第8話 亡霊の行方②

 亡霊の総勢は1万2千体。武士や侍だけではない。中には女郎として働いていたにもかかわらず、用無しとなり切り捨てられた者、旅の途中で野党に殺された者、飢饉ききんなどで死んだ者…。

 洋服を着た比較的近年の霊は、事故や自殺で命を絶った者と多岐にわたった。この辺一帯の未成仏霊をあらかた集めて集団を形成していたようだ。


 この集団にうち、即座に成仏したいのは1万体以上、残り2千体余りは、捨てきれない未練があり、俺の後ろでしばらくこの世を見ていたいとのことだ。そうして自分の心と折り合いをつけてからあの世に行きたいと希望する者だった。


 大六にもそのイメージは伝わっている。 


「どうする?俺は…、まぁ生活を邪魔しないなら居てもらっても構わないけど…」


「そうだなー、お前の力はもともと悪霊をべるもんだから、2千くらいなら問題ないだろう。それに今はあの子の力がお前の体にそそがれてるからな。やしなっていくにも十分だ」


「……」


 俺は彼女から、増長天ぞうちょうてんの神力を受け取っている。そうしなければ京香さんの精神が、あの時のようにパンクしてしまうからだ。


 実際、この膨大過ぎるエネルギーは厄介で、常に活力にあふれ、肉体的にも充実する。

 しかし、人間は本来、静と動を繰り返す生き物だ。常に動の状態では神経がすり減ってしまう。それを俺は身をもって実感していた。

 京香さんもきっとこの苦しみを誰にも言えずに抱えていたのだ。さぞかし苦しかったことだろう。


「なら、この世に未練のある人たちは引き受けます。絶対に俺の生活を邪魔しないって約束ができるなら…ですけど…」


《ありがとうございます。あなた様にご迷惑がかからないよう、改めて申し伝えます。》


 お葉花魁と若い殿様は、再び深々と頭を下げた。


「あとは1万体の浄霊だけど…、どうだろ?できるかな?」


 大六は珍しく、眉間みけんにしわを寄せ、しばらく考えてから話し出す。


「うーん、それは無理があるな。今のお前の神力なら、エネルギー的には問題ないにしても、精神力は人のままだ。浄化、つまりあの世に送るということは、一つ一つの魂と向き合うってことだ。その膨大な記憶がお前の心を通り抜けていくぞ。それに耐えられるか?」


 俺は以前、病院で未成仏霊を浄霊したときのことを思い出した。あの時は10体に満たない魂を強制的に上にあげたのだが、未成仏霊たちの生きた軌跡きせきが走馬灯のように頭の中に流れてきて、ひどく疲れた記憶がある。


「あー、なら無理だなー」


「そうだろ、心を通わさずあの世に送る方法もあるが…、多分お前は亡霊たちの気持ちをみ取っちまう。魂が砕けて廃人同然になりかねん」


 確かに大六の言ったとおりだ。俺には浄霊なんて大それたことは出来ない。病院での浄霊も、その手技は全部大六がやったのだ。きっとそれは、何年も修行した霊能力の優れた人しかできないのだろう。 


「しかし…手がない訳じゃない…」大六が真剣な表情で俺を見た。


「唯人、俺はしばらくあっちの世界に行く。あの世で受け入れ準備をしてくるよ。呼ばれても滅多にこっちに来れなくなるからな」そう言うとスクッと立ち、


「2週間後、準備が出来たらまた来る。それまでこいつらは新之介の寺にでも預かってもらえ。何百体かはきょうの力で自然と浄化するだろう。お葉と…お前、名前は?」 


大納おおの 道定みちさだと申します》


「およう道定みちさだ、唯人のことをしっかり守れ!それがお前らのできるこの世での償いだ。間違いなく頼んだぞ」


《はっ》

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