第10話 悪徳ギルマス、原作ヒロインに恋をされる
「ジルケイン様、代わります。休憩されて下さい」
「悪いなエミディア」
「もう! 悪いなどと……私を先に休憩させてくれたのではありませんか!」
頬を膨らませるエミディア。半ば追い出されるようにギルドマスター室を後にする。今日はギルド所属希望の冒険者が特に多かったからな。面接対応だけで通常業務の時間を大幅に圧迫してしまった。結果、残った書類の整理に時間を取られる事に。紙媒体はこれだから困る。
食堂へ行こうとギルド1階に降りた時、食堂でアロン達のパーティ「赤竜の翼」に遭遇した。
「戻っていたのかアロン。一緒に食事でもどうだ?」
「いや、僕はこれからパーティで打ち合わせがあってさ。嬉しいけどまた今度誘ってくれ」
アロンは両手を合わせるジェスチャーをして奥の席に行ってしまう。
「ごめんなさいギルマス。次は大切なクエストなの」
「祝勝会の時は呼ぶからな!」
アロンの後を追うように女魔法使いシルビアと戦士ガリアスもアロンの後を追っていく。
振られてしまったか。アロン達はこのギルドの要だ。親睦を深めておこうと思ったのだがな。
(これでいいのアロン?)
(なんだかギルマスに悪いぜ……)
(
アロン達はヒソヒソと何かを話し合っている。帰ってきてすぐ次のクエストの話とは。熱心だな。
席につき定食を注文する。給仕係のイオラにエールを勧められたが、エミディアに仕事をさせている中で自分だけ酒を飲むのも気が引ける。俺はその勧めを丁重に断る事にした。
「こ、ここっここっここここ……!!」
突然聞こえる上擦った声。振り返ると、なぜかガチガチに固まったフィールが立っていた。
「なんだフィール。なぜ鶏の真似などしている?」
「ち、違う……こ、ここに座っていいかなと聞こうとしたんだ!」
「お前も1人で食事か?」
「あ、あああ!! そうなんだ。まだ冒険者になったばかりで知り合いもいなくて……」
フィールが俯き気味にコチラを見てくる。俺としては必ず誰かと相席したいという訳ではないが、フィールの近況も聞いておきたいところだな。
「いいぞ。なら一緒に食うか?」
「い、いいのか!? ありがとう!!」
チラリと後ろを振り返るフィール。その視線の先にはアロン達赤竜の翼の面々が。フィールが親指を立てると、アロン達も親指を上げて応える。しかし、俺が見ている事に気がつくと、アロン達はサッと俺に背を向けた。
なんだ? 俺は何かをしただろうか?
フィールは、イオラに注文をすると俺の向かいに座った。
「フィールは住む場所は決めたのか?」
「ああ。悩んだが今の私には先立つ物がない。ギルドの寮に残らせて貰う事にしたよ」
ギルドの寮は俺が作ったものだ。この街には使われていない
入居冒険者に前金の類は一切不要。ただし1年間の期限付きでの入居だ。そして冒険者は各月にクエストを規定の数量こなし、そこから天引き。クエストに出られない者は規定の金額を払う。これで寮の家賃を賄う設計になっている。いわば住居の信用貸し。前金が無い分冒険者には大人気だ。
だが当然、ルール厳守。破った者は警告処分。それでも改善が見られない者は例外なく叩き出す。最初の1ヶ月にこれを徹底して行なった結果、住人の意識は飛躍的に向上した。
他のギルドも真似をしようと試みたようだが、ルールの徹底に抜けがあったことや、月内のノルマ管理が甘かったせいで早々に撤退したらしい。当然だな。仕組みを考えた俺とただ真似ただけの者は違う。
「しかし……新米冒険者でも住んでいい寮を完備しているなんて。それも、ジルケイン殿が資金を出資したとか。そんな対応をするギルドマスターなど聞いたことないぞ」
ああ、あれか……痛い出費だったが、より多くの者を呼び込む為に投資した。まぁ、投資の概念をフィールに説明するのも大変そうだ。表側の理由を告げておこう。
「……自費ならギルド協会も口出しできないからな。それに、これは慈善事業ではない。この寮があるおかげで新人冒険者はルミナージュの街に集まる。新人が来ないギルドは衰退するだけだからな」
当然、新人の中には根を上げる者もいる。だがそういった者はこの街で定職を斡旋してやる。するとどうなる? この街でのギルドの信用が上がり、俺の発言権も上がる。領主も俺の意見を聞かないなどという選択肢は無いはずだ。労働力を呼び寄せ、多額の税を払う。これほど美味い人材は他にいないのだから。
「すごい……! ジルケイン殿は既に何手も先を見て行動されているのだな!」
「そんな大層なものではない。冒険者がいなくなれば俺が困るだけだからな」
私腹を肥やすには投資がいる。それを理解できないギルドマスター共がこのギルドを脅かす事はできない。これは俺の生存戦略だ。
(あぁ……皆がいなくなると困るなんて、なんてジルケイン殿は優しいお方なんだ……!)
「ん? 何か言ったか?」
「い、いいいや!? なななんでもないが!?」
フィールがブンブンと腕を振っていると、定食が運ばれてくる。俺はフライフィッシュ定食。フィールはチキンステーキ定食。
「うわぁ……ここの料理はいつも本当に美味しそうだな……!」
「食堂があるギルドはそれだけで売りになる。これを活かさない手は無いからな。自分なりにこだわっているつもりだ」
ナイフとフォークでフライフィッシュを切り分け、一口食べる。程よく油が乗った身肉の旨みに、中に仕込まれたソースの味が合わさって中々の味だ。冒険者達に食堂の満足度アンケートを取った効果が出ているな。
時折、前の世界の味が恋しくなる時がある。そんな時は食堂の料理長に料理のイメージを伝えて再現して貰う。
それを定期的に限定メニューとして並べ、人気があれば定番メニュー化するなどの活動もしている。胃袋を掴まれた冒険者は他のギルドに移籍したりはしない。ここ1ヶ月は冒険者の定着率も飛躍的に改善した。
ま、好きな物をメニューに加えるというのは想像以上に役得だがな。
ふと気付くと、フィールが定食に手を付けていない事に気が付いた。
「どうした? 苦手なものでもあったか?」
「い、いや……こんなに良いものを安く食べていいのかと思って……」
「? 何を言っている? 冒険者は命を張って仕事をしているんだ。美味い物ぐらい食え。お前達にはその権利がある」
そのおかげで俺は危険をおかすことなく金を稼げているのだからな。もし万が一、冒険者の中で待遇に不満を述べる者が現れたら大変だ。ストライキなど俺は勘弁願いたい。いつまでもお前達には喜んで命を張ってもらわなければ。
「……!?」
突然、フィールはボロボロと泣き出してしまった。
「お、おい……なぜ泣くんだ?」
「すまない……騎士団にいた時とはあまりに待遇が違うから……こんなに尽くされて、幸せだなここの冒険者達は」
騎士の環境は劣悪だったのだろうか? 俺のいた日本の歴史でも武士の方が町人よりも質素な生活をしていたと聞いた事がある。カルチャーショックを受けているのかもしれないな。
だが、フィールに遠慮をされても困るな。彼女にはこれから稼ぎ頭になって貰わなければならない。早々に実力を発揮して貰う為に慣れてもらわなければ。
「フィールもこのギルドの仲間だろう? そんなよそよそしい言い方はするな」
「……ああ。ここまでして貰っているんだ。絶対にこの恩は返すよ」
「ところで、初クエストはどうだったんだ?」
「!? あ、ああ……それはだな、その、素早いモンスターはどうも苦手で……あ! でも! 時間はかかってもちゃんとクエストは達成したぞ! 私の初仕事のレッサーラビット狩りを!」
報告書によると、彼女は丸3日かけて規定のレッサーラビット12匹を狩ったとか。通常の冒険者の3倍はかかってしまっているが、初めてのクエストという事を加味すれば十分な成果だろう。モンスターとの戦闘にも慣れれば通常の冒険者のように要領も良くなるはずだ。
「無理に苦手なクエストばかり受けなくてもいいぞ。得意な護衛任務を中心に。苦手の克服はその合間にやればいい」
「……ふふっ」
フィールが笑う。何かと思って聞いてみたが、彼女は「なんでもない」とだけ言うとチキンステーキにかぶりついた。美味そうに食うその姿を見ていると、今までの自分の仕事に手応えを感じる。現場を見なければこういう感覚は得られないからな。
彼女は再び手を止めた。食べているところを見られているのが恥ずかしいのか、その顔は真っ赤だ。
そして、赤い顔のまま彼女は言った。
「あ、あの……またこうして一緒に食事してもいいだろうか?」
急に周囲が静かになる。横目で見ると、アロン達が聞き耳を立てているようだった。なんだかやりにくいな……。
だが、そうだな。誘われるというのも良いものかもしれない。
「もちろんだ。フィールの誘いならいつでも」
瞬間、周囲から安堵したようにため息が漏れる。アロンも、シルビアもガリアスも。よく見たら周囲にいた冒険者全員がホッとした顔をしている。なんだ……? 全員から見られていたのだろうか? そう考えると恥ずかしいな。
「……絶対誘うから! 約束……だぞ?」
上目遣いで俺を見るフィール。その姿は、原作で見た描写以上に可愛らしいものだった。
―――――――――――
あとがき。
次回、ギルド管理官の使いがジルケインの元に。内容はこれからもクエストを回して欲しければ賄賂を渡せというもの。しかし、ジルケインの方が何枚も上手で……?
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