第9話 悪徳ギルマス、原作ヒロインに惚れられる

 死の森から帰った俺は、ギルド経営の傍らフィールに原作の戦闘スタイルを指導し、模擬戦までの残り日数を過ごした。


 時折アロンがフィールの調整に付き合ってくれ、彼女はメキメキと腕を上げた。


 元々対人戦に特化していた彼女。そこにモンスターとの命懸けの戦いに、スキルの解放。そして最後にアロンというチート級主人公との連戦。ここまでやった彼女が、並の騎士如きに負けるとは思えないな。


 そして、フレス王国とシリウム帝国の交流試合の日がやって来た。低位の騎士から順に試合をこなし、気付けば騎士団長の戦い目前となっていた。


 それまでの戦いは酷いものだ。蹂躙、という言葉がちょうどいいかもしれない。フレス王国の騎士はシリウム帝国の騎士にまるで子供扱いだった。


「シリウム帝国の奴ら……強すぎる……!」

「俺らじゃ勝てないだろこんなの……」


「お前達……」


 フィールがその手を握りしめる。彼女の部下達はことごとく敗退。俺とエミディア、そしてアロンが見守る中、最後の試合……フレス王国騎士団長フィールと、シリウム帝国騎士団「ガルゲイル」との試合が始まった。


「フィール騎士団長。これが最後の交流試合らしいなぁええ? 婚約で騎士団を引退とは……女はいいねぇ」


 シリウム帝国騎士団長ガルゲイルは煽るようにフィールの顔を覗き込んだ。2メートルに迫るかというその巨体。そこから放たれる威圧感は尋常じゃない。


 フィールは俺の顔を見た。何かを言って欲しそうな顔……彼女をギルドに呼び込むためだ。背中を押してやるか。


「フィール、お前なら勝てる。何も心配することなどない」


 フィールは目を閉じ大きく深呼吸。そして。


「……ガルゲイル殿。最後の勝負を始めようじゃないか。私の騎士人生全てを賭けて、貴殿を倒す」


 不適な笑みを浮かべてガルゲイルに言い放った。その顔に不安の色は無い。彼女の心身共に万全の状態のようだな。


「はっ、前回みたいにボコボコにしてやるぜ!!」


 ガルゲイルがロングソードを抜き、大きく踏み込みながら振り下ろしを放つ。フィールは剣では受け止めず、半身を逸らして回避。そして横薙ぎに剣を一閃。斬撃がガルゲイルの胴を捉える。しかし、剣先を潰した模擬戦用の剣では、ヤツの鎧に阻まれガルゲイルにダメージを与える事はできない。


「おっと、効かねぇなぁ?」


 先ほどまで勝負を見た限り、この試合では鎧の継ぎ目や、高威力の一撃でダメージを与えるようだ。ガルゲイルの方が有利だな。


「団長!? 効いて無いですよ!」

「体格が違いすぎる……」

「やっぱり俺らじゃシリウム帝国には勝てないよ……」


「ジルケイン様……?」


 エミディアが俺の袖を掴む。


「大丈夫だ。フィールの顔を見ろ。アレは負ける者の顔ではない」


「そうだね、アレはガルゲイルの実力を測っているだけだ。きっと、前回の試合からどこまで腕を伸ばしたのか見ているんだよ」


 アロンの言う通り。狙っているのだろうな。彼女の固有スキル発動タイミングを。


「そうですよね、フィールさん、あんなに修行していたのだから……勝てますよね」


 エミディアが祈るように手を組む。彼女の視線の先では、フィールがガルゲイルの斬撃を受け止めていた。


「はははははは!!! どうした!? 一切反撃しないじゃないか! このまま押し切らせて貰うぜ!!」


 ロングソードが叩きつけられ、周囲に甲高い音が響く。振り下ろしの一撃を止めた事で、フィールが小さく声を漏らした。


「ぐう……っ!」


「うわああああああ!?」

「団長!! もうやめましょうよ!」

「このままじゃ……」

「婚約前に怪我をしたら大変ですよ! 棄権した方が……」


 フレス王国騎士団の声に、俺に指導を頼みに来た時のフィールの言葉を思い出した。



 ──送り出してくれる皆に……最後に見せたいんだ。我が国の騎士でもシリウム帝国の騎士に勝てるのだと。



 騎士団の連中の物言いに流石にイラついてくる。ヤツら、フィールがどんな想いでこの試合に臨んだのか分からないのか? 馬鹿な部下を持つと苦労するな。


 フィールが戦う中でも声援ではなく諦めろという騎士達。それは、彼女の騎士という生き方のように影を落とした父親や婚約者を想起させた。


 苛立ちが募る。誰も彼女の才能も努力も認めない事に。


 貴様達周囲の者が無能だからフィールは実力を発揮できないのだと気付かないのか? 奴らもフィールの父も婚約者も。彼女のポテンシャルを奪うような言葉を浴びせ、未来を奪う。


 許せんな。エミディアの言葉ではないが、俺のギルドマスターとしての責務が許せない。


 俺は有能な者を働かせ、その稼ぎで飯を食う。だからこそ、自分が優秀だと感じた者が不当に低い評価をされるのは許せん。


「貴様ら!! フィールを見ろ!! 彼女がなぜ俺の元に来たのか考えたのか!? 貴様達に見せる為だ! これからの逆転劇をな!!」 


 俺が叫ぶと騎士達がビクリと肩を振るわせた。


「逆転?」

「団長、ずっとギルドマスターの所で修行していたよな」

「俺達に見せるため……?」

「もしかして団長は、俺達の事を応援したかったんじゃ……」

「そうだ。いつも団長は俺達の事気にかけてくれた……」

「団長がいなくなった後に騎士団を背負うのは俺達だよな」

「団長が戦ってんのに俺らが先に諦めてどうすんだよ!」

「がんばれ……団長!!」

「俺達に勝つところを見せて下さい!!」

「団長ぉ!!」



 弱気だった騎士団の声が少しずつ声援へと変わっていく。


「おいフィール騎士団長? いつまで受け一辺倒なんだぁ? 仕掛けてこいよぉ!」


「……悪いが、私は防御が得意なんだ」


「防御が得意ぃ? がははははは!! 防御なんて「得意」なんて言わねぇんだよ! 弱者の言い訳だな!!」


「……ガルゲイル殿の力量は理解した」


「んだとこらぁ!!!」


 激昂したガルゲイルが渾身の振り下ろしを放つ。フィールは剣を正眼に構え、スキル名を告げた。



「アイゼルメイデン!」



 叩き付けられたロングソードが彼女の肩に触れる。彼女の体が淡く光った瞬間、ガルゲイルの刃は大きく跳ね返された。


「何ぃ!?」


 無防備に体をのけ反らせるガルゲイル。今ままで防御に徹していたフィールが剣を構え、一歩大きく踏み込んだ。


「ガルゲイル殿は防御の才能があるかどうか……私が見てやろう!!!」


 フィールが真横に回転する。バランスを崩したガルゲイル。その鎧の継ぎ目を彼女の刃が捉えた。


「はぁ!!!」


 回転によって全体重を乗せた斬撃。それがガルゲイルに直撃する。


「ごぉ!!!?」


 苦悶の表情を浮かべるガルゲイル。しかし、なんとか地面に踏みとどまり、反撃の一撃を放つ。


「舐めた事しやがってぇ!!」


「無駄だ!!」


 ガルゲイルの斬撃はフィールのスキル「アイゼルメイデン」に弾かれ、再び大きな隙を作ってしまう。


「また弾かれただと!? なんでだよ!?」


 アイゼルメイデンは物理攻撃を反射する。あの防御壁を貫く一撃を放たない限り、攻撃の威力はそのまま自身に跳ね返ってくる。彼女が防戦に徹していたのはガルゲイルの攻撃がアイゼルメイデンを破ることができるか測っていた。しかし、彼女が攻撃に転じたという事は──。


「もう一度!!!」


 フィールの攻撃が再びガルゲイルの鎧の継ぎ目に直撃する。


「がはぁああ!!?」


 ガルゲイルの攻撃はもはや彼女に通らない。そして彼女は対人戦においてはプロだ。防御に気を使わず、攻撃のみに徹した彼女を止められる術は何もない。その一撃一撃がガルゲイルの顔を歪め、やがて、ヤツの顔を恐怖に染め上げた。


「ま、ま゛て……」


「これで……終わりだっ!!!!」


 動けなくなったガルゲイルにフィールがジャンプ斬りを放つ。渾身の一撃。それがガルゲイルの首元に直撃し、大男を大地へたたき伏せた。


「ぐああああああああああああああ!!!?」


 ガルゲイルの絶叫。地面に叩き付けられたらヤツはそのまま意識を失った。


 周囲に訪れる静寂。



 そして。



「うおおおおおおおおおお!!!」

「団長が勝ったあああああ!!」

「嘘だろ!? あのガルゲイルを!?」

「団長……凄すぎる……!!」

「ひぐっ……すんません団長ぉ……俺ぇ……」

「俺達が間違ってました……」

「でも団長がガルゲイルを圧倒するなんて……!?」

「ギルドマスターの指導ヤバすぎぃ!?」

「俺も指導してくれぇ!!」



 周囲が大歓声に支配される。フィールは緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んでしまった。


「やりましたよジルケイン様!!」


 エミディアが突然俺に抱き付いてくる。その目からはボロボロと涙を溢していた。う、動けん……。


「アロン、フィールを」


「ああ!!」

 

 アロンが彼女に駆け寄り、手を差し出す。


「大丈夫か?」

「はぁ……流石に疲れた。少し気を張り過ぎていたようだ……」


 アロンの手を取って立ち上がるフィール。原作の主人公とヒロインとの邂逅。物語を読んでいた俺には感慨深いものがあるな。


 ほう、フィールがアロンに何かを耳打ちしているな。あの2人の関係に進展があったのだろうか?


(少し聞きたいのだがアロン殿)

(ん? なんだい?)

(あのエミディアという女性とジルケイン殿は、その……恋仲なのだろうか?)

(う〜ん……上司と部下って感じかなぁ)

(そ、そうか。良かった……)

(気になるの? ギルマスのこと)

(!? い、いや! 私はそんな軽い女じゃ……! ちょっと凛々しい顔が素敵だなとか、私と真剣に向き合ってくれて嬉しいなとか、そう思っているだけだ!)

(めちゃくちゃ早口なんだけど……)

(う、うるさいな!!)

(まぁでも、フィールとは一緒に訓練した仲だしね。協力するよ)

(本当か……!? ありがとう!!)


 満面の笑みを浮かべるフィールと、微笑みを浮かべるアロン。2人の出会いは運命的なものかもしれないな。俺が原作改変をした時に2人が出会うルートは消滅した。それでもなおこうして出会ったのだから。


 俺の胸の奥は、原作を読んだ時の感動が呼び起こされた。




 ……。



 この3ヶ月後。


 彼女の戦いに心打たれたというフレス王国の騎士達は鍛錬に励み。フィールが騎士団長を務めていた頃よりもずっと腕を上げたらしい。


 騎士団を引退したフィールは、原作通り婚約そのものをぶち壊して家を追い出され、冒険者となった。俺とアロンの推薦を加えてD級冒険者からのスタート。彼女ならばすぐにランクも上がるだろう。


 ちなみに、ギルドにやって来たフィールにエミディアがなぜ婚約をしなかったのかを尋ねたところ「好きな人ができた」という理由で断ったと言っていた。


 原作とは違う理由……俺が改変してしまった影響によるものかもしれない。


「これから私はソロで冒険者になる。得意な依頼は護衛任務だ! これからもよろしくお願いする……ギルドマスター殿?」


 フィールが嬉しそうに笑う。冒険者になった事を喜んでいるのだろうか? そうであれば、俺の苦労の甲斐もあったというものだ。



 こうして我がルミナージュギルドは、元・騎士団長のD級冒険者「フィール・バレンシア」を迎える事になった。



―――――――――――

あとがき。


フィール・バレンシア


フレス王国元騎士団長。原作では覚醒したアロンと出会いパーティを組む事に。長い旅の中でやがてアロンと恋仲になる。原作最終巻での魔人との戦い。アロン達が罠にはめられ1人で戦った際は、彼女の固有スキルを遺憾無く発揮し狙われた街を守り抜いた。しかし、強力な魔人の攻撃を1人で防いだ代償は大きく、彼女は片目を失う事となった。




次回はこの後のお話。ギルドに所属する事になったフィールがアロン達の計らいでジルケインと食事をする事に。ジルケインの経営手腕も分かる回です。


また、その次の話は組織の「ギルド管理官」が何やら不穏な動きを……? どうやらジルケイン達のギルドの経営状況が良くなった事に目を付けたようです。ジルケインから金をせびろうとするもこうなりますというお話。



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