」と涙をこぼして俺を慰めるようにして笑っていた。


___俺は、この日から前を向いて幸せになるために生きていくことにした。


火谷を花火大会に誘ってからやんわりと断ったあの日以来、火谷とは連絡を取り合っていない。

(あいつ怒ってるかな…)

俺は少し怖くてもう一度誘うか誘わないかを迷っていた。

そうやってウジウジしていたらもう日付は花火大会前日となっていた。

このままではダメだ、と思った俺は勇気を振り絞ってメッセージを送った。


『明日の花火大会一緒に行こうぜ』


メッセージを送ってから時間が経ち、もう1日が終わろうとしていた。


____しかし、火谷から返信は返ってこなかった。


(おいおいおい嘘だろ…もしかしてあいつ…怒ってるのか?!)

一度断ったのにも関わらず再度断った側から誘いの連絡がくるなんておかしな話だ。

(もういっそ電話かけてみるか…?いや、もうこんな時間だ。火谷は絶対寝てるに違いない…)

トーク画面を開いてみると既読はついていたが返信は来ていない。つまり“既読スルー”。

水瀬は大ショックを受けた。

「やばいぞ、完全に嫌われたのか俺…」


…そう、火谷は嬉しさのあまり返信することを忘れてしまっていたのだ。

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あの日交わした君との約束を。 スズカ @sznvl__114

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