第8話 悪徳ギルマス、原作ヒロインを育てる
「く……っ殺せ……!!」
フィールが全身を触手に絡め取られて拘束される。権威ある王国の騎士団長は、死の森に生息する植物型モンスター「デステンタクル」にあっさりと敗北していた。
「こんな格好を見られるなんて……! もう殺してくれ……!」
脚を大きく開くような格好で拘束されるフィール。彼女の表情は屈辱と恥ずかしさで今にも泣きそうになっていた。
「はぁ……アロン、助けてやれ」
「もう出番が来るとは思わなかった……よ!」
強化魔法を使ったアロンがデステンタクルを一閃。触手が細切れになって消滅する。フィールが地面に放り出され、粘液でベトベトになった体を摩りながら立ち上がった。
「う〜痛たた……モンスターがこれほど厄介な相手だとは……」
俺はギルドをエミディアへ任せ、フィールとアロンを連れて再び死の森を訪れた。そして、そこで驚くべき事実を知った。
フレス王国騎士団長、フィール・バレンシアは「モンスターと戦った事がない」ということを。
「なぜ王国の騎士団長がモンスターとの戦闘経験が無いんだ……」
「む、ギルドがモンスター討伐の仕事を請け負ってくれるし、私達は国境の警備や王族と貴族の護衛が任務だからな!」
腕を組んでプイとそっぽを向くフィール。まさかこの女がポンコツだとは……原作のアロンと出会った時は、彼女は既に固有スキルを解放して数ヶ月放浪した後だった。きっとその間にモンスターとの戦闘経験を積んだのだろう。
「はは、いいじゃないかギルマス。平和だってことだよ」
アロンが頬をかく。さすが原作主人公。適応能力が高い。
「俺もお前のように楽観的でありたいな……」
「ギルマスはいつも先の事を考えてくれてるからね、でもたまにはさ、気楽に考えてもいいんじゃない?」
気楽に……か。だが、そうだな。フィールの事も色々分かってきた。そう考えると少し気楽に構えてもいいかもしれない。
彼女はアロンのように伝説級のスキルではないが、非常に強力なユニークスキルを持っている。今現在彼女が持っている鉄壁から進化したスキル。それがあれば試合にも勝てるだろう。原作の彼女のセリフから、それを解放するには、彼女に恋をさせる事が鍵になる。だからこそ、俺は原作主人公であるアロンを連れて来たんだ。
「フィール。もう一度言うぞ? 今はお前のスキルを進化させるための初期段階だ。スキル名は覚えているか?」
「アイゼ……なんだったか……」
フィールが腕を組んで考え込む。記憶力もイマイチ……天然か? いや、脳筋なのかもしれないな……。
「……アイゼルメイデンだ。強化魔法に近いが特化している分、一度の発動で物理攻撃を
「すごい! それがあれば攻撃に全集中できるぞ!」
フィールが目を輝かせる。兆候すら感じた事も無さそうだな。前言撤回。これは先が思いやられるな……。
「だが、あくまでスキルが受け止め切れる攻撃だけだ。防ぐことができるのは自分の練度に比例するからな。過信は禁物。攻撃の見極めを最初に行う事を忘れるな」
「なるほど……弱点まで……ジルケイン殿は博識だな」
感心するように頷くフィール。お前しか使えないスキルなのだがな……だが、モンスターとの戦いに慣れていないなら好都合か。
このままフィールをモンスターと戦わせ、アロンにサポートさせる。アロンは優しい男だからな。原作のように彼女を尊重するだろう。そうすれば、彼女もアロンに好意を抱くはずだ。原作でもそういう流れだった。
騎士である彼女は常に男達と渡り合ってきた。そして、今婚約している貴族には男尊女卑の傾向がある。尊重される、という事が彼女にとってとても嬉しい事なのだろう。それを再現できれば……。
「よし、フィールの訓練方法は決まった。お前にはこの森のモンスターと100戦してもらう」
「えぇええ!? さっきみたいなモンスターと100戦も……?」
フィールは、ゾッとしたような顔をした。
◇◇◇
森に通うようになって1週間。
フィールはモンスターと戦い、その度には敗北してアロンに助けられていた。流石に弱すぎると心配になってアロンと手合わせさせてみたが、不思議なことに彼女は人との戦いについては異様な強さを発揮したのだ。強化したアロンにも喰らい付いていくほどの実力……騎士は対人戦のエキスパートということか。
訓練の中でフィールはアロンと何度も会話していた。しかし、未だスキル進化の兆候は見られない。
どういう事だ? フィールはとんでもなく惚れやすかったはずだ。そして一途……俺が転生する前には原作を語る掲示板でいわゆる「チョロイン」と言われていた。そんな彼女がなぜ……。
考えていると、さすがに連戦は疲れたのかフィールがへたり込んでしまった。
「ギルマス。僕は周囲を警戒しているから彼女を介抱してやってくれ」
「アロンの方が適任だろう」
「そういう事じゃなくてさ、ギルマスがいてあげた方が彼女も喜ぶと思うよ? 彼女、無意識だと思うけどギルマスの事を目で追ってるし」
ん? アロンは何を言っているんだ?
聞き返す前に、アロンは俺の肩を叩いて周囲の警戒に行ってしまった。
……仕方ない。いずれにせよフィールの介抱は必要だ。俺がやるか。
フィールの元へ行くと、彼女は大の字になって倒れ込んでいた。
「はぁ……はぁ……モンスターとは、俊敏さも強靭さも人とは段違いだな……」
彼女にスタミナ回復薬を渡す。起きあがった彼女は回復薬を飲みながらチラリとこちらを見た。しかし、目が合った瞬間、悲しげな顔となって目を伏せてしまう。
「ジルケイン殿は失望しているだろう? 私のあまりの弱さに」
「失望などしていない。その分対人戦のスキルには目を見張るものがあるぞ? 身体強化したアロンにあそこまで付いていける者はそうはいない」
「ありがとう……だが、分かっているんだ。それもアロン殿が手を抜いてくれているからだ。私はいつもそうだ。上手くいった試しがない」
フィールは自信喪失してしまっているな。何か言ってやった方がいいだろうか?
俺は、フィールの近くに座り込んだ。
「フィールが実力の無い者ならば、騎士団長になどなれないだろう。お前の中には長年積み上げた確かな実力があり、今の役職は自分の手で掴み取ったものだ」
フィールが起き上がり、膝を抱える。悲しそうな瞳……彼女は、過去の日々を思い返しているのかもしれない。
「……私の父は厳しくてな。およそ褒めるという事を知らない人だった。そんな父に言われたんだ。「お前には実力が無い。後は家の為に跡取りを産め」と」
フィールが地面を握りしめる。彼女の体が小刻みに震え、全身から悔しさが滲み出ているのが分かった。
「情けない事に私は何も言い返せなかった。そう言われた瞬間、騎士団長の責務もどうでも良くなってしまったんだ。今まで自分がやって来た事が全て否定されてしまった気がして」
……なるほどな。交流試合で彼女が勝ちたいという根幹はここなんだろう。彼女は自分の力を信じたいんだ。父に言われた言葉は嘘なのだと自分自身に証明したいのか。
「俺には分からん。他人にとやかく言われて今までの自分が変わるのか? 変わるわけがない。フィールは今まで怠惰に生きて来たのか?」
「そ、そんなはずないだろう!! 私は……!! 誰にも負けたくないとずっと自分を鍛えて来たんだ!! 少なくとも、騎士での戦いにおいては……」
顔を真っ赤にして怒り出すフィール。その様子を見て安心した。心が折れたわけではなさそうだな。
「それだ。お前は今、怒っている。それが答えだ」
「え……」
フィールが驚いたような顔をする。彼女は、自分の怒りに初めて気付いたように、両手を見つめた。
「誰しも努力を否定されれば怒りたくもなる。それは間違いなく日々を懸命に生きてきたからだ。誰にも踏み込まれてはいけない領域だからだ。だから怒る。フィールが抱いている怒りは、お前の実力が嘘ではない証明だ」
「ジルケイン殿……」
「フィールの父には失礼だが、敢えてこう言おう。お前の事を何も知らない馬鹿の言う事など信じるな。お前の価値は確かに存在する」
原作を知っている俺だからこそ言える。フィールは強い。間違いなく強くなる。彼女が冒険者になれば、きっととんでもない金額を稼ぎ出す者になるだろう。
そんな彼女を1番上手く扱えるのは俺だ。彼女を理解しない馬鹿親父や能力も無いくせに下に置こうとする成金貴族には勿体無い逸材だ。
「ははっ、そんな事を言ってくれた人は生まれて初めてだ……」
「そうか? また父親に否定されたら俺を呼べ。正面から論破してやろう」
「……」
フィールが俺を見つめる。彼女の青い前髪がかぜにそよぎ、その隙間から緑色の瞳がのぞく。彼女の瞳は少しだけ潤んでいた。
「なんだろう……この感覚は……?」
フィールが戸惑った様子で胸を押さえる。彼女の胸に、小さな光が灯ったような気がした。
◇◇◇
森に通うようになって2週間。
フィールは相変わらずモンスターとの戦闘を繰り返していた。前回のアロンの修行を活用し、各モンスターの特徴や攻撃パターンをフィールに伝える。そして、アロンの戦闘を学ばせる事で、モンスターに対する適切な攻撃手段を覚えさせていった。
まだモンスターに対して常勝できる訳ではないが、少なくとも初日よりは格段に力を上げた。
そして、百戦目……その相手は初日にフィールを絡め取ったデステンタクルだった。
「くっ……やめろ!! これ以上の屈辱は……!!!」
デステンタクルの触手攻撃を回避するフィール。しかし、反撃をするほどの余裕は見られない。デスウルフや他のモンスターには善戦できるようになってきた彼女だが、テンタクルはどうも苦手のようだった。
だが、百戦目の今回は少し様子が違った。
「フィール! 右から狙っているぞ!!」
彼女に声をかける。彼女が俺を見た瞬間、胸の中心に光が宿る。
「なんだ? 体の奥から変な感覚が……?」
フィールの胸から淡い光が溢れ出す。アロンと同じスキル発現の兆候……今だな。
「フィール。丹田に力を込めてスキル名を告げろ」
俺は、原作でフィールが語っていたスキル発動のトリガーを伝えた。フィールはコクリと頷くと、剣を正眼に構えた。
「アイゼルメイデン!」
瞬間、彼女の体が銀色の光を帯びる。何が起こったのか分からないのか、彼女は困惑した表情で自分の体を見つめた。
「これがアイゼルメイデン? 何も変わらないようだが……」
彼女が油断した瞬間、デステンタクルの触手が彼女へ襲いかかる。助けに入ろうとするアロンを、俺は手で制した。
「ギルマス!? なんで止めるんだ!?」
「見ていろアロン。フィールの力をな」
「彼女の、力……?」
アロンが目を向ける。その視線の先には、無数の触手がフィールに突撃する光景が広がっていた。
「シュルルルルルルル!!!」
フィールに直撃する触手達。
しかし。
「!? 弾かれた!?」
アロンが驚きの声を上げる。フィールに突撃した触手達は、その攻撃を反射され、大きくのけ反った。
「はぁ!!!」
フィールが弧を描くように一閃。触手達はまとめて斬り落とされ、動かなくなった。
「できた!! ジルケイン殿が言っていたスキルを発動できたぞ!!」
飛び跳ねて喜ぶフィール。流石騎士団長だな。初回発動ながら、アイゼルメイデンの特性を本能的に理解していたようだ。
「ギルマス? あれはどういう能力なんだ? 僕の強化魔法と様子が違った」
「アイゼルメイデンは肉体に薄い魔法装甲を作り上げ、物理攻撃を
「ぶ、物理反射……!?」
「彼女の練度に応じて反射できる攻撃は変わるがな。防御特化の前衛。それが騎士フィール・バレンシアの能力だ」
俺は喜ぶフィールに近づき、触手の切断面を確認した。
……太刀筋は相当なものだ。対人戦においてフィールの剣術は磨き上げられていた。分かって指導したつもりだったが、ここまで急成長するとはな。
「ジルケイン殿」
フィールが妙にそわそわした様子で話しかけてくる。何かを言って欲しそうな顔。この顔……原作でもこのような顔をする事があったな、彼女は。
恥ずかしそうにチラチラとコチラを見るフィール。なぜその顔を俺に向ける? 俺に「その言葉」を言えというのか? なぜ俺が……。
(きっと褒めて欲しいんだよ)
アロンが耳打ちしてくる。原作主人公のお前がそれを俺に言うのか?
はぁ……仕方ない。
確か原作では……こう言っていたな。
俺は伝えた。原作で
「フィール、がんばったな」
「……ありがとう。ジルケイン殿のおかげだ」
フィール・バレンシアは花が咲いたような笑顔を浮かべた。
―――――――――――
あとがき。
次回、始まる交流試合。騎士団長同士の戦いの中、フィールがスキルを発動して……? そしてフィールは自分の想いに気付いてしまうようです。
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